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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第三章 アルシアの決意

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3.誓約(前)

「ヴァル!」

「うわっ。なんだ、ユウトか。驚かせるな」


 就寝前の穏やかな時間。

 自室でヨナと過ごしていたヴァルトルーデは、突然の訪問者に慌てたような声を上げた。扉の前に誰かが現れた気配は感じていたが、いきなり入ってこられては、いかに聖堂騎士(パラディン)とはいえ、驚きもする。


 ユウトとしては、いきなり室内に《瞬間移動(テレポート)》しなかっただけ配慮したつもりなのだが、伝わるはずもなかった。

 なぜか、机上の紙類をわたわたと片付けているヴァルトルーデを訝しみながら、ユウトは素直に謝罪した。


「悪い。あ、ヨナも一緒だったのか」

「ヴァルの先生だから」

「私とアルシアは、ヨナの弟子だな」


 生徒のほうが誇らしげに言う。

 どこまでも、前向きだ。


 相変わらず殺風景な部屋だが、今は、ローテーブルを持ち込み、ヨナとともに読み書きの勉強を行なっていた。一度は最低限の読み書きを身につけたヴァルトルーデだったが、天上での冒険に武闘会にと忙しい日々を過ごした結果……その一部が、忘却の彼方へ消え去っていたのだ。


 いや、それは正確ではない。

 一部――自分の名前など――を除いて、忘却の彼方へ消え去っていたのだ。

 

「使わねば錆びる。道理だな。だが、研ぎ直せばいいだけのことだ」


 致し方なしと再学習に燃えるヴァルトルーデ。

 その前向きな姿に、ラーシアでさえも目頭を押さえたという。


 それはさておき、勉強中のところに乱入してきたユウト。

 用向きを尋ねられるのは当然の話だった。


「で、ユウトはなにしに?」

「ははは。勉強の邪魔だから出ていけと言われているぞ」

「暇なら、ヴァルには課題出して自習させるから遊ぶ」

「後ろから斬られるとは……」

「ばっさり」


 最近、ヨナをあまり構っていなかったし、そうしたいのは山々だが、今は駄目だ。


「これからアルシア姐さんにプロポーズしてくる」

「そうか……」


 先ほどユウトが入ってきたとき以上の驚きに目を丸くするが、口調は穏やか。

 来るべきものが来た……というよりは、自分のせいでここまでずれ込んだと思っているのかも知れない。


「アルシアをよろしく頼むぞ」

「ああ。任された」


 それ以上の言葉は必要ない。


「うんうん。じゅんちょー、じゅんちょー」


 必要ない。ないのだ。

 我がことのように嬉しそうなヨナの反応に不吉さを感じつつも、報告を終えたユウトは踵を返し――


「ああ、そういえば。アカネから言われていたのだった」


 ――部屋から出る寸前で、呼び止められた。


「ユウトが帰ってきたら、自分のところへ顔を出すよう伝えてくれとな」

「言ってた」

「急いでるんだけど……」

「素直に従ったほうがいい」

「そう……だな」


 アルビノの少女に諭され、ユウトは素直に従うことにする。

 焦りというか、気が逸っているのは自覚していた。

 借りた場所の後片付けをしていないことに気付いても、あまり悪いとは思っていない程度には浮ついている。


 つまり、他人のほうがよっぽど信頼できる。

 ならば、助言に従うべきだろう。 


「ああ、ユウト。戻ってきたのね」


 そこに、タイミング良くアカネが現れた。

 彼女が現れたのは、偶然ではない。


「ルルちゃんに頼んでおいて良かったわ」

「ルル……? ダァル=ルカッシュか」


 名前からたどり着いたのではない。《瞬間移動》してきたユウトの帰還に気づくことができるのが、城塞内では次元竜(クロノス・ドラゴン)ぐらいしか思い当たらなかっただけ。

