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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第三章 アルシアの決意
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5.過去との対面(前)

「こんなに暗くなってたのか」


 トラス・シンク神殿から外に出たユウトが、星空を仰ぎ見てぽつりとつぶやく。

 夜だという自覚はあったが、どうやら時間感覚を失っていたようだ。城塞からトラス・シンク神殿へ向かう際、わき目もふらずに走っていたというのも一因だろう。


 地球よりも綺麗な星空に、しばし見とれる。


「どれだけ必死だったのかしら」

「そりゃ、必死にもなるさ」


 そう言って、ユウトはアルシアの手を握った。

 滑らかな感触。緊張のためか、やや汗ばんだ手。洞窟真珠(ケイブ・パール)の指輪の感触が、先ほどのやりとりが現実だったと主張する。


「いわば、人生の分岐点だよ」

「分岐する選択肢があったとは思えないけれど」


 指を絡めるように手を握り合う夫妻が、言葉と笑顔を交わす。

 玻璃鉄(クリスタル・アイアン)に封じられた明かりに照らし出された二人は、まるで祝福を受けているかのよう。幸せの象徴のようにも見えた。


「指輪ができないと先に進めないから、ご飯も食べずに……って、そうか。飲まず食わずだったんだな……」


 高揚と緊張とで忘れていた空腹がよみがえってくる。我慢できないほどではないが、無限貯蔵のバッグに入れっぱなしの保存食でもかじろうか。


 そんなユウトの心算は、アルシアの言葉で霧散した。


「戻ってきたら、なにか作りましょうか」

「え? ああ、そうか」


 以前から、真紅の眼帯で調理自体は可能だったが、あえてやろうとはしなかったアルシア。そのため微妙な反応になってしまったが、他意はない。

 なにより、アルシアが自信を持って言うのであれば、ちゃんとした物が出てくるだろう確信もある。


「良いね。それは、楽しみだ」

「アカネさんに、カグラさんにと、舌の肥えているユウトくんに喜んでもらえるかどうかは、分からないけれど」

「大丈夫だよ。最大の調味料って言うからね」

「そんなにお腹が減っているの?」

「いや、ここは愛情でしょ」


 ユウトの言葉に、アルシアは完全に虚を突かれた。思わず立ち止まり、まじまじと愛を誓い合ったばかりの男の横顔を眺める。


「ほんとに、ユウトくんは……。もう、ばかね……」


 そう、つぶやいて歩みを再開した。

 その歩調は早く、しかし、弾んでいた。


 まるで、不安を打ち消すように。





 ファルヴの街を抜けた二人がたどり着いたのは、夜の墓所だった。


 それ自体が発光しているのか、白い宮殿のようにも見える死と魔術の女神の墓所は夜闇のなかで一際目立ち、輝いている。迷い人を導く灯火のようだ。


 城塞へ向かわず外を目指した時点で、なんとなく目的地は察せられた。

 だが、ユウトにも理由――正確には、動機か――は、分からない。


 そのアルシアは、死と魔術の女神の墓所に近づくにつれ、足取りは重たくなり、口もきゅっと結んだまま開かない。

 繋いだ手も、少しだけ震えている。ユウトを支えに歩いているようにも見えた。


 けれど、重たくはなっても、歩みは止まらない。

 ゆえに、ユウトも黙ってアルシアの横を歩く。


 霊廟を取り囲む自然の庭園は静かで、生き物の気配自体ほとんどない。日本なら肝試しにしか思えないシチュエーション。

 そこを突っ切りそのまま霊廟へと入っていく。


 霊廟の内部は、相変わらず広い。天上まで15メートル近くあり、一番奥まで100メートルはある。

 白亜の外観とは対照的な、漆黒の空間。

 壁に掛けられたたいまつが淡い光で照らし出すそこには、当番の司祭(プリースト)が一人いただけ。彼女も、ただならぬ様子のアルシアとユウトを見て、会釈もそこそこに控え室へと移動した。


