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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第一章 再びはじめる領地経営

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6.王都進出(中)

 つい先頃、王都の大商会の間に激震が走った。


 数百年の伝統が打ち破られ、新たな勅許商会が王都に生まれるというのだ。それも、ハーデントゥルムなどという田舎町にある商会の系列。

 確かに、最近は羽振りが良いようだが、所詮、最近でしかない。歴史がないということは、つまり、将来どうなるか分からないということ。その程度の存在でしかない。


 それでいて、野心だけは人一倍だ。なにしろ、九大商会の使者だったハウザ商会の御曹司を逆に取り込んでしまったほどなのだから。

 それに、服飾に限定するということだが、それを信じるような商人はいない。商品を拡大してくるのは明らかだ。


 これは、殴り込みに近い。

 多少、売れてはいるようだが、本当の商売というものを教えてやろうではないか。


「……と、まあ、そんなことを思っているはずですよ」


 微苦笑をたたえて。しかし、相変わらず目は笑わず、リューディガー・ハウザは父親との会談で得た印象を語る。


「……好敵手(ライバル)と思われているのは光栄ですわね」


 取るに足らない相手とは考えられていない。リューディガーへの忠告を考えれば、本気で叩き潰そうとしているようだ。

 レジーナの体が、ぶるりと震える。それが、興奮によるものか、恐怖によるものか。自分でも区別は付かなかった。


 けれど、絶望に押しつぶされずにいるのは、ユウトがいてくれるから。それだけは、間違いない。


 信頼と表現するには艶のある瞳で、レジーナがユウトを見つめる。


「やる気満々だなぁ」


 そのユウトは、特に重圧も感じていない様子で、肩をすくめた。反発は予想していたが、そこまで敵愾心を向けられるとは思わなかった……という態だ。


「ほんと、やる気があり過ぎて、困りますね!」


 やけのように、リューディガーが声をあげた。

 内部にいただけに、九大商会の実力はよく分かっている。そのうえ、身内と対立することになるのだ。嘆きたくなるのも当然だろう。


 そんなリューディガー・ハウザに、ユウトは確認をする。


「望むなら、外国に逃がすことはできるよ?」


 フォリオ=ファリナ、クロニカ神王国。そして、それらよりも離れたタイドラック王国にもコネがある。なんなら、近々出航予定の南方遠征団に参加してくれても構わない。


「過酷と言えば過酷だろうけど、南方大陸へ行くのは商人としてマイナスにはならないと思うな。まあ、実際のところは分からないけど」

「……いえ、そいつは止めておきましょう」


 逡巡は、一瞬。

 普段のキザったらしい表情は消え去り、百戦錬磨の商人を思わせる顔をのぞかせ、リューディガーは改めて腹をくくった。


「このハーデントゥルムの街を見て、思いましたよ。これは、歴史に残る。いえ、歴史を変える商いになります。そいつを捨てられるほど、達観できてはないようです」

「……なるほど」


 覚悟を決めたリューディガー・ハウザに、ユウトは笑顔で応えた。


「それに、勝ち目はあるんでしょう?」

「少なくとも、正当性はこっちにあるよ」


 既に、アルサス王と宰相ディーター・シェーケルには話を通し、勅許を得ている。法的な面では、正義は完全にこちらのものだ。


「ですけど、それだけで手を引かないわけですね……」

「かといって、勅許を無効化することだってできないけどね」


 難しい表情を浮かべるレジーナを安心させるためか、意図的に明るく言って、ユウトは思考を巡らせる。


「まず、リューディガー支店長への警告からして、暴力的な行動が懸念される」

「支店長ですか……。まあ、良いですけど」

「実力行使……。王都の商業ギルドが、本当にそこまでやるでしょうか?」


 レジーナの懸念はもっともだ。


 彼女が実際に目にしたのは、ユウトが海の深さを一時的に下げ、ヨナが沈没した船を消滅――破壊ではない――させた一幕と、ファルヴの武闘会だけ。

 それだけで充分だし、名高い九大商会がユウトたちにまつわる数々の噂――いや、伝説を把握していないはずがない。


 そのうえ、王の信頼厚い侯爵家に喧嘩を売るような真似をするとは、レジーナには思えなかった。


「証拠は残さず、事故に見せかける。今まで上手くいったのだから、今回も大丈夫と考えても不思議はないかな」

「大っぴらには言えませんが、九大商会にも、後ろ暗いところはいくらでもありますからね。そいつで、甘い汁を吸った経験も」

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶというところかな」

「…………」

「…………」


 大賢者ヴァイナマリネンの最後の直弟子と噂される大魔術師(アーク・メイジ)にふさわしい格言。

 しかし、それを聞いた二人の商人は顔を見合わせ、沈黙した。


「なにか?」

「いえ、ユウトさんのようなお方が、歴史上存在したのかと疑問に思っただけです」

「そりゃ、俺ぐらいの人間、いくらでもいたでしょう」


 特別でもなんでもないと、ユウトは笑い飛ばす。


「…………」

「…………」


 しかし、今回も、賛同は得られなかった。


