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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第二章 アカネとの旅
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1.美神の劇場

「なんだか、緊張するわね」


 一人掛けのソファに身を沈めながら、ぽそりとアカネがつぶやいた。

 時刻は、昼を少し回った辺り。ファルヴに建てられた美神の劇場では、これから初日の幕が上がろうとしていた。


「そう? ボクは楽しみだけどね」

「劇に興味はないけど、アカネだから見る」

「そ、それはどうもありがとう」


 独り言だったはずだが、しっかり聞こえていたらしい。気恥ずかしさと気まずさで、アカネの声は上擦っていた。いつも昂然と見上げている瞳も下を向いている。


 珍しく余裕のないアカネ。


 だから、隣に座る婚約者(ユウト)が好奇の視線を向けられていることに気づかない。


「大丈夫だ。そのうち慣れるぞ。リアルでネタにされてる俺が言うんだから、間違いない」

「いやー。公衆の面前でプロポーズしちゃう人は違うわね」

「くっ。言い返せねえ。いや、違う。これから朱音も仲間になるんだ」

「嫌なグループね……」


 フォローをしようとしたユウトがダメージを負う展開になってしまったものの、ここまで織り込み済みだったようだ。調子を取り戻したアカネを見て、小さくうなずく。


 アカネにも、その気持ちが伝わったのだろう。

 嬉しいけれど、迷惑をかけてしまって申し訳ない。でも、やっぱり嬉しいと、表情を二転三転させ、最後には手を強く握った。


「思っていたよりも見やすいのだな」


 一方、身重のヴァルトルーデは、そんな事実は感じさせず、露台(バルコニー)から身を乗り出して舞台を眺めている。格式高い劇場にあるまじき行為だが、彼女がやるとなんでも絵になってしまう。


「ええ、そうね。ヴァルの視力なら、どこにいても大丈夫でしょうけどね」

「ああ。だが、見やすいに越したことはない」


 振り返って当たり前のことを言うヴァルトルーデ。

 舞台正面に設えられたバルコニー席は、舞台全体を俯瞰できる特等席と言って良い。数メートル以内であれば呪文で透明化した敵の位置も把握できる聖堂騎士(パラディン)にとっては、最前列で見ているのと変わらないはずだ。


 また、見やすさだけでなく、暖色でまとめられた室内は、豪華でありながら落ち着きもある。レグラ神の闘技場の貴賓室にも、空中庭園リムナスにも決して劣ることはない。

 アカネが真っ先に連想したのは、「悪い政治家が座ってて、劇の間に暗殺される」シチュエーションだったのは、いろいろと台無しではあるが……。


 それでも、この劇場の芸術的価値はいささかも変わりはない。

 エントランスの天井画や、きらきら輝くシャンデリア、柱の彫刻など見ているだけでため息が出るほど。行ったことも見たこともないが、怪人が歌姫をさらって地下深くに消えた劇場は、きっとこんな感じなのだろう。

 根が小市民なアカネやユウトなど、自らが主役でなければ、場違いだと逃げ出しているはずだ。


 逃げ出すといえば、エグザイルは演劇はよく分からないからと欠席だ。堂々として、異論を挟む余地もない。潔さすらアカネは感じていた。


 それに、どちらかと言えば、ほっとしている。


 自意識過剰なのは分かっている。よく分かっている。

 それでも、自分の脚本の劇をみんなに見られるというのは、はっきり言って、恥ずかしい。ユウトのおかげで緊張が解けた今は、奇声を上げながらその辺を走り回りたいぐらいだ。


