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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第二章 アカネとの旅
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3.地球での報告(後)

 しとしとと、雨が降っていた。

 窓ガラスについた水滴が流れ落ちて線を描く。


 窓越しにその光景を眺めながら、ユウトは人を待っていた。


 久しぶりに入るファーストフード店。曲名は分からないが、思考を妨げない程度には不快ではない音楽。天気のせいか、時間帯のせいか、他に客は数えるほどしかいない。


 その一人であるユウトは、やや大きめの鞄には呪文書を忍ばせ、無限貯蔵のバッグも押し込んでいるが、どこにでもいる学生にしか見えなかった。服装も、いつものローブではなくツィードのダウンシャツにカーキ色のカーゴパンツという、動きやすさ重視のラフな格好。

 異世界で魔術師(ウィザード)をやっているなど、想像もできないだろう。


(まあ、異世界帰りだとか言い出したら、それは病気だろうけどな……)


 冷めかけたコーヒーを一口。その渋みに、思わず顔をしかめる。好みの問題もあるだろうが、カグラが淹れてくれるインスタントのほうがましだった。


 とはいえ、コーヒーには違いない。もう一口飲んでから、ユウトは再び外へと視線を移動させる。

 二階の窓際の席からは、花のように開く傘と、雨の中でも変わらず走る車がよく見えた。ありふれた日常風景。だが、いずれも、ブルーワーズでは見られない光景。


(懐かしいと言えば、懐かしいかな……)


 日本で、こんなにゆっくりとした時間を一人で過ごすのは久しぶりかも知れない。初めて戻ってきたときは、越境してきたモンスター対策。それ以降は交易と、誰かと一緒に忙しくしていた記憶しかない。

 とはいえ、望んでいた時間かというと、それも違う気がした。


 空調の利いた室内。

 氷の浮いたドリンク。

 いかにも体に悪そうなジャンクフードだが、なんとなく口に運んでしまうフライドポテト。


 地球では日常で、ブルーワーズでは非日常。

 どちらが快適かなど、考えるまでもない。


 にもかかわらず、こういった文明の象徴を前にしても、ユウトは懐かしいという以上の感想を抱いていなかった。ヴァルトルーデが、アルシアが、みんながいる世界と天秤にかけるほどの価値はない。


 住めば都ということか。

 それとも、向こうで、それに勝るものを手に入れたからか。


 まあ、たまに過ごす分には悪くない。


「お一人ですか?」

「ああ。振られたんだ」


 振り返ろうともせず、ユウトはポニーテールの少女に返事をした。


 実に、際どい返答。

 真名は正面から受け止めるような愚は犯さず、無言でトレイを置いてユウトの隣に座る。


「やり手のセンパイにしては、珍しいですね」

「俺よりも、大事なものがあるってさ」


 実際にアカネがそう言ったわけではないが、なにかを振り切るように――あるいは、取り憑かれたように――レコーダーに録り溜めたアニメや映画を見る幼なじみは、婚約者といえどもそっとしておく他なかった。

