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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第一章 ヴァルトルーデとの日

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幕間 分神体(アヴァター)たちの武闘会 一日目

二日目編は、第二章終了後に。

「それで、ゼラス。これからどうするのだ?」


 鮮やかな金髪の少年神へ問いかけたのは、“常勝”と謳われるヘレノニア神の分神体(アヴァター)。ドワーフと鍛冶師の神ドゥコマースの分神体とともに地上へ降り立った彼女は、屋台で仕入れた食べ物をこれでもかと抱えている。

 誰がどう見ても、偉大なる神々とは思えぬ姿。

 少なくとも、先ほどヴァルトルーデと打ち合った威厳はどこにもない。


「せっかちだな。完売の余韻に浸っているのに」

「それは、売れるであろうよ」


 試合開始を前に、あれほどあった行列は姿を消していた。まったく畑違いにもかかわらずやりとげた、知識神たちの処理能力は確かに称賛に値するのだが……。


 本来、ユウトたちに振る舞うはずであった神酒(ネクタル)を人の子に与えたのだ。

 それはまさに、天上の美味。売れないはずがない。集客も、分神体の魅力(カリスマ)をもってすれば、造作もないことだろう。


「けれど、かき氷にしたのは、二人のアイディアじゃ」


 褒め称えよ。

 ――とまでは言わないが、貶めるでないわと、死と魔術の女神トラス=シンクの分神体が小さな体で主張する。


「どうでも良いが、始まってしまうぞ」

「そうだ。ドゥコマースの言う通り。リィヤのように、入場券を手に入れたのか?」

「ははは。そんなものは必要ないよ」


 見目麗しい少年の姿をしたゼラス神が、さわやかに笑ってドゥコマース神とヘレノニア神の心配を否定する。

 それしか方法がないのであればともかく、人の席に割り込むようでは神ではない。美と芸術の女神に関しては、最前列でスケッチをする必要があるため、やむを得ないのだ。


「レグラの代わりに、あの闘技場を本来の形にしておいたからさ」

「なにを言う、ゼラス。形は変わっていないぞ」

「外見だけを見ているようじゃ、まだまだだ」


 闘技場の外壁に、場内の映像を投影するという驚くべき機能。

 それを秘密裏に起動させた知識神は、少年にふさわしい――と表現するには、老獪な表情を浮かべていた。





 そして始まった第一試合。

 同時に、分神体たちの宴も始まる。


 地面に緋色の毛氈もうせんを敷き、ヘレノニアの分神体が買い込んだ肉や魚の串焼きにソーセージといった食料や、屋台で売られていた様々な酒が中央に並べられた。


 飲み食いをするのと、闘技場の外壁に映し出される試合を観戦するのと。どちらがメインなのか判然としない。


 特に、酒に関しては神酒――神々が消費する予定だった分――もあるのだが、地上で手に入れた酒のほうが減っているのはさすがと言うべきか。


 なにしろ、第一試合が終わるまでの、ほんのわずかな時間で消費しているのだから。


「いやー。うちのラーシアくん、格好良くてごめんねー」

「タイロン……いや、リトナか。いつの間に」


 ヘレノニアの分神体をはじめとして誰一柱として気づかなかったのだが、草原の種族(マグナー)の種族神であるタイロンの分神体、リトナまで宴に参加していた。

 しかも、得意げな顔で。


 ラーシアが矢をすべて外して(・・・)実力を示し、エグザイルが岩巨人(ジャールート)たちを文字通り一蹴した。

 圧倒的な勝利。


 だが、リトナにとっては後半はどうでも良かったようで、酒を飲みながら自分の男の自慢に徹する。


「確かに、なかなかの腕前ではあるが」

「でしょう? そのうえ、きっちり見せ場を友人に譲るとか、草原の種族じゃないみたい」