 歴史上唯一無二の存在というのはヴァルトルーデのことを言うのだと、堅く信じるユウトには納得しがたかったが、議論しても仕方ないと、本題を進める。


「まあ、そういう裏仕事で解決を図るんなら話は早い。ラーシアに出張ってもらって、警告代わりに送ってきた敵を捕縛してもらって、『丁重に』送り返せばいい」

「送り返すって、商会は九個……。いえ、いいです」


 仮に襲撃者が一人でも、“分割”すれば九大商会に行き渡る。そんな想像に行き当たり、リューディガーは慌てて口をつぐんだ。

 この家宰は、決して残酷でも非道でもない。しかし、彼の仲間までそうかと言われたら、それもまた違う。


「あとは、そうだな……。九大商会に、フォリオ=ファリナとの貿易で財をなしているようなところがあれば……」

「ありますけど……」

「なら、ドゥエイラ商会と世襲議員が役に立つかな」


 フォリオ=ファリナ屈指の――つまり、世界有数の――大商会であるドゥエイラ商会と、九人しかいない世襲議員から圧力をかけられる。


「それは、悪夢ですね……」

「まったくで……」


 想像だけで、レジーナもリューディガーも首をすくめる。想像もしたくない事態だ。


「あとは、このハーデントゥルムの商人も、九大商会と、当然取引はありますよね?」

「その取引を止める……。いえ、逆に利益が出るように便宜を図るのですね? それも、一部の商会だけを対象に」

「そうそう。商業ギルドなんて呼ばれても、実態は一枚岩じゃないみたいだから」

「なんで、魔術師(ウィザード)になったんですか。いや、魔術師になってくれて良かったんですかねぇ……」


 リューディガーは、初対面のとき土下座を選んだ自分を心のなかで称賛した。知力、暴力、権力。そして、財力まで併せ持った相手をどうこうしようというのが、まず間違い。


 そんな男の部下になった幸運をかみしめつつ、ユウトの策謀についていけるレジーナに関しては、言及を避けた。


「そして、アルサス陛下は難しくても、ユーディット妃に王家御用達の看板を授けてもらうぐらいはできるかな……」


 負ける要素がない。

 ユウトは自信満々に断言したが……直後に、あっさりと前言を翻した。


「これは、一番理想的な展開かな」

「……理想的、ですか?」

「ええと、こっちだとなんだったかな。『猟犬に追われて、猟師に撃たれる』だっけ?」


 日本なら、『雉も鳴かずば撃たれまい』といったところか。

 つまり、九大商会が大っぴらに手を出してくれれば、それに乗じて正当防衛として反撃も可能。


「でも、大商会ともなれば、貴族や王宮とも付き合いがあるだろう?」

「そりゃ、そうですが」

「そっち経由なら、少なくとも、俺とヴァルがなにをやったか情報を得られるんじゃないかな」


 最低限、バルドゥル辺境伯の末路を知っていれば、ただの後ろ盾とはいえ、手控える可能性もある。


「その場合、ばれないような小さな嫌がらせに留まるかもしれない」

「確かに、それは面倒ですね。資本力にあかせての、過当な競争でも挑まれたら、お互いに益はありません」


 ユウトの指摘を、冷静に受け止めるレジーナ。

 一方、リューディガーは、話の展開についていけないようで、口をぱくぱくさせている。これは、ユウトに対する経験の差としか言えない。


 そんな支店長を余所に、ユウトはさらに推論を重ねる。


「今話した方針だったら、リューディガー支店長への警告はブラフということになるかな」

「なるほど。警告に従った場合、優秀な支店長を失うことになるわけですね」

「優秀って……。いや、ありがとうございます?」


 困惑気味のリューディガーを横目で見てから、ユウトはため息を吐いた。


「とりあえず、こっちは真っ当な商売で正面突破するしかない」

「ええ。あとは、私たちの領分ですわ」


 在庫も、ノウハウも蓄積している。

 まともに商売ができれば、負けるはずがない。


 それをユウトも把握しているし、信じてくれている。

 そう思うと、自然と胸が高鳴った。


「望むところです。きっと、結果を出してみせます」


 そう心が浮き立つレジーナだったが、不意に、のどになにかが詰まったような表情を浮かべる。

 心配でも不安でもない。強いて言えば、懸念か。唐突かもしれないが、気づいてしまったのだ。


 このやり方でも上手くいくが、それだけでは足りないのではないか。

 そして、それを埋めるのは、自分の他にはいないと。


 衝動に突き動かされるように、考えがまとまる前にレジーナは口を開いた。


「ユウトさん!」

「な、なんでしょう?」


 レジーナの勢いに押され、ユウトは背を仰け反らす。


「僭越ですが、私に考えがあります」

「と、とんでもない。なんです?」

「失敗した場合でも、リスクはまずありません」

「失敗前提というのはなんだけど、まあ、なにがあっても、責任は俺が持ちますよ」


 まだ、なにも話してはいない。

 無条件に寄せられる信頼に、レジーナは重圧ではなく喜びを感じてしまう。


 舞い上がっている自覚があるが、止まらない。勢いに任せて、レジーナが口を開く。


「私に、商業ギルド――王都の九大商会と話をする機会を作っていただけませんか?」


 言ってから、自分の役割がなんだったのか気づく。

 様々な意味でレジーナが覚悟を決めたのは、もしかするとこの瞬間だったのかもしれない。

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