 親戚一同に学芸会を見られているような。そんな、居心地の悪さ。


 どういったものか理解している人が相手なら、別に良いのだ。しかし、門外漢の知り合いに見られ、あまつさえ、あれやこれやと質問されたら、恥ずかしさで死ねる自信がある。


「せっかくだから、おじさんとおばさんも呼べば良かったのに」

「殺す気? 心中? 心中したいの?」

「アルシア姐さんが生き返らせてくれるだろうけど、止めてくれ」


 だから、両親を呼ぶなどと言い出したユウトへの反応が冷たくなるのも仕方がないのだ。

 このときのアカネは明らかに冷静さを欠いていて――演劇というものは、一度で終わりではなく、好評であれば長く上演され続けるということを完全に忘れていた。


「下の客席も埋まってきたな」

「そろそろ、上演時間のようね」


 今日のアルシアは、真紅の眼帯を外している。

 もちろん、アカネの劇を目に焼き付けるため。


 真紅の眼帯のお陰で他者から言われるほど不便さは感じていないアルシアだったが、こういう機会があると、やはり、見えるようになって良かったと素直に思う。

 友人。いや、同志の晴れの舞台であれば、なおさら。


 そんなことを言ったら、アカネが本当に奇声を上げて走り出しそうなので黙っていたが。

 

(大丈夫、大丈夫。あたしは、悪くない) 


 時間が近づくにつれ、ネガティブになっていくアカネ。

 彼女の気持ちが底辺へ落ちる寸前に、劇場の幕は上がった。


 



 アカネが翻案した劇『亡国の姫騎士と忠義の従士』は、上演時間5時間にも及ぶ大作である。

 無論、最初から長大な物語を描こうとしていたわけではない。クライマックスに当たる部分のみを舞台化する予定だったのだ。


 しかし、美神の劇場のこけら落としとなる『亡国の姫騎士と忠義の従士』には、多くの人間が関わることとなった。

 その意見を聞き、政治的な配慮の必要性もあり、どんどん長くなっていった。


「元ネタがあるから、それを口にしたら、みんな乗り気になって……」


 とは脚本家のコメントであるが、少なくとも、後悔はしているようだ。反省しているかどうかは、微妙なところだが。


 さて。


 物語は、亡国の姫騎士マルグリットと、忠義の従士ランベイルの出会いから始まる。


 当初、マルグリットは隣国に留学をしており、ランベイルは悪政に抵抗をするも衆寡敵せず。逆に罠にはめられ無辜の民に手をかけてしまい、野盗に身をやつしていた。


 国を乗っ取った宰相に対して兄が挙兵したと知るやいなや、帰国の途についたマルグリット。その途中、ランベイルがマルグリットに襲いかかるが――辛くも撃退。

 その剣戟は見事で、ヴァルトルーデも感心していたほど。ここで、完全に観客の心をつかんでしまった。


 立ち会いが終わると、マルグリットは自分に仕えるよう、ランベイルを説得する。


「なぜ、私を殺さないのですか」

「キミは、確かに悪を為したのだろう。だが、まだ悪に落ちきってはいない」

「どうしてそんなことが……」

「目を見れば分かる」


 ユウトは、思わずアカネの目を見た。

 アカネは、目を背けた。


 恥ずかしい台詞だという自覚は、当然アカネにもある。だが、妙に受けが良かったのだ。

 それは階下の観客たちのみならず、ヴァルトルーデやアルシアもそうで、うんうんと当然だと言わんばかりにうなずいている。


 ブルーワーズでは、これがスタンダードなのだ。


 こうして、マルグリットに忠誠を誓ったランベイル。

 主従はマルグリットの兄であるモロドール王子――源頼朝に相当する――と謁見を果たす。


 このとき、優しい言葉をかけられ感動したマルグリットがモロドール王子の目を見ることができず、後の災いを見通すことができなかった……という伏線は、脚本家のせめてもの意地だろうか。