「お主が言うのか、それを……」


 ドゥコマース神は我関せず。ゼラス神とトラス=シンク神も対応をヘレノニアの分神体に押しつけ、ソーセージを食べさせ合っていた。


「まったく。そもそも、地上をいつまでもうろちょろとして。神としての自覚をだな」

「まあ、差し入れも持ってきたから細かいことはいいじゃない。アタシも、休みたいのよ。賭けの運営で大変だし」

「お、差し入れ?」


 賭博と聞いて難しい顔をするヘレノニアの分神体ではなく、仲睦まじく食事をしていたゼラス神の分神体が会話に割って入る。


「どんな珍しい食べ物だい?」

「チーズフォンデュって言うらしいわよ」

「リトナの姐さん」

「ああ、こっちよ」


 組織の手下たちによって魔法具(マジック・アイテム)のコンロと溶けたチーズが入った鍋が運び込まれ、辺りにかぐわしい香りを振りまく。

 続けて、串とパンや肉などの具材が並べられていった。


 アカネから聞き出したレシピを基に試作を重ねたものだ。

 運営している娯楽施設玻璃鉄城クリスタル・アイアン・キャッスルの新商品の予定だったが、ここで初お披露目となった。


 毛氈の上に置いているので火事が心配になりそうだが、この面子に限っては杞憂だろう。


「なかなか面白いことを考える」

「ゼラスは、目新しければなんでもいいのだろう」

「お前様、熱いから気をつけるのじゃぞ」


 そうして始まった、一回戦第二試合。

 ユウトとアルサスがエルドリック王とその孫クレスと対戦したのだが、今度は、ヘレノニアの分神体が得意げになる番だった。


「皆の者。見たな、聞いたな。真に迫った心の叫びであった。さすがは、アルサスよ。我の祝福を授けただけのことはある。やはり、心も強くあらねば、王足り得ぬ」

「でも、祝福をあげたのは別の分神体じゃないの」

「まったく関係はない。しかし、惜しい。素性をあかしていれば、悪魔諸侯(デーモン・ロード)の封印もより強固になったであろうにな」


 だが、仮面の剣士というのも悪くはないので不問とした。

 素性を隠して善を為すのは、見返りを求めぬ無償の行為であるがゆえに。


「それも、私の眷属である天草勇人がエルドリックを押さえたからこそだけど。私の眷属である天草勇人がね」


 知識神ゼラスまで、眷属を主張しつつ、誇らしげに言う。


 早くも混沌としてきた神々の宴。

 そんな状態とは関係なくプログラムは進み、次の試合。ヴァルトルーデとヨナが、レグラ神の分神体レラがレグナム総大司教と対戦する。


 実質的に、ヴァルトルーデがレラとレグナムの二人と対峙する試合展開。

 東方の特殊な武術によりヴァルトルーデを翻弄し、力の神の分神体であるレラは組技に持ち込んだ。


 ――しかし。


「ふむ。レグラも、本望じゃろうな」


 最後には、ヨナがヴァルトルーデを巻き込んで超能力(サイオニック・パワー)を使用し、勝利を収めた。

 大地と大気。つまり、世界を揺るがす大爆発が起こったものの、トラス=シンク神の分神体は、眉ひとつ動かさない。


 むしろ、お気に入りの人間が、強大な力により自分自身という障害を乗り越えた。レグラ神はそのことを祝福しているはずだと確信しているような口調。

 神の精神性は定命の者には、計り知れない。

 いや、計り知れないのは、レグラ神か。いずれにしろ、人の身には過ぎた命題だ。


「いい結果が続いて、ご機嫌じゃないかヘレノニア」

「そうでもないぞ」


 ゼラス神の分神体が少年の容姿には相応しからぬ口調で揶揄するが、“常勝”と謳われし戦女神は笑顔も見せずに否定する。

 しかし、この場に集まっているのは、分神体とはいえ、神性を持つもの。

 (ヴェルガ)を引き取って以来眉間にしわが寄っていたヘレノニアの表情が、わずかながら緩んでいるのに気づかぬ者はなかった。


「まあ、そうは言ってもね。優勝はアタシのラーシアくんのところだけどね」