 とはいえ、アカネの用事は見当もつかない。


「まあ、そのネーミングセンスはともかく、朱音。これから、アルシア姐さんにプロポーズしてくる」

「指輪ができたのね? じゃあ、ちょっと待ってなさい」


 自室へ戻ったアカネが、なにかを取って戻ってくる。

 ユウトは、焦れながらそれを待ったが、その選択は正解だった。


「どうせ用意してないんでしょ? これ使いなさい」


 こうなることを見越していたらしい。

 アカネの掌の上には、リングケースが載っていた。ビロード貼りの箱で、内部はサテン地。黒いシックなケースは、洞窟真珠(ケイブ・パール)の色に合わせたものか。


「それは……」

「まさか、指輪を裸で渡すつもりだったの?」

「……あ」

「まったく、しょうがないわね」


 あきれながらも、嬉しそうなアカネ。

 そんな婚約者の手を握り、ユウトは感謝をしつつ受け取った。


「さすが、朱音。頼りになる」

「頼りになるよりは、愛してるのほうが嬉しいわね」

「愛してる」

「……さっさと、行きなさい!」


 そんな激励の言葉に背中を押され、ユウトはアルシアがいるトラス=シンク神殿へと駆け出していった。





「はい?」


 控えめなノックの音に、アルシアは敏感に反応した。

 机の上に広げていたユウトの服を手早くしまい、しかし、表情は変えずに入室を促す。


 ちゃんと、取り繕えている。


 アルシアはそう信じていたが、誰が来るか分からないのに真紅の眼帯を着けていない時点で、完璧とは言いがたかった。訪問者も冷静ではなかったのは、幸いだろう。


「こんな時間に、ごめん」


 扉を開けて入ってきたのは、予想外の人物。

 いや、予想外ではない。予感はあった。


 けれど、予定ではこちらから行くつもりだった。


「それは構わないのだけど――」


 アルシアは立ち上がってユウトを部屋に招き入れる。

 トラス=シンク神殿にあるアルシアの執務室は整理が行き届いており、急な来客でも不都合はない。


 それなのに、アルシアは緊張していた。妙に、喉が渇いている。


 随分と、くたびれているわね。

 こんな時間に、どうかしたの?


