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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火
422/627

プロローグ

お待たせしました。本日から連載再開です。

Episode14 女帝の熾火。前のEpisodeよりは、長くなる予定です。

 人は、生まれながらに哲学者なのか。それとも、ある日、哲学者となるのか。


 もし後者が正しければ、アルシアが哲学者となったのは、まさに今。目覚めたこの瞬間となるだろう。


 起きた瞬間、思考がクリアになっている自分に気がついた。根拠のない万能感に全身が支配され、この世に知らないことなどなにもなく、なにが起こってもすべて許せそうな気がする。


 錯覚。いや、確信だ。


 この世界に、自らと愛しい人が実在しているという事実。

 それにより、自らも影響を受け、構築される。世界は個を内包し、個もまた世界を有している。つまり、同じ世界にいるように見えて、個人個人の世界は異なる。


 ならば、そう。自分はなんて幸せな世界に包まれているのだろう。


 覚醒した瞬間に、そんな思索を繰り広げたアルシア。

 しかし、傍らで眠るユウトの顔を見た瞬間にすべて霧散した。


 見慣れぬ部屋。いつもとは違う場所。

 ベッドの上。ユウトと二人きり。


 名実ともに、夫婦となった。


 その実感に、すべてが上書きされる。


 空中庭園リムナスで行われた結婚式。

 その後、ヴァルトルーデのときと同じく、ハーデントゥルム近郊の温泉宿へと押し込まれた。せっかく、エグザイルが神に頼んで作られた宿も、別荘のような扱いになってしまっている。いずれ、どうにかすべきでは……と、現実逃避しているうちに、二人だけになってしまった。


 結婚式を終えた新郎新婦を二人きりにするのは、当然だろう。だが、新郎には他に妻がおり、妊娠までしているのだから、事情は異なる。他に婚約者であるアカネもいるのだから、アルシアが困惑するのも当然。


 ユウトも、同じ理由で城塞へ戻ろうとしたのだが――


「アルシア、頑張るのだぞ」

「ヴァル、ちょっとなんで応援しているの? 話が見えないのだけど? どういうことなのかしら!?」

「ユウトも、しっかりとな。アルシアを、私の親友を任せるぞ」

「本人の意思を無視して、委ねないでちょうだい。アカネさんもなにか言って」

「そうよ、ユウト。アルシアさんに恥をかかせちゃ駄目なんだから」

「朱音まで……」


 ――と、むしろ、身重の妻と婚約者に勧められてしまった。


 奈落から帰ったばかりだったという疲れもあり、それ以上の抵抗は放棄。別々に温泉に浸かって仮眠を取り、結果、夜中に起きてしまった。


 夜。新郎新婦が二人。特定の話題を避けるように、夜食をとる。

 微妙に間が持てない。

 そのうえ、中途半端な睡眠や食事で、寝ようと思っても寝られなくなる。


 そして――ヴァルトルーデやアカネの。あるいは、ラーシアやエグザイルの思った通りの展開となった。せめて、ヨナの期待通りではないと思いたい。


「その意味が、よく分かったわ……」


 後始末を済ませた大きなベッド――ユウトの故郷ではクイーンサイズと呼ぶのだという――で、熟睡していた二人。カーテン越しにでも日差しが降り注いでいるのが分かり、かなり寝坊をしてしまったことが分かる。


 愛しい人と一夜をともにし、いつの間にか眠っていたようだ。アルシアにとっては未体験の邂逅だったが、相手となったユウト――今や、彼は自分の夫だ――は、違った。

 豊富な知識と経験に裏打ちされた技術。なにより愛に優しく導かれ、神と一体化したトランスに等しい境地に達した。もしかすると、ラーシア――というよりはエリザーベト――に渡したという、秘められし幻想の書ガイド・オブ・ラヴァーズも関係しているのかも知れない。


 そのときは幸せいっぱいだったのだが、今、冷静に考えると別の感想も湧いてくる。


「ユウトくんは、なんて無茶をしてくれたのかしら……」


 悪くはない。決して悪いことではないのだが、完全に身を委ねてしまうのも恐ろしい。この先、どこまで行くのかという不安もある。

 ヴァルトルーデから聞いていた話とも、なにか違う。検証のため、一刻も早くアカネともどうにかなってほしいとも思う。


 そんなことを考えながら、いつかのように、彼の顔を両手でまさぐっていた。始めたのは無意識だ。だが、意識しても、やめようとはしない。


 アルシアと同じ黒い髪。元からなのか、それとも手入れをきちんとしているのか。さらさらといい手触りだ。


 手は耳から、頬。鼻やまぶたを通過し、唇に至る。


(昨日は、ここで……)