 その後ろ姿を眺めながら、前回、ここに来たときはカグラがいたんだったなと、ユウトはふと竜人(ドラコニュート)の巫女の顔を思い浮かべる。


 しかし、それも一瞬。


 アルシアが、紅玉でできた宝塔の前で立ち止まる。

 ユウトは、愛を誓い合ったばかりの妻の横顔をじっと見つめた。そのまま、じっと言葉を待つ。


「両親に、会おうと思っているの」


 霊廟の最奥。行き止まりの場所で、アルシアもユウトを正面から見据える。

 素顔を晒す恥ずかしさはない……と言うよりは、それどころではないといったところか。


 アルシアが発する緊張感に飲まれないよう、ユウトは努めて明るく振る舞う。


「俺を紹介してくれるってこと?」

「いえ……」


 ユウトの確認に、アルシアは目を伏せ首を振った。


「私も、まだ、会っていないの」

「それは……」


 会えなかったのか。会おうとしなかったのか。

 それによって、意味が変わってくる。


 いくら死と魔術の女神の墓所とはいえ、望めば必ず死者の霊に会えるわけではない。多くは偶然の産物だし、最終的には故人やトラス=シンク神の意思に左右される。

 だからこそ、レイ・クルスは面倒な手順を踏む必要があったのだ。


 とはいえ、アルシアもそれに含まれるとは思えない。

 彼女が望むなら、会えるのではないか。


 つまり、アルシアが望まなかったのか、相手が拒否したのか。あるいは、トラス=シンク神が許さなかったのか。

 可能性をいくつかに絞ることはできたが……ユウトでは、それ以上は分からない。


「最初は、お父さんとお母さんから会いに来てくれると思っていたのだけれど……」

「来て、くれなかったのか」

「ええ。それで、意固地になったのかも知れないわね。忙しさもあって、積極的に会おうとはしなかったのだけど……」

「拗ねたってわけだ」


 あえてからかうように、ユウトは言った。

 