 どこからどう見ても逃避以外のなにものでもないが、ときには逃げるのもありだと思っている。しばらくすれば、いつもの調子を取り戻してくれるだろう。


 そのはずだ。


「振られたからといって、私を口説かないでくださいね」

「いや、それはない」

「……即答ですか。それはそれで傷つきます」

「そんなことをしたら、俺も傷つくからな。物理的な意味で」

「なら、私一人が傷つくほうが効率的ですね」


 一般的には納得しがたい論理だが、真名はそれで矛を収めた。独特な思考ではあるものの、彼女にとって論理の破綻はない。

 呪文書代わりのタブレットに生まれた知性体マキナがいたら別だったかもしれないが、人目があるということで電源はオフになっている。


 もっとも、人目がなかったとしても、真名はマキナに喋らせたいとは思っていないに違いない。


「お久しぶりです、センパイ」

「ああ。そっちも元気そうでなによりだ。予定外の呼び出しで済まないな」

「それは構いませんが……」

那由多の門インフィニット・ポータルの存在を隠しきれないって?」

「ええ……」


 地球にも薄いながらも魔力は存在し、神秘を研究・管理する組織が存在する。

 その賢哲会議(ダニシュメンド)の一級魔導官が、この秦野真名。在学中には特に接触はなかったが、ユウトやアカネと同じ高校に通う少女。

 事故のように戻ってきたユウトと最初に接触したことで、彼と組織の仲介のような立場にある。


「それなら、大丈夫だ。上のほうに、伝えてくれて構わない」

「……いいのですか?」


 次元竜(クロノス・ドラゴン)ダァル=ルカッシュを介した次元移動は、一ヶ月から二ヶ月に一度、数時間程度に制限される。

 それは、賢哲会議にとって、把握しやすいというメリットもあった。


 しかし、那由多の門を使用した次元移動は、二日から三日に一度と頻度が違ってくる。門を開いていられる時間が短いのも、賢哲会議としては異世界側の行動が掴みにくくなるというデメリットとなる。


 余計な警戒心を抱かれてもしかたないと、秘密にしていたのだが……。


「隠しておくのも、限界だろう?」

「それはそうですが……。裏はなんです?」


 不機嫌そうにポテトをくわえ、紙ナプキンで塩のついた指先を拭いながら、ユウトへ剣呑な視線を向ける真名。


 信頼はしているが、信用はできない。そんな瞳だった。


 ブルーワーズでは全幅の信頼を寄せられることが多いユウトにとっては、逆に快い態度だ。ただ、それがヴァイナマリネンがユウトに対して抱いている気持ちに近いとまでは気づいていなかった。


「子供ができた」

「……は、はあ。ヴァルトルーデさんとですか?」

「もちろん」

「それは、おめでとうございます」


 くるりと椅子を回転させて、真名が頭を下げながら言う。本人の気持ちを表現するかのように、ポニーテールが元気よく踊った。


 おめでたい話だ。

 真名にとっても、友人――知り合いと表現するには付き合いが濃すぎる――に子供が生まれるのは初めてのこと。お祝いはどうすればいいのかなどといった、一般的な疑問が頭に浮かぶ。現金を包んでも使い道はなさそうだが、かといって、役に立つものが咄嗟には出てこない。


「って、ええええ。子供ですか!?」


 ようやく、真名の頭脳が問題の重大さに思い至った。


 地球人と異世界人の子供。

 知られている限り、初めての混血。


 この大ニュースで、賢哲会議がどれほどの衝撃を受けるか。どれほどの混乱をきたすか。


 想像もしたくない。


「落ち着け」

「急な訪問だから、なにかあるとは思っていましたが……」

「こればっかりは仕方がない。自然の摂理だから」

「少しは悪びれてください。センパイは、どれだけ私に苦労をかけたら気が済むんですか!」


 人目があるのは分かっている。

 それでも、叫ばずには、いられなかった。


 組織の総意ではないにしろ、ユウトとヴァルトルーデの子供が産まれたら、髪の毛の一本だけでも手に入れられないかという打診が来るのは目に見えている。

 その果てにあるのは、板挟みだ。


「まあ、でも、センパイが幸せならそれで良いのですが……」

「悪いな。ありがとう」


 ふうと、息を吐き真名が冷静さを取り戻す。声も、さっきより小さい。

 そして、ユウトの意図にようやく気が付いた。


「なるほど。そのニュースを隠れ蓑にするつもりですか」

「那由多の門どころの事態じゃないだろ?」

「ええ。それは確かに」


 ユウトに同意し、真名はオレンジジュースを飲む。

 氷が溶けて薄くなってはいたが、甘みが脳に染み渡るようだった。


「あと、うちの両親があっちに移住する予定だから、その辺もフォローしてほしいなって」


 親戚には海外へ移住するとでも誤魔化すしかないだろうが、行政へはそうもいかない。

 実態はどうあれ、失踪するのと同じなのだ。そこは、賢哲会議に頼るしかなかった。


「どれだけ問題を重ねるつもりですか……」

「親の希望だからね。それに、あっちに来てくれたほうが守りやすい」

「センパイのご両親に関しては、私たちも最大の配慮をしていますよ」


 心外ですと言う真名に、ユウトはフォローの必要性を感じる。

 ユウトも、真名と賢哲会議を信頼していないわけではない。そうでなければ、今まで家族を地球に残しはしなかっただろう。


 残り少なくなったコーヒーを啜りながら、言葉を選ぶ。


「分かってるさ。そうだな。そのほうが安心できると訂正しよう」

「なんにせよ、上には伝えますが……」


 賢哲会議の施設で育った真名は、親の情愛というものは想像するしかないものだ。

 だから、息子のため――というよりは孫のためか――に、快適な生活をあっさりと捨てようとするユウトの両親の気持ちが理解できない。


 親とは、そこまで自分を犠牲にできるものなのだろうか?

