9.諸国歴訪:タイドラック王国(後)
黒ドワーフ。
かつて、法の神ルオルと鍛冶の神ドゥコマースの秘儀を盗み見るという大罪を犯し、神の呪いを受けたドワーフの末裔。
ドワーフの裔であるため、鍛冶や石工などに才能を有するが、それ以来、彼らが生み出した作品はすべて黒ずみ、悪の相を帯びてしまうのだという。
また、黒ドワーフは強欲で嫉妬深い。
彼らが世に出すのは、普通の品だけ。黒ドワーフにとっての普通は、人間でいう上質に当たるのだが、それを超える傑作は秘匿して他人の目には決してさらさない。
それでいて、自分よりも優れた作品には憎しみに近い感情を抱き、見つければ破壊してしまう。
人間社会では生きようがない彼らは、しかし、ヴェルガ帝国では重用された。帝国の生産の大部分を担い、武具を提供しては、自分のためだけに傑作を生み出そうと鎚を振るう。
いわば、芸術家のようなものか。かなりはた迷惑な芸術家ではあるが、結果さえ出せば、ヴェルガ帝国では許された。
女帝ヴェルガが崩御したあとも、それは変わらない。
後継者争いには加わらず、中立としてすべての勢力へ武具を供給し続けていた。もっとも、国外から入ってきた大量の武器により、状況は変化するのだが……。
それはまだ、少し先の話。
そんな内向きと言って差し支えないヴェルガ帝国の黒ドワーフたちが、遠征をしてでも奪還しようとした鉱山がある。
それが、ヴェルガ帝国から独立を果たしたタイドラック王国にある洞窟真珠の鉱山だ。
洞窟真珠を単純に宝石と見た場合、評価は低くならざるを得ない。
白く濁った石は光を受けても輝かず、石自体も美しいとは言えなかった。
では、なぜ黒ドワーフたちは洞窟真珠を愛したのか。
それは、洞窟真珠が持つ不変の性質による。
硬く、金属による研磨すら許さない洞窟真珠は、理術・神術を問わず魔法の影響をほとんど受けない。これには、黒ドワーフたちの呪いも含まれる。
洞窟真珠は、彼らが白さを表現できる、唯一無二の素材なのだ。
「――ということみたいだ」
「なるほどねぇ……」
同じベッドに座り、多元大全をのぞき込むユウトとアカネ。
歓迎の晩餐会――またしても、エルドリックの独擅場だった――を終えたあと、部屋に戻った二人は、エルドリックが言う『ちょいと貴重な宝石』について調べていた。
「結婚指輪とか、愛を誓うにはうってつけの宝石よね。でも、なんで鉱山で採れるのに真珠なのかしら?」
「さあ? 地底湖でもあるとか?」
「そこに、貝がいるわけね……。なかなか、ファンタジーな光景だわ」
鍾乳洞のような場所に存在する、澄み切った地底湖。
わずかな光で水面が輝き、その底には、洞窟真珠を身に宿した貝がひっそりと眠っている。
幻想的な光景を想像したアカネの瞳が好奇心で輝く。
しかし、その輝きは線香花火のように儚く失せてしまった。
「でも、どうせあれよね。真珠が採れるのは、巨大な二枚貝のモンスターとかなのよね。知ってるんだから」
「そうとは、限らないんじゃないかなぁ」
否定はするが、ユウト本人も半信半疑。いや、ほとんど信じていない。
「真珠に似た宝石だから、そう呼ばれてるだけかもだろ?」
「そんなこと書いてなかったじゃない」
「可能性の力を信じるんだ」
「そうでもなきゃ、冒険のお誘いなんてされないでしょ?」
「言うなって」
ユウトはごろんとベッドに転がり、アカネの推測を肯定する。
ただの贈り物ということであれば、その『ちょいと貴重な宝石』をくれれば済む。鉱山の話までしたのは、一緒に取りに行こうということなのだろう。
「まあ、学長先生のお陰で時間の余裕はあるし、行ってくればいいじゃない」
「やっぱ、朱音も欲しいのか」
それなら話は変わってくる。
やにわにやる気を出したユウトが身を起こ――そうとしたところ、アカネに肩を押されて戻ってしまった。
「違うわよ。アルシアさんに贈るのよ」
ユウトに軽くのしかかりながら、子供を叱るように言うアカネ。
髪が頬をくすぐるように触れ、吐息がかかった。初めての状況ではないが、冷静さを保つのに苦労する。
「アルシア姐さんに?」
