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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第三章 アルシアの決意
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6.過去との対面(中)

『ヴァル、見ての通りだ! 勝った。他の誰でもない、ヴァルのために勝ったんだ』

『まったく、ユウトくんは……』


 力の神の修練場に併設された闘技場の地下。

 選手の控え室で、アルシアはユウトの勝利を見届け――続けて彼がプロポーズをしようとしているのに気付き微苦笑をもらした。


『でも、こんなの特別なことじゃない。ヴァルのためなら、何度だって勝ってみせる。だから、ヴァル――俺と、また、一緒になってくれ!』


 突然上映された映像に、ユウトとアルシアは顔を見合わす。


 どういう仕組みになっているのか、映写幕(スクリーン)にはアルシアの後ろ姿が投影されている。

 つまり、アルシアの視点で構成されたものではない。こうなってくると、彼女の記憶を元にした光景という解釈も怪しくなってくる。


『まあ、これでヴァルも落ち着いてくれることでしょう。しかし、送り出したのは私自身だけど……』


 ここまでは予想していなかったと、小さく首を振る。

 安堵と、わずかな嫉妬。

 そして、嫉妬を感じてしまったこと自体に、小さないらだちを見せる。


『いえ、やきもちではないですが……』


 誰へともなく言い訳。


『ないですが……。ユウトくんのなかでは、あのことは、どう処理されているのかしらね』


 あのこととは、なにを指しているのか。それはユウトにも分かった。

 アルシアの瞳が光を取り戻した直後のことだ。


「それについては、大変申し訳なかったと言いますか……」

「あああああ」


 ユウトが本心から謝罪の言葉を口にしたところ、言葉にならない悲鳴が聞こえてきた。


「アルシア姐さん……?」

「こほん。いい、いいのよ。忘れてちょうだい。いえ、忘れなさい」

「はい」


 ユウトは神妙にうなずいた。確かに、今から蒸し返しても仕方のない話ではある。

 だが、忘れることはできそうにない。そっと、胸の奥にしまっておこうと決意した。


「そういえば、ブルーワーズだと、プライバシー保護の概念とか、どうなってるんだろうなぁ……」

「プライバシー保護というのがなんだかよく分からないけど……。私は、これからどうすればいいのかしら」

「というか、アルシア姐さんにプロポーズした直後にこれって。トラス=シンク神は、地味に怒っているのだろうか……」


 他意がなければないで、無邪気すぎて恐ろしい。


「さあ、先に進みましょう」

「あ、いつの間にか終わってた。……って、いや、あれならまたの機会にでも」

「先に進むわよ」


 なんなら、《魔力解体(アイソレーション)》でこの世界そのものを破壊しても――という提案は、滅多に見たことがないアルシアの笑顔で産声をあげることなく却下された。

 ヨナが目の当たりにしたら、その瞬間に心を入れ替えるだろう笑顔。それに抗する術を、ユウトは知らない。ヴァルトルーデでも、無理だ。


「スパンが短すぎるから、次は、もうちょっと前の思い出が良いなぁ」

「無理でしょうね」


 せめてもと発したユウトの希望はしかし、アルシアの共感は呼ばなかった。

 そして、事実として、正しいのはアルシアだった。


『ユウトくん、こんな顔をしていたんですね』

『相変わらず、なんか恥ずかしいな、これ』


 真紅の眼帯を外し、初めてユウトの顔を見たアルシア。

 彼女は、無遠慮にユウトの顔をなで回しながら、凝視する。


『それに、最初に見るのが俺の顔でいいのかという疑問もあるけど……。まあ、初めてがヴァルだと目が潰れる可能性もあるか』

『なにを言っているのよ。きちんと、責任を取ってもらわなくては困るわ』

『それ、人生で言われたいような言われたくないような台詞のベストスリーに入ると思うな。いや、ワーストか?』


 されるがままになっていたユウトだったが、実は緊張していたことを思い出す。

 軽口を叩いていたが、内心、いっぱいいっぱいだった。


『ねえ、ユウトくん』

『なんです?』

『私と結婚してくれる?』


 もっとも、その後、とんでもない爆弾が投下されて、それどころではなくなったのだが。


『こんな俺で良ければ』

『あなただからよ』


 思えば、ちゃんと返事ができたのは奇跡だったのではないだろうか。もう一度同じことをやれと言われても、自信はない。


「なんか、こう、あれだな」

「なんか、こう、あれよね」


 また、言葉というよりも雰囲気で心を通わす二人。ヴァルトルーデが見ていたら、ほんの少しだけ嫉妬しそうな光景だ。


 そうとは知らず、ユウトは以前出席した親戚の結婚披露宴を思い出していた。新郎新婦の馴れ初めを映像で振り返るという定番のプログラム。

 あれを100倍恥ずかしくしたものを見せられている気分。他に参列者がいないのに100倍だ。凄まじい破壊力を誇っている。

 全知竜ダァル=ルカッシュの精神世界でこれをやられていたら、精神死していたことは間違いない。


「……私は、真紅の眼帯を着けることにするわ」

「ずるっっ」


 耐えきれず、アルシアは自己防衛に走った。

