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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第二章 移住へ向けて
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1.夫と妻たちの時間

「王都進出の件は、レジーナさんのお陰でなんとかなったけど……」


 早速、向こうからコンタクトがあるとは思わなかったと、ユウトは九大商会の連名で送られてきた書状を《燈火(ライト)》の明かりで透かしながら思考を巡らす。


「いいですか、ヴァル」

「しかしだな、アルシア」


 最近ヴァイナマリネンから贈られたベッドの上で、妻たちが言い争う声を聞きながら。 


 ユウトたちがいるのはいつもの執務室ではなく、寝室。完全にプライベートな空間と時間。

 にもかかわらず、ユウトが新しいベッドではなく――日によっては、寝室で朝食を取ることもあるため――これも最近持ち込んだ円卓にいるのは、なぜか。


 それは、アルシアのお説教に巻き込まれるのを防ぐためである。

 ユウトまでアルシアのように小言を言っては、ヴァルトルーデに逃げ場がなくなってしまう。ゆえに、距離を取らねばならぬのだ。


 同じくベッドで居心地悪そうに座るアカネからの恨みがましい視線には、この理論武装で対抗。改めて、書状へ集中する。


 その書状には、益体もない前置きや分かりにくい修辞を取り除くと、黒妖の城郭により破壊された王都中央劇場の復興資金が足りないので、どうにかしたい――という相談事が記されていた。


 はっきり言ってしまえば、お門違いである。

 ユウトがどうにかしてやる、義務も義理もない……はずなのだが。


「しかし、突っぱねるとレジーナさんの顔に泥を塗ることになる……か」


 なぜか、泥パックをしているレジーナという意味不明なビジュアルが思い浮かんだが、頭を一振りして打ち消す。頂上会議(サミット)の準備に、冒険者の勧誘と、忙しくて疲れているのかもしれない。

 だからこそ、こうして夫婦四人水入らずの時間を作ったのだが……。


「私の体なら、大丈夫だ。自分のことは、私自身が一番分かっている」

「でも、お腹の子供は別でしょう。自重しなさい」

「いやいや。村では、妊婦も普通に働いていたではないか」


 議論は平行線だ。

 夫婦四人水入らずの時間を作ったというよりは、ラーシアたちが深追いを避けて四人になったというほうが正解かもしれない。


 ともあれ、王都中央劇場の復興だ。

 黒妖の城郭による破壊であれば、ユウトに責任の一端がないとも言い切れない。


「公共事業で、資金が足りない……」


 さて、地球では……というか、日本ではどうだったかと記憶を探る。


 真っ先に思い浮かんだのは、税金の投入。公共事業なのだから当たり前だが、それができれば苦労はないのだろう。ロートシルト王国に限らずだが、国策で行うような事業や軍事上の工事は除き、街の整備は商人や住人たちが負担することが多い。


「つまり、国の予算も足りないってことだな。足りないというか、想定していないというか」


 もちろん、イスタス侯爵家なら出せる。

 というよりもむしろ、ヨナがまた財宝を得意げな表情で持ち込んできた。火山島のつがい竜も敵ではなかったらしい。ドラゴン・スレイヤーなのかトレジャー・ハンターなのか、判断の分かれるところだ。


 それはともかく、出せるが、九大商会は出資を求めているわけではないのだろう。

 単純に資金が足りないだけであれば、それこそ、債券のようなものを発行すれば済む話だ。


 これは、一種の挑戦。

 手を携える相手としてふさわしいか、査定してやろうという腹なのだ。


「面倒なことを」


 火にかざしたら、「うそです」とか文字があぶり出されたりしないだろうか。


「ないか。小学生でもやらないよな」


 そもそも、羊皮紙であぶり出しができるのか。願望にしても穴だらけだった。


「まあ、諦めるか、どっからか持ってくるしかない」


 前者は、まさにお話にならない。後者も、増税はできない相談。九大商会に、負担を強いるというのも、今の段階では難しい。


 そうなると、選択肢はひとつしかない。


「寄付……だな」


 近所の神社――真名と初めて出会ったあそこだ――には、寄付者の名前が石に彫られていた。その方式に則り、金貨10枚など、一定以上の金額を寄付した者の名を劇場内に掲示するのだ。

