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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第二章 アカネとの旅
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7.幼なじみだけじゃない二人

糖分注意。

 最後の訪問地タイドラック王国へは、メルエル学長の厚意により、彼の《瞬間移動(テレポート)》で送ってもらうことができた。

 ユウトもタイドラック王国を訪れたことはあるが、その辺境にあったムルグーシュ聖堂を攻め落としただけ。当初は、そこから《遠距離飛行(オーヴァー・フライト)》の呪文で王都へと移動する予定だったので、素直に助かった。ますます、メルエル学長へは足を向けて寝られない。


 さらに、この件は、それだけでは終わらないのだが――ここで浮いた移動時間が後々重要な意味を持つことになるとは、現時点では、誰一人として想像もしていなかった。


 それに、少なくともユウトにとっては、気を回す余裕もないというのが正直なところだ。なにしろ、まだ見ぬ未来よりも、直面する現在のほうが遙かに重要なのだから。


(いったい、なにがあったのか……)

 

 エルドリック王の居城、フレアノール城。

 その一室に通されたユウトとアカネの間に会話はなく、ただ沈黙が横たわっていた。


 テーブルを挟んで向かい合って座る二人。

 一旦ファルヴへ戻った際に回収した書類を片づける振りをしながら、ユウトは物憂げに外を眺める幼なじみを観察する。


 アカネが目に見えて不機嫌……というわけではない。話しかければ返事はするし、表情も、時折微妙な変化を見せることはあるが、不機嫌とは少し違う。また、アカネ自身、なんら不満は漏らしていない。


 しかし、それこそが異常だと、ユウトは感情でも理性でもなく直感で悟っていた。


 すぐには帰さないぞというエルドリック王の意図を伝えるかのように、ユウトたちが通されたのは控えの間ではなく、宿泊する賓客をもてなすゲストルーム。

 ベッドがふたつ並べられた部屋の作りを見ても、アカネはなにも言おうとしないのだ。


 照れもせず、こちらを冷やかすようなことも言わないのは、明らかにおかしい。アカネらしくなかった。少なくとも、普段通りではない。


 高校に入ってからの一時期は、疎遠になったこともあった。けれど、二人きりならいつも通りに接していた。

 かつてない事態に直面し、仕事をしている素振りは見せているが、まったく進んではいない。


 こうなったのは、ペトラの実家チェルノフ家に行ってから。それまでは変わらない様子だったのだから、そこでなにかあったのは明らか。

 訝しんで、どうかしたのか尋ねたが、曖昧に誤魔化されただけ。


 アカネも人間だ。

 腹の虫が治まらないときだってあるだろうし、肉体的あるいは精神的に不調をきたすことだってあるだろう。もしかしたら、明日にはけろっとしているかも知れない。


 だが、それは希望的な観測に過ぎないとユウトは半ば確信していた。

 根拠はない。ただの勘だ。


 とはいえ、だから間違っているとは言えない。


 勘とは、豊富な経験に裏打ちされたものであるという。

 そして、ユウトほどアカネへの経験値を長い間積み上げた人間は、他にはいなかった。





「はぁ……」


 この日、何度目かのため息が漏れる。


 ため息を吐くと、その分、幸せが逃げるのだという。

 それが正しいとするならば、まだ不幸になっていない自分は、どれだけの幸福値を保有していたのか。アカネはそんな益体のないことを考え、その発想の下らなさに、ますます落ち込んだ。


 憂慮の焦点は、もちろん、ユウトのこと。


 側室の世話? とことんやってやろうじゃないか!


 そう決意してからまだ一日経過していない。


 にもかかわらず、


(やっぱ、止めとけば良かったかも……)


 と、後悔に近い感情にさいなまれていた。


 ペトラも、レジーナも、カグラも知らぬ仲ではない。それどころか、親しい友達だといって良い。ペトラに関しては若干専門が異なるが、レジーナやカグラには、戦友めいた連帯感もある。

 彼女たちが想いを遂げられるのであれば、歓迎すべきだし、祝福だってするだろう。


 だが、そう簡単にいかない事情がある。

 相手が、ユウトなのだ。


 そのユウトは、追及しても無駄と悟るや、黙って仕事を始めてしまった。

 逃げているとも思えるが、集中できていないのは、端から見ても分かる。気にしつつ、気にしていないというポーズで、話してくれるまで待ってくれる。


 その優しさが、アカネには嬉しかった。

 優しくて嬉しいからこそ、憂慮が深くなるのは分かっているけれど。


(別に、嫉妬とか独占欲じゃないんだけどね……)


 露台(バルコニー)に面した窓から、アカネの心とは裏腹に晴れ渡った空を眺めつつ――つまり、ユウトから視線をそらしながら――努めて冷静に心理分析を試みる。


 そう。感情の問題ではない。一夫一妻という社会制度に捕らわれているわけでもない。

 特に、後者はすでに超克している。


(いや、それはそれでどうなの、あたし……)


 ハーレムとまでは――現時点では――いかないが、一夫多妻を当然と認めるような思考に、思わず愕然とするアカネ。


(やだ。ちょっと、適応力高すぎ?)


