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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第五章 決意編

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11.決戦(後)

 水竜の崩落に巻き込まれないよう距離を取ったヴァルトルーデは、血塗れになっても輝きを失わぬ討魔神剣を一振りし、視線をイグ・ヌス=ザドへと向ける。

 切り札である《降魔の一撃》を温存したまま水竜に勝利したというのに、笑顔ひとつ見せていない。


「――――」


 そしてまた、トリアーデもなんら感情の動きを見せない。仮面に隠されているからではない。実際、予想通りの結果だったからだ。


 雲霞の如く押し寄せ、イスタス伯爵領を滅亡の際に立たせた魔物の軍勢は壊滅。


 邪悪なる蜘蛛の亜神イグ・ヌス=ザドも、たった一人の岩巨人に足止めされ、数名の冒険者に莫大な生命力を削り取られている。冒涜的なカリスマは直視しないことで無効化され、再生能力も追いつかない。


 イグ・ヌス=ザドの攻撃は、確かに岩巨人(ジャールート)――エグザイルを追いつめている。しかし、殺しきれない。殺しきれないとなれば、紅の眼帯を身に着けた司祭――アルシアの呪文で癒やされる。

 一方、死巨人の急所を貫き射殺した草原の種族(マグナー)――ラーシアは、《完全透明化(インコグニション)》の呪文で姿を隠しつつ盛んに射かけてきており、人造勇者(チャンピオン)――ヨナの超能力共々遠距離からの火力は衰えない。


 そして、その行動を支えているのが、忌々しき魔術師――ユウトだった。


 無論、そのすべては限りある行動だが、イグ・ヌス=ザドの生命力もまた同様であると思い知らされている最中。


 誤算は数あるが、今、最ものしかかっているのは毒だろう。

 竜すら殺すイグ・ヌス=ザドの猛毒。

 様々な呪文の効果で、最大の武器を無効化されている。


 相手がただの軍隊なら、蹂躙して終わりだっただろう。

 敵がただの英雄だったならば、やはり苦もなく打倒していたはずだ。


 しかし、仇敵は冒険者だった。


 用意周到で、抜け目のない。勝利のために準備を怠らぬ、忌々しき存在。

 ならば――簡単な話だ。

 掛け金を上げ、更なる鬼札を切る。それだけだ。


「我が魂を喰らえ、陰泉の短剣(シャドウウェル)


 逡巡も躊躇もなく。トリアーデは、漆黒の短剣を己の心臓に突き立てた。

 仮面に遮られ、表情は窺い知れない。だが、仮面がなかったとしても、その下の表情が仮面よりも表情豊かとも言えまい。


「ユウト、アルシア。ヤツは、いったいなにをしている?」


 正気とは思えない――元々、狂信者だが――行動に、水竜を屠ったばかりのヴァルトルーデが仲間に問う。


「あれは――秘法具(アーティファクト)か!?」

「邪悪な気配を感じます。自らの命を代償に、なにかを召喚をしたのでは?」


 二人の推測は、半分だけ正解だった。

 発動した陰泉の短剣は、トリアーデの命を吸い上げ黒煙にも似た瘴気を噴き上げ始める。それは影となって、細身で巨大な異形を象った。


「たぶん……。アンブラル・デーモンだが……」


 その姿を見て、ユウトが敵の識別に成功する。

 下方次元、奈落に住まう悪の相を持つデーモン種。悪神によって創造された魔物たちは、やはり悪を奉じる神官や魔術師の求めに応じてブルーワーズなどの物質界に現れることがある。


