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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第二章 移住へ向けて
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5.同居に向けて

「勇人からも話はあると思うけど、先に聞いておくわ」


 ユウトが両親と相談に出かけるのを見送った直後。アカネはヴァルトルーデとアルシアを自室に呼び出し、話し合いを行った。

 花嫁会議とでも言うべき、その集まり。議題は当然、ユウトと自分たちの将来に関すること。


「おじさんとおばさん……。勇人の両親が、近々こっちにきて城塞に住むことになりそうだけど、二人とも、どう思ってるの?」

「どうと、言われてもな……」

「質問が、少し漠然としてはいないかしら?」

「勇人に言ったりしないから、率直な考えを聞かせて」

 

 言いにくいと考えたのか、学級会の教師のような台詞で忌憚のない意見を求める。


 ちなみに、アカネ自身は、特に問題は感じていない。

 元々、隣同士だったのだし、お互い人柄も距離の取り方も熟知している。


 むしろ、自分の両親が来るほうが嫌だ。まあ、父はTVとインターネットとネット通販の存在しない世界に来ることはない。絶対に。

 そんな父に実はベタぼれな母も、仕事を放り出すことはないだろう。


(まあ、これ以上はフラグになるからやめましょう)


 万が一にでも来られては困る。具体的には、精神衛生的に。


「他人と生活なんてごめんだーとか、舅や姑とか、なんかうざいとか。そんなのないの?」

「アカネ……」

「アカネさん……」


 ヴァルトルーデが美貌を歪め、アルシアも整った相貌にあきれを浮かべる。いくらなんでもそれはないと、無言で語っているかのよう。


 だが、効果はあった。


 変な誤解を受けないよう、きちんと伝えなくてはならない。


「私としては、歓迎だぞ。ハルコ殿……義母上から、いろいろ教わりたい」

「そうね。加えて、ユウトくんの負担が軽減されることになれば、より喜ばしいわ」

「でも、ほら。いわば、私たちのプライベートスペースだったところに、他人が入り込んでくるのよ?」


 大歓迎といった雰囲気の二人へ、もっと、なにかあるでしょと、アカネが慌てたように言う。

 これでは、邪推して余計なことを言っただけの嫌な女ではないか……というよりも、二人が無防備すぎて心配になったのだが。


「嫁入りして、相手の親と同居するぐらい当たり前のことではないか」

「必ずではありませんが、よくあることですからね」

「おおう。さすが、村の娘さん」


 現代人とは、感覚がまるで違った。

 ユウトも、この辺りの認識を分かって行動していたのかもしれないと、アカネは思い始める。


「杞憂だったわけね……。恥ずかしい」

「気遣いは嬉しいわよ。だけど、私としては、式を挙げたのにご挨拶できなかったことのほうが憂鬱だわ」

「いやぁ、そこは大丈夫だと思うけど」


 気軽に会いに行けないことは、ユウトの両親も把握している。それに、ユウトが防波堤になるはずだから、アルシアにまで累が及ぶことはないはずだ。

 それが分かっていても申し訳なさが先に立つ……ということであれば、それは実に、アルシアらしいと言えるかもしれないが。


 なんにせよ、気にしすぎても仕方がない。


「でも、勇人が同居の件を言ってきたら、ちゃんと怒ってね?」

「そんなに大事にしなくても、良いのではないか?」


 ヴァルトルーデがユウトを心配して言うものの、アカネは静かに首を振った。

 その優しさは尊いが、それだけではいけない。


「だめよ。ちゃんと叱らないと、同じことを繰り返しちゃうでしょ?」

「おおー。反省は大事だな」


 まだ正式には結婚していないにもかかわらず、苦労の絶えないアカネだった。


「さて。それじゃ、あたしもおじさんとおばさんを迎え入れる準備をしてくるわ」

「なにか、ありましたか……?」


 そもそも、すぐにどうこうという話ではない。

 準備は確かに必要だろうが、アルシアに心当たりはなかった。


「いや、私も知らないぞ」


 ヴァルトルーデも同様だ。


「良いのよ。これは、あたしの問題だから」


 今まで見たことがないほど真剣に――それこそ、アカネが転移した直後にユウトの婚約者問題が出たときよりも――言い切った。

 まるで、これから戦場に赴くかのよう。ある種の信念すら感じさせる。行き先を訪ねるのもはばかられた。


 威風堂々とした雰囲気をまとったアカネが部屋から出ていくのを、二人とも見送ることしかできなかった。


 歴戦の勇士たるヴァルトルーデですら気圧されるほどの覚悟を見せたアカネが、一人向かった先。


 そこは、美神の劇場だった。


「……よし」


 正確には、その入り口か。

 劇場は、今日も『亡国の姫騎士と忠義の従士』が上演されており――相変わらず大入りだ。初回の講演以来、例の奇跡は十回に一回程度しか発生していないようだが、それが逆にリピーターを増やしているらしかった。