 柔らかく潤ったそこを撫でながら回想を始めた瞬間、アルシアは異変に気づいた。

 今はダークブラウンの瞳をさらしているが、真紅の眼帯がなくとも気配には敏感。


「ユウトくん、起きているわね?」

「…………」

「ユウトくん?」

「……そんなにされたら、起きるんじゃないかなぁ」


 あっさりと観念して目を開けたユウトが身を起こす。

 引き締まった上半身を堂々とさらし、意外とたくましい体をほぐすように背をそらした。


「あー。今、何時だろ?」

「お疲れね」

「でも、心地よい疲労って感じかな」

「……まったく。昨日のことといい、ずるいのだから」

「いや、なんか良さそうな感じがしたので」

「初心者相手になにをするのよ」


 求められるのは嬉しい。嬉しいが、どうにも複雑だ。

 だから、枕を叩いて抗議する。

 抗議というには可愛らしい仕草に、ユウトは笑顔を浮かべていたが。


 そして、その笑顔がラーシアにも似た、意地悪なものへと変わる。


「つまり、経験を積めば多少の無理は許されると」

「まあ、そうね……」


 初心者相手に無茶をしてはいけない。

 熟練者なら、多少無茶な真似をしても大丈夫。


 間違ってはいない……はずだ。


「そして、経験を積むつもりもあると」

「そう……なるのかしらね」


 いつの間にか言質が取られていた。

 ユウトが、そんな迫り方をするのはよっぽどのこと。それが、嬉しくないと言えば、嘘になる。


 それに、ヴァルトルーデが妊娠している以上、ユウトを受け止める人間が必要なのは確か。いや、ユウトだって見境のない(けだもの)ではないし、自分も、そういう義務感で受け入れたわけではないのだが……。


「でも、無計画なのは駄目よ。ヴァルがユウトくんの子供を産むまでは……ね?」


 妊婦が妊婦を診察して、お産を助けるなどあり得ない。

 そう自制を促したつもりだったが、困ったような表情と、濡れた瞳で言っても逆効果。そのことに、アルシアは気づかない。というより、想像もしていない。


「とりあえず、休みはあと二日もらえるみたいだよ」

「本当に、休んでいいのかしら?」

「だ、大丈夫だもん」


 仕事が溜まっていることは、ユウトの反応を見るまでもなく分かる。

 致命的ではないにせよ、それでも一緒にいたいと思ってくれているのは、アルシア自身、思った以上に嬉しかった。意識して引き締めていないと、勝手に頬がゆるんでしまうほどに。


 しかし、無計画なのはいけないと言った手前、流されてはいけない。

 それに、ユウトがパーティの司令塔だとしたら、アルシアは舵取り役。しっかりと根付いたストッパーの精神により、なんとか踏みとどまる。


「そういえば、私たちの指輪には、どんな呪文を込めるつもり?」

「……考えてなかったというか、考える暇もなかったなぁ」


 露骨な話題の変更。

 ベッドの上で――しかも、お互い半裸で――する話ではないかも知れないが、ユウトは素直に乗った。彼にとっても、関心事だったのだろう。


「アルシア姐さんの指輪に込めるとしたら、《時間停止(クロノス・アイズ)》か《魔力解体(アイソレーション)》かなぁ」

「……強力ではあるけど、普段使いというわけにはいかないわね」

「確かに」


 切り札と考えれば良いのかも知れないが、せっかくの結婚指輪だ。伝家の宝刀といっても、宝の持ち腐れになってはもったいない。


「となると、《瞬間移動(テレポート)》のほうが実用的かな。往復はできないのが、ややネックになるけど……」

「《瞬間移動》となると、狙って使えるかが不安ね」

「ああ……。確かに、俺もそうだったけど、慣れないと目標の場所からずれたりするしな。こればっかりは、練習あるのみ」

「そう言うけれど、ユウトくんはそこまで失敗はしていないじゃない? フォリオ=ファリナへ初めて行ったときも、ちゃんと宿に移動できたじゃない」

「あのときは、ヴァルやヨナに良いところ見せるために、集中したから」

「私は?」

「アルシア姐さんになら、格好悪いところを見せても幻滅はされないだろうし。むしろ、慰めてくれそう」

「そう言ってもらえると、嬉しいわ」

「ストレートに言われると照れるなぁ。ところで、俺の指輪には?」

「そうね……」


 顎に長く綺麗な指を当てながら、アルシアがしばし考え込む。


「やっぱり、怪我や病気を癒す呪文が良いのではないかしら。今後、なにがあるか分からないもの」

「ヴェルガみたいなことは、そうそう起きないと思うんだけど」

「起きたら困るでしょう?」


 ユウトと違い、アルシアは保険にするつもりのようだった。


「まあ、もう少し考えようか」

「そうね」


 とりあえず、保留ということで話がまとまる。

 元々、話をそらすためのものだし、喫緊の議題でもない。


 一段落したところで、ベッドから出よう。


 そう企図したアルシアだったが、意外に強い力で肩をつかまれ引き留められる。


「アルシア姐さん」

「ユウト……くん」

「呪文を決める前に、有効化しないと」

「昨日、散々したでしょう?」

「毎日やらないと、でしょ?」

「うんっ、もう……」


 微かな抵抗は、あっさりと打ち破られる。いや、元々、拒絶などしていなかったのだ。


 吐息が混じり合い、隙間がなくなり、そして二人は、しっかりと『心を通わせ』た。

10/30に書籍版4巻が発売になりました。

そのあとがきのようなものを活動報告にアップしてますので、よろしければどうぞ。

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