 上手くやれば功名心を刺激できるし、対抗心も煽れる。上手くやりすぎると大変なことにもなりそうだが、その辺は任せてしまえばいい。


 だが、この程度は向こうも考えているだろう。そうでなかったとしても、斬新なアイディアというわけでもない。

 九大商会の挑戦に応えるには、足りない。


「となると……そっか。スタジアムか……」


 サッカー好きが高じ、思考が自然とスタジアムの建設へと向かう。

 これも公共事業なのだが、数少ない例として個人や企業から募った寄付で作られたスタジアムもある。


 だが、ユウトが気づいたのは、それではない。


 ネーミングライツ。


 その施設の命名権を買い取り、企業名などを冠して知名度を高めるというやり方だ。


 イスタス侯爵家が、王都中央劇場の命名権を買い取ったとしよう。

 正式名称は『王都中央劇場』のままだが、実際には『ヴァルトルーデ中央劇場』などとスポンサーの名前で呼ばれることになる。


 通常、ネーミングライツは施設の運営費を賄うためのものだが、建築費に使っても構うまい。また、数年で更新となるため、継続的な収入が得られるというメリットもある。

 問題は、命名権を買い取れるほどの商会は限られるということだが、目に見える形で王都の民に貢献をアピールできるのだ。喜んで金貨を出すことだろう。あるいは、神殿などに営業をかけるという手もある。


 それに、ユウトが示唆したこのやり方は、大口スポンサーを募るというだけではない。

 今まで価値がなかった。そして、実体として存在していなかったものに、価値を生じさせたという意味で画期的な“発明”となる。


 応用は、いくらでも利く。

 同時に、やりすぎれば、王宮からの反感も招きかねない。


 パスは、きっちり渡してやる。

 それでゴールを決めるのか、はたまた無様に失ってカウンターを喰らうのか。それは、九大商会次第だ。


「さて、どう処理するかな?」


 返信は明日でいいやとユウトは、書状を円卓の上に放り投げ……。


「さて、どう処理するかなぁ……」


 未だに続く、妻たちの議論に頭を悩ませた。





「アカネ、アルシアが頑固すぎる」


 二人とは若干距離を取って――ヴァイナマリネンから贈られたこのベッドは巨大で、実際に距離を取れる――中立を守っていたアカネ。

 ヴァルトルーデが、エグザイルが三人は寝られるベッドの上を四つん這いで移動し、来訪者の少女の背後に回った。


「ちょっと、ヴァル!?」

「アカネからも、なにか言ってやってくれ。過保護だとか、心配のしすぎだとか」

「既に、なにかじゃ、ないんだけど……」


 まさか、ヴァルトルーデが自分を盾にするとは思いもしなかったのだろう。

 いきなり巻き込まれたアカネが、狼狽しつつあきれたように言う。


「まあ、ほら。ヴァルもなにがいけなかったのかは分かったと思うし、結局、手合わせはせずに済んだんだしね?」

「いいえ、分かっていないわ」


 この場には“家族”しかいないためダークブラウンの瞳をさらしているアルシアが、あっさりと一蹴した。

 怒っているとまではいかない。

 しかし、ヨナがいたら、即座に《テレポーテーション》で逃げ出すだろう迫力があった。


「そもそも、今回の件だけではないわ。無理はせずに、安静にしなさいと言ってもこの子は……」

「だから、無理などしてはいないぞ」


 呆れてものも言えないといったアルシアへ、憤懣やるかたないといった様子でヴァルトルーデが抗弁する。

 しかし、アカネの肩越しにでは、威厳もなにもなかった。


「それに、私が一太刀でも入れられると思っているのか?」

「そんなこと、思っているわけがないでしょう」

「あれ? そうなの?」


 なんだかんだと、信頼しているんだと、アカネは微妙に梯子を外された気分を味わう。これでは、幼なじみ同士のじゃれ合いの延長ではないか。


「そうだ。それに、私の盾は、致命的な攻撃を自動的に守るのだぞ」

「守らなくてはいけないような事態にならないようにと、言っているのだけれど……」


 アルシアが深刻そうに頭を振って言う。


「転びでもしたら、どうするの」

「そこかー。そこなんだー」


 確かに、妊婦が転びでもしたら大問題だ。

 心配するのは分かる。

 しかし、手合わせをしようとした件に端を発した説教が、そこに行き着くとは思わなかった。普通は、怪我をしたらどうするのかや、お腹に負担がかかったら大変だという話になるのではないだろうか。


