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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第一章 再びはじめる領地経営
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10.冒険者たち(前)

 冒険者とはいかなる存在か。


 粗野で礼儀知らず。暴力的で、享楽的で、生活も金にもだらしない。

 その一方で、自然体で、何者にも縛られず、力を持ち、羽振りがよく人生を楽しんでいる。


 それは金貨の両面を語っているようなもので、どちらも正しい。


 良くも悪くも、社会の規範から外れた存在。それが、冒険者だ。


 その出自も、千差万別。

 農民の子、職人の子、神殿で生まれ育った者、貴族の次男や三男。魔術を修められるだけの才能を持ちながら冒険者となる者も少なくない。

 また、エルドリックなど、一度は滅んだ国ではあったが、王子だった。


 動機も様々。

 英雄譚に憧れて、一攫千金を夢見て、生きるため仕方なく、神から探索行(クエスト)を下されて。


 古代の遺跡に潜り、依頼を受けて悪の相を持つモンスターを駆逐し、様々な国や世界を旅する。あるいは、悪の教団や悪魔(デーモン)たちなどと戦いを繰り広げることもある。

 目もくらむような財宝を手に入れておきながら、それを湯水のように使って新しい装備を入手し、また冒険に出る。


 成功の保証はない。命の保証は、もっとない。


 それでも、彼らは険しき道を歩み続ける。


 それが、冒険者の生き様(スタイル)なのだから。



 


 フォリオ=ファリナの百層迷宮は、冒険者たちを惹きつけてやまない。


 危険な戦い、莫大な報酬。そして、名誉。冒険者が求めるすべてがそこにある。


 しかし、すべての冒険者が挑戦できるわけではない。

 実力が足りなければ立ち入りは許されず、結果、通常の依頼――隊商の護衛やゴブリン退治――をこなしながら、まずは許可を目指すことになる。


 また、百層迷宮の攻略に興味を抱かぬ者もいた。


 それでもフォリオ=ファリナを根城にしているのは、百層迷宮からの発掘品の研究をしている魔術師(ウィザード)かヴァイナマリネン魔術学院に用があるかだろう。


 これからユウトが勧誘しようとしているのも、そんな冒険者の一人だった。


「ここが……」


 フォリオ=ファリナの第三城壁の内側。下町の一角で、ユウトは三階建ての住居を前に、腰が引けていた。

 

 なんの変哲もない建物……と、言いたいところだが、どんよりとした空気が内部から漂っている以上、抗弁は難しい。初めてフォリオ=ファリナを訪れたときに解決した、幽霊屋敷よりも怪しい雰囲気。

 用事がなければ、絶対に近づかない。いや、あっても近づきたくはない。


「本当に、ここでいいんだよな?」

「地図の上では間違いないのでしょう?」

「そうなんだけど、もしかしたら隣の可能性もなくもない」


 外出するということで、真紅の眼帯を身につけたアルシア。

 ゆえに、ユウトが手にする地図は見えないのだが、見たことがないわけではない。


 その地図を用意したのは、知識神の図書館の司書である黒い魔女ニース。


 漆黒のフード付きローブを身にまとう彼女が、今回の勧誘対象と幼なじみの関係にあったのは、幸運な偶然だった。図書館から離れたくないと、道案内を断られた分を差し引いても。


「ユウトくん、現実を見ましょう」

「現実ってやつは、無視されると怒るくせして、直視しても良いことないんだよなぁ」


 左手の薬指にはめた洞窟真珠(ケイヴ・パール)の指輪も鮮やかな新妻に諭されたユウトは、不承不承玄関へと足を向け――


「おっと」

「あ? なんだい、あんた」


 ――扉を叩く寸前、内から出てきた女戦士に凄まれ、一歩後ずさった。


 要所をアダマンティンのプレートを配置したハーフプレートアーマーを身につけた、長身の女。くすんだ金髪は短く刈り込まれ、全身の筋肉などユウトを遙かに凌駕している。


 その鎧も、背負った両手剣(グレートソード)も魔法具のようだ。ユウトの目から見ても、なかなかの業物。そして、油断なくこちらを警戒する所作だけで、身につけている装備品が分相応であることが分かる。