「そうよ。必要でしょう、結婚指輪」
ヴァルトルーデとは、地球で作った結婚指輪を二人きりで交換した。
それは、今でもユウトの薬指にはまっている。
もちろん、ヴァルトルーデにだけとはいかない。
「真珠を結婚指輪にするのは、どうなんだろうか」
「あれなら、目が見えるようになったアルシアさんに、婚約指輪第二弾でも良いわよ」
「ふむ……」
アルシアへと贈った婚約指輪は、感情感知の指輪。目の見えない彼女には貴重な能力だったが、確かに、重要度は低下しているかも知れない。
そこまで考えを進めたところで、やはり冷静さを欠いていたらしい、ユウトは、ようやく気がづいた。
「というか、アルシア姐さんだけで良いのか?」
「次は、アルシアさんの番だから」
「……そうか」
「このあたしが、内向きのことはしっかり管理してあげるわ。だから、ユウトはばーんとやりなさい。ばーんと」
言いたいことも思うところも、たくさんある。だが、過去を振り返ると、アカネに任せるのが一番だと気づいてしまった。
敵わないなと、ユウトは息を吐き、まぶたを閉じる。
「分かった。宝石を持って帰ってくるよ」
「ん。それでいいのよ」
「指輪はアルシア姐さんにとして。せっかくだから、ネックレスとかイヤリングはどう?」
「私のご機嫌を取る姿勢は評価するけど、止めておきましょ。同じ宝石じゃ、アルシアさんが良い気をしないわよ」
「……頼りになるなぁ」
「頼りにしなさい」
いたずらっぽく微笑み、くちづけをかわす。
その感触に陶然としながら、アカネはほっと胸をなで下ろしていた。
少し前にアルシアから《伝言》の呪文が届き、ユウトが急に帰ってこないようにと依頼されていたのだ。この様子なら、上手くいきそうだった。
(まったく、まとめ役も楽じゃないわね)
そう思いながらも、彼女の表情は実に楽しげだった。
結論から言えば、洞窟真珠をその身に宿した二枚貝のモンスターは存在しなかった。
それどころか、二枚貝も存在しなかった。
しかし、洞窟真珠は確かに存在した。
「まさか、こんなオチとは……」
長大なホワイトワームという、モンスターの腹のなかに。
「なるほどな。真珠だ、鉱石だなんてのは、黒ドワーフどもの嘘八百だったわけだ」
「嘘八百とか、今時聞かないなぁ。ていうか、この世界に、そんな言葉があるのか……」
世界転移とともに備わった翻訳能力の不思議さを、久々に意識する。
やや逃避気味なのは、アダマンティンの長剣でホワイトワームを開きにし、そこから石を取り出さなくてはならないという現実のせいだろう。
エルドリック王率いるパーティのメンバーは、ユウトにクレス。そして、アルサスという豪華だが偏ったメンバー。
ユウトの《天上獅子の招来》で呼び出した天上種の獅子を斥候に、洞窟真珠の採掘には成功したが、どうにも振り回されたという印象が強い。
坑道は広く――ホワイトワームの通り道だからだろうが――数体を道なりに並べて作業をしても不都合はないのは、不幸中の幸いか。
「しかし、まいったな。これじゃ、商売にはなんねえな」
「そんなつもりで、俺を引っ張り出したんですか……」
このブルーワーズには、モンスターとして、多種多様な長虫が存在する。
南方の砂漠地帯に生息するサンドワーム。かつて岩巨人の里を半壊させたロックワーム。麻痺毒を持つパラライズワームなど、実に多種多様。
今回ユウトたちが狩ったホワイトワームは、この地にだけ生息する特異な種だったようで、主食は岩石。
更新された多元大全の記述によると、岩石に含まれる成分が体内で結晶化し、洞窟真珠となるようだ。生物の体内にできるという意味では真珠との共通点はあるが、逆に言うと、それぐらいしかない。
「時には、失敗もする。それが、冒険というものだろう」
だが、満足げな人物が一人だけいる。
約束に従って連れ出したアルサス王だ。
喜び勇んで洞窟へと足を踏み入れたアルサス王は、この日の撃墜王でもあった。そのアルサスが語る言葉に、クレス王子は感銘を受けたようだ。噛みしめるように、うなずいている。
アルサス王が、単純に楽しんでいるだけとは気づかずに。