 意地を張ったのも、確かだろう。忙しかったのも、本当だろう。

 だがそれ以上に、二番目の可能性――相手が拒否したと、考えたくなかったのではないか。


 なら、自分を伴った理由も分かる。

 そう考えたユウトは、決して深刻にならないよう言葉を続けた。


「そういうことなら、俺もちゃんと挨拶しなくちゃいけないな」

「ゼインさんへの挨拶だけなら、ヴァルのときに済ませていたのにね」

「マンネリは良くないしね」


 アルシアの勇気になれるのであれば、ユウトも、まさに望むところ。

 喜びも悲しみも分け合いたい。


「俺は、どうすればいい?」

「手を、握っていてくれる?」

「分かった。まあ、ずっと握ったままだけどね」

「そういうことは、言わなくて良いのよ」


 ぷいと顔を背け、アルシアはトラス=シンク神の像を見上げた。

 息を吐き、精神を集中し、心を整え、ダークブラウンの瞳をゆっくりと閉じる。


「トラス=シンク神よ。哀れな魂を守護し、安寧を約束する慈悲深き御方よ。我、伏して御身に願わん。汝が許にありし、父母の魂との邂逅を」


 その願いを、死と魔術の女神は叶えた。


 ユウトとアルシアの足元に、闇が広がる。

 しかし、不吉なものではない。静かで、微睡みのように安寧を感じさせる、暖かな闇だった。





 気づけば、暗闇のなかにいた。

 だが、まったく視線が通らないというわけでもない。


 周囲は、ペンキで塗りつぶしたような黒。見渡す限り、果ても分からないほど黒。見ているだけで、思わず飲み込まれそうになる。


 しかし、例外がふたつ。


 ひとつは、足下の白い階段。こちらも、果ては見えない。手すりなどなく、二人並んで歩くのがやっとというスペースしかないが、不思議と恐怖感は湧いてこなかった。


 それは、もうひとつの例外である、隣にいる愛しい人がはっきりと見えていることと無縁ではないだろう。


「これ、一番下まで行ったらアルシア姐さんのご両親に会えるのかな?」

「ええ。恐らく、そういうことでしょうね」


 これも、トラス=シンク神の趣向だろうか。

 それをあっさりと理解し受け入れたユウトに対し、アルシアには戸惑いが見える。


 だが、最終的には神への信頼が勝ったようだ。慎重だが、しっかりとした足取りで階段を下り始めた。ユウトの手をしっかりと握ったまま離さずに、ではあったが。


「底にたどり着くまでに、心の整理をしろってことかな」


 周囲が黒一色で距離感が掴めない。下っているつもりだが、もしかすると、その場でずっと足踏みをしているのかも知れない。

 そんな不安を抱きながら、お互いを道標にして進んでいく。


「どうかしら? 挨拶の言葉を考えておきなさいということもかも知れないわよ」

「なるほど。それはありえる……というか、そうじゃなかったとしても、考えておくべきだった」


 お嬢さんをください。


 オズリック村の領主にしてヴァルトルーデとアルシアの育ての親ゼインには、似たようなことは言った。しかし、あのときは、結婚前。今とは、条件が違う。

 それに気づいた瞬間、この不安定な状況など吹き飛んだ。


「二人目の配偶者ですとは言いにくい……」

「良いじゃない。払う税金も増えて、領地に貢献しているのだから」

「酷いマッチポンプだ」

 

 マッチもポンプもないこの世界でどう翻訳されるのか気になったが、それどころではない。

 ゼインも、アカネの両親も、ある程度こちらの事情には理解があった。けれど、これから会うアルシアの両親は違う。ふざけるなと、門前払いを喰らっても文句は言えない立場だ。


「二、三発殴られるぐらい、覚悟しておかないと……」

「そのときは、私が後で癒してあげるわ」

「かばってくれるんじゃないのかー」

「男の見せ場を取るほど野暮な女じゃないわよ」


 それに対してユウトが言い返そうとしたとき、状況が変わる。

 といっても、些細な変化でしかない。単に、踊り場に行き当たっただけ。


「これだけでも、あると気分が違うもんだな」

「そうね」


 それでも、当事者にとっては嬉しかった。〝虚無の帳〟《ケイオス・エヴィル》の本拠地を踏破し、階段には慣れているといっても、延々と続く階段をただ下り続けるのは精神的にきついものがある。


 踊り場で階段の向きも変わり、さらに先へ進もう――と、したところ。


 本当の変化が起こった。


『間違いないわ。本来は、私が先に気づくべきだったのだけれど』

『そうか。そうか……』


 踊り場の先に、通路となっている階段を丸ごと覆う映写幕(スクリーン)が現れ、アルシアとヴァルトルーデが映し出される。


「ヴェルガの城で……」


 ユウトは、以前、似たようなことがあったことを思い出す。あのときは、ヴェルガと二人だけだったときの光景が中継され大変なことになったのだが……。


 今回、大変な目に遭うのは、アルシアのようだった。


『すまないな。アルシア』


 服を着直し、ベッドに座ったヴァルトルーデが美しい相貌を伏せながら言う。

 どうやら、武闘会が終わった後。アルシアが診察してヴァルトルーデの懐妊を確認したときのようだ。


『なぜ謝られているのか、分からないわね』


 アルシアはヴァルトルーデの横に座り、そっと肩を抱いた。

 普段は対等な二人だが、こうしていると姉妹のようにも見える。


『子供の頃から、アルシアは私に譲ってばかりで……』

『構わないわよ、そんなこと』


 なにを言っているのと、アルシアがヴァルトルーデの額を小突く。


『あなたは、私に光をくれたのだから』

『アルシア……。』

『それに、一番大切な物は、一緒にでしょ?』

『……アカネも、一緒だがな』


 ようやく、ヴァルトルーデがいつもの笑顔を取り戻す。


『さあ、みんなに報告に行きましょう。ユウトくんが喜ぶ顔が目に浮かぶわね』


 その台詞を最後に、映写幕が消え失せた。

 闇が戻り、二人きりの世界に戻る。


 直後――とはいかないが、一分もせずに、ユウトが状況を分析した。


「記憶というか思い出をたどって、過去へ向かうといった感じかな?」

「もしかして、父さんと母さんの所にたどり着くまで、続くのかしら」

「その答えは、トラス=シンク神しか……」


 無情とも言える宣告に、アルシアはなにも言えなかった。

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