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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第一章 再びはじめる領地経営
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9.頂上会談(サミット)

「まさか、こんな場所で会談するとは……」

「念のためです、念のため」


 洋上の潮風で乱れる髪を押さえながら、パベル・チェルノフ――フォリオ=ファリナの世襲議員――が、感嘆の声をあげる。《瞬間移動(テレポート)》でここまで運んできたユウトの言葉も、耳に入っていないようだ。


 その反応も、無理はない。


 彼が立っているのは、船といった人工物どころか、島ですらない。

 自然のものという意味では後者が近いが、生物の背とあっては同じカテゴリとするのも躊躇する。


「これが、帝亀アーケロンか……」


 その巨大さに、脳が理解を拒否してしまう。

 事前に話は聞いていたが、とても現実とは思えなかった。


 伝説の生物とはいえ、生物は生物。それが、島と見紛うばかりの巨大さで洋上に浮いている。しかも、その上に立っている。いや、生物であれば踏んでいるが正しいか? とにかく、ともに存在しているなど信じられなかった。


 しかし、ユウトは冷静そのもの。


「南方遠征前のお披露目というところです。あとで、ペトラも挨拶をしたいと」

「そ、そうか」


 娘の名前が出たことそのものではなく、ユウトが娘の名を呼んだということに動揺するパベル・チェルノフ。妻と彼の婚約者の悪巧み――男親にとっては、他に表現できない――が、どうしても頭をよぎる。


 しかし、今はそれどころではない。


「確か、私が最後なのだったな」

「ええ。皆さん、そろっています」


 娘の将来は大事だが、それも世界の平和があってこそ。

 世界最大の都市国家フォリオ=ファリナの議会から、全権を委任されたパベル・チェルノフは、緊張と決意で肩をいからせながら、帝亀の背をしっかりとした足取りで進んでいった。





 ラーシアがヴェルガ帝国から救出した帝亀アーケロンの親子。

 近々行われる南方遠征にも同行することになっているが、ユウトが主催することになってしまった頂上会議(サミット)の会場となったのには、複数の理由があった。


 ひとつは、防諜。まかり間違っても、ヴェルガ帝国の諸勢力やレイ・クルスに気取られてはならない。ユウトがセッティングする以上、各種の対探知呪文が使用されてはいるが、知られなければそれに越したことはない。


 その点、アーケロンがハーデントゥルムを離れることは事前に告知されていたし、まさかその背で会談が行われるとは誰も思うまい。


 もうひとつは、場所の中立性。


 過去に類を見ない頂上会議だけに、どこで開催するかは名誉の上でも実利を考慮しても重要な要因となる。地球で開催されているサミットのように持ち回りにすれば良かったのかもしれないが、それはそれで初回はどうするのかだけで議論になるだろう。


 その他、警備の問題などを総合し、ユウトとしては論理的に考えた結果が、帝亀アーケロンの背だった。


 とはいえ、開催にこぎ着けられたのは、参加者のお陰だ。


 開催地を聞いたエルドリック王は手を叩いて笑い、アルサス王は静かに微笑み、セネカ二世は驚きに目を見開いた後、嬉しそうにうなずいた。

 お陰でパベル・チェルノフは貧乏くじを引く羽目になり、ヴェルガ帝国と国境を接する他の国々の参加を求めることはできなくなったのだが。


 アーケロンの近くにはツバサ号が停泊しており、そこに各国の随伴要員が詰めてはいるが、王たちは単独で会場を訪れることとなった。





「いやぁ、なかなかの絶景だな」


 アーケロンの背に設営された会場で、エルドリックが子供のようにはしゃぐ。


「王宮にこもっていては、見ることができない風景ですね」

「んだよ、固えな。一緒に戦った仲じゃねえか」


 肩を組みそうな勢いで腕を開くエルドリックに、アルサスも嬉しそうに顔をほころばせた。

 それも、宰相クラスですら同席できない本当のトップ会談であり、物理的な意味でも距離が近いからこそだ。


 ユウトが運び込んだ円卓は、四人が座ればそれで満員。椅子も豪華とは言い難かったが、誰からも不満は出ない。護衛や文官たちから切り離されている点に関しても同じ。それも含めて、楽しんでいる者のほうが多かった。


