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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第三章 アルシアの決意
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4.誓約(後)

すいません。長くなったので、前回の続きとしてサブタイトル変更しました。

あと、前回よりは糖度低めです。

「そうだわ」


 愛しい人の胸に抱かれて、幸福感に身を委ねていたアルシア。

 死と魔術の女神の大司教(パトリアーチ)が、弾かれたように顔を上げた。


 今さらながら、恥ずかしさを自覚した――わけではない。

 そもそも、神殿の執務室には二人きり。悪いことをしているわけでもないし、恥ずかしがる必要など、どこにもない。堂々としていて良いのだ。そう思いこまないと、倒れてしまいそう……などということはない。絶対にない。


 だから、アルシアが気づいたのは別のこと。


「私からも、ユウトくんに渡したい物があるの」


 ずっと、準備していた服。

 まだ完璧とは言えないし、素敵な贈り物のお礼に……なるかどうかは分からないが、彼に見てほしい。冷静な彼女も、その欲求には抗えなかった。


「ああ。もしかしてアルシアの用事って……」


 それだけで、ユウトはなにかを察したらしい。

 得心したとうなずくが、すぐに喉に小骨が刺さったような微妙な表情に変わる。


 言いたいけれど、言えない。

 そんな顔をしていた。


 それも、表情を読むことに慣れていないアルシアでも気づくぐらい、分かりやすい表情。無視するわけには、いかなかった。


 目が見えるようになって、良かったのか悪かったのか。

 そう思いを馳せつつ、アルシアは言う。


「ところで、その、呼び方なのだけど」


 ユウトは、アルシアを名前だけで呼ぶようにしている。恐らく、意識して変えているはずだ。

 しかし、アルシアは普段通り。特に変えてはいない。


 それが、ユウトには不満だったのだろう。


 呼び名は呼び名。それ以上でも、以下でもない。過剰に意識する必要はない。変えなくても構わないし、逆に、この機会に変更するのも悪くはない。


 けれど。


 今、この瞬間というのは、よろしくない。そんな気がする。

 あまりにもセンセーショナルでエポックメーキング過ぎて、歯止めが利かなくなるのではないか。有り体に言えば、タイミングが良すぎる。


 アルシアもそこまで考えたわけではないが、本能的に悟ったのだろう。早口に、反論をまくし立る。


「無理に変えなくても、今まで通りで良いのではないかしら? 意識せず、自然に変わっていくものでしょう? それに、そうよ。いきなり変わっては、周囲からなにを言われるか分かったものではないわ」


 正論。完全な正論だ。

 そして、正論はユウトの弱点でもある。理路整然とした話であれば、自分が不利になっても認めてしまうほど。


 アルシアとしては、そこが実に好ましいと思ったりもするのだが、今は関係ない。


「確かに。ラーシアが……」

「ヨナも、そうかしら」


 アルシアはその場にいなかったが、武闘会でのプロポーズを茶化した前科もあるそうだ。

 その二の舞は、ユウトも避けたいはず。


 その見込みは正しかったが……。


 だが、アルシアはまだ、男というものを知らなかった。


「でも、二人きりのときなら関係ないんじゃ?」

「え……? まあ、そうかしら……?」


 正論に正論で返され、アルシアは納得しかける。

 それは、正直なところ、とても魅力的な提案だった。好きな相手との秘め事に、ときめかない女がいるだろうか。


 ――危険性に、気づかなければ。


「いえ、だめよ。二人きりのときの癖が、みんなの前で出たら困るでしょう」

「ラーシアの弱みのストックは、いくつかあるんだけど」

「使用は許可できません!」


 力強く断言されては仕方がない。

 そう言いたげに、ユウトは肩をすくめる。


 アルシアは、ほっと息を吐いた。

 ラーシアやヨナもそうだが、ヴァルトルーデやアカネへの報告義務もある。ここは、安全第一で行くべきだ。


「可愛いお嫁さんのお願いは聞かないとね」

「だから、もう! そこで、待っていなさい」


 ユウトの故郷には、藪をつついて蛇を出すという故事があるそうだ。

 アルシアは、昔に聞いた言葉を思い出す。


 今回出てきた蛇は最大級で、しかし、幸福をもたらす存在でもあったらしい。


 緩んだ顔を隠すように背を向け、少し乱暴に机の引き出しを開ける。書類や手紙などが収められていたそこが、裁縫道具や服の隠し場所となって久しい。

 慌てて仕舞ったが、しわが寄っていないことにほっとする。


 もう隠す意味はないと、服を胸に抱いてユウトの下へと舞い戻った。


「服?」

「ドラゴンの革で服を縫ってみたの。気に入ってくれると、良いのだけれど」


 押しつけるように渡された服を、ユウトが目の前に広げる。 

 

 襟は大きめ。下襟も太く、胸の前で交差していた。リーファーコートがベースのようで両前掛けになっているが、比翼仕立てのようにボタンは隠れている。また、飾りボタンもないシンプルなデザイン。