それも無理はない。洞窟真珠を求めて国境近くの山脈に分け入った四人は、それぞれ背を向け作業をしているところだったのだから。
それにしても、貴公子然とした美少年が、巨大な虫の腹を宝剣で宝剣でかっさばいて粘液まみれになっている図は、筆舌から受ける印象よりも、ずっと酷い。ユーディットがいたら、悲鳴をあげていることだろう。
だが、アルサス王本人に不満はないようで、むしろ嬉しそうだった。
「ところでよ、取り出したは良いが、どうやって加工するよ」
いち早く摘出作業を終えたエルドリックが、手のひらで洞窟真珠の原石をもてあそびながら言う。
小さいものであれば、このように手のひらで持てる程度。大きなものは、人間の頭部ぐらいある。そのまま飾っても美しいとは言えない洞窟真珠では、子供が河原で拾ってきた珍しい形の石ほども価値がない。
「加工できなかったら、投石部隊に配備するぐらいしか使い道がねえぜ」
「とりあえず、最強の矛と無敵の盾をぶつけてみましょうか」
ユウトは小さめの洞窟真珠を地面に転がし、それよりは大きなもうひとつの洞窟真珠を上から叩きつけた。なんとなく、石器時代な気分だ。
甲高く澄んだ音が洞窟全体に鳴り響く。
「う~ん。微妙……」
「いや、傷ついてるじゃねえか」
やや興奮気味のエルドリックとは対照的に、ユウトは浮かない顔。
剣で斬っても歯が立たなかったのだから、エルドリックが高ぶるのも分かる。だが、ついたのは、小さな傷がひとつだけ。加工しようと思うと、気が遠くなってしまう。
そこに、クレスとアルサスも作業を中断して駆け寄ってくる。
「でも、不変だったはずじゃ……」
「真相は、こんなところか……。いや、本当に絶対不変では、黒ドワーフたちも加工できまい。先に気づいてしかるべきだったか」
この二人は、伝説の真相を目の当たりにして、むしろ落胆しているようだった。
もしかしたら、不変の性質を持つ洞窟真珠でなにか武器か防具でも作れないだろうかと期待していたのかも知れない。
「まあ、傷をつけられると分かっただけでよしとしましょう」
加工の目処は立っていないが、入り口には立てた。
呪文が駄目なら、超能力ではどうか。それらが駄目なら、神力解放をしたらどうか。
持ち帰って、実験したいことはいくらでもある。
「そうだな。俺たちは数を集めて、撤収するとするか。はぁ……。しかし、ローラへの土産はどうすっかな」
「それは、ご自分で考えてください。っていうか、洞窟真珠の採掘だけに来たわけじゃないでしょう?」
ユウトの指摘に、エルドリックがニヤリと笑う。
そして、ユウトではなくアルサスへと向き直った。
「そうそう。アルサス王」
「なんでしょうか、改まって」
「なんかよ。レイのやつがヴェルガ帝国を乗っ取るとか言い出しやがったからよ。例の同盟の件、さくっと進めようぜ」
「なっ……」
軽く言われた情報は、アルサスのみならずユウトをも絶句させた。
クレス王子など、なぜそうなったのかと目を白黒させている。
「こちらの体制が整うまで静観というわけにもいかなくなったか……」
「いえ。こちらから侵攻でもすれば、逆に結束をされる可能性も……」
秘密裏に、この話をするためにこんな僻地へ連れ出したのか。
なにか裏があるだろうとは思っていたが、なんとも、頭が痛い問題だ。
「だからこそ、同盟を結んでおく価値はあるだろ?」
「是非もないようです」
英雄王と英雄を目指す王が、握手を交わす。
これで方針は決まり、実務の話となる。
「《瞬間移動》要員として、俺まで駆り出されそうな予感が……。今度、子供が産まれるのに……」
「ははははは。子供に平和な世界を残すためだ。苦労のし甲斐があるだろうよ」
喫緊の課題とはいえ、すぐに進む話ではない。ユウトの出番はかなり先のことだろう。
まずは、洞窟真珠自体で指輪を作ってみよう。
もちろん、ホワイトワームという出元は秘密にして。
なんか、アカネがヒモを養ってる女の人みたいになってしまった……。
というわけで、EP13第二章終了。
幕間を挟んで、次はアルシア姐さんメインの第三章です。