 仕方ないとは思うものの、孤独な戦いを強いられるユウトは思わず声をあげる。


「俺たちは、一心同体で一蓮托生だったはずなのに」

「大丈夫よ。これで、ダメージはユウトくんと同じぐらいだから」

「大丈夫なのかなぁ、それ……」


 大丈夫なはずがなかった。

 とはいえ、進まないわけにはいかない。


 フェルミナ神殿での一夜、ヴァルトルーデの結婚式、ヴェルガとの決戦、ヴェルガの《催眠(ヒュプノシス)》で寝ていた間のこと。

 そして、枢機卿(カーディナル)との決闘、地球にいた間のこと、領地経営を始めた直後のこと、冒険者時代のこと。


 踊り場に到着する度、次々と順調に、映像と音声が流れアルシアの過去が露わになる。


「でも、新しい発見があったのは確かだな」

「ユウトくんにとってはそうでしょうね。ええ、ユウトくんにとっては」


 まるで強敵と戦った後のように疲弊しているアルシアを「まあ、まあ」となだめつつ、先ほど見た映像の感想を述べるユウト。


「まさか、あの件の裏に、アルシア姐さんがいたとは」

「くだらないことで、仲違いするのだもの」


 気を取り直したアルシアが、慣れた様子で階段を下りながら言う。やはり、自分の目で見るよりも真紅の眼帯を装備したほうが動きやすいらしい。


「だって、作戦だったから……」

「そうは言っても、他の女に愛してるとささやくのを見せつけられたのよ。へそを曲げても仕方ないとは思わない?」


 ユウトとアルシアが話しているのは、冒険者時代のこと。


 初めてフォリオ=ファリナを訪れた際、幽霊退治の依頼を請け負った。

 それは見事に解決したのだが、ユウトとヴァルトルーデが冷戦状態に陥るという事態が発生したことがあったのだ。


 未曾有の危機は、ヴァルトルーデが屋台などで大量に購入した飲食物を宿へ持ち込み、二人きりで――しかし、無言で――それを処理するうちに解消されたのだが、裏で糸を引いていたのがアルシアだとは数年経過した今まで知らなかった。


「そのときは、まだ、こう。はっきりと気持ちを通い合わせていたわけじゃないというかさ!」

「それで、はっきりと気持ちを通い合わせるまで、何年かかったのかしら?」

「一年ちょっとかな?」

「二年弱でしょう?」

「そういう計算もあるかもしれない」


 アルシアの歴史におけるユウトは、ヴァルトルーデとともに、迷惑をかけ続けた記録ばかり。

 それが、ユウトがブルーワーズへ転移する前まで進むと、どうなるか。言うまでもないだろう。


「ヴァルトルーデとの思い出ばっかりだな……」

「言わないで」


 顔を覆わんばかりにアルシアが悲鳴をあげる。

 非常に、珍しい光景だ。


 ヴァルトルーデと一緒に、冒険者のまねごとを始めたときのこと。

 まだ子供だった二人が中心となって、オズリック村の危機を救ったときのこと。

 ヴァルトルーデがアルシアに真紅の眼帯を渡したときのこと。

 ヴァルトルーデとアルシアの二人が初めて出会ったときのこと。


 オズリック村で過ごした時代の思い出は、ほとんどヴァルトルーデとともにあった。

 アルシアがどれだけ、ヴァルトルーデのことを大切にしているかがよく分かる。


 それは、外から見れば自明のことだったのだが、本人は自覚が薄かったらしい。それをまざまざと見せつけられ、羞恥心を感じているようだった。


 だが、そんなのばればれだったよ……と、言っても事態は解決しない。それどころか、悪化の一途をたどるだけだろう。


 結局、アルシアは耐えてやり過ごすことを選んだ。


 盲いたアルシアの下に、ヴァルトルーデが初めてやってきたときの映像を最後に、踊り場はなくなった。未だ底は見えないものの、終わりが近いことが肌で感じられる。


「そろそろね」

「うん」


 緊張した声を出すアルシアへの返答は、若干上の空。

 ユウトは、トラス=シンク神の意図を考えていた。


 トラス=シンク神がアルシアの過去を見せたのは――嫌がらせや祝福の類でなければ――必要だったからだろう。


 では、なぜ必要だったのか。

 そして、誰のために必要だったのか。


 解答にたどり着いたのは、最下層に降り立ってから。


 考えてみれば、最初から明白だった。


 そこでは、一組の男女がアルシアとユウトを待っていた。

 それが誰かは、言うまでもないだろう。


「お父さん、お母さん」


 真紅の眼帯を外したアルシアが、万感の想いを込めて呼びかける。

 そう。過去の記憶は、この二人のために必要だったのだ。アルシアの人生を知るべきは、彼らなのだから。


「この人たちが?」

「ええ」


 顔を見たことのないアルシアが断言できるのは、親子の絆だからか。

 それを疑うつもりなどないのだが、ユウトは――半ば予想していたとはいえ――困惑せざるを得なかった。 


 アルシアが父と母と呼んだ相手は、金髪碧眼。顔の造型にも、アルシアとの共通点がまるで見当たらない。

 黒髪にダークブラウンの瞳を持つ彼女とは、まったく似ていなかった。

初めてフォリオ=ファリナに行ったときのことは、来週発売になる4巻の書き下ろし短編の話です。

よろしければ、そちらもどうぞ(久々のダイレクトマーケティング)。


あと、Episode13はあと1~2回で終われる予定です。

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