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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第二章 アカネとの旅

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8.諸国歴訪:タイドラック王国(前)

「ロートシルト王国守護爵(チュトラリィ)ユウト・アマクサ殿、同じく騎士爵アカネ・ミキ殿、お出ましになられます」


 儀仗兵による取り次ぎに合わせ、ユウトとアカネの二人は謁見の間へと足を踏み入れた。

 左右に並ぶ文武両官に臆することなく、正面のエルドリック王へと近づいていく。


 善の魔術師(ウィザード)であることを示す白いローブを翻し、異世界の衣服を着こなすユウト。

 この場に魔力を感じ取れる者はほとんどいなかったが、それでも、彼の装備が貴重な品であることは誰の目にも明らか。

 自然体で、余裕を漂わす歩み。ヴァルトルーデがいるとあまり目立たないが、ユウトも歴戦の勇者だ。決して、玉座に座る国王夫妻に見劣りするものではない。


 一国の最高権力者と見えるというのに、緊張は皆無。それでいて、不遜さもない。堂々とした立ち居振る舞いに、感心の視線が寄せられる。


 それは、列の玉座側。宰相の背後にたたずむ王孫のクレス王子も例外ではなかった。

 その反応を、冒険者というイメージが強かったからだろうかと、アカネは想像する。


 だとしたら、とんだ見当違いだ。

 儀仗兵の言葉通り、イスタス侯爵家の家宰ではなく、アルサス王の臣下として訪れているのだから。


 表向きの説明としては、ユウトが主催した武闘会にエルドリックが参加してくれたことへの返礼としての訪問。主客が逆転しているが、二人の地位を考えれば仕方のないことだし、正確を期しても意味はない。

 それに、本当の訪問理由に比べれば重要度は劣る。


 今回、エルドリック王に謁見する一番の目的は――アカネも驚いたのだが――ロートシルト王国とタイドラック王国における対ヴェルガ帝国への同盟締結の提案だった。


 考えてみれば、遠交近攻ではないが、お互いに利益のある話。

 今までは、ヴェルガ帝国の攻勢を跳ね返すだけで精一杯だったため意味は薄かったが、これからは違う。さらに、《瞬間移動(テレポート)》を使うユウトが仲立ちをすれば、距離の障害も緩和される。

 現実味のある提案だった。


 だが、この話は、エルドリック王とローラ王妃しか知らぬこと。


 ゆえに、居並ぶ文官・武官たちは、エルドリック王とクレス王子に勝利したという大魔術師(アーク・メイジ)は、どんな男なのかと品定めをしていたのだ。


 もっとも、そんな好奇と敵愾心は一瞬で霧散し、すでに称賛へと変わっていた。逆に言えば、エルドリック王の臣下に、ユウトの真価を見抜けない人間などいなかったということ。


(どんなものよ!)


 涙を流して吹っ切れたのか。

 それとも、口づけを交わして確証を得たのか。


 ユウトの一歩後ろを行くアカネは、我がことのように誇らしげな微笑みを浮かべている。ユウト本人は気づいていない……というより気にしていないだろうが、アカネは周囲の変化を敏感に察知していた。

 

 いや、ユウトのことなら、自分のことと同じだと、アカネは思い直す。


 しかし、困ったものだ。このユウトなら、惚れられるのも仕方がない。


 そんなアカネの感想は、ラーシアに言わせれば気の迷いか妄想ということになる。だが、今のアカネなら、その指摘も柳のように受け流してしまうだろう。


 愛は強い。


 もう、迷ったりためらったりする理由など三千世界のどこを探しても存在しなかった。

 順番を譲ったのでアルシアの次となるが、それすら、楽しみな時間が増えたとしか思えない。今なら、『亡国の姫騎士と忠義の従士』でも、まったくの新作でも、なんでも書けそうだ。