 アンブラル・デーモンの属性は、混沌、影、悪、闇。

 実体を持たず、闇の中に潜んではあらゆる生物を狩りたてる残忍な狩人。

 だが、今のユウトたちにとって脅威を感じるような相手ではない。


 つまり、それが一番の問題だ。

 なぜ、そんなデーモン種を命を捨ててまで召喚したのか。


「創生せよ」


 召喚されたアンブラル・デーモンがイグ・ヌス=ザドと徐々に一体化を始める。


 アンデッドのみならず、物質界の生物に憑依をし、意のままに操るデーモンもいる。

 キマイラやフレッシュゴーレムのように、異なる生き物を融合する技術もある。

 しかし、これはそのいずれでもない。


 イグ・ヌス=ザドを完全に覆い尽くした影。

 光を通さぬその中で、イグ・ヌス=ザドは生まれ変わろうとしていた。

 あのイグ・ヌス=ザドは、絶望の螺旋(レリウーリア)の眷属は、アンブラル・デーモンとの間に生まれたハイブリッドであると。そう、秘法具の力により、因果が書き換えられている。


「グルオオオォンンンッッ」


 産声が轟いた。

 影が晴れ、その中心により深い闇が蠢いている。


 紅く妖しく光る四対の眼。全身を覆う繊毛。艶消し黒の背甲。細く長い八本の脚。足の先端に生えている鉤爪。大顎と鎌状になった鋏角。

 確かに、巨大な蜘蛛の亜神の特徴を残している。しかし、曖昧な輪郭は、まるで影絵のように朧気。

 それでいながら、漏れ伝わる邪悪の気配は周囲を圧倒する。擬似的な視覚に切り替えていても、その存在だけで膝を屈し、あるいは恐慌状態に陥りかける。


「だが、殴れば死ぬのだろう?」


 しかし、エグザイルは前に出た。

 デーモンにも、アンデッドにも勝利した経験がある。

 確かに実体を持たぬクリーチャーには、体感で半分程度しか手応えがなかった。


「下がれ、おっさん」

「心配するな、二倍殴る」


 そう。死ぬまで殴れば死ぬ。

 信念を乗せて、エグザイルがスパイク・フレイルを振り回す。狙う必要はない。ただ全力で、殴り抜ける!


