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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第二章 移住へ向けて
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7.移住者たち

「また、なんかやってる……」

「ユウト、先に言っておく」

「……なにを?」

「参加したいなどとは、思っていないからな!」

「語るに落ちるって知ってるか?」


 久々の外出に意気上がるヴァルトルーデ。

 だが、ユウトからすると、正直、勘弁してほしいところだった。


「グオオオオオッッッ!」

「グアアアアアッッッ!」


 なにしろ、目の前では岩巨人(ジャールート)の伝統競技ラ・グが行われているのだから。


 かつて、ロートシルト王国南部に隠然とした支配の手を伸ばしていた〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)。その支配地域でも最南端の山岳地帯は、人はおろか動物すらもほとんど住まない不毛の地だ。

 黒妖の城郭とともに〝虚無の帳〟が滅び去ってからも、それは変わらない。王国の直轄領となって数年経つが、使い道のないこの地に開発の手が伸びることはなかった。


 そこに岩巨人を移住させることになったのは、大族長として認められたエグザイルに従う部族の大移動があったため。いわば苦肉の策だったのだが、生産性のない飛び地を手放せると、王宮では好評だった。

 貧乏くじを引いたのは、それに合わせて公爵へと任じられることになったイスタス家だけ。


 それでも、ヴァルトルーデが義務を怠ることはない。

 今日は、気晴らしも兼ねて、岩巨人たちを荒野に集め受け入れ式典――ただ挨拶をするだけだが――を挙行するはずだったのだが。


 ユウトの《飛行(フライト)》の呪文で現地を訪れたところ、そこかしこでラ・グが行われていた。


「岩巨人の重要な神事かなにかかな」


 相撲も、神に捧げるものだという。

 神が実在するこのブルーワーズならば、ラ・グを奉納してもおかしくはない。


 一段高い岩場から、まるで戦争――少なくとも、戦闘――をしているように動き回る岩巨人たちを眺めながら、ユウトはそんな推測をする。

 岩の塊を棍棒で打ち返し、その岩塊を巡って乱闘する競技のなにを捧げているのかまでは理解の外にあったが……。


「やっぱり、血を捧げてんのか? となると、生け贄の代わり? それなら、まだ平和的だと考えることもできなくはない……?」


 ユウトが無理やり良いほうに解釈をしているが、全くの誤解。

 岩巨人たちは神に奉納しているというわけではなく、人が集まったのでなんとなく始まったに過ぎない。


 しかし、それを知らぬユウトとヴァルトルーデは、終わるまで待つしかなかった。

 なにしろ、肝心の大族長(エグザイル)まで、ラ・グに参加しているのだから。


「そういえば、ユウト」

「ん?」

「カグラから、求婚されたそうだな」

「ぶはっ」


 なぜそれをという視線をヴァルトルーデに向けるユウト。

 後ろ暗いところは、なにもない。事実、アカネとアルシアには話している。ヴァルトルーデに秘密にしたのは、体調を慮ってのこと。


「なんで、それを……」

「どうも挙動不審だったのでな。聞き出した」

「ああ……」


 それは盲点だったと、ユウトが天を仰ぐ。

 カグラに口止めをしなかったことに後悔しているのではない。後悔があるとしたら、ヴァルトルーデの行動力を計算に入れていなかったこと。


「というか、本人から聞いたんなら、カグラさんの意思じゃないってのは分かってるだろ。ジンガさんから言われたんだよ」


 政略結婚めいた手法に、ユウトの表情が自然と硬くなる。

 その気質をジンガも見抜いており、妹に任せていたのだが……埒が明かずに口出ししてしまったのだ。


「ユウトは、どうするつもりなのだ?」

「そりゃ、もちろん――」

「私が言えたことではないが、少し、考えてはみないか」


 ユウトが拒絶する態度を見せると、ヴァルトルーデは、それを遮って意外な。ユウトにとって、意外すぎる提案を口にした。


「ちょ、ちょっと待った」


 ヴァルトルーデの意図が分からない。

 赤毛の女帝からプロポーズを受けたとき以来の困惑だ。


 だから、問いただすしかなかった。


「どういうことだ?」

「子を宿してから、私もいろいろと考えることがあったのだ。その、ユウトと出会ってからのことなどをな」

「お、おう」


 なぜ、カグラのことから、そんな話になるのか分からない。

 ユウトの戸惑いは、しかし、急な話題の転換に起因するものではなかった。原因は、恥ずかしそうにはにかみ、わずかに視線を逸らすヴァルトルーデの表情にあった。


 こうなると、ヴァルトルーデの美しさに耐性があるユウトでも、受け身に回らざるを得ない。

 

「そして、つくづく思ったのだ。私は、運が良かったのだな……と」

「いや、“虚無の帳”に勝ったのは、実力だろ?」

「そういう話ではない。いや、それもないとは言わんが……」


 遠くから、岩巨人たちの鬨の声が聞こえる。

 そんな、ある種異常な場所で、夫婦は語り合う。


「つまり、あれだ。ユウトと一番初めに会えて良かったと言っているのだ。ヴェルガの物言いを認めるようでしゃくだがな」

「俺だって、運が良かったって思ってるけど……」


 そう本音を返しつつ、ユウトは真意にたどり着く。


 つまり、ヴァルトルーデは引け目を感じているのだろう。

 転移直後のユウトと出会って、そのまま愛し合い――結果として、“身内”以外を排除する形となったことに。


 なら、ユウトが言うべきことは決まっている。


「出会った順番なんて関係ない。結局、俺はヴァルの下にたどり着くよ。これに関してだけは、運命を信じてる」

「自分勝手な」


 言葉の上では非難するヴァルトルーデだったが、その声は弱々しく、むしろ甘い。 

 

