母と娘の英才教育
レベル99冒険者によるはじめての領地経営4巻、本日発売。
記念のWeb版特典短編です。
久々のヴェルガ様をお楽しみください。
数百年後、エボニィサークルと呼ばれる城が築かれる地に、とある母娘が住んでいた。
母の名はベアトリーチェ。
ダスクトゥム神を狂的に愛し愛し続け愛している彼女は、数え切れぬ命を代償に悪神をブルーワーズへ招請し、あまつさえ神を監禁して子を授かった。
その行い、その精神。そして、誘惑されずにいられない、ぞくぞくするようなその容姿。彼女を構成するすべてが、希代の悪女と呼ばれるにふさわしい。
娘の名はヴェルガ。
燃えさかる炎のような赤毛が特徴的な幼い少女。瞳には何者にも屈さぬ、生まれながらの支配者とでも言うべき力強い意思の力が宿っている。
その幼さにもかかわらず。否、幼いからこそか。
淫蕩で淫猥で蠱惑的。そのうえ、背徳的。幼気な半神を美しいと思ってしまう後ろめたさが、また魅力を倍加させる。
この世界で最も美しく、同時に、最も恐ろしい母娘。
しかし、母娘であるからには、やることは世間一般と変わりはない。
今も、娘を寝かしつけるため、母親が物語を語って聞かせていた。
「――こうして、わたくしは、あなたのお父様。ダスクトゥム様を、この世界にお招きしたのよ」
「なんど聞いても、すさまじく、すばらしい話よの」
やや舌足らずな口調で、ヴェルガは母を称賛する。
一緒に横になっているベアトリーチェは、慈母と表現するには妖艶すぎる微笑みで、それを受け取った。
地下に設えられたダスクトゥムとベアトリーチェの愛の巣。数百年後、大魔術師と女帝と聖堂騎士が相見えることになる場。だが、今はまだヴェルガ帝国は欠片も存在せず、未来の帝都には悪神ダスクトゥムを祭る神殿があるのみ。
そのベッドに1メートルにも満たない肢体を横たえながら、瞳を爛々と輝かすヴェルガ。愛くるしく、淫猥な少女だ。眠気など、一切感じさせない。
母と父の馴れ初めは、それこそ、何度も何度も、数えるのも馬鹿らしくなるぐらい聞いている。
それでも、ヴェルガはことあるごとに母へ話をせがんだ。
普通なら――この親子が普通を名乗る資格があるかは別にして――どれだけ恋い焦がれようとも、人と神の垣根を乗り越えようなどとは思わない。
幼いヴェルガにも、それくらいは分かる。
にもかかわらず、敬愛する母はためらいもせずに、垣根を突き破った。
その精神性が素晴らしい。何度聞いても、わくわくが止まらない。胸がすく思いがする。
「でもね、強引にお呼びしたものだから、お父様は怒ってしまわれてね」
あのときは大変だったのよと、頬に手を当てベアトリーチェは言う。そのときのことを思い出しているのか、とても嬉しそうに。
一般的な視点で解釈するなら、それは「のろけ」に当たるのだろうが、もちろん、大変の一言で済ませられる事態ではなかった。
ダスクトゥム神の不在。それは、善と悪のパワーバランスが崩れかねない大事件。
疑心暗鬼が募り、実際、一触即発の事態だったのだが……。
「だから、このお部屋にお連れして、誠心誠意ご奉仕したのよ」
そんな事情など、お構いなし。
奉仕――肉体的に迫り、精神を籠絡し、神を骨抜きにした。
言葉にすれば簡単だが、神が易々とされるがままになるはずもない。いったいなにをしたのかは謎に包まれ、おぞましい儀式を繰り返したに違いないと、後の世に断定されたのだが……。
「私が勝ったら名前で呼んでもらえるように賭けをしたり、あの人のプライドを刺激したりして距離を縮めたりね」
「ふむ。なんの勝負なのかが、何度聞いても分からぬ」
「まだ、ヴェルガには百年は早いわ」
つまるところ、快楽に行き着く。
そして、神と人の交わりが超常のものとなるは必然。
母娘の寝室にもかかわらず、苔むして、壁の所々には血の跡があり、鎖、金属の輪、火かき棒など、ユウトが、なんに使うのか分かりたくないと目を背けた器具がそこかしこに置かれているのがその証だ。
「しかし、必要になってから学ぶのでは遅きに失するのではないか」
「大丈夫よ、わたくしの娘ですもの。必要になれば、本能で分かるわ」
「なるほど。それなら安心だ」
純真で無垢で、淫ら。