 しかし、今のアカネには関係ない。


「忌々しい過去を清算するのは、今よ」


 決意とともに入り口へとつながる階段を登り、美神の劇場に――は、入らない。

 向かったのは、入り口の横。


 立て看板だ。


「あの……。どうかされましたか?」


 看板の横に立っている守衛の兵士の呼びかけにも応えず、アカネは、じっとそれを見つめる。

 無視されるとは思わなかったのだろう。兵士は困惑気味にアカネを見守るが、相手は家宰の婚約者である。不穏な雰囲気を感じながらも、それ以上のことはできなかった。


「乗せられたとはいえ、あたしはなんてことを……」


 そんな兵士のことなど眼中にないと、アカネは自らの行いに身震いする。


 アカネが脚本を書いた『亡国の姫騎士と忠義の従士』。しかし、彼女の仕事はそれだけにとどまらない。


 このブルーワーズにはまだ存在しなかったポスターという概念を誕生させ、自ら筆を取ったそれが、入り口の横にでんと配置されている。

 俳優に似せて描いた、主役二人のイラスト。買い取り依頼は、十や二十ではきかなかったという。


 そこには、タイトルや俳優の名前に加え、アカネの名前も書かれていた。生産者が表示された野菜よろしく、誰が描いたか一目瞭然。

 当然、現地の文字で書かれているのだが、アカネ自身そうだったように、ユウトの両親も読めるはず。それ以前に、調子に乗って入れたサインはローマ字だ。


 子供の頃から知っているユウトの両親。ゆえに、その反応も熟知していた。


(春子さんは、絶対にはしゃぐわ。そして、一緒に写真を撮ろうとか言い出すのよ)


 なにが悲しくて、自分が描いたイラストと記念撮影をしなければならないのか。悲しくてもそうでなくても、そんなことはしたくない。絶対に。


(あと、おじさんは、それを止めようとするけど止められなくて、最終的に私の絵をほめてフォローするのよ)


 正直、そちらのほうがいたたまれない。


 そんなに悲しいことになるのなら、苦しむことになるのなら。


「もう、看板なんて!」


 アカネは決意した。絶対に名前を消さねばならぬ。いや、看板ごと撤去しなければ。 


 だが、黙って見過ごされるはずもない。


「ちょっと、アカネ様! 奥方様、困ります」


 アカネが看板に手をかけたところで、守衛の兵士が割って入った。

 元々警戒していたこともあって、その動きは素早かった。


「あたしが描いた看板をどうしたっていいじゃない」

「困ります。困りますから」


 しばし、押し問答が続く。

 通行人たちも、何事かと徐々に集まってきた。


「撤去するならするで、しかるべき筋に話を通していただかないと」

「……はっ」


 アカネは目が覚めたかのように、はっと目を見開いた。

 そうだ。最初から、ヴァルトルーデに相談をすれば良かったのだ。領主権限で、どうにかしてくれただろうに。


「リィヤ神に奉納するということで、お炊き上げとかすれば良かったのね」


 結局、お炊き上げ――燃やすことなど許されず、リィヤ神殿の宝物庫に保管されることになるのだが、人目に触れないのであれば、どちらでも構わなかった。


 なお、続編の立て看板の執筆を依頼され、記念写真を撮ることになるのだが、それはまた別の話となる。





 アカネがそんなことになっているとはつゆ知らず……というよりは、知らされるはずもなく。

 地球から戻ってきて図書館に本を運び込んだユウトは、一心不乱にページをめくる黒き魔女ニースを横目に、図書館のオーナーとの会談に臨んでいた。


 ただ、その金髪の少年もまた、本を読みふけっている。先ほどから一度も、目を合わせてはいなかった。


「マルチタスクと言ったかな? 目で文字は追っているけれど、話はちゃんと聞いている。まったく問題ない」

「聖徳太子系か……」


 まあ、神なら、それくらい余裕でこなせるだろう。

 問題は、片手間で対応されている気分になることだが、幸か不幸かヴァイナマリネンで慣れている。


(頭が良すぎると、こうなっちゃうんだろうなぁ……)


 処理能力が高いのも困りものだと、自分のことは棚に上げて会話を試みる。


「というわけで、今度うちの両親がこっちに来るんですが、神様的にどうなんですかね?」


 地球の本がどうだったか。

 感想は、わざわざ聞くまでもない。


 そのため、密かに気にしていた問題を口にした。もう、わざわざ降臨してきたことに関しては、指摘する気もないらしい。


「どう? 曖昧だな」

「俺と朱音はアクシデントだったわけですが、うちの両親は自分の意思でこっちに来るわけです。その点、神様的に問題があったりは……」

「少なくとも、知識神ゼラスとして、言うことはなにもないな」


 金髪の少年が、次の本へと手を伸ばしながらあっさりと言う。


「俺の身内だから、それとも、数が少ないからでしょうか?」

「両方だな」

「なるほど……」


 ゼラス神としてはと前置きをしていたが、ある程度、神々の総意と考えて良いだろう。

 そうなると、大量の移民でも連れてこない限りは問題にはならないようだ。もちろん、そんなことをするつもりも、させるつもりもない。

 だが、賢哲会議(ダニシュメンド)との話し合いに先立ち、必要な情報でもあった。


「なんにせよ、俺の両親を認めてくれて感謝します」

「まあ、せいぜい面白いことになることを望むぞ」

「うちの両親に求めるには、ハードルが高いと思いますが……」


 とりあえず、ひとつの懸案は片づいた。

 安心したところで、本の背表紙を指先で撫でながら、ユウトはもうひとつの疑問を口にする。


「ところで、俺とアルシアの結婚式のとき、珍しくどこからも介入がなかったんですが……」

「なにか企んでるのかって?」


 本から目も上げず、金髪の少年が口角を上げる。

 それは、本の内容とこの会話のどちらに対する反応か。


「まあ、ぶっちゃければ」

「本当に、来ていなかったと思っているのかい?」

「え? それは……」

「さあ、どういうことだろう? 自分で考えると良い」


 ようやく、ゼラス神が顔を上げる。

 その表情は、知識神らしからぬ稚気に満ちていた。


「いや、これは罠だ」


 ユウトの頭のなかで警鐘が鳴る。

 今回はトラス=シンク神に任せ、別の機会を狙っているのだろう。つまり、油断させるためのブラフ。


「そうかもしれない、そうでないかもしれない」


 再び視線を本に落とした知識神は――ある意味で神らしい言葉を残し、それ以上はなにも言わなかった。

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