「そうでなくっちゃな」

「……あんたはどこの誰なんだい」

「俺は、ユウト・アマクサ。こっちは、妻のアルシア。ここに住んでる冒険者の姉妹に依頼をしたくて来た」

「あたいらにかい……?」


 なるほど、彼女がキャロルかと、ユウトは心のなかでだけうなずいた。


 魔導師(ウォーロック)のリンと、その双子の姉キャロルは多元大全に記されていた高名な――以前は、他にも仲間がいたようだが――冒険者のコンビだ。

 キャロルは両手剣を自在に操る戦士(ファイター)で、一人百層迷宮に潜っては魔法具を持ち帰り、妹のリンはそれを研究しているのだという。


「用事があったのなら、出直しますが?」

「いいさ。大した用事じゃない。妹に、邪魔だから出ていけと言われてね。むしろ、好都合ってもんさ」


 アルシアが遠慮がちに言い出すが、キャロルは豪放磊落に笑って急な客人を迎え入れる。


「リン! 客だ! 依頼人だよ!」

「……姉さん。僕の耳は悪くないと、何度言えば理解してくれるのかな?」


 奥の部屋から聞こえるか細い声。

 双子ということだが、少なくとも、性格は全く似ていないようだった。


「調子は良さそうだね。じゃあ、部屋に連れていくよ!」


 遠慮がちなユウトとアルシアを引っ張って、女戦士キャロルがずんずんと家のなかを進んでいく。周囲の様子に気を配る余裕もない。ただ、乱雑に置かれている本や羊皮紙、錬金術の実験道具などを踏まないようにするだけで精一杯。

