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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第一章 再びはじめる領地経営
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7.王都進出(後)

 王都での商業活動を許された九つの商会。

 彼らは時に争い、時に協調して王都の、否、ロートシルト王国の屋台骨を支えてきた。実際、ヴェルガ帝国の圧力に屈さず、国を保ってきたのは九大商会の尽力があってこそと言える。


 大きな力を持つものには、同じだけの責任がある。

 好敵手であるのは構わないが、本格的に敵対してはならぬ。その不文律を守るために開かれているのが、外部から商業ギルドと揶揄される原因ともなった寄り合いだった。


「今回の寄り合いでは、例の件への対応を討議することになっているが――」


 今回の寄り合いは、ハウザ商会が議長役を務めることとなっている。

 場所も、ハウザ商会本部の会議室。ニエベス商会の応接室と異なり、床も壁も石がむき出しで飾り気はまったくない。ハウザのほかは二列に分かれて座っている椅子もテーブルも、実用一点張りの品。王都の住民が見たら、驚くに違いなかった。


「その前に、一人、紹介したい人物がいる」


 重々しく響く声に、大商会の会頭たちが、それぞれ温度差はあるものの、怪訝な表情を浮かべる。


「ゲストたぁ、穏やかじゃねえな」

「ええ。しかも、我々に、事前の相談もなしですか」


 商人というよりは、裏の仕事が似合いそうな大男が不満を表明し、眼鏡をかけた細面の男が追従した。

 しかし、その不満も、それほど深刻ではない。ポーズに近いようだ。


「いいじゃないの。ハウザ屋さんが紹介したいって言うんだもの。話ぐらい聞いてあげたら」

「……マダムが、そう仰るのであれば」


 紅一点である女盛りの美女――ザイガ商会の女主人――が取りなすと、あっさりと矛を収めた。

 長老格の老人を含む他の参加者も無言で了承したのを確認し、ハウザは軽く手を叩く。


「入れ」 

「これは、どうも。おじさんたちに、おばさんは……久しぶりでもなかったでしたっけ」


 飄々とした――人を小馬鹿にしたようにも見える――態度で会議室に入ってきたのは、リューディガー・ハウザ。九大商会の使者としてファルヴへ派遣され、その後、反旗を翻したハウザ商会の元後継者。


 いわば裏切り者の登場に、剣呑な視線が注がれる。


「まあまあまあ。言いたいことは分かります」


 リューディガーも、敵の本陣に乗り込んできたことは自覚していた。なにしろ、実の父が最も厳しい視線を向けているのだ。

 まあ、この会見をセッティングする条件として親子の縁は切ってしまったので、今でも実の父と呼ぶべきかは微妙なところだったが。


「ですが、今日の主役は違うんで、そんな目で見ないでください」

「初めまして、皆様」


 ただの付き添いですと主張するリューディガーの背後から進み出たのは、レジーナ。

 ユウトは、この場にいない。心配はしていたが、どうしても外せない仕事があり、同席できなかったのだ。


 けれど、レジーナは泰然自若としている。余裕すら感じられるのは、ユウトがいないこの場所で、伝えるべき言葉があるから。


「ニエベス商会の会頭、レジーナ・ニエベスと申します。本日は、私どもの後ろ盾について、お話をしに参りました」

「それは王家のことですか、それともイスタス侯?」

「いえ、大魔術師です」

「魔術師が、商売に口を出すってか?」


 即座に、反論が飛ぶ。

 レジーナは、表情には出さずその反応を喜んだ。


 少なくとも、話を聞いてもらえるということなのだから。


「はい。口だけではなく、お金も出していただいていますが……」

「はっ。その体で、たぶらかしたってわけかよ」

「もしそうなら、良かったんですけれど」


 心から残念だと、レジーナは柔らかく微笑んだ。


 海千山千の大商人たちを向こうに回しても、臆した様子はない。

 いや、この場で余裕を失っているのは、近くではらはらしながら様子をうかがっているリューディガーだけ。九大商会のトップたちからは、冷静に事態の推移を見守ろうとする意思を感じる。