 実は、その洗練された美しさによりアカネも注目されていたのだが、極端に視界が狭まっていたせいで気づかなかった。

 そして、自らの思考がいかに“煮えて”いたか気づくのは、もう少し後のことになる。





「この度は、急な訪問にもかかわらず、格段の配慮をいただき誠にありがとうございます」


 ユウトは片膝をつき、壇上の玉座に座るエルドリック王へと礼を尽くす。


 そのエルドリック王を武闘会で敗退させたこともそうだが、ユウトたちが太陽神の探索行(クエスト)を達成してムルグーシュ神を無力化したことも知れ渡っている。

 悪の女帝ヴェルガを討ち果たしたことも、当然。


 ヴェルガ帝国と国境を接するタイドラック王国にとって、恩があると言っても良い相手だ。


 そんな大魔術師ユウト・アマクサが、エルドリック王に礼を尽くす。我らが王は、礼を尽くすに足る人物である。

 その事実は、謁見の間に集った者たちの自尊心を大いにくすぐった。


「まあ、そう堅くなるなって。やりにくいじゃねえか」


 人好きのする笑顔を浮かべ、ざっくばらんに対応する王の人柄も、むしろ、誇らしい。


「陛下」

「へいへい」

「へ・い・か」


 ただ、それも、制御役であるローラ王妃の存在があってこそ。

 ティアラを頭に乗せた王妃の注意を受けて、エルドリック王が居住まいを正す。


 途端に溢れ出る王の風格。

 ファルヴの武闘会では、ついぞ見せなかったもうひとつの顔。


 40代そこそこと、実年齢より20は若く見えるエルドリック王が、高い位置からユウトたちを睥睨し、おもむろに口を開く。


「救世の英雄の一人であり、我が盟友ヴァイナマリネンの師でもある貴公を相手に、閉ざす扉は持ち合わせておらん。稀代の勇者を迎えられたこと、我にとっても誉れとなるであろう」

「ありがたき幸せに存じます」

「おう。じゃあ、真面目なのは終わりだ」


 ぐるりと肩を回し、もうこれ以上は絶対にやらないとエルドリックが緩く宣言する。

 ローラ王妃も、とりあえず体面は繕えたとするようだ。というよりも、これ以上は無理と判断しただけか。


「親書をまだ渡していないんで、終わりにされちゃ困るんですが」

「んなもん、後で適当に渡してくれりゃ良いじゃねえか。せっかく来たんだから――」

「陛下?」


 国王夫妻のやり取りを見ていると、仕えるのがヴァルトルーデで良かったと思えてくる。

 そもそも、ヴァルトルーデはやらないわけではなく、彼女自身の能力の範囲内ではという但し書きはつくものの、職責を果たそうと立派に頑張っているのだ。


(うん。比較するのも間違いだった)


 ユウトが心の底から反省していると、とりあえず親書を受け取ってくれることになったらしい。


「あー。宰相」

「承知いたしました」


 若々しい、エルドリック王と同年代に見える男が、ユウトのもとへと近づいてくる。


 ヴェルガ帝国でも、ロートシルト王国でも、宰相の地位にあるのは国内の有力貴族だった。

 しかし、ここタイドラック王国で文官の最上位にあるのは、年齢的にも働き盛りの王太子。エルドリック王の長男にして、クレス王子の父親でもある。


 ならば、宰相の座に留めず国王の座を譲っても良さそうなものだが、それを固辞しているのは王太子のほうだという。

 それどころか、再興して数十年のタイドラック王国には伝説の王が必要なのだと、自らは王の器ではないと言ってはばからない。


「こちらが、アルサス王からの親書となります」

「返書は、数日内に必ず」


 一国の重鎮としては個性が感じられない。道ですれ違っても記憶に残らない、特徴のない風貌。

 とても英雄の息子とは思えず、実力を隠している風でもない。武の才は引き継がなかったということなのだろう。


 だからといって、無能とは決して言えない。


 少なくともタイドラック王国は健全に運営されているようだし、なにより、偉大なる英雄を父に持ちながら、その父とは異なる道を選んだことは英断以外のなにものでもない。

 クレス王子は、まず父親の生き方を参考にすべきだったのではないかと思ったが、今さらか。


 それに、そんな親子のありかたは、ユウトにとっても他人事ではない。


 そんなユウトの思考を、エルドリック王が遮った。

 尋常ではない、方法で。


「聞くところによると、面白いことをやろうとしてるらしいな」


 声は、近くから聞こえた。

 なんと、英雄王が玉座から立ち上がり、散歩に行くような気安さでユウトとアカネへと近づいていく。


「どの件でしょうか……?」


 ユウトが答えを発するものの、すっかり気圧されている。というよりは、どうしていいものか分からない。背後のアカネからも、絶句の気配が伝わってきた。


「あれだよ、あれ」


 しかし、エルドリックはユウトたちの困惑など知らぬげに――実際、まったく気にしていない――どかりと腰を下ろした。

 片膝をつくユウトと目線の高さが同じになり、いたずらを成功させた子供のように、無邪気に笑う。


 人たらしという言葉がよく似合う。

 これが本当の英雄かと、ユウトは驚き呆れる前に、感心してしまった。


「南のほうに行って、奴隷解放をしようとしてるそうじゃねえか」

「えーと……」


 もうエルドリック王のペースに巻き込まれているのは自覚していたが、おいそれと乗って良いはずもない。

 ユウトは、エルドリック王の肩越しに、ローラ王妃へ視線をさまよわせた。


(どうしたらいいんだ、これ)