「分かったわ」


 ぱんと手を叩き、アカネが話をまとめに入る。


「軽い運動ぐらいは、問題ないらしいわよ。ヴァルの場合、安静安静って言って部屋に閉じこめておくほうがストレス……精神的に良くなさそうだし」

「それは……そうね」

「うむうむ。さすが、アカネだ」

「ただ、ヴァルにとっての軽い運動と、世間一般のそれは違うと思うのよね」

「確かに、そうだわ。そのうえ、ヴァルは妊娠しても、まったく変わらないから……」


 動悸や倦怠感、体温の上下など、様々な体調の変化が訪れるはずなのだが、ヴァルトルーデは完全にいつも通り。つわりすらほとんどなく、変化といえば、今までよりも食欲旺盛になったという程度。


「アルシアのお陰だな!」


 そうやって素直に感謝を示せるところは美徳だが、今回は、少しずれている。

 なにが悪かったかと言えば、ヴァルが超人的だったのが悪いのだろう。


「だから、無茶をしがちなのよね。というか、世間の無茶は、ヴァルの普通?」

「そこを見落としていたのね……」


 なんて簡単なことに気づかなかったのかと、アルシアが崩れ落ちる。ボリュームのある肢体がベッドに弾み、きれいな黒髪が純白のシーツを彩った。

 同性のアカネが見ても、思わず息を飲む光景。


「道理で、ヴァルと話がかみ合わないはずだわ」

「うむ。なんだかよく分からんが、良い方向の結論が出そうだな」

「よく分からないって、あなたの体のことなのよ……」

「……なので、二人の認識をすりあわせて、運動メニューとか決めたほうが良いんじゃないかしら」


 ヴァルトルーデとアルシアの平行線を、アカネが交差させた。これも、割れ鍋に綴じ蓋と言えるのだろうか。

 なんとかなったわと、アカネは息を吐き、当事者であるはずの婚約者へ呼びかける。


「という感じでまとまったから、勇人もこっちに来なさい」

「いや、距離を置いてたわけじゃなくて、王都から手紙が……」

「来なさい」

「……はい」


 アカネがベッドを叩くと同時に、ユウトは立ち上がった。


 アカネは、怒っているわけではない。

 ただ、ちょっと勢いよく叩いたら、予期せず良い音が出てしまっただけだ。


 まあ、それはそれとして、ちょうど良いので活用させてもらおう。


 そう開き直ったアカネが、なにか企んでいそうな笑顔をユウトとアルシアへと向ける。


「これで、ようやく本題に入れるわ」

「本題? なにかあったか」

「あったのよ。はい、アルシアさんも起きあがって。あ、ヴァルは、私の横ね」

「……なん、でしょうか?」


 ゆるゆると起き上がり、ユウトの隣で横座りするアルシア。

 まるで、昼下がりの人妻のような色香があった。今は、夜なのだが。


 アカネは、そんなアルシアとユウトに意味ありげな笑顔を向け、ヴァルトルーデは、そんなアカネの横顔を不思議そうに見ている。


「それで、二人の新婚旅行はどうだったの?」

「なっ」

「なるほど。それは気になるな」

「秘密だ、秘密」

「なら、ユウトがアルシアさんにプロポーズしたときのことでも良いわよ?」

「ふむふむ。それも、気になるところだな」


 完全に、二対二に構図ができあがった。

 しかし、ユウトは仲裁をアカネに任せた負い目があり、アルシアも強く出られない。


 これを見越していたとしたら、大したものだ。


「口で説明するのが難しければ、実演しても良いわよ?」

「できるかっ!」


 夫と妻たちの夜は、この後も、しばらく続いた。

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