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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第一章 ヴァルトルーデとの日

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7.二人の夜と朝

「パーラ・ヴェントにとっては良かったのかも知れんが、微妙に納得いかん」


 夜。夫婦の寝室。いや、夫と妻たちの寝室か。

 とりあえず、一人ずつローテーションで同衾することとなり、今日はヴァルトルーデの番だった。


 ベッドは分けていて、なにをするというわけでもない。極端に言えば、同じ部屋にいるだけ。

 だが、ヴァルトルーデはこの時間が溜まらなく好きだった。


 ユウトが生み出した《燈火(ライト)》からほのかな光が放たれ、カグラが用意した香が炊かれた空間は、とてもリラックスできる。

 今まであまり考えたことはなかったが、居心地が良いとはこういうことなのだろうと、ヴァルトルーデは思う。


 気負わず。かといって、だらけているのとも異なる。

 今日も充実した一日を過ごしたという満足感に包まれながら、愛する人と語り合う。


 程良く弛緩していながら、うきうきとした高揚感もある。この不思議な感覚を言葉にするのは難しい。


 ユウトも、同じように感じてくれているのだろうか。もしそうならば、とても嬉しい。天にも昇る気持ちになるだろう。実際に、天上へ行ったことがあるのはさて置いて。


 けれど、一日の仕事を終えた開放感に浸る彼の表情からは、いつも通り。どう思っているのか、その感情は読み取れない。


 聞いて確かめたいような、曖昧なままにしておきたいような。


 そんなヴァルトルーデの胸の内も知らず、ユウトは重たげに口を開いた。


「納得いかないって、ゴーレム任せなのが?」

「そうだ」


 先ほどまでの乙女のような思考は一瞬で消え、戦士の意思が瞳に宿る。そのどちらもが、ヴァルトルーデだった。


「あれでは、同盟ではあるまい」

「俺の故郷じゃ、同盟国の軍隊が駐留してるけどな」

「それは、同盟ではなく服属ではないのか?」

「それ以上、いけない」


 突然、ユウトが真顔になった。

 ヴァルトルーデには、なにがいけないのかは分からない。けれど、ユウトが言うのであればそれが正しい。滞在期間はわずかだったが、かなり進んだ世界だったようだし、想像もつかないことがあるのだろう。


「まあ、実際問題、ずっと俺たちの誰かが空中庭園にいるわけにはいかないし、《伝言(メッセージ)》で知らせてもらってから行くのも後手に回るだけだし」


 守護者(ガーディアン)を置くのがベストだったんだよと、ユウトは言う。


「それはそうなのだろうがな……」


 ベッドの上で膝を抱くようにして座りながら、小さく不満を漏らす。

 その少し唇をとがらせた表情はユウトの心を綺麗に撃ち抜いていったのだが、ヴァルトルーデは気づかない。ユウトも、照れてなにも言えない。


「少々、不義理ではないか?」

「……いやぁ、それはどうかな」


 ヴァルトルーデに見とれていたユウトの気のない返事。

 しかし、すぐに思考と体勢を建て直し、言葉を続ける。


「なんか、パーラ・ヴェントも喜んでたし。案外、一人で、寂しかったんじゃないかな」

「それならますます、誰か置いても良かったのではないか……?」


 赤火