「邪魔だ。だが、どけとは言わぬ。一人ずつ殺す。魂を捕らえ、蘇生呪文も使えぬようにする」


 トリアーデの冷たく静かで不気味な言葉。

 それはイグ・ヌス=ザド:アンブラルの口――既に生物的な意味は持っていないだろうが――から、低く響いた。


「順番に、丁寧に、確実に、殺してくれる」


 初めての感情がこもった言葉は、皮肉にもイグ・ヌス=ザド:アンブラルと同化してからのものだった。

 それでも構わず、エグザイルはスパイク・フレイルを振るい続ける。


「オ、オオオオッッ」


 雄叫びと共に、エグザイルは一歩も引かず殴り続ける。

 影の蜘蛛神は、足下であがき続ける岩巨人を一瞥し、曖昧模糊としながらも堅牢無比な鈎爪を無慈悲に振り下ろした。


 しかし、エグザイルは意に介さない。無謀に思えるが、狂乱状態の彼にも、勝算があった。

 デーモンにも、アンデッドにも勝利した経験がある。

 もちろん、その攻撃を身に受けたことも。


 霊体を持つアンデッドの攻撃は、強固な鎧も魔法的な防御をも貫く。しかし、その分、物理的な攻撃をすることはできない。精力を吸い取り、肉体を衰弱させる。

 血は流れなくとも致命的な事態は起こりえるが――その攻撃は、アルシアが事前に付与した《生命の防壁(ヴァイタル・ウォール)》で防ぎきれるはずだ。


 巨大な鈎爪の攻撃は当たるに任せ、実際、影の爪はエグザイルの盾を鎧を透過し――岩巨人の肉体に触れる寸前で実体を取り戻した。


 エグザイルの開き直り。

 そのスタイルは、単純であるが故に強い。

 だが、同時に、脆い。

 より強い力の前には。


「ぐぬぅ」


 エグザイルの胸にイグ・ヌス=ザド:アンブラルの巨大な爪が突き刺さり、抉り、刺し貫く。いかに頑丈な岩巨人でも、これではひとたまりもない。

 しかし、エグザイルが崩れ落ち膝をつきかけると同時に、その体がまばゆい光に包まれる。

 トラス=シンク神の聖印がエグザイルの体に浮かび上がり、《不屈の契約(フォーティテュード)》の呪文が発動。エグザイルは意識を取り戻す。


 だが、更にイグ・ヌス=ザド:アンブラルは長大で強大な鋏角をエグザイルへ向けていた。

 それに抗する術はない。


 すべての防御をすり抜け、影が串刺しにした。瞬間、岩巨人の心臓から鼓動が失われる。


 死。


 その窮地を、神の加護が救う。

 再度、エグザイルの体が光に包まれた。


 今度は《克死の(フェイト・オブ)天命(・アンデス)》が自動起動して瞬時にエグザイルを蘇生させるものの、これで事前にかけておいた支援は品切れだ。

 更に、イグ・ヌス=ザド:アンブラルの攻撃はまだ終わらない。宣言通り丁寧に確実に殺そうとしているのか、影の鋏角を引き抜くと同時に再び鈎爪の一撃を見舞う。

 淡々とした、作業のような攻撃。


「其を障害より救いたまえ、《不撓不屈(インドミタビリティ)》」


 致命傷となるその寸前。

 アルシアがエグザイルの前面に神術魔法による障壁を張って、なんとか最小限のダメージで猛攻を切り抜ける。だが、紙一重だった。

 衝撃までは殺しきれず、不沈艦のような頼もしさを誇ったエグザイルは地面に倒れ伏し、スパイク・フレイルもその手から離れてしまう。


「おっさん!」


 この戦闘が始まってから、初めてユウトは焦りを感じた。


「これ以上はやらせないよ!」


 そこに、ラーシアが割って入る。

 弓矢では効果が薄いと、代わりに魔法の短杖(マジック・ワンド)を取り出し――相変わらず《完全透明化》により姿は見えないが――イグ・ヌス=ザド:アンブラルに向けて振り下ろした。


「《理力の弾丸(フォース・ミサイル)》」


 幾条もの魔力の矢が影の巨獣の背後から放たれ、一斉に殺到する。

 魔力が力場を形成した矢であれば、確かに非実体の対象に有効打を与えることができるだろう。


 というよりも、火炎や冷気など一般的な属性などに比べニュートラルで耐性を持つクリーチャーは存在しないと言った方が正しい。

 それが冒険者の常識。

 故に、例外があるなどと想像もしていなかった。


「我らが主、絶望の螺旋は力場を司る。それを以て抗しようなど、笑止」


 巨大にして邪悪なる蜘蛛の亜神から放たれる、低く不吉な言葉。

 その輪郭が歪み、渦を巻き、ラーシアの魔法の短杖から放たれた力場の矢を掴んだ。


 力場歪曲。

 直進していた力場の矢は一転。発射地点――ラーシアへと反転していく。


「うおおっう? なにこれ、ありえないんだけど!?」


 なにもない空間からラーシアの悲鳴が上がり、地下空間に木霊する。しかし、それもすぐに着弾の衝撃にかき消された。


「生きてる! 大丈夫! だけど……」


 身軽なラーシアのことだ。まともに直撃はしていないだろうとは思っていたが、その声にユウトたちが安堵する。

 しかし、これでラーシアは有効な攻撃手段を喪失してしまった。

 現実が、重くのしかかる。


 〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)と戦っていた時に、こんな力を使ってきた相手は絶望の螺旋の司祭やモンスターを含め誰もいなかった。となれば、言うほど簡単ではないのだろう。なんらかの制限があり絶対とは言えないかも知れないが……。