 だが、見るからに上質な素材と仕立だからこそ、飾り気のないデザインが引き立つ。

 色は、黒が基調となっている。下襟は金糸で、上襟は赤く縁取りされ、肩章もアクセントになっていた。


 当然ながら、制服よりも華やかでフォーマルな場にも、自然にとけ込めるだろう。それでいて、普段使いでも全く問題はない。

 それどころか、一見しただけでは革製品とは分からない質感でありながら、ドラゴンの革を用いているため、下手な鎧よりも頑丈で防御力もある。


 まさに、ユウトのための服だ。


「これをアルシア姐さんが? 手縫いで?」

「そうよ」


 へえぇと、黒竜衣(ドラゴン・クロース)を表から裏から観察するユウト。

 感動しているというよりは感心しているといった様子なのは、予想――あるいは、妄想――とは異なる部分だったが、悪い気分ではない。


「アカネさんから聞いたわ。今の服も、いつまでも着ていられないって。だから、代わりに……と思って」

「こいつは、制服だからね。そっか、こっちの人には、俺の制服はこう見えてたのか」

「……気に入らないかしら?」


 喜ばれなかったことよりも、喜ばれる物を贈れなかったことが悲しい。

 同じことのように思えるが、アルシアにとっては天と地ほどの違いがある。 


「いやいや、違う。違うから。普通に格好いいよ。ごまかしとかじゃないから。うん、格好いい」

「そう?」

「ああ。ヴァルのおかげで、嘘は吐かないことにしてるんだ」

「それは賢明ね」


 ようやく、二人に笑顔が戻る。

 こんなときに別の女性の名前を出すのはどうなのかと思われそうだが、それは違うとアルシアは思う。


 ユウトとアルシアの二人だからこそ、ヴァルトルーデも引き合いに出す。

 それが自然で、当たり前で。それができるから、二人は一緒になるのだ。


「そういえば、この服って、このままもらっちゃっていいの?」


 アルシアから贈られた黒竜衣を目の前で広げ、サイズを確かめる。ぴったり……かまでは分からないが、問題なさそうに見える。


「あとで、微調整をさせてくれる?」

「それは良いけど……。そもそも、俺の服のサイズよく分かったもんだ」

「……アカネさんに頼んだのよ」

「なるほど」


 ブルーワーズに来てからの話だが、幼なじみに服を作ってもらったことのあるユウトは、それで納得したようだ。

 まさか、自分の服まで持ち出されているとは想像もしていないに違いない。


「格好いい服だから、結婚式に着てねってことなのかと思って」

「そういうことだったのね」


 アルシアは豊かな胸を押さえて、安心したと笑顔を浮かべる。


 だが、山の天気のように急激に表情が曇り、ユウトと顔を見合わせた。


「結婚式か……」

「結婚式ね……」

「結婚式なんだよな……」

「結婚式なのよねぇ……」


 語尾は違うが、意味するところは同じ。

 感情感知の指輪に頼らずとも、アルシアには分かる。ユウトも、一緒だろう。


「……どうする?」

「どうしましょう」


 アルシアとしては、結婚式に憧れはない。

 いや、断言までしてしまうと語弊があるが、ヴァルトルーデの盛大な式を目の当たりにし、それで満足したというのが本当のところ。


 それに、指輪をもらった。服を贈った。

 区切りとしては、それで充分。ヴァルトルーデやアカネと違い、内々のことを担当している自分が、お披露目をしてもらう必要もあるまい。


 それになにより……。


「結婚式となったら、来るよな?」

「いらっしゃるでしょうね」


 最近、武闘会にも降臨していた。分神体(アヴァター)だからという

 あれで、一応、建前は用意しているのだ。そうそう、ファルヴを訪れる理由もないはずだが……。


「でも、トラス=シンク神は、アルシア姐さんのことをかなり気にかけてるからな……」

「一信徒にそこまでされるとは、思えないけれど」

「またまたぁ」


 まったく信じていない様子で、ユウトがアルシアの肩を叩く。ただし、笑顔も声も乾いていた。


「ユウトくんこそ、ゼラス神のお気に入りじゃない」

「なんの因果か」

「……そんな二人が結婚するのよ」

「夫婦神のお気に入りが……か」

「なにもないわけがないわよね」

「せめて、もう施設が増えないと良いなぁ」


 ヘレノニア神の城塞に始まり、美神の劇場、死と魔術の女神の墓所、力の神の修練場、知識神の図書館。そして、花嫁広場の時計塔。

 結婚する度に増えては収拾がつかない。


「やっぱり、結婚式はなしにしましょうか」

「いや、アルシア姐さんだけしないってわけにはいかない」


 それはそれ、これはこれだと、ユウトが力強く断言した。


 嬉しい。素直に、嬉しいと思う。


「でも、派手なのはやめましょうね」

「……だね」


 二人の気持ちがひとつになった、記念すべき瞬間だった。


 だから、だろう。


「ユウトくん」

「ん?」

「一緒に、行ってほしいところがあるの」


 前から考えていた。

 気づけば、厚かましいと思って、口にするつもりがなかった言葉が抵抗なく出ていた。


「いいよ。あ、でも《瞬間移動(テレポート)》は……」


 なにも聞かずに、ユウトは請け負ってくれる。

 いつもそうだ。


 だから、ヴァルトルーデを任せられる。

 だから、自分まで身を委ねてしまう。


「すぐ近くよ」


 そんな内心はおくびにも出さず、ダークブラウンの瞳で夫――そう、もう夫だ――を見つめ、目的地を告げる。

 衝撃と喜びで、ユウトに素顔を晒していることなど完全に忘れていた。

モンスター文庫のホームページで書籍版4巻のカバーが公開されました。

ヴァル×2、アカネと来て、ヴェルガ様です!

http://www.futabasha.co.jp/monster/

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