 あれよあれよと連れ込まれ、半ば放り込まれたのはベッドが置かれた寝室だった。


「強引だ……な」

「そう……ね」


 だが、やはりというべきか、新婚夫婦に気を回す余裕はない。部屋に入った瞬間、強烈に嗅覚を刺激する悪臭を顔に出さないようにするのが精一杯。


「ああ、ごめんなさい。このドブのような臭いのする薬湯が、僕の命を繋いでいるものでね」


 ベッドの主――魔導師のリン――が、手にしていた木製のカップを可憐だがひび割れた唇に近づけ、中身を一気にあおった。


「まずい」


 慣れていても、言わずにはいられなかったのだろう。憎々しげに空になったカップを見つめ、それをサイドテーブルへ乱暴に置く。

 同時に、姉のキャロルがベッドに設置されていた書見台を片づけた。


「そこまで、ひどい臭いじゃないと思うけどね」

「僕の世話と迷宮に潜るしかしてない姉さんの嗅覚を、どうやって信じろというんだい?」


 神経質な妹と、豪快な姉。

 ここまで性格が違えば、逆に相性が良いのではないか……と、祈るしかない。


「ユウトくん」


 いろんな意味で「本当に大丈夫なの?」と、声のトーンだけで問いかける。

 その心配はありがたかったが、自分たちだけ逃げるわけにもいかなかった。


 そう。今頃、残る仲間たちも勧誘の最中のはずだ。


 ヨナとエグザイル。そして、アカネは、輝ける火山島で、動物使い(テイマー)の二つ名を持つ自然崇拝者(ドルイド)のジャスティンに会うため旅立っていった。


 そして、ファルヴに残るヴァルトルーデとラーシアには、王都セジュールを中心に活躍するハック・マスターズという冒険者パーティとの交渉を任せている。


 苦労しているのは、自分たちだけではないのだ。


「失礼。大魔術師(アーク・メイジ)に対して、お見せするものではありませんでした」

「いや、気にしてはいないから」

「うちの妹は、生まれつき体が弱いのさ。許しておくれよ」


 キャロルがベッドの横に立って、謝罪と表現するには厚かましい口調で言う。しかし、ユウトとアルシアに向ける視線に油断はない。

 リンになにかあればすぐに助けられ、同時に、客人に不穏な動きがあれば即座に動ける体勢だ。


「姉さんは……」


 そんな双子の姉の態度に、魔導師は深いため息を吐く。

 キャロルとは対照的に、くすんだ金髪は背中まで伸びており、やはり対照的に、生命力に欠けていた。肉付きは薄く、手足は棒のように細い。


 ただ、瞳だけはぎらぎらと輝いていた。


「俺のことを知ってるんなら、悪いが本題に入らせてもらう」

「ええ。僕もそのほうが助かります。……いろんな意味で、ね」


 シニカルな笑顔で黙っていれば整っている顔を台無しにし、リンはユウトに同意した。


「ヴェルガ帝国に潜入して、黒ドワーフの持つ秘法を盗み出してほしい」

「黒ドワーフの秘法……?」

「ヴェルガ帝国って、リンにそんな無茶を――」

「姉さんは、黙ってて!」

「でも、リン……」

「いいから!」


 にわかに始まる姉妹喧嘩。


 しかし、ユウトもアルシアも、それをとがめる気にはなれなかった。


 恐らく、リンはキャロルと対等でありたいと思っているのだろう。

 けれど、現実は守られてばかり。その過保護な現実が、リンをいらつかせ、キャロルに当たり散らし、それがまた自己嫌悪になる。


「アマクサ師、あなたは僕のことを知っているのですね」

「悪いけど、調べさせてもらった。メルエル学長からも、話を聞いたよ」

「……なるほど。僕が生きながらえる方法は、それしかないんだ」

「リン……。どういうことか、説明しておくれよ」


 キャロルの声には、もう、威厳も迫力もない。

 頭のいい妹に見捨てられたような気分で、身も世もなく哀願する。


「アマクサ師と一緒にいるトラス・シンク神の信徒。ということは、アルシア大司教に違いない」

「確かに、そう名乗ってた。じゃあ……」

「違うよ、姉さん。その大司教様でも、僕の体は治せないってことさ」

「あなたが病弱なのは、肉体の問題ではなく魂の問題よ。残念ながら、神術呪文では一時凌ぎしかできないわ」

「やっぱり」


 あの計画しかないんだ……と、ベッドの上でリンがつぶやく。


「姉さん。あれを持ってきて」

「でも……」

「いいから。この人たちは、信用できるよ」

「分かった」


 そう口では言いつつ、心配でたまらないと、キャロルは駆け足で部屋を出ていく。

 居心地のよくない沈黙が流れるが、幸いにして、ほんの数分だけで済んだ。


「リン、待たせたね」

「袋から出して、そこに立たせて」


 妹からの指示に従い、女戦士キャロルが荷物――粗末な麻袋に入れられた棒状の物――を床に置き、中身をその場に立てかける。


「ユウトくん……」

「うん。事前に話した通りだよ」


 それは、一糸まとわぬ少女――の人形だった。しかも、素材は木でも石でも金属でもない。人間と変わらぬ皮膚と筋肉を備えている。

 

 魔導人形(ゴーレム)とは異なる。どちらかといえば、人造人間(ホムンクルス)に近い存在か。

 しかし、まったく動く様子はない。ただの等身大人形にすぎなかった。


「魂が欠けている?」

「いや、魂は封じられているんだ。ただ、あるだけだけれど」

「なるほど。用途が違うから、目覚めないのか」


 恐らく、ヨナもこうして作られたのだろう。

 それを思うと、嫌悪感もそれほどではない。リンの境遇と目的を思えば、なおさらだ。


「僕が生き延びるには、こいつに記憶を転写し、この体と魂を捨てるしかない」


 呪いとは異なるが、リンの魂は生まれつき虚弱だった。

 幼い頃は、何度も肉体と乖離しかけたことがあったという。


 こればかりは、呪文でも奇跡でもいかんともしがたい。それこそ、なにかをあきらめない限りは。


「黒ドワーフが作る物は、すべて悪の相を帯びる。ゆえに、自律稼働する鍛冶人形を作って製作させることがあるそうだ。まあ、その人形自体も、悪の相を帯びるらしいけどね」


 洞窟真珠の加工法を調べているうちに、ヴァイナマリネンの居城で得た情報。

 ユウトは、それをリンへと伝えた。


「……その技術があれば、あの体も」

「保証はできない。当然、断ってくれたっていい」

「冗談でしょう。良いじゃないですか。僕は目的を達するかもしれない。そちらも、上手くいけば猜疑心の強い黒ドワーフが内輪もめを始める」


 リンが笑う。

 瞳に昏い情熱の炎を燃やして。


「姉さん、悪いけどタニアとフッドに連絡をしてくれないかな。もう一度、パーティを組みたいって。それから、この健康に悪そうな薬も、半年分は用意しないと」

「リン……」


 キャロルには、分からなかった。

 この依頼人が救いの天使なのか、それとも破滅に導く悪魔なのか。


 だが、やるべきことは決まっていた。


 リンのため、リンが望むことを愚直にやる。ただそれだけだ。

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