7.5.男だけの夜
ごめんなさい。
南方遠征の幕間が前後編になってしまったので、切りを良くするため来週に回します。
今回は、ぐだぐだっとした話になります。申し訳ありません。
「うひゃひゃ。今頃になって、好意を抱かれてたと気づいた感想はどう? どうなの?」
「人が困ってるの見て、楽しいか?」
「超楽しい!」
「だよな」
移住してきた岩巨人たちに、ヴァルトルーデが見事な――蛮族か征服王のような――演説を行なったその日の夜。
ユウトは、気の置けない友人を執務室に集めて酒盛りをしていた。
「まあ、子孫繁栄は良いことだろう」
といっても、主に飲んでいるのは、プリミティブな感想を漏らしたエグザイルのみ。
ユウトは、文字通り舐めるようにちびちびと。ラーシアは、今さら飲む必要がないほどハイテンションだった。
「子孫繁栄、良いことだよね。まあ、子供ができるには、やることやらないといけないわけだけどさ!」
「うざっ。エリザーベト女王の国へ行って、帰ってこなければいいのに」
「ははははははは。今宵は、そんな恨み言も心地いいね!」
「うわっ。ほんと、うぜぇ……」
辟易しながら、ユウトは地球から持ち込んだおつまみを口にする。
「ちょっと、ピーナッツばっかり食べないでよ。辛いのだけ残っちゃうじゃん」
「良いじゃないか。好きなんだから」
「それと同じ台詞、アルシアとかアカネにも二人だけのときに言ってみればいいと思うよ」
「なぜ、ヴァルを外す」
「そりゃ、いくらボクでも、妊婦への配慮ぐらいするさ。見くびらないでよね」
どういうベクトルでの気遣いなのか。
気になったが、深追いすれば反撃を受けるのは明らか。
ユウトは、無言で。しかし、抗議の意思を伝えるため、さらにピーナッツだけを口に運ぶ。
「まったくもう……。ククク、楽しくなってきたよ」
「しかし、家電製品というのも、なかなか便利だな」
異常に盛り上がりを見せるラーシアを目の当たりに、方向転換の必要を感じたのだろうか。エグザイルが電気ポットから手にしたカップに湯を注ぎつつ、そんな感想を漏らす。
そう。この場は、ジンガからもたらされたカグラとの結婚話を相談するために設けた場ではない。地球から持ち込んだいくつかの家電製品の試用会なのだ。
少なくとも、表向きは。
「ま、それは確かにね。お酒は冷たいし、食べ物は熱々になるし」
小魔法で同じことはできるが、手軽さは比べるまでもない。ラーシアも、その便利さを素直に認めた。
持ち込んだ発電機は一台のみ。同時に使わないようにはしているが、電気ポットと電子レンジ。それから、2ドアの冷蔵庫を接続していた。
発電機の室内での使用は騒音と排気が問題になるが、《静寂》の呪文を使用した一角に置き、メインツでも使われている空気を清浄化する魔法具でクリアしている。
これらを用いて、エグザイルは焼酎のお湯割りや日本酒の熱燗を作って楽しみ、ラーシアはグラタンやフライドポテトなどの冷凍食品を食べながらユウトをいじっていた。
「まあ、みんなが気に入るようなら、うちの親のと一緒に導入しようかと思っていたんだけど……」
結果は、尋ねるまでもないようだった。
「こんな便利なのがあるんなら、もっと早く持ち込めば良かったのに」
「自主規制してたんだよ」
「えー? 今までも、結構、いろいろ持ち込んでたのに?」
「俺なりの線引きがあったんだよ。分かれよ」
ブルーワーズで生きる覚悟を決めた。
だから、本当に必要でなければ、地球から物を持ち込まないようにと決めていたのだ。
ゆえに、呪文で代用できるこれらの家電製品をブルーワーズで使うという発想自体なかったのだが……。
「でも、まあ、父さんと母さんのために……と、いろいろやってたら、その辺、無理に肩肘張らなくても良いかなと思えてきてさ」
「なるほど。そこから、ヴァル、アルシア、アカネ以外の嫁取りもありかなと思えるようになったって話につなげる……っと、スパゲッティができあがった」
ユウトを混ぜっ返すことすら放棄し、ラーシアは電子レンジの扉を開ける。なかには、ミートソーススパゲッティの袋が入っていた。
「あっちちちち」
そう言いつつ、ラーシアは袋を開いて中身を器に移す。そして、嬉しそうにフォークで混ぜた。
「いやぁ、結構時間かかるね」
「食べるのか、俺をけなすのか。どちらかにしてもらえます?」
「じゃあ、食べる」
「食うのかよ」