「試す気にはなれねえな」


 そう吐き捨て、ユウトはイグ・ヌス=ザド:アンブラルを正面から見据える。

 完全に、流れを持っていかれてしまった。立て直す必要がある。そのためには、時間が必要だ。


「《理力の棺(フォース・コフィン)》」


 ユウトの呪文書から8ページ分が切り離され、イグ・ヌス=ザド:アンブラルを取り囲む。制止すると同時にそれぞれが光で結ばれ立方体の頂点となった。

 この第八階梯に分類される理術呪文は、純粋な魔力で作られた檻で対象の周囲を取り囲み行動を制限する。

 物理的な手段では破壊することはできず、一部を除いて呪文すら寄せ付けない。対処方法を持たぬ相手には、これでだけで“詰み”となる場合もあるのだが……。


 あれを相手にして、そんな甘い見通しは持っていない。

 欲しいのは時間だ。

 案外あっさりと捕まえられたことを不審に思いつつも、ユウトは次の呪文を用意する。


「《時間停止(クロノス・アイズ)》」


 第九階梯の呪文を完成させたユウトは、再び刻が停止した空間の住人となっていた。

 念のためもう一回分準備していたのだが、無駄にならずに済んで良かった。

 一人きりであることを残念に思いながら、色を失ったこの世界で、ユウトは呪文を使う素振りも見せず思考に没頭する。


「まず、状況は悪くない」


 そう、なんかんだと一対六だ。圧倒的な数の不利を覆したのだから、状況が悪いはずがない。

 問題は、その内の二人には戦力外通告をせざるを得ないことだろうか。


「まあ、おっさんもラーシアもよく頑張ってくれたしな。実際、かなり助かった。後は……残りの面子であの怪物をどう倒すかだが」


 厄介なのが、あの非実体化だ。

 呪文書へ書き写した手持ちの呪文に攻撃呪文はいくつかあるが……。


「あれくらいのレベルになると、呪文も抵抗される可能性が高いからなぁ。ヨナも、精神力がいっぱいいっぱいだ。となると殴るしかないんだが、非実体なのが……」


 そして、思考がループする。


「だいたい、あんな巨体でアンデッドみたいに霊体とか、ありえねえだろ。どんなチートだ……って、アンデッドか。可能性はあるな」


 偶然気づいた他の危険について頭にメモし、アルシアに任せようと決めた。

 思考を再びイグ・ヌス=ザド:アンブラル対策へと向ける。


「探せばあるかも知れないが、あれを封印するような手札はない。交渉なんてありえない。撃退で済ますことも、逃がすこともできない」


 思いつくまま、取りうる手段を挙げては却下していく。


「そして、この場で絶望の螺旋の(・・・・・・・・・・)復活がありえない(・・・・・・・・)以上、神々の助力や介入も起こらない」


 背後のオベリスクを意味ありげに見上げながら、ユウトはつぶやく。

 こうなると、結論はひとつだ。


「最後は、ヴァルトルーデか」


 もう有効打を放ちうるのは彼女しかいない。というよりは、ヴァルトルーデしかない。《降魔の一撃》を温存できたのは僥倖としか言いようがなかった。


「じゃあ、やるべきことはひとつだな」


 ヴァルトルーデが、英雄が、愛する彼女が。

 全力で剣を振るえるように支える、場面を整える。


「それが、俺のやるべき事だ」


 すっきりとした笑顔を浮かべ、ユウトは《時間停止》を解除した。

 世界に色と音が戻ると同時に、矢継ぎ早に指示を出す。


「おっさんとラーシアは距離を取って待機。充分働いてくれたから、後は死なないことが仕事だ。ヨナは、ヴァルにあわせて援護をしてくれ」

「うん。やるだけやるよ」

「……やむを得んな」

「アルシア姐さんは、この場の死者の浄化を。トリアーデに死体を使われる可能性がある」

「……そうね。任せてちょうだい」


 アルシアが胸に下げた聖印を握り、死と魔術の女神に祈りを捧げる。


「ヴァルトルーデ、俺が必ず届ける。だから、後はすべておまえに任せるぞ」

「分かった!」


 ユウトの指示を聞くが早いか、ヴァルトルーデがイグ・ヌス=ザド:アンブラルへと向けて進撃を始める。

 しかし、イグ・ヌス=ザド:アンブラルの意識は、アルシアへと向けられていた。

 イグ・ヌス=ザド:アンブラルの影そのものの体がわずかに揺れる。人間で言えば、憐憫と侮蔑に近い感情の動きだ。


 ユウトの指摘は、まさに正鵠を射ていた。

 わざわざ《理力の棺》に囚われたままであった理由。それが、大呪文を発動するための精神集中を妨げられぬためだった――などと説明をする必要はないだろう。堅固な牢獄は、外からの脅威からも囚人を守るなどとも。