「勝負は時の運。生死を懸けているわけでもない。力を出し切れば、それで充分であろう」

「そうやって、予防線張っちゃって。いいのよ、アタシたちが出場してるわけじゃないものね。でも、だからこそ、アタシたちが信じなくてどうするの?」

「タイロンが、まともなことを言ってるね」

「お前様、これはろくでもないことになりそうじゃの」

「ワシにも飛び火するから、止めてほしいものだな」


 ずっと黙っていたドゥコマース神の分神体までぼやくように言うが、ヘレノニア神とリトナには聞こえない。いや、リトナは聞こえているだろうが、黙殺している。


「いくら挑発しても、その手には乗らんからな」

「ちぇっ。つまんないの」


 挑発して賭けに乗らせ、あわよくばヘレノニア神から神剣の一振りでも……と思っていたリトナが、露骨にがっかりとした表情を見せる。

 それを指摘されても平然としているどころか、周囲からなにも言われないのは、さすがとしか言いようがなかった。


「さて。そろそろ、ゲストが来るようだ」

「あやつを目にするのも、久しぶりじゃな」


 知識神と死と魔術の女神の夫婦が、上空を仰ぎ見る。

 その視線の先に現れたのは、強大で優美なドラゴンのシルエット。


 赤火竜パーラ・ヴェントの登場に、会場が一時騒然となる。


「話には聞いていたが、反省はしていないようだな」


 財宝目当てで参戦を表明したパーラ・ヴェント。

 その欲望が原因で天上から放逐された――本人は、出ていったと思っているのだろうが――にもかかわらず、行動原理がまったく変わっていない。


「はっ。こうしちゃいられない!」


 賭けを成立させるためリトナは慌てて席を立つが、ゼラス神たちの顔色は冴えない。


 人間で言えば、そう。

 微妙な距離感の親戚が、なんだか張り切っているところを見せつけられているようなものか。


 応援したいわけではないが、心情的にはそうもいかず。

 別に、自分自身がなにかするわけでもないし、誰かからなにを言われるわけでもないのだが……。


 ただただ気恥ずかしかった。

 言葉では表現しにくい微妙な雰囲気が漂い、料理も中途半端に残して箸が止まる。


 そのため、敗者復活も兼ねたバトルロイヤルになったのは、分神体たちにとって僥倖であった。


 たとえ、レグラ神の分神体が再度登場することとなっても、クレス王子の成長や、エルドリックとレイ・クルスの一騎打ちも見ることができたのだから。


 しかし―― 


「レイ・クルスか……」

「ヴァイナマリネン……」


 ヘレノニア神とゼラス神の分神体が、苦々しさを隠そうともせず勝者の名を呼ぶ。

 どちらも、複雑な因縁があった。


「勝ち残ったのう。まあ、優勝すると決まったわけではないのじゃが」

「下手なことをすると、エルフのあれが黙っておらんぞ」

「そこは、こちらの領域よ。拒否するわけにはいかんのじゃ」


 一方、ドゥコマース神の忠告は、真剣な表情のトラス=シンク神によって謝絶された。


「まあ、明日だ。明日!」


 ゼラス神の分神体が、そう明るい声を出す。

 人の子らが、なにを選び、なにをなすのか。その結論が出てからでも遅くはない。見守ることには、慣れているのだから。


「そうだな。しかし、どうするか……」


 ヘレノニアの分神体が見つめているのは、祭りの後と呼ぶに相応しい残り物。


 もう、満足している。

 さりとて、残すわけにはいかない。神として示しがつかない。


 だが、その悩みは、意外なところで解決した。 


「……疲れた。ごはん、ごはん……」


 幽霊(ゴースト)のようにくたびれた女が紙束を抱えて近づき、冷めた食べ物とぬるくなった酒を猛烈な勢いであおる。作品を仕上げた直後の芸術家そのもの。


 残り物は美と芸術の女神が平らげ、一日目が終了した。

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