 それとも、ユウトの両親が特別なのか。


 だが、そんな思考を真名はノイズだと捨て去った。仕事には不要だ。


「じゃあ、あのマンションはうちに売ってくれるんですよね?」

「いるか? 隣――朱音の家じゃないほうは、とっくに買い取ってるんだろ?」

「隣だけじゃありません。上も下も斜めもです」

「さすがだな」


 今の時点では、なんとも言えない。

 両親の意見もあるし、生まれ育った家だから愛着もある。他人の手に渡すのは、少し寂しい気もする。


「そうですね。その辺りは、おいおい詰めていきましょう」

「だな。まずは、うちの親がちゃんと仕事を辞められるのかというのもある」


 法律はともかく、特に父親がきちんとした引継ぎもせずに辞めるとは思えない。実際のところ、三ヶ月先になるか半年先になるかは見通しは立っていない。


「できれば、センパイのお父様やお母様と、こちらとで、直接やりとりをさせていただきたいのですが」

「……とりあえず、文書だけなら」

「助かります」


 その後、いくつか実務的な話をし、ようやく真名が本題だと思っていた話題にはいることができた。


「そうそう。これが、そちらへお渡しする本のリストです」


 神の台座に作られた知識神の図書館。

 その目玉となる異界の書物は、知識神その人と、司書の黒き魔女ニースが待ち焦がれていたものだった。


「古典文学、教典、自然科学、昔の医学書。こんなもので、どうでしょう」

「妥当かな。俺から見ると古典ばっかりで堅苦しく感じるけど、かといってそれ以外じゃ、意味が通じないだろうし」


 ざっとリストを見た範囲だが、真面目に厳選されていることが窺える。少なくとも、売れ残りの古本をかき集めたというものではないのは確かだ。


「他に、要望のようなものはありませんか?」

「そうだな……」


 窓の外へ視線を移して考え込む。

 ゼラス神やニースは、なんでも喜ぶだろう。ヴァイナマリネンもだ。


 つまり、そういう酔狂な人種でなくとも理解できる本が求められるのではないだろうか。


「美術書っていうか、なんだろ。世界の名画を集めた写真集なんて、どうかな?」

「なるほど、文字ではなく写真ですね。となると、子供向けの図鑑も良いかも知れません」


 初めての文化交流だからと、堅苦しくなり過ぎたかも知れないと真名が反省する。


「いっそ、あっち向けにこっちの文化や歴史を紹介する本でも書いてもらったら一番かも知れないな」

「止めてください。組織が立ち行かなくなります」


 まず、執筆者を選定するための会議――の出席者を決めるための会議が必要だ。

 執筆者が決まってからも、内容を決める会議に、原稿を精査する会議にと、とんでもないことになるのが、容易に想像できる。


 そして、これが一番重要なのだが、偉い人ほどその本に関わりたがるのは火を見るよりも明らかだ。


「センパイ、あんまりこっちに激震を与えないでくださいね」

「普通に過ごしてるつもりなんだがな……」

「まず、その認識を改めましょう。下手をすると、私もそちらへ逃げ出さなくちゃならなくなります」

「大丈夫。部屋なら余ってる」


 そう安請け合いして笑うユウトを、真名が鋭い視線でにらみつける。

 けれど、それも長くは続かない。水ばかりが増えたオレンジジュースをストローでかき回しながら、真名は口を開く。


「では、もしものときは、お世話になります」


 冗談だと思っていた。

 このときは、まだ。

申し訳ありませんが、書籍化の作業が入ったため、明日の更新はお休みとさせていただきます。

また、来週も縮小更新となる予定です。


ご迷惑をおかけしますが、ご理解いただきますようお願いいたします。

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