「今頃気づいても、遅い」

「いいえ、遅いことなどない」


 絶望の螺旋と、トラス=シンクと。

 異なる神に仕える使徒の視線がぶつかり合う。


「《不死者の軍勢よ(アンデス・レギオン)》」


 呪文が完成したのは、トリアーデが先だった。

 取り囲む《理力の棺》を闇が埋め尽くし、浸食し、継ぎ目も隙間もないはずの純粋魔力の檻を影が浸透し、周囲にわだかまる。

 充満する死の気配。


 いや、元々死に満ちていたのだ。

 ゴブリンがコボルドがサハギンがオーガが巨人が水竜が。

 その朽ちた肉体が、怨嗟に満ちた魂が。影の中で一体また一体と立ち上がる。

 軍団を結成し、蹂躙し、復讐を夢見ながら。


「死と魔術の女神、心優しき導き手、詠唱者の女王、紅髄の大烏。死者の安寧の保護者よ。そこに横たわるは悪しき者なれど、慈悲深き御方の手により、安寧を与えられんことを――《奇跡(テウルギィ)》」


 祈りの完成は遅かった。

 しかし、確かに届いた。女神は、愛娘に応えた。


 光の射さぬ地下空洞に、暫時、太陽が出現した。

 暖かな日の光ではない。凍てつく寒さの中、それでも天にあって人々を照らす苛烈だが優しい陽光。

 それを受けて、怨念が浄化され、不死者は浄化され死者へと戻り、死体そのものが光の粒子となって消えてゆく。

 まさに奇跡。


「構わぬ」


 目の前の奇跡的な光景に、トリアーデはなんら心を動かされた様子はない。忌々しいとも思っていないかも知れない。

 ただ目的を遂行するため、影の触手を伸ばして《理力の棺》を解除していく。

 まるで糸を解くように、するすると。


「ああ、イヤになるぜ。《魔力解体》クラスじゃねえと解除されねえのに」


 あり得ない光景を見せられて、ユウトがぼやいた。そうしながらも、自らに《飛行》呪文をかけてヴァルトルーデの後ろに移動する。

 射程の問題で、近づかなければならないのだ。

 この中で肉体的に最も貧弱な自分が近づくのに勇気は必要だったが、勝利のためにも、また必要なのだ。


「だが、身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ――だ」

「どういう意味だ?」

「自らの命すら犠牲にする覚悟があってこそ、窮地を脱して成功を掴めるって意味だ」

「良い言葉だな」


 いつもながら前向きなヴァルトルーデから勇気を与えられ、ユウトは笑った。そして、こんな状況でも笑っている自分に驚き、また笑った。

 ああ、そうか。だから、俺は簡単にあんな選択を下したのか。

 後で怒られるだろうなと思うが、今は、それで、充分だ。


「イル・カンジュアルを滅ぼしたのは、貴様か、聖堂騎士(パラディン)