 モロドールとマルグリットの姪に当たる幼い女王を擁立し、外戚として思いのままに振る舞っている宰相カルヴィン。

 娘婿であった前王ミルクィンを毒殺し、邪魔な前王の兄弟姉妹は濡れ衣を着せて処分した。


 生き残ったのは、国外にいたマルグリットと、辺境の有力貴族に匿われていたモロドールだけ。

 その二人が、ついに挙兵を果たす。


 といっても、モロドールは地盤固めに忙しく根拠地を離れることができない。総大将となったのは、マルグリットだった。


 ここから、姫騎士の伝説が始まる。


 マルグリット軍を最初に迎え撃つ宰相の軍勢は、数倍の戦力を有していた。

 決戦前夜、マルグリットの夢枕に女神が立つ。


「この戦は勝てはしまい。そのような戦で、マルグリット。そなたの命と尊厳が散らされるのは損失である」


 そう、女神は逃亡を勧めた。


「勝負は時の運と申します。矛を交えず諦めるのであれば、この首を自ら落とすほうが、まだましにございます」


 しかし、マルグリットはひるまない。

 双眸に正義の炎を灯し、女神――様々な事情から、どの神かは明言を避けている――を正面から見つめる。


「よろしい。ならば、運試しといきましょう」


 女神は消え、陣地に突風が吹いた。

 ドラゴンの咆哮にも似た突風が。


 このとき、マルグリット軍はランベイルが指揮し、素早く夜襲への警戒態勢を敷いた。

 一方、宰相軍は、すわドラゴンの襲撃かと大いに算を乱して逃げ出してしまった。


 こうして、マルグリット軍は兄モロドールの予想や期待を遙かに超える快進撃を始めた。


 王都へ続く峡谷をふさぐように布陣した宰相軍には、マルグリットとランベイルが神に祈って加護を求めたところ、配下の騎兵たちに翼が生え、急峻な斜面を文字通り飛ぶように駆け下りて大打撃を与えた。


 海上の戦いでは、マルグリットが海の神の眷属を助けたことで加護が得られ、風と潮を得たマルグリット軍が大勝した。


 呪文も使っているのだろうが、大道具や小道具の出来が素晴らしく、まるで実際に戦場にいるかのような錯覚を起こさせた。

 また、オーケストラピットに配置された楽団も臨場感を盛り上げるのに一役買っている。


「神頼み多すぎねえか?」

「あたしも、そう思ったけど……」


 なにしろ、神々が実在する世界である。

 その神の加護を受けているというのは、説得力と正当性のこの上ない担保となる。


 こうして大いに名を上げたマルグリットだったが、宰相を討った後、王となった兄の嫉妬と猜疑心から国を追われてしまった。側近の騎士とともに辛くも王都を脱出し、幼少期を過ごした隣国へと向かった一行だったが、国境の城塞で審問に掛けられてしまう。


「貴様が、軟弱であるがばかりに、余計な手間をかけさせる!」

「お許しを。お許しを」


 涙をこらえ、命よりも大事な主君を打ち据えるランベイル。

 その辛さを思い、心の痛みで涙を流すマルグリット。


 そして、城塞の指揮官である将軍も、主従の熱い想いに触れ、打ち震えるのであった。


 観客たちは、感じた。


 ランベイルの忠義を。

 

 マルグリットの愛を。


 モロドールへの憤りを。


 出演者たちも、自分自身と役柄の境界が曖昧になっている。


 そのとき、奇跡が起こった。


 周囲が、世界が変わる。美神の劇場から、国境の城塞へと。


 マルグリットとなって劇を見ているもの、ランベイルとして涙を流しているもの、城塞の審問官、周囲の衛兵、それぞれの視点で劇を見ていた。いや、参加していると言って良い。

 出演者と観客の垣根がなくなったのではない。現実と虚構の垣根がなくなったのだ。盲いた者にもその情景は浮かび、音を失った者にも言葉が伝わった。


 脚本、演出、演技、音楽。そして、観客の感情の高ぶり。演劇のあらゆる要素が高次元で融合したとき、この劇場は完成する。


 以降、この奇跡を起こすべく数多の劇団、劇作家が挑むことになるが、その成功率は一割未満だったという。

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― 新着の感想 ―
[一言] 劇中劇、世界観に上手く溶け込んだ、なかなかの読み応えでした。
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