「……カイム、そろそろ口をつぐめ」

「分かったよ! で、なにを聞かせてくれるんだ?」


 議長役であるハウザから注意された男が、投げやりに言う。しかし、その瞳には好奇心の色が浮かんでいた。

 ヴェルミリオ――ひいてはイスタス侯爵家への対策は、現状手詰まりだ。情報収集すら上手くいかないのだから、案を出すのにも一苦労。


 そんな状況ゆえ、なにを話すにしろ、聞くだけならマイナスにはならないはず。


 それは九大商会の総意だったようで、レジーナへと視線が集まる。


「ユウトさん……ユウト・アマクサ守護爵こそ、私たち商人が手を携えるべきお方です」


 いっそ誇らしげに、レジーナが断言した。

 重圧がかかる状況にもかかわらず堂々とした態度だったが、反応は芳しいものではなかった。


「協力? 貴族とですか?」

「取引をするのでは、ないのよね?」


 冷静に受け止めたのは少数で、他は、嘲笑を浮かべるか、不機嫌そうにむっつりと黙るだけ。取引相手というのなら分かるが、協力すべきと言われても素直にうなずけるはずがない。


 王侯貴族など、商いのなんたるかを知らず。否、知ろうともせず無理難題をふっかけてくるだけの存在。

 せいぜいおだてて便宜を図ってもらい、儲けさせてもらうだけの関係でしかないというのに。


 その認識は、レジーナも理解している。

 会頭たちの反応は想定内。


 自らの発言の根拠を示すため、レジーナはゆっくりと語り出した。


「イスタス侯爵領では、書記官から、街の衛兵まで賄賂は一切通用しません。取引はすべて、こちらの提案と実績で決定されます」

「ほう。そいつは良いな」


 先ほど注意されたカイム商会の会頭があごひげをさすりながら、皮肉か称賛か意見の分かれる台詞を発する。その表情からすると、皮肉ではあることは間違いないが、同時に本音でもあるようだ。


