表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第一章 再びはじめる領地経営
434/627

幕間その1 南へ

 頂上会議(サミット)が滞りなく終了し、それに伴う文官たちの折衝も多少の紆余曲折を経て完了した数日後。

 帝亀アーケロンの親子とツバサ号と、フォリオ=ファリナから出港したイブン船長の船団が洋上で合流を果たした。


 南方遠征が始まる。

 奴隷を解放し、南方の産物を持ち帰るのだ。


「ついに、か……」


 イブン船長が、甲板からアーケロンの偉容を眺めながら、ふとつぶやく。

 しゃがれたその声には、万感の思いがこもっていた。


 ドゥエイラ商会の事業公募に参加したときには、まさか、こんな“相棒”と一緒になるとは思ってもいなかった。

 どうやら、見習い船員だった男とアーケロンの子の波長が合ったようで――限定的な共感能力(テレパシー)ということだったが、イブンには詳しいことは分からない――この航海にも、協力してくれることとなったのだ。


 イブン船長の日に焼けた相貌には苦労の跡が刻まれ、数々の航海を経て酷使された肉体は所々欠け、五体満足とは言えない。


 しかし、気力は充分。

 野菜の摂取が壊血病予防につながると確定もし、準備は万端。助っ人たちもいる。船員たちの士気も高い。


「野郎ども! どうやら、今回の航海には、神のご加護ってのがありそうだな!」

「へい!」


 甲板で作業をしていた船員たちが、一斉に声をあげる。

 それは、彼らも感じていたことだった。


 帝亀アーケロンの親子に加え、ヘレノニア神が下賜したという純白の美しい船――ツバサ号――も船団に加わる。壊血病の心配がないうえに、これだ。もう、航海の成功は約束されたようなもの。

 さらに、充分な報酬が約束されているとなれば、船員たちの士気が高くなるのも当然。ベテランの水夫ですらも笑顔を垣間見せるのは、そのためだ。


 しかし、油断しているわけではない。

 命懸けの航海に挑む海の男たちは、おしなべて信心深い。そこまでではなくとも、縁起を担ぐらいは誰もがやる。


 そのうえで、勇気と決断力のある船長と、勤勉で有能なクルーがいなくては成功もおぼつかない。それを彼らは、熟知していた。


「ついでに、英雄の孫まで一緒か……」

「船長」


 準備を進める船員たちを監督するイブン船長。

 その背後から、英雄の孫――クレス王子――が、声をかけてきた。


「ツバサ号へ移動し、挨拶をしてくる」

「そっちは任す。ついでに、荷物も受け取ってくれ」


 ぶっきらぼうなイブン船長の物言いだったが、クレスは平然とそれを受け入れる。

 防腐瓶プリザーベーション・ボトルに詰められた食品がツバサ号から運ばれることになっているが、量が多くとも無限貯蔵のバッグがあれば、どうとでもなるだろう。


 良いように使われていると思わないでもないが、効率的だともクレスは思う。

 生まれ変わることなどできはしないが、あの武闘会での一件以来、クレスは確かに変わった。


 彼が得たのは、自信ではなく余裕。

 そして、まずは物事をありのままに受け入れる心だった。


 それと腕っ節を認められ、船団にも違和感なく混じっている。かつてのクレスなら、確実に一悶着起こしていたことだろう。


「イブン船長も、一緒に運ぶことはできるが」


 クレスが、一緒に甲板へ上がってきた魔術師(ウィザード)の少女――サティア――に目配せをする。厳しいところだが、船旅だから《飛行(フライト)》の呪文は限界まで用意してある。


「いや、遠慮する。海の男だからな」


 なにが悲しくて空を飛んで移動などしなければならないのか。

 そうイブン船長は謝絶し、打ち合わせをクレスとサティアに任せてしまった。


「分かった。行ってくる」


 クレスも余計なことは言わず空へ飛び立ち、船長以下、船員がそれを見送った。


 神の加護があると言ったこの航海。


 まさか神そのものがいるとは、イブン船長も思ってはいなかった。





 クレスが向かったツバサ号では、イスタス侯爵家を代表して見送りに訪れていたユウトが、頭を抱えていた。


「……なぜ、あなたがここに」


 ツバサ号の操舵室。

 ユウトのほかは、アレーナ率いるヘレノニアの神官戦士団やペトラとその冒険者仲間たちなど、南方へ向かう者たちが集まっている。


 そこに、力の神レグラの分神体(アヴァター)レラがいては、ユウトでなくても問いたださずにはいられなかっただろう。


「なぜかと聞かれたら、こう答えるしかないわ」


 ふぁさっと銀髪をかき上げ、褐色の肌をレザースーツで包んだ格闘家が、堂々と言い切る。


「南方には、足技だけで戦う格闘技があるそうだから、それを修めによ」

「あー。まあ、別にいいです」


 ユウトが物分かりの良い態度を取ると、当事者以外の全員が、意外そうな表情を浮かべた。

 もっとも、言葉に出して言ったのは一人だけ。


「子供ができて、丸くなったでありますな!」

「……俺は、どんだけとがってると思われてたんだ」


 アレーナの的外れな指摘に、ユウトは、渋面を浮かべた。


 まあ、分神体がほいほい地上をうろついている点に関しては、レラはリトナと同じように、元々地上にいたようなので、問題はあまりない。少なくとも、ユウトたち人の子らが関知するところではない。

 水や食料も分神体なら自分でなんとかするだろうし、なにより、今回ユウトたちは誰も同行しないので、保護者役として期待できると思ったのが一番の理由。


 ただ、それを素直に言うわけにもいかない。


 結果として、レラの参加を無言で認めるほかなかった。あのレグナム総大司教が一緒でなくて良かったと、慰めるほかない。


「まあ、俺にはともかく、ヴァルには迷惑をかけないように節度を持って、行動してください」

「クレス王子には、どうなの?」

「……許容しましょう」


 これも経験だ。

 レグラ神のことを考えると、この航海中にかなりしごかれそうだが、クレスにとっても悪い話ではない……はずだ。


 人間関係でなにか問題があった場合には、エルドリック王譲りの手腕でなんとかしてほしいと期待する。


「というわけなので、後はアレーナに任せた」

「いきなり荷が重くなったでありますよ!?」

「まさか、イブン船長に押しつけるわけにはいかないだろう?」

「それはそうではありますが……」


 仕える神とは異なるとはいえ、神官でもない人間に分神体の世話を任せるわけにはいかない。

 それは分かるが、違和感を憶えるアレーナだった。


 彼女がその違和感の正体に気づくよりも早く、ユウトは、もう一人の顔見知りに声をかけた。


「ペトラ、理術呪文の使い手は貴重なんだ。頼りにしてるから」

「はい。頑張ります!」


 ペトラは、かつての仲間たちとも合流している。

 なにより、ユウトの特訓を受けた奈落に比べれば、少し南へ行くぐらいなんてことはない。


 そうペトラ本人は思っているのだが、なぜか表情は暗い。

 久々に会った仲間たちも、心配そうにしている。


「えっと、お父さんになにか言われたとか?」


 いつもと様子の違うペトラに、ユウトも心配そうに声をかける。

 実のところ、それは正解だったのだが――彼女は下を向くだけで答えはない。


 沈黙が操舵室を支配し、視線が集まる。


師匠(せんせい)!」


 その叫びは、唐突だった。

 ユウトは体をびくっと反応させたが、続く言葉はない。


 思い詰めたような表情をしたペトラ。

 明らかに、普通ではない。


 それを察したユウトは、しかし、焦らせずに続く言葉を待った。


「私が、この旅から帰ってきたら、話を聞いてください」

「……長くならないなら、今からでも良いけど」

「いえ、それはダメ。ダメなんです……」


 乙女のように頬を染め、ユウトから視線を外し身悶える。


「これは……」

「お嬢に……」

「春が……?」


 太陽神フェルミナの司祭(プリースト)ミルシェ、ドワーフの盗賊(ローグ)デガル、ペトラの幼なじみで魔術師のネラ。ペトラのパーティメンバーが小声でささやき合う。


 ようやく自覚したのかと思わないでもなかったが、ペトラだから仕方がない。

 自分たちにできることは、この遠征をしっかりと成功させること。


 その思いで、パーティは一致団結した。


「まあ、話ぐらいならいくらでも聞くけど……」


 アカネがペトラの両親に語った、側室の座を賭けたイベントの開催など知らぬユウトが、安請け合いする。


「頑張ります! 私、頑張りますから!」

「お、おう」


 こうして、船は南へ向けて出発した。

 様々な思惑を乗せ、困難にぶつかりながらも、ひとつの目的を目指して。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