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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第二章 アカネとの旅
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2.地球での報告(前)

「地球か……。なにもかもが懐かしいわ……」

「浸ってるところ悪いけど、とりあえず靴を脱いで移動しようか」


 美神の劇場のこけら落としが行われた翌日。

 アカネは、ユウトを伴って故郷である青い惑星へ帰還を果たした。


「なによ。付き合い悪いわね」

「そのままネタに付き合ったら、朱音は死ぬ役じゃねえか」

「大丈夫よ。誤診だから」


 そう軽く返すアカネだったが、いささか生気を欠いているのは否めない。

 なにしろ、誤解を恐れずに言えば、今の彼女は逃亡者なのだから。


 ブルーワーズと地球をつなぐ出入り口となっているユウトの部屋。

 床には常時ビニールシートが敷いてあり、物や人の出入りが発生しても汚れや傷が残らないよう配慮されている。そのため、靴を脱がないことには部屋から出ることもできない。


 ただ、今回はユウトとアカネが帰ってきただけ。交易は、帰るときに行われる。


「それより、おじさんと春子さんにはお詫びしないと」

「まあ、そうだな」


 子供のことを報告するため、ユウトが里帰りする予定はあった。ヴァルトルーデも来たがっていたが、安全策をとって留守番だ。


 そのため、アカネが来る予定はなかったし、そもそも、こんなに急ぎではなかった。


 予定が早まった原因は、美神の劇場のこけら落としで発生した奇跡(・・)のせい。

 大喝采で初日の幕が下りたのは良いのだが、映画の3D、4D上映など比較にならない臨場感に、観客どころか出演者や裏方まで虜になったのはいうまでもない。


 想像もしていなかった大反響に、アカネはひるまざるを得なかった。

 

 二作目、三作目のオファー。

 名誉司教の位階を与えたいという、リィヤ神殿からの懇願。

 それに、絶対にあるだろうユーディットからの観劇の打診。


 この程度なら、まだ耐えられた。


 しかし、ヴァルトルーデはおろかアルシアまでもが激賞し、尊敬の眼差しを向けてくるに至り、アカネの許容量はオーバーした。

 無邪気に質問してくる知り合いほど、扱いに困るものはなかった。


「そんな大したもんじゃないのよ。パクリだし。それに、凄かったのは、あの劇場であたしじゃないし」


 そう言い訳をしても、まったく取り合ってもらえない。

 それどころか、マルグリットとランベイルのそれからはどうなるのか、瞳を輝かせ聞かれる始末。


 原典に即せば、非業の死を遂げることになる主従。

 さすがにそれはということで、国境の城塞を抜けたところで終わらせたのだが、それが逆に、希望を抱かせてしまったようだ。


 言えない。


 子供のように瞳を輝かすヴァルトルーデや、ムルグーシュ聖堂から救出した孤児たちを劇場に連れていこうかしらと微笑むアルシアへ、「二人とも死ぬけど」などと言えるはずがない。


 ゆえに、アカネは逃げた。ユウトの予定を前倒しさせてまで、別の世界に。

 自分がいない間に、レジーナやカグラ。ペトラもが『亡国の姫騎士と忠義の従士』を見ることになるとも知らずに。


 ある程度事情を察しているユウトは、なにも言わない。

 それが、アカネには嬉しかった。


「朱音、先に行くぞ」


 そのユウトが部屋の扉を開くと、廊下にちょこんと座った愛犬が待ちかまえていた。

 何度かこうして戻っているため、吼えるようなことなくなった。しかし、お座りした姿勢でぶんぶんと尻尾を振って喜びを表現している。


 その可愛らしさは、ユウトの理性を吹き飛ばすのに充分だった。


「コロ~。久しぶりだな~」

「くぅん」


 ユウトが差し出した手にコロが顔をこすりつけ、親愛の情を表す。尻尾は、もう、ちぎれてしまいそうなほど。

 相好は崩れっぱなしで、うちの子は本当にかわいいなと顔に書いてあるかのようだ。


「コロ。今度、俺の子供が産まれるんだ。仲良くしてやってくれよ」

「わっわう」

「おー。そっかそっか。今から、楽しみだな。一緒に、散歩行こうな」

「勇人、バカなの? もう親バカなの? というか、おじさんやおばさんより先に、コロちゃんに報告って」


 普段のユウトから、無防備にお腹をさらす愛犬を撫でる彼を想像するのは困難だ。


 アカネは思わず額を押さえてしまったが、同時に、どこかへ憂鬱も吹き飛んでいた。





 その日の夜。

 両親の帰宅は、19時過ぎのことだった。これでも、地球へ到着後にメールで知らせたため、早いほう。


 それまでに、ユウトはコロの散歩などの世話を済ませ、アカネと二人で買い出しに行き、夕食の準備も終えた。残念ながら、アカネの両親は医師である恭子の京都出張に父の忠士が付き添って不在だった。