「しかし、不正を嫌う領主は珍しくない……とは言いませんが、いないわけでもありませんよ?」

「はい。しかし、これはむしろ、きちんとした競争を行わせるための施策なのです」

「…………」


 レジーナのその一言で風向きが変わった。

 固唾を飲んで見守っていたリューディガーも、驚きを隠せない。


「さらに、物流を重視して馬車鉄道や港を整備し、新たな特産品を生み出しました」

「……それも、領主なら当然じゃないかしら?」

「クロニカ神王国との取引では関税を撤廃し、私どもへも“利益”に対して税を課しています」


 その政策は、物資の流れを円滑にし、投資を活発にさせる。


 人、物、金。


 重要な資源を循環させ、拡大させる。そう明確な意図をもって、政治を行なっている。


「それをすべて、理解してやっていると仰りたいのですか?」

「その通りです」


 眼鏡をかけた細面の男――マレィ商会の会頭――からの確認に、当然ですと言いたげにレジーナはうなずいた。


 それを聞いて、寄り合いの参加者たちは沈黙する。

 レジーナが言っていることが本当なら、とんでもない過ちを犯すところだったかもしれない。いや、リューディガー・ハウザ次第では、既に犯していたのか。


「な、なんですか!?」


 やにわに注目され、リューディガーが狼狽する。


 その光景を柔らかい微笑みで流し、レジーナは言葉を重ねた。


「それでも、我々は歓迎されざる余所者でしょうか?」

「確かに、英雄様が商いを理解してるってのは、考えてもみなかったよな。おう、そうだろ。ミレィの?」

「まあ、そうですね……」


 世界を救った英雄。

 清廉潔白なヘレノニアの聖女に、理不尽に対しては大貴族だろうと叩き潰す大魔術師。


 そんな姿ばかりに気を取られ、本質を見ていなかったのかもしれない。


 そう、ミレィ商会の会頭は認識を改める。


 これが、ヴァルトルーデが叙爵された直後なら違っていただろう。

 ユウトを――結果的に――侮り、叩き潰されていた可能性が高い。


 そうなれば、傾いた商会がいくつも出たはずで、少なからぬ混乱を招いたはずだ。


 誰にとっても幸運なことに、その未来は訪れなかった。


「だがよ、ちょいと商いが分かってるからって――」

「若いの、黙っとれ」

「…………すまん」


 威勢の良かったカイム商会の会頭が、その巨体を縮ませる。

 それを為したのは、しわだらけで痩身矮躯の老人。


「儂は、ワース商会のもんじゃがな……」

「はい」


 九大商会の長老。

 王都の妖怪。


 この老人こそ、レジーナにとってのイル・カンジュアルだ。


 一言たりとも聞き逃さないように、意識を集中する。


「その大魔術師様と手を携えて、儂らにどんな得があると言うんじゃな、お嬢ちゃん」

「それは、皆様次第でしょう」

「もっともな話じゃが、それで納得すると思われても困るわな」

「ごまかしたつもりも、煙に巻いたつもりもありません」


 なんだ、そんなことかと。

 演技ではなく、本心からの笑顔を見せて説明してやる。


「どんな商売をしたいのか、商売のためになにが必要で、なにが足りないのか。それをこちらからユウトさんに提案できなくては、利益は得られません」

「彼の大魔術師様が、儂らの話に耳を貸すと?」

「当然です。そうでなくては、手を携えるとは言わないのでは?」


 そう言いきってから、忘れていたとばかりに付け加える。


「もちろん、その提案が適切であればですが」


 そしてまた、にっこりと微笑んだ。


 圧倒していた。

 商会の規模など、関係ない。ユウトという存在を知らない九大商会の面々が、たった一人の女商人に圧倒されていた。


 けれど、リューディガー・ハウザには、別の光景に見えていた。


(のろけか、愛の告白じゃないですかね、これ!)


 好きな人が、どんなに素晴らしいか。とうとうと語っているだけではないか。


 無自覚にやっているのだとしたら、恐ろしい。

 自覚しているのであれば……ユウトに馬を贈らなければならない。


 そんなリューディガーの感想は置き去りに、寄り合いの意思はまとまりつつあった。


「要するに、我々は商売敵ではないと」

「ええ。私たち商人のパートナーとするのに、イスタス侯爵家……アマクサ守護爵に勝るお方はいません」


 否定も反論も許さない、力強い断言。

 レジーナにとっては、至極当たり前の話。


 なにしろ、事実に他ならないのだから。


「ハウザ商会は、ニエベス商会を、この寄り合いに迎え入れることを提案する」

「ザイガ商会も、同じ提案をするわ」


 リューディガーとその婚約者の実家が、真っ先に手を挙げた。

 それは、身内の情からではない。むしろ、妥協しやすい立場の者から賛成してほしいという無言の圧力に応じたもの。

 強硬手段は、元々、彼らも望むところではなかったのだ。


「全会一致で、ええじゃろ」


 長老――ワース商会の会頭が確認し、反論はどこからも出ない。

 十番目の勅許商会としてニエベス商会が寄り合い――商業ギルドへと迎え入れられることとなった。


 もちろん、無条件に受け入れられたというわけではない。


 これからの商売は、しっかりと観察され、隙があれば蹴落とそうとしてくることだろう。より魅力的な事業を提案して、ユウトとの関係に楔を打ち込んでくるかもしれない。


 だが、一歩前進したのも、紛れもない事実。


「ありがとう存じます。もっとも、この寄り合いに参加するのは私ではないですが……」

「うええ……。そうだった……」


 リューディガー・ハウザのうめき声が閉会の合図となった。



 こうして、ファッションブランドヴェルミリオは王都での活動を円満かつ円滑に開始した。


 これが嚆矢となり、ユウトの子供たちが成長する頃には、ロートシルト王国のファッションは大きく様変わりし、現代と遜色ないデザインの服であふれかえることになるのは、少しだけ先の話となる。

昨日投稿分で、200万文字を越えたようです。

ここまで続けられたのも、読者の皆様の応援のお陰です。

本当に、ありがとうございます。


さすがに、300万文字まで行く前に完結するとは思いますが、これからもよろしくお願いいたします。

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