あきれたように言うユウトだが、実のところ、ラーシアの反応は予想通りでもあった。これで、話すほうを優先したら、そちらのほうが驚きだ。
「あー。なんか、解凍し切れてないところがあるなぁ。しゃりしゃりしてるや。時間通りやったのに」
「……あるあるネタだなぁ」
まさか、アカネではなくラーシアと、こんな話題で語れる日が来るとは。
ユウトは、パンドラの箱を開いてしまったような気がしてくる。
しかし、ラーシアが考えていた「こんな日」は、また、別だった。
「まあ、ボクはこんな日が来るんじゃないかと、リ・クトゥアに着いたときから思ってたけどね」
「そんな前から……っていうか、俺らとカグラさんが出会った直後じゃねえかよ」
「そうだよ。そして、なるべくボクは里の外で動いてたからね!」
「クズー」
積極的にではないが、ユウトとカグラの仲が進展するよう、し向けていたらしい。
初めて聞く陰謀に、ユウトは思わず罵倒の言葉を吐いていた。
「あっ、はっはっは。最高の褒め言葉だね」
「悪役か」
「なぁにを、言ってんのさ。そりゃ、女の子を窮地から救ったら、ほれられるに決まってるじゃん」
「なるほど。ラーシアと、エリザーベトもそうだったな」
「エグゥゥゥ」
奈落から漏れ出てきたような声。
ラーシアの魂の声だった。
「まあ、良いんだよ、エリザはね。もう、いろいろ吹っ切れたし、決着もついたからね。それよりもなによりも、今はユウトだよ、ユウト」
「ラーシアが良いなら、オレは構わんが」
床にどっかりと腰を据えるエグザイルが、玻璃鉄のカップに芋焼酎を注ぎながら言う。
「どうすんの? ヨナの前に、お嫁さん増やしちゃうの?」
「ヨナを確定させるのは止めてほしいんだが……」
結局、この話題は避けて通れない。
ユウトは、応接スペースのソファにもたれ掛かり、軽く息を吐いてから言った。
「分からないなぁ……」
ある意味で最低な。それだけに、率直な言葉。
実際、ユウトにとっては想定外の状態であり、ヴァルトルーデにまでしっかり考えろと言われてしまい、正直なところ、思考が八方ふさがり気味だった。
「カグラんのことは嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ。当たり前だろ。ていうか、カグラん?」
「じゃあ、好き?」
「……好きにも、いろいろあるからなぁ」
感謝はしている。幸せになってほしいとも思う。
だが、ヴァルトルーデたちとのこととは関係なく、彼女とそういう仲になりたいかと聞かれると……。
「どうなんだろうなぁ」
「いやぁ。優柔不断なユウトって、新鮮で面白いね」
「このゴミめ」
「おっ。クズからゴミに変わった。ねえねえ、クズとゴミって、どっちが上?」
「どっちも下だよ」
脳は経由せず、反射だけで交わされる会話。
一息吐いたユウトは、ミートソースで汚れたラーシアの口を拭いてやりながら言った。
「そもそも、カグラさんの意思もどうだか分かんないしなぁ」
「……えー。いや、でも、ユウトの立場からすると、そうなんの? これは、お互いひどい」
ユウトもカグラも奥手すぎると、ラーシアがスパゲッティを食べていたフォークを持って両手を上げる。匙を投げたとでも、言いたいらしい。
「好きならくっつく、そうでないなら別の相手を捜す。それで良いだろう」
「恋愛の問題になると、おっさんが格好良すぎる……」
「ほんと、エグはシンプルだなぁ」
「当たり前の話をしただけだ」
そう謙遜しつつも満更ではないようで、エグザイルはにこりと笑うと、残った芋焼酎を飲み干した。
「でも、ぐだぐだ考えてシンプルに生きられないのがユウトなんだよね」
「おい、ラーシア」
「ここはひとつ、ユウトの故郷に伝わるトラディショナルな男女の儀式、デートをしてみたらどうだろ?」
「その長い枕詞は必要か?」
とはいえ、デートはしないが、お互いの意思の確認や話し合いは必要かもしれない。
最終的に、断るとしても。
「まあ、朱音とちゃんとけじめをつけて、それから子供が産まれてからだけどな」
先送りでしかない。
それは間違いないが……。
「でも、今までに比べたら、進展してるんだよねぇ」
それもまた、紛れもない事実だった。
気づいたら、総合評価が35,000ポイントを突破していました。
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