「危ないな。ユウトは、私を堕落させる」

「角が丸くなることは、悪いことじゃないと思うけどね」

「もうひとつ、だ」


 意図して一歩距離を取り、ヴァルトルーデは続ける。


「カグラや竜人の里――天竜の里と名付けるのだったか。まあ、彼らの立場になって考えてみたのだがな」

「後ろ盾である俺との関係を強化したいということだろ?」

「それもあるが、それだけではない」


 ヴァルトルーデから「まだ分からないのか?」と、咎めるような視線を向けられ、ユウトは狼狽する。そこへ畳みかけるように、妊娠中の愛妻が言った。


「カグラからしてみると、ユウトは危ないところを助けてくれた恩人だ」

「ああ……。確かに、初対面の時はヒウキたちに追われてたな」

「そのうえ、里全体まで救ってくれた」

「他に、方法もなかったし」

「それは、ユウトのことが好きになってしまっても、仕方ないのではないか? 里の人々も、応援する気になるのではないか?」

「お、おう……?」


 ユウトからすると、大したことはしていない。見返りを求めていたわけでもない。求めていたとしても、米などの食材で、充分に贖われている。


 だが、これはユウトの認識だ。


 カグラたちの視点からすると、また違う事実が浮かび上がってくるのかもしれない。


「そんな、単純な……」

「私が、複雑な人間に見えるのか?」


 問答無用の説得力。自虐ではない堂々とした物言いに、ユウトは口をつぐむしかなかった。


「分かった。ちゃんと考えてみるよ」

「そうしてくれ。だが、勘違いしてほしくはないのだが……」


 一度言葉を切り、ヴァルトルーデは宝玉よりも美しい瞳をユウトへ向ける。


「別に、嫁を増やせと言っているわけではないからな」

「分かってるよ」


 そこを疑ってはいないと、ユウトは愛する妻の下へ近づき、さらさらした金色の髪を撫でる。

 ヴァルトルーデは気持ちよさそうに目を細め、ユウトの胸に額を当てた。


「それから、もうひとつ」

「ん?」

「やはり、あれに参加しては駄目か?」

「……アルシア姐さんと、朱音が怖くないのなら」

「またの機会とするか……」


 あまりにも無念そうな口調に、ユウトは思わず笑ってしまった。





 一時間ほどしてラ・グが――岩巨人視点では――滞りなく終了し、エグザイルがユウトとヴァルトルーデの下へとやってきた。


「待たせたな」

「構わん。良いものを見せてもらった」


 ユウトにとっては良いものとは言い切れなかったが、そこには触れない。議論をしても、始まらないだろう。


「では、始めるぞ」

「ああ。頼む」


 悠然とした足取りで、岩場の際まで移動する。

 眼下には、一千近い岩巨人たちが並んでいた。


 注目を一身に受けても、ヴァルトルーデは動じない。


「私が、イスタス侯爵ヴァルトルーデだ」


 美しい声が、一帯に響き渡った。

 呪文で増幅などしていない。けれど、それは一番離れた場所にいる岩巨人の耳まで、しっかり届いていた。


「皆をこの地に迎え入れられること、嬉しく思う」


 大族長エグザイルの傘下に入った岩巨人たちだが、そのエグザイルが仕えるイスタス侯爵家の領民となる。

 名目上のものだと考えていた、その立場。


 だが、たった一言で空気が変わった。


「我々は、過度の干渉はしない。ただ、悪の本拠地があったこの地の安寧を末永く守ってくれるように望む。もちろん、エグザイルの下で働きたいというのであれば、歓迎しよう」


 岩巨人たちは、一言も発さずに黙って聖堂騎士(パラディン)の言葉に耳を傾けている。

 今にも、悪へ向かって突撃を敢行しそうな光景だ。


「それから……」


 そんな岩巨人たちを満足そうに見下ろしながら、ヴァルトルーデは言葉を紡いだ。


「今は子を孕んでいるため、先の話となるが……」


 肌身離さず身につけている《熾天騎剣(ホワイト・ナイト)》を抜き放ち、ヴァルトルーデが高々と宣言する。


「いずれ、望む者全員と刃を交えたいものだ」

「ウオォォォォォッッッ!」


 山をも揺るがす大音声。

 否、ただの比喩ではない。実際に、大地は揺れ、脆くなっていた崖の一部が崩れている。


「見事だな。一気に、連中の心を鷲づかみにしたじゃないか」

「たぶん、ヴァルの前世は、おっさんの親戚かなんかだったんだろ」


 溢れんばかりの魅力(カリスマ)は認めつつも、全肯定はできないユウト。

 ただ、矯正してらしさが失われてはならない。結局、リーダーとはこういうものなのかもしれない。


「とりあえず、一段落……かな」


 領地経営に終わりなどない。

 しかし、ひとつの区切りはつけられた。


「さあ、あとは地球で一仕事だ」


 真名に伝えた、賢哲会議(ダニシュメンド)の上層部との顔合わせ。

 その日は、着々と迫っていた。

次は、幕間で南方遠征組。

それが終わったら、Episode 14第三章ルージュ・エンプレスへ続きます。

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