 もう、引き返せないところまで来ているのは確かだろう。引き返すつもりも、ないのだが。


 とりあえずその件は心の棚にしまって、厳重に鍵をかける。


 そうしてしばらく、横目でユウトのことを見ながら、物思いに耽った。


(結局、勇人なのよね……)


 最終的に、そこへ行き着いた。


 ユウトに秘密で事を進めようとしている点への罪悪感はある。

 それよりもなによりも。


 機会があれば、ユウトがペトラたちを受け入れるだろうことが、確信できる。それが、アカネを煮え切らない気分にさせていた理由だった。

 

 その選択が悪いわけではない。

 むしろ、仕向けているのはこちらのほうだ。機会を作っておきながら嫉妬するという、理不尽なことを言うつもりは毛頭ない。 


 だが、気づいてしまったのだ。


 自分がやったことも同じだったのだろうか……と。


 愛しているし、愛されているとも思う。

 けれど、その奥にあるのは、結局、同情なんじゃないか。


 そんな疑いが、心に芽吹いてしまう。


 分かっている。

 いくらなんでも、そんなはずはない。仮に最初はそうだったとしても、今は絶対に違う。


 分かっている。


 分かっているのに――


「あ。やだ……」


 なぜか、涙が出てきてしまった。


(いやいやいやいや)


 自分は、そんなに女々しい女じゃない。

 そもそも、気にしてはいない。

 仮にそうだったとしても、ヴァルトルーデ相手に引き分けまで持ち込めたのだから、大したものじゃないか。


 そう涙を否定するが、止めどなく溢れてしまう。

 自分でも、制御できない。


「朱音……?」


 ユウトに気づかれてしまった。


「朱音、どうしたんだ?」

「違うの。なんでもないから。大丈夫」


 両手を前に突き出して、ユウトを拒絶する。

 こんな顔は見せられない。見せたくない。


「いや、ただ事じゃないだろ」


 それなのに、ユウトはあっさりとパーソナルスペースに入ってくる。

 それが嬉しくて、蹴り飛ばしたくなる。


 もちろんそんなことはできず、心から心配している表情で、膝立ちになって顔をのぞき込んでくるユウトを呆然と眺めることしかできない。


「どこか痛むのか? 誰かを呼んで……。いや、《瞬間移動》でアルシア姐さんのところに――」

「勇人!」


 思わず、叫んでいた。

 その声の大きさに、アカネは自分で驚いてしまう。


 だが、そのお陰で涙は止まった。アカネ自身は、意識していなかったが。


「……あたしのこと、好き?」

「そりゃ、好きだけど」


 唐突な言葉に眉間にしわを寄せながら、それでもユウトは即答した。

 それを聞いて、アカネは手足から力が抜ける。


「なんでそんな話になったのか分からないけど……」

「…………」


 アカネがうつむいたまま喋ろうとしないのを見ると、ユウトは膝立ちのまま、言葉を重ねていく。


「それは、むしろ俺の台詞だな」

「……勇人?」

「朱音には、迷惑かけっぱなしだからさ。愛想尽かされるんじゃないかと心配してるぐらいだよ」


 自分だけではなかった。

 ユウトも、同じようなことを考えていた。


「だから、まあ、あれだ。気持ちを確かめ合うことなら、何度繰り返したっていいよ」


 それを聞いたアカネが、不意に顔を上げる。


 目の前に、静かに微笑む好きな人がいた。


 それが無性に嬉しくて。


「確かに、そうよね」


 アカネは、急速に自分を取り戻した。


「あたしなんか所詮二号か三号だし、偉い人の相手ばっかりだし、戦いにはついていけないし、偉い人に料理作らせられるし、劇の脚本を書いたらとんでもないことになるし」

「お、おう」

「なんか、箇条書きするとめっちゃろくでもないんだけど」

「……ごめんなさい」


 謝るしかなかった。

 アカネの心の内までは分からないが、不安にさせたことも含めて。


「でも、分かってたことだし、面白くないって言ったら嘘になるし。いちゃいちゃするのにも憧れるけど、今ぐらいの関係ってのも悪くはないと思うわ」

「……今は、いちゃいちゃしても誰も見てないけどな」

「恥ずかしい勇人ね」

「事実は変わんないぞ」


 ユウトの胸に飛び込み、ぎゅっと抱きしめる。

 ユウトも、それに応えてくれた。


 その温もりが嬉しくて、甘えたくなってしまう。


「ねえ、勇人……」


 甘い声音に自分自身で驚きながら、それでもアカネはねだるようにささやいた。


「わがまま言っていい?」

「もちろん」

「安請け合いしていいの?」

「無茶振りには慣れてる」

「確かに」


 泣き笑いを見せたくなくて、アカネはユウトの胸に顔を埋める。


「婚姻届を出してみたい」

「あっちで?」

「うん」


 断られる……とは、思わない。

 けれど、良くて保留だろう。


「いいよ。父さんたちの許可を得ないとな」


 だが、その予想は良い方向に裏切られる。


「……いいの?」

「言い出したのは、そっちだろ」


 驚きに顔を見上げるアカネ。

 そのアカネの涙を指で拭いながら、ユウトは肩をすくめて言った。


「他に、出せる相手もいないしな」

「それは、マイナスね」

「採点厳しいな」


 微笑みを交わし、二人の距離がさらに縮まり、当然のように、ゼロになる。


 ――その瞬間、ゲストルームの扉が控えめにノックされた。

 エルドリック王との謁見の時間が来たのだ。


「うんっ」

「んっ」


 だが、そのまま数分間。

 二人は重なったまま動こうとしなかった。

今週は、縮小更新で申し訳ありませんでした。

来週はいつも通りの予定ですが、その翌週はまた縮小更新の可能性があります。

ご迷惑をおかけしますが、これからもよろしくお願いいたします。

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