 より正確に言えば、パベル・チェルノフ以外は楽しんでいた。


「ユウト様。セネカたちも、一緒に戦った仲ではありませんか?」

「エルドリック王の真似をすると、ああなりますよ」


 本人を前に、本人を出して注意する。

 ヴァルトルーデやユウトと付き合うようになってから神王の神秘性が薄れたなどと、抗議でもされたらたまったものではない。


「ひっでーな」

「はい。あまり時間もないので、会議を始めさせてもらいます」

「そうしてもらうと助かる」


 呆気にとられていたパベル・チェルノフが、天から垂れてきた蜘蛛の糸にすがるようにして言う。

 ユウトが仕切っていることを疑問に思う余裕もない。


 各国の元首とそれに準じる存在が直接言葉を交わすという、二重、三重の意味で前代未聞の頂上会談は、こうして幕を開けた。


「議題は、ひとつ――」

「――第二回の開催をどうするか……分かってるよ。ヴェルガ帝国をどうするかだろ」


 ユウトから向けられる白い目に肩をすくめたエルドリックが、やれやれ仕方ないと恩着せがましく議題を俎上に載せた。


「我がロートシルト王国とタイドラック王国は、対ヴェルガ帝国の同盟を締結することに同意しています」

「それは喜ばしいことです」

「フォリオ=ファリナも、その動きを歓迎します」


 セネカ二世とパベル・チェルノフは、言葉の上だけでなく、二国の同盟に賛成する。

 しかし、疑問がひとつ解消されていない。


「それに当たって、なぜ、今なのかを確認したい」


 フォリオ=ファリナ側の発言は自然だ。先年のヴェルガの侵攻で、最も被害を受けた国なのだから。

 ヴェルガ存命中から同盟が結ばれていれば、違った展開になったのではないか。そう、八つ当たりと分かっていても、恨み言のひとつも言いたくなる。


「レイの野郎が、ヴェルガ帝国を乗っ取るって宣言したからだよ」

「その動きが本格的なものとなる前に、準備を整えるべきだと判断したのだ」


 エルドリックとアルサス。

 二人の英雄王から発せられた言葉に、残る二人が言葉を失う。


 それほどまでに意外で、衝撃的。


「その情報の信憑性は……」

「本人から聞いた。間違いないだろうな」


 まったく厄介だぜ。

 そう、他人事のようにぼやくエルドリックの言葉は、パベル・チェルノフの耳には入らない。すがろうとした藁に手が触れる前に抜かれたようなものだ。


「それでは、対処を急ぐ必要がありますね」


 対照的に、神王セネカ二世は冷静だった。

 いち早く立ち直り、潮風に吹かれる髪を押さえながら、やるべきことを列挙していく。


「各神都から戦力を抽出、同時に義勇兵の徴募。指揮官を選出して、訓練を施す必要がありますね。それから、物資の供出も必要でしょう」

「大盤振る舞いだな」

「悪との戦いに、躊躇する理由はありません」


 平和を愛するセネカ二世だったが、相手がヴェルガ帝国であれば話は別。

 口笛でも吹きそうなエルドリック王へ、淡々と決意を表明する。


「助かる。物資の移送や訓練に関しては、イスタス侯と協力してほしい」

「できる限り、便宜を図ります」

「まあ。それは、レグナム総大司教も喜ぶでしょう」


 神都レグラを統べる総大司教の名に、ユウトは食卓に苦手なものが載っていたときのような顔を浮かべるが、人選としては妥当なので、納得するしかなかった。


「では、我らフォリオ=ファリナは、海上の安全と、やはり物資の輸送。そして、ヴァイナマリネン魔術学院への協力……というところでしょうか」


 事ここに至っては、同盟に参加するか否かという議論は省略せざるを得ない。

 むしろ、同盟に参加して発言権を得ることのほうが重要だ。商人たちも、戦争需要を思えば反対などしないだろう。


「んで、うちとアルサスのところが、できれば同じタイミングで帝国へ侵攻……だな」

「ええ」


 静かにうなずくアルサスだったが、実行には問題も多かった。

 ヴェルガ帝国の地理、侵攻ルート、連絡手段の確立、補給の問題など数え上げれば切りはない。