「ヴァルトルーデ・イスタス。そして、貴様を滅ぼすものでもある」


 目前に迫ったヴァルトルーデに対し、トリアーデがイグ・ヌス=ザド:アンブラルの口で呼びかける。ほとんど、確認のようなものだったが。


 語る言葉など無い。

 語る必要も無い。

 決して相容れない存在同士、道が交わったからには、相争う他にない。


「そうか。だが、確実に殺すと言ったはずだ」


 重低音の殺意。

 エグザイルに対してそうしたように、巨大な影の爪が鋏角がヴァルトルーデへと殺到する。さらに、影の糸が束になって覆い被さってくる。

 突撃態勢に入ったままのヴァルトルーデに、その攻撃への対処は不可能だ。


 ――ヴァルトルーデには。


《次元(ディメンジョン)(・ポータル)》」


 飛行状態のユウトが、そこに割り入って呪文を発動する。

 次元門の簡易版とも言える、第三階梯の理術呪文。


 ヴァルトルーデとイグ・ヌス=ザド:アンブラルの間に、白い扉が現れた。なんの脈略もなく、突然に。

 それに、ヴァルトルーデは躊躇なく飛び込み、イグ・ヌス=ザド:アンブラルの猛攻は《次元扉》を破壊したのみで虚しく空を切った。

 ヴァルトルーデの姿を求め、イグ・ヌス=ザド:アンブラルが周囲に知覚を広げ意識をそらす。

 それを待っていたかのように、ふたつの声が轟いた。


「《ルミナス・ワールド》」

「《光輝襲撃(シャイニングアサルト)》」


 ヨナの超能力とアルシアの神術魔法。

 異なる源から放たれた光が、闇影を打ち払う。

 それは確かに一時的なものであろうが――その一瞬を作り出すために、全力を傾けているのだ。


 更に、スパイク・フレイルが霧のようなわだかまりへと巻き付き、長い鎖でイグ・ヌス=ザドをその場に縛り付ける。


「へへ……。とっておきを使っちゃった」


 見れば、エグザイルのスパイクド・フレイルがぼんやりと青い光を放っていた。


「ゴーストタッチの霊薬か。ラーシア、最高だぜ!」


 ヴァルトルーデにも伝わるよう、ユウトは声に出して言った。

 打つ手が無くなったラーシアは密かに機会をうかがい、最高のタイミングでエグザイルに最も効果的なアシストを行なったのだ。


「ラ、ァアアアアッッ」


 全力で。

 筋繊維をフル稼働させ、全開で鎖を引く。

 相手が強大すぎる故にか、数分は保つはずの霊薬は瞬く間に蒸発し、ほんの数秒で戒めが解かれ、スパイクド・フレイルは地に落ち、蜘蛛の亜神は自由を取り戻す。

 十秒、いや、五秒もあっただろうか。


 だがそれは、致命的な空隙。

 仲間たちのその尽力で、イグ・ヌス=ザド:アンブラルはヴァルトルーデの姿を見失う。


「行け!」


 ユウトは叫んだ。

 冷静に考えたならば、なにか呪文で支援ができたかも知れない。

 だが、そんなことは考えつかず。


「ヴァルトルーデ!!」


 ただ、愛しい人の名を叫んだ。


「私の《降魔の一撃》は、ただの《降魔の一撃》ではないぞ」


 ヴァルトルーデは、正面にいた。

 神々しい、神の化身にも劣らぬ聖堂騎士。


 次元の扉を抜け、イグ・ヌス=ザド:アンブラルの真っ正面に瞬間移動したヴァルトルーデが飛行の軍靴で中空に留まりながら、討魔神剣を高々と掲げる。


 神が自らの聖堂騎士に授ける、《降魔の一撃》という特殊な力。

 それは、千差万別とは言わないが、使用者の力量により変化する。

 威力や一日の使用回数は当然。

 ある聖堂騎士の《降魔の一撃》は衝撃により敵を地に伏させ、またある者の《降魔の一撃》は装甲を紙のように切り裂く力を持つ。


 そして、ヴァルトルーデの《降魔の一撃》は、決して悪を逃さない。

 火の精霊皇子であろうと、悪魔諸侯であろうと、実体を持たぬイグ・ヌス=ザド:アンブラルであろうと。回避を許さぬのが、ヴァルトルーデの《降魔の一撃》だ。


「聖撃連舞――陸式」


 真っ正面から縦にイグ・ヌス=ザド:アンブラルの頭部を十字に切り裂く。

 次いで足に斬りつけ、再び飛び上がって鋏角折り、その余勢を駆って中空で宙返りをして首の付け根に刃を突き立てた。


 悲鳴も断末魔の絶叫も上げる暇も与えぬ連撃。

 その一撃毎に、イグ・ヌス=ザド:アンブラルの影の体は丸められたかのように縮小し、圧縮され、影が闇が晴れていく。


 最後には、ただの塊となった。

 いや、塊としての形も保てぬ、拳大の小さなわだかまり。


「せめて、神の御許にて魂の救済を」


 すれ違い様に一閃。

 振り返ることなく、ヴァルトルーデは討魔神剣を鞘に収める。


《降魔の一撃》は今、悪を逃さぬ一撃となった。

次回、エピローグです。

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