 いつもなら、考えずに出てくる言葉が出てこない。


 不思議な沈黙が、二人の間にわだかまる。


「今さら、なんだけど……」


 その沈黙を破ったのはユウト。

 彼から訪問したのだから、ある意味当然ではある。


 それに対し、アルシアはダークブラウンの瞳で見つめるだけ。

 心臓が高鳴り、顔が火照っている。

 精神では制御できない肉体の高ぶりを自覚し、全身の骨と筋肉がなくなってしまったかのような錯覚を憶える。


 以心伝心――というわけではないが、ユウトがなにを言わんとしているのか分かってしまった。


「アルシア」

「ひゃい!」


 ろれつが回らない。

 ユウトが笑っている。

 自分でも、情けなくて逃げ出してしまいたくなる。


 だが、それはできないし、したくない。


 アルシアは、その場に踏み止まり、呼吸を整える。

 ユウトも、それを待ってくれた。


 部屋の中央で、二人が見つめ合う。

 二人の瞳に、愛する人の姿が映る。


「ずっと、一緒にいたい。だから、結婚しよう」

「……はい」


 プロポーズされるのは、二度目。

 といっても、前回は、結婚を前提に付き合ってくださいというプロポーズだった。今回は、それとはまた違う。


 虚飾を排したからこそ伝わる真意。

 アルシアも、ストレートに応えた。


 目に見えて、ユウトが安心しているのが分かる。ハードルをひとつ乗り越えたのだから、それも当然だろう。

 だが、アルシアにとっては、それどころではない。


 まだ、続きがありそうだった。


「本当は、今渡すべきじゃないかも知れないけど……」


 そう言いながら、ユウトは小さな箱を取り出す。

 制服のポケットに入っていたそれは、アルシアには馴染みの薄い物。


 けれど、それがなにかは理解している。


「ユウト……くん」

「開けてみて」


 こくりと、小さな子供のように素直にうなずき、ビロードのふたに手をかける。


 真っ先に飛び込んできたのは、目が痛くなるほどの白。


 清純、無垢、善良。


 強烈な正のイメージが飛び込んでくる。その正体は、どこまでも白く、穢れを寄せ付けぬ純白の指輪だ。

 細く、身につけていて邪魔にならない白い円環。凝ったデザインではなく、細かい装飾や他の宝石もなかった。ともすれば、安っぽく見えるリング。


 だが、それは美しかった。


 光沢があり、それ自体が輝くようで、不可侵の美を感じさせる。それが、黒いサテン地の内張によく映えていた。


 上品で、厳かで、不変。


 魅入られたように、アルシアは掌中の指輪から目が離せない。

 

「外国行ったときに、この洞窟真珠(ケイブ・パール)を薦められてさ」

「……洞窟真珠?」


 夢のなかにいるかのような、儚い声。

 ああ、そうだ。これは、夢なのだろう。


 夢のような現実に遭遇している。


「不変の性質を持つとされていて、愛を誓うのにぴったりだろって」

「不変……」


 確かに、そうだ。

 これは、何者も侵すことも穢すこともできないに違いない。


「でも、不変なら?」

「俺が呪文でなんとかしたんだ。だから、デザインが素人ぽかったり――って、アルシア姐さん!?」


 なぜか、涙が溢れてきた。


 突然、限界に達したわけではない。

 服を作りながらユウトを想い、過去と未来に思いを馳せた結果、知らず知らずのうちに感情が高ぶり、立った今、決壊したのだ。


「泣くには、まだ早いよ」


 ユウトはアルシアを抱き寄せ、耳元でそうささやく。

 指で涙を拭い、リングケースを手にとって、洞窟真珠の指輪を取り出した。


 リングケースは再びポケットにしまい、アルシアの白く滑らかな――最近の針仕事でも荒れてはいない――手を厳かに握った。


「この洞窟真珠のように、変わらない愛を誓うよ」


 そして、左手の薬指に、純真にして無垢な指輪がそっと嵌められた。


「それから、俺がこうやって綺麗に加工したように、より良い二人になろう」

「ええ……。そうね」


 夢うつつで言葉を返すアルシア。

 そうしながら、表にし、裏返し、まじまじと指輪の嵌まった自分の手を見つめる。


 夢なら覚めないでほしいと願うように。

 これが現実だとかみしめるように。


「ああ、サイズもぴったりだ。良かった……」


 そんなアルシアの気持ちなど気づかずに、心の底からほっとしたとユウトが相好を崩す。仕方がない。最後のハードルを乗り越えたのだ。

 それを見たアルシアは、彼も緊張していたのだとおかしくなってしまった。


 次いで、なぜか悔しさが湧いてくる。醜態を見せたのは自分だけではないか。


「そうね。ここでサイズが違ったら、台無しだったわ」


 ようやく余裕を取り戻し、アルシアは反撃を試みる。


「うん。やっぱり、笑ってくれたほうが良いね」


 しかし、首まで真っ赤になっている状態では、説得力がなかったようだ。ユウトに抱き寄せられ、あっさりと陥落する。


「それは、今後のユウトくん次第かしら」


 せめてもの抵抗にと、アルシアはそっぽを向いて答えた。

 ユウトの胸のなかで。

お陰様で、書籍化の作業は終了しました。

次回の更新は金曜日ですが、来週は通常のペースに戻ります。

今後とも、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ…? アルシア推し!のはずが… アルサス…? あれれ。。。 あれ? アルシア アルサス もしかしてしなくてありえないようななんとなくなんかですか? でなければ紛らわしいってさっき気づき…
[一言] アルサス推しです。 幸あれ!
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