その矛盾を体現するヴェルガは、なんとも言えず魅力的。
母であるベアトリーチェが言うとおり、具体的な籠絡の手管など必要ないに違いない。
「目的のためには、手段を選ばず。成功するまで、何度でも挑戦し続けるのが重要なのだな」
「そうよ。それが、大事なの」
「母上が不屈の精神で挑まねば、妾は生まれていなかったのだ。母上が母上で良かったと言うべきであろうな」
「まあ、嬉しいことを言ってくれるわね」
感極まったベアトリーチェが愛しい娘を抱きしめる。
ダスクトゥム神は一足早く天上へ戻り、ヴェルガが成長したならば、ベアトリーチェも追うことにしている。聡明なヴェルガの言葉は、旅立ちの日が近づいている証左。
抱きしめずには、いられなかった。
だから、いなくなった後のことを考えてしまう。
「ヴェルガも、好きな人ができたら、どんどん押していくのよ」
「どんどんか」
「どんどんよ」
ベアトリーチェの豊満な胸に抱かれながら、ヴェルガは母の言葉をかみしめた。
愚直なまでの中央突破。
それを成功させた母の言葉は、確かに一理あるが……。
「しかし、お父様も最初は反発されていたのであろう? あまりに強引すぎるのも悪手ではあるまいか」
「大丈夫。むしろ、最初にがつんとやらないとね」
「がつんか」
「がつんよ」
出会い頭の一撃。
それは確かにインパクトがあるだろう。
だが、それだけで勝てるものなのか。
例えば、そうだ。加えて、所有権を主張するのはどうか。
最初は素直に受け入れられずとも、こちらの気持ちを伝え続ければ、きっとほだされるはず。少なくとも、母ベアトリーチェは、そうやって神を落とした。いわんや、人が抵抗できようか。
「運命を感じたら、即座に婚姻関係へ持っていくとしよう」
後に、その教えは忠実に実行されることになる。
がつんとやられた大魔術師がこの親子の会話を聞いていたなら……懇々と正しい男女交際を語ることだろう。いや、結局のところ、なにもできずに絶望を深くするだけの結果に終わりそうだった。
恋愛に関しては、真っ当な忠告も懇願も届くはずもない。
「そうね。だって、あなたはわたくしの娘だもの。迫られて、落ちない男なんていないわ」
「ふむ。しかし、それもつまらぬ気がするのう……」
ヴェルガの淫蕩な美しさは、蜘蛛の巣のように男たちを捕らえて離さない。ヴェルガが望むまでもなく、世の男はすべてひざまずき、愛の言葉をささやくことだろう。
けれど、それでは面白くない。
望むがままに男を――あるいは女でも――籠絡するヴェルガの魅力。しかし、彼女自身が意識したものではない。それゆえ、誘蛾灯に誘われたように群がる男たちにはなんら興味を抱かなかった。
愛されるのは当然。ヴェルガは、愛したい。
母のように型破りで、父のように特別で。それでいて、自らに興味を抱かぬ者。
彼女の理想は高く険しい。
だが、ヴェルガは、その理想との出会いを確信していた。
「妾のような女にふさわしき男が現れぬなど、世界の損失であろう」
「そうね。必ず現れるわ。運命の男がね」
「うむ……」
ベアトリーチェの優しい言葉。
それへ返答をした瞬間、まるで電池が切れたように、ヴェルガはこてんと寝入ってしまった。
うつ伏せで、紅玉よりもなお赤い髪がほつれ、頬に触れている。
それを整えてやりながら、ベアトリーチェは微笑んだ。
「まあ……。仕方のない子ね」
そして、このときばかりは慈愛に満ちた母親の表情で、すやすやと眠る愛娘に布団をかける。
ヴェルガが巡り会う理想の男。
それが、どんな男なのかは分からないが……。
「覚悟しておくことね。わたくしの娘は、一途で破壊力抜群よ」
少なくとも、それを手にするため、ヴェルガはありとあらゆる努力を惜しむことはない。
その確信が正しいことは、数百年後、証明されることになる。
ヴェルガ様を出す。出すとは言ったが、ロリではないとは言っていない。
というわけで、繰り返しになりますが、レベル99冒険者によるはじめての領地経営4巻本日発売です。
4巻の詳細に関しては、活動報告やツイッター(@fujisaki_Lv99)でもお知らせしています。
そちらも、あわせてご確認いただければ幸いです。
それでは、今後とも本作品をよろしくお願いいたします。