「それでは、具体的に、準備にどれほどかかるものでしょうか?」

「一年は欲しいところだ」

「同じく」


 その現実的な数値に、会場が重い沈黙に包まれる。

 焦っても意味はない。それどころか、害悪だ。


 しかし、あのレイ・クルスがヴェルガ帝国を掌握し、周辺へ牙をむくかもしれないのだ。そのうえ、天上へ昇ったヴェルガがなにをしてくるかも分からない。


 議論の余地なくヴェルガ帝国へ対抗することに決まったのは良いが、まどろっこしいと、エルドリックはため息を吐いた。


「レイのやろうをとっちめるほうが、早いような気がしてきたな」

「……良いんですか、それで?」


 さすがに口を挟むこともできず、所在なげに佇んでいたユウトが、思わずといった様子で聞く。

 余計なことをしたと思わなくもないが、発した言葉は取り消すことはできない。


「まあ、さすがに殺すのは気が引けなくもないけどよ、ヴァイに封印でもさせりゃどうにかなるだろ」

「肝心なところは、ノープランだ……」

「大丈夫だろ。この面子でかかりゃ、どうにかなる」


 力一杯首を振って否定するパベル・チェルノフはともかく、一理あるとユウトはうなずく。


「でも、肝心の居場所が分からないとどうしようもありませんが」

「ヴァイかメルエルに探させるか。うちの王妃の神託を頼るって手もあるな」

「さすが、麗騎士……」

「具体的な手段を持たないユウト様のような……」


 アルサスとセネカ二世が、そろって感心する。パベル・チェルノフは、残念ながら言葉も出ない様子だ。


「まあ、レイ・クルスを排除できても、ヴェルガ帝国はいずれどうにかしないといけないですからね」


 ユウトは、余計なコメントはせずに、話をまとめた。

 やるべきことは、変わらないのだ。


 変に追及される前に、ユウトは合意事項を箇条書きにしていく。


・ロートシルト王国、タイドラック王国は、ヴェルガ帝国に対する軍事同盟を締結する。

・クロニカ神王国及び、フォリオ=ファリナ市は、それにできる限り協力する。

・最終的な目標は、ヴェルガ帝国における悪の勢力を駆逐すること。

・そのための軍事行動を、一年後までを目処に決行する。

・ヴェルガ帝国の支配を狙うレイ・クルスの居場所は、タイドラック王国が中心となって捜索する。


 集まった元首たちは、それを回し読みし、いくつか文章を追加し、大枠で合意に達した。


 これはまだ草案にすぎず、ツバサ号で待つ各国の随伴者たちが詳細を詰めていくことになる。


 だが、後に『帝亀の盟約』と呼ばれる堅固な同盟は、歴史的な会談を経て締結されたのは紛れもない事実だ。特に紛糾もせず、終始和やかな話し合いだったとは、当事者以外は知る由もなかったが。


「だがよ、準備が整うまで待つってのも悪手だろ?」

「かといって、戦力を小出しにするわけにもいかぬか」

「それ以前に、下手に手を出しては、団結されるのでは?」


 エルドリック、アルサス、セネカ二世。三王からの懸念。


 どうするんだと、エルドリックがユウトを見つめる。

 丸投げするつもりなのか。それとも、腹案があると見抜いているのか。判然としない。


(いや、その両方か)


 ヴァイナマリネンの仲間。それどころか、リーダーだった英雄だ。

 それくらいの器はあるだろう。


「つまり、バックに国がいると思われたり、あんまり強力すぎると、内乱を手打ちにして団結されてしまうので……」


 エルドリックに乗せられたようでしゃくだが、もちろん、アイディアはある。

 頂上会談の調整よりも、こっちのほうに時間をかけたぐらいだ。


「ここは素直に、冒険者を使いましょう」


 そう言ったユウトは、多元大全を開いて机上に置く。

 そのページには、いくつかの名前――いずれも著名な冒険者――と、プロフィールが記されていた。

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