 しかし、アカネはまったく気にしていない。


「圧力鍋、はやーい! 電子レンジ便利! 水道から水が出るわ!」


 久々に使用する日本のキッチンに感動するのに忙しくて、それどころではなかったのだ。ユウトは、ブルーワーズでもなんとかしようと、心密かに決意する。


 こうしてアカネが作り上げたのは、ビーフシチューに真鯛のカルパッチョ。カニクリームコロッケなどといった品々。ユウトからすると大変だなと思ってしまうのだが、アカネ本人は好きに料理ができて楽しそうだった。


 そんな料理と帰宅した両親を前にして、ユウトは緊張の面もち。


 湯気を立てるメニューが冷めないよう、意を決して報告を始めた。


「ヴァルとの間に、子供ができました。二ヶ月から三ヶ月ぐらいだそうです」


 四人掛けのダイニングテーブルにアカネと並んで座り、正面には父の頼蔵と母の春子がいる。


「そうか……」


 その父は、一言つぶやいただけ。

 表情を一切変えず、グラスに注いだワインを啜った後、黙ってユウトを見つめる。


 判決を下される被告人よりも緊張した様子で、ユウトは続く言葉を待った。


 だが、結婚を認めてくれた時点で、将来的にこうなることは分かっていたはず。ならば、怒られることはないはずだ。それとも、早すぎると思われているのだろうか。


 緊張で、ユウトは父の目が見られない。視線を外し、テーブルの上を凝視する。

 こんなことならコロでも抱いておけばよかったと後悔するが、久々に遊んでもらって満足した愛犬は、はしゃぎ疲れて眠っている。


 そんなユウトを、アカネは横から見つめていた。

 気持ちは分からないでもないが、外から見ると心配のし過ぎだ。


 なぜなら、若頭から報告を聞いた組長といった風情の頼蔵は、明らかに――家族や親しい同僚なら分かるというレベルだが――笑っているのだから。


「嬉しいからって、黙っていちゃだめよ」

「……うむ」

「ほら、ゆうちゃんも首を縮ませて緊張してるじゃない」

「そうは言うがな……」


 ユウトは、恐る恐る顔を上げた。

 今の話が確かだとすると、少なくとも、怒られることはないようだ。


「結婚前に子供ができたわけでなければ、勇人が半端な状態で子供を作ったわけでもない。親としては、説教のひとつもしたいところだが……できないだろう」


 自分のことばかり考えていたことに気づき、ユウトは恥ずかしくなった。父にだって、思うところがいろいろあってしかるべきなのに。


「それに、孫ができたと言われてもな。どんな顔をして良いのか分からん」

「父さんに表情のバリエーションは、悩むほど存在しないんじゃないかなーって思うのだけど」

「まったく……。まあ、よくやった」


 頼蔵が言葉にしたのは、それだけ。

 ユウトの肩を強めに叩くと、腕を組み、むっつりと黙り込んだ。いろいろと、思うところがあるのだろう。


 饒舌ではないが、必要なことは言ってくれる父だ。

 ユウトはあえて問いただそうとはせず、緊張を解いた。


「おじいちゃんになるのが嬉しいのだけど、でも、まだそんな年じゃないって思ったりもして複雑なのよ」

「さすが、よくお分かりで」

「もちろんよ。そんなところが、可愛いのだけどね」

「相変わらず、隙あらばのろけてきますね~」


 我が家とは大違いだと、アカネは苦笑する。


 三木家では、のろけたりはしない。

 なにかあれば、ストレートに言葉か行為で感情を表す。


 つまり、娘の前だろうがお構いなしに愛をささやき、キスまでする。思春期の女子高生としては、いかがなものかと思わなくもない。まあ、女子高生に関しては、頭に元が付くのだが。


「でも、確かに早いと言えば早いかなとも思いますけど」

「やだわ、朱音ちゃん。産むのならね、早いほうがいいのよ。人間の体は、そうなってるんだから」

「あ、はははは」


 こちらにまでプレッシャーをかけにきた。

 そのフェイント攻撃を、アカネは笑ってやり過ごす。


「順番とか、タイミングとかありますから」

「期待してるわよ。余生は、孫のために生きるって決めているの」

「まだ早くないですか?」


 春子は若々しく、とても、高校生の息子を持つ母とは思えない。

 そんな将来の義理の母から余生などという単語が飛び出したら、アカネでなくとも驚くだろう。


「そうよね。まだ、生まれる前だものね」

「いえ、そっちではなく……」


 だが、アカネの言葉など聞いていない。この辺りの強引さは、年齢相応だ。


「ゆうちゃん。これからが大変だからね」

「理解はしてるとは言えないけど、覚悟はしてる……つもり」

「まず、今まで通りじゃないのが当たり前よ。ヴァルトルーデさんを、しっかりとサポートしてあげること。どうしても、不安になるのは避けられないわ。そんなときは、ゆうちゃんが支えてあげるのよ。産むのは女の仕事だけど、それを補佐するのは男の務めなんだから。それから……」

「それくらいにしなさい」

「あらやだ」


 うふふふふと笑ってごまかす母を見て、ユウトは我が身を振り返る。


(浮かれすぎないようにしないとな。うん)


 人の振り見て、我が振り直せ。

 昔の人は良いことを言うなと、ユウトはしみじみ感心した。

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