 許されるのであれば、そう顔に書いていたかも知れなかった。


「私の夫は、常識に縛られないのが長所であり短所なのですよ」

「そうですか……」


 どうしようもないらしい。

 左右に並んでいる王の臣下も、諦め気味に苦笑している。


「ドゥエイラ商会には、それに似た動きがあるそうですね。まあ、問い合わせても南方貿易だとしか答えないと思いますが」


 覚悟を決めて、ユウトも床に座った。

 謁見の間にもかかわらず、あぐらをかいた状態で向かい合う新旧の英雄たち。


 まるで英雄譚(サーガ)の一場面のようだが、当事者になるといたたまれないことこの上ない。


(朱音から、『あ。このネタ使えるわ』という波動を感じる……)


 幼なじみだ。それぐらい分かる。

 対応をユウトに任せて、少しずつ少しずつ後ずさりしていることも。


 賢明な判断だ。ずるいなどとは思わない。声をかけられるのならユウトも同じことを指示しただろうし、なにより、好きな人を守れるのであれば、犠牲になるのもやぶさかではない。


「なるほど、なるほど。ドゥエイラ商会がな」


 ロートシルト王国やイスタス侯爵家は関係していない。

 その言外の意思は伝わったようだった。


「まあ、そこはどうでもいいんだがよ」

「いや、そこが大事なんですけどね」

「発言権を確保してるくせしてよく言うぜ」

「……それで、南方遠征がなにか?」


 腹芸をする気のない相手に、これ以上食い下がっても無駄だ。

 諦めて、真意を問いただす。


「ああ。そいつに、うちのクレスも同行させてやっちゃくれねえか?」

「えええっ!?」

「エル、あなたは……」


 クレス王子が驚き、ローラ王妃はあきれる謁見の間。

 宰相をはじめとする文官・武官たちも、概ね同じ反応だ。誰一人として、事前に相談を受けてはいなかったに違いない。


 王孫ではあるが、実質的なエルドリック王の後継者と目されているクレス。

 その動向という国の重大事が決まろうとしている。


 否応なく視線が注がれ、ユウトも意識せざるを得なかった。


 ロートシルト王国とその周辺地域では、奴隷制度は禁止されている。

 善の神々が認めていないというのはもちろん、敵対するヴェルガ帝国が公認どころか推奨する制度を認めるわけにはいかないという政治的な面もあった。


 総合すれば、南方で虐げられている人たちを救うのは善なる行いである。


 それにより、クレス王子に箔をつけるという意味は、もちろんあるのだろう。

 だが、それだけだろうか?


 咎められても構わないと、ユウトは正面からエルドリック王の目を見る。


「ジジイが孫を心配して可愛がるのは、当たり前だろう?」


 けれど、麗騎士に動揺はない。

 ユウトの腹芸には付き合わなかったのに、自らは一般論でかわそうとする。

 

(まあ、黙って不利益をもたらすことはないか……)


 遠征はアレーナらを中心に編成され、ユウトたちは参加しない予定。そこにクレスが加わってくれるのであれば、戦力の増強になる。

 それに、後継者を預けておいて陰謀もないだろう。


「……遠征でなにかあっても責任は取れませんが、推薦ぐらいはできますよ」

「おう。よろしく頼むわ」


 エルドリックがバンとユウトの肩を叩き、破顔一笑。

 そして手を床につけると、背を伸ばし首を曲げて孫へと言葉をかけた。


「というわけだから、準備しときな」

「でも、百層迷宮に戻って――」

「別に、そっちを止めろって言ってるわけじゃねえ。だが、違った経験をするのも良いんじゃねえか?」


 反発しかけたクレス王子だったが、そう言われて思案げな表情を浮かべる。

 彼自身、百層迷宮突破という目標に、疑問を感じていたのかも知れない。


 それ以上に、未知の土地への冒険には心引かれるものがあった。


「分かりました。やります」

「おう。しっかりやれよ」


 王と孫の間で、話がまとまった。

 まだ推薦するだけで決まってはいないのだが、言うのも野暮だろう。


「礼に、良いことを教えてやるぜ」

「え……。いや、結構です」


 しかし、エルドリックは話を聞かない。聞くはずがない。


「妻の多寡に限らず、ご機嫌を取るのは重要だ。分かるよな?」

「いや、俺は……」


 そんなことはないと言い掛け、過去の経験を思いだし、なにも言えなくなる。なぜいきなりそんな話になるのかという、もっともな疑問も浮かばない。


「なあ、そう思うだろ?」

「下心はともかく、お互いを尊重するのは重要かと」

「そこで、だ」


 分かっている、皆まで言うなとエルドリックは妙に理解のある表情でユウトの肩を叩く。


「我が国には、ちょいと貴重な宝石を産出する鉱山があるんだが、指輪にどうだ?」


 その親切な言葉に裏を感じながらも、ユウトはうなずくことしかできなかった。

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