4.電気のある生活を目指して
「かなりの量だなぁ、これ」
「本はかさばりますからね」
賢哲会議の実働部隊が、段ボール箱をユウトの家の玄関へと台車に乗せて運んでいく。
運送業者の真似をさせてしまって申し訳ないと思うものの、秘密厳守は大前提。仕方がない。
彼らも、もう慣れたもので、てきぱきと運んでいくのだが、ペースが早すぎるようにも思えた。標準的な広さしかない天草家の玄関には、入りきらないのではないか。
それも、当然。運んでいるのは図書館に収蔵する本なのだから半端な量ではない。
「にしても、また、片手間で……」
それをブルーワーズ――ファルヴの地下へ運び込むのも、一苦労。
……そうなるはずが、自室の入り口に立つユウトは、愛犬を抱き上げ涼しい顔。
いくつもの《不可視の運び手》を同時に制御し、業者が乗せたそばからファルヴへと送り込んでいる。向こう側からは、手動で次元門に送り返してもらっているが、それ以外はユウトがコントロールしていた。
まず、真名からすると、《不可視の運び手》を7個も同時に展開する時点で頭痛がしてくるのだが、今さらといえば今さら。非常識さを指摘するのも、なんだかこちらが負けたようで悔しい。
そのため、ユウトの腕のなかにいるコロ――実は、真名とすっかり顔なじみだ――の鼻先をくすぐりながら、別の話題を振った。
「そういえば、今回は珍しい機械を注文してくれましたね」
「それもあって、早めに連絡を取ったんだよな」
書籍の後に運び込まれていることになっている、ユウトにとって今回の目玉商品。
「家庭用の発電機があるなんて、知りませんでした」
工事現場などで見かける発電機。ガソリンを使って電気を作る機械を複数発注したのだ。
最近は、災害時の対策などで注目され、持ち運べる程度の大きさの物が市販されている。パソコンのような精密機器を動かしても問題のないモデルもあった。
「父さんと母さんが来たとき、電気が使えたほうが便利だろうからさ」
「親孝行ですね」
「さんざん、親不孝をしたからな」
抱き上げている愛犬の足を掴んで真名の指先を防御しながら、ユウトは自嘲気味に言う。
真名は、確かにそうですねとうなずいた。遠慮も配慮もない反応だが、ユウトに対しては、変に慰められるよりずっと良い。
実際、苦笑いだが、ユウトは確かに笑っていた。
「それにしても、意外でした」
「なにが?」
「センパイのことですから、太陽光発電のでっかいパネルを設置したり、川に水力発電のユニットでも置いたりするのではないかと」
「それも考えないではなかったけど……。そうなったら、こっちに工事しに来てもらわないといけないだろ」
「それはそうですね……」
それに、両親のためというだけであれば、大規模な施設は必要ないのだろう。
その理屈に、真名は、一応、納得する。もっとも、直後に後悔することにはなるのだが。
「あと、太陽光発電とかやったら、太陽神の関係者が、どんな反応をするか想像もできない……」
「さすが、異世界ですね……」
太陽神の力で発電など、不敬な!
ということには、ならないだろう。恐らく、神聖なものとして信仰の対象になるのではないか。それで動く家電製品も一緒に。
「SF世界みたいですね……。具体的な作品名は思い浮かびませんが」
「朱音なら、なんか知ってるかも。別に、知りたいわけじゃないけど」
「ですね」
ほっと一安心と真名が息を吐き、コロのあごを指先でくすぐる。
書籍の搬入も、そろそろ終わり。
あとは、ひとつ相談をして今日の仕事は終わり――
「それに、石油も見つかったしさ」
「せき……ゆ……?」
――終わりにはならなかった。
「石油」
こともなげに、ユウトが繰り返す。
どうやら、幻聴ではなかったようだ。
「……クラスの男子が話していたのを聞いたことがあります。将来は石油王になりたいと」
「なれるもんなら、俺もなりたいな」
「あと、クラスの女子も言っていました。結婚するなら石油王が良いって」
「俺もあこがれるけど……。石油女王って聞いたことないな。男女差別じゃないか」
「そーですねーー」
真名がポニーテールを揺らして、やけ気味に声をあげる。
石油! よりによって、石油!
一級魔導官、つまり本来は現場の人間でしかない真名にも、その重大さは分かる。一歩間違えれば、政治問題化しかねない。
「私の頭痛の種を作って楽しいですか?」
「カモフラージュとして、ちゃんとガソリンも頼んだじゃん」
「それはそれで、面倒だったんですけどね」
ストーブの燃料に使うような油とは違い、金属の携行缶に入れることが法律上定められている。要するに、ポリタンクに入れて運び入れるなどということはできない。安全上の理由から決められたそれを、面倒だからと破るわけにもいかない。
世界の表にも裏にも多大な影響力を誇っている賢哲会議といえども、安全上の理由からは逃れられないのだった。
そして、真名もユウトからは逃げられない。
「次こっちに来るときには、上の者と話をしてもらいますからね」
「ああ。むしろ、俺からお願いするつもりだった」
「……本気、みたいですね」
真名が、ユウトを見上げる。
その表情は、今まで見たことがないほど真剣。
実の父など見たことも会ったこともないはずなのだが――真名は、そこに父性を感じていた。
「おお、小僧。ワシが贈ったベッド、使っているか!」
「第一声がそれかよ。使ってるよ、毎晩な!」
「善哉善哉」
ヴァイナマリネンの居城、八円の塔。吟遊詩人が語る伝説の地も、ユウトにとっては、親戚の家程度の敷居の高さでしかない。
書斎に《瞬間移動》で足を踏み入れた直後に、こちらを振り向きもせずノートパソコンで作業している大賢者へと遠慮なく近づいていく。
「あのベッドなら、二人目三人目四人目五人目もすぐだぞ」
「それ、五人目まで言う必要あるのか? っていうか、なにを仕掛けたんだよ。俺が《魔力感知》しても、反応なかったのに……」
「あれだけでかけりゃ、捗るだろ」
「そういうことかよ。死ね! エルドリック王とレイ・クルスの争いに巻き込まれて死ね」
「具体的だな!」
字面だけなら険悪なやりとりだが、もちろん本気ではない。
言葉が過激なのは、単純に仲の良さを表している。
「だが残念だな。ワシには、小僧の孫曾孫玄孫にまで、小僧らの業績を語り継ぐという使命があるゆえ死ねぬわ」
「死ななくて良いから、このブルーワーズから退去してくれねえかなぁ……」
仲は良い……はずだ。
その証拠に、話があっさりと変わる。
「まあ、ヒューバードを捕まえて、魔化させても良かったがな」
「マジか。ジイさん、あのヒューバードと知り合いなのかよ」
この世界にヒューバードは何人もいるだろうが、二人の大魔術師が俎上に載せるとなれば一人に絞られる。
ユウトが愛用していた睡眠時間短縮のベッド。それを発明した魔導師ヒューバードだ。
「世に知られた魔術師は、たいていワシの弟子よ。例外は小僧ぐらいのもんだな」
「世間一般では、俺も、ジイさんの弟子らしいが」
「虫酸が走るな!」
「まったくだ!」
はははははと、声をそろえて笑い――ユウトは本題を切り出すことにした。
このままだと、罵り合いで終わってしまう。
「というわけで、ガソリンを精製してくれ」
「ほう。まだよく分からんが、無理難題をふっかけてきたな」
ノートパソコンから正面に回ったユウトへ視線を移しながら、ヴァイナマリネンは不敵に笑う。
無理難題。それも、未知の事柄に関する。
大賢者ヴァイナマリネンにとっては、心が沸き立つのも、当然の話だった。
「そのパソコンは電気で動いているわけだが、実のところバッテリーが減った状態が故障や異常と判別されたため、《物品修理》の呪文で復元しているに過ぎないわけだ」
「要するに、ワシらは、こいつの燃料を作っているわけではないと言いたいんだな」
「そう。で、これが電気を作る機械だ」
ユウトが地球から持ち込んだばかりの発電機を無限貯蔵のバッグから取り出すと、黒檀の立派な机に傷がつくのも構わず、ヴァイナマリネンの目の前に置いた。
「なるほど。その電気を作る機械を動かすのに、ガソリンとやらが必要なのか」
「話が早い。で、これがガソリンの元になる原油と……その原油から精製したガソリンな。それから、必要そうな資料も見繕ってきた」
ギルロント司教を通じて購入したクロニカ神王国産の原油の樽と、地球から持ってきたガソリンの携行缶は、さすがに床に。それと、父である頼蔵のノートパソコンを借りて印刷したガソリンに関する資料一式は机の上へ乱暴に置く。
「まったく、この大賢者ヴァイナマリネンを良いように使おうとするとはな。こんな恐れ知らずのことをやらかすのは、小僧ぐらいのもんだぞ」
「老人は頭使わないとぼけるからな。社会福祉の一環だ」
「抜かしおる」
はははははと、声をそろえて笑い――ヴァイナマリネンは、鼻を鳴らした。
「やれやれ、やるのは構わんが、今さらでもあるな。どうせなら、地球へ行ったときに手を着けていれば、今頃とっくに研究は完成しておっただろうにな」
着手前から、自らの成功を疑わない大賢者。
ユウトも、ヴァイナマリネンならできると信頼してはいるので、なにも言わなかった。むしろ、弱気になられても困る。世界が滅びるには、早すぎるではないか。
「……そういえば、ジイさんは地球でなにしてたんだ。いや、帰る方法を探してくれてたのは分かるけど」
「そうよな。その合間に、電気街で買い物をしつつ、赤毛の女帝と鬼ごっこだな」
「ヴェルガか……。その割に、バーを借り切ったり、やりたい放題してたぞ」
「狡猾が服を着て歩いているような女だからな。ワシの追跡を振り切りつつ、己が思想を毒のように流して信者を作るぐらいやっていただろうよ」
「確かに……」
たった一言で、ユウトを思い悩ませ実質戦力外に追いやったのだ。そこにあの悪の魅力が加われば、本当にクーデターぐらい起こしても不思議ではない。
「まあ、それは感謝するけど、ガソリンの件は任せた」
「おう。そっちも、せいぜい感謝してもらうぞ」
振ったほうも振られたほうも、成功をまったく疑ってはいない。やはり、仲が良い――かどうかは別として、信頼し合ってはいるのだろう。
二人の大魔術師は、しかし、それを感じさせない悪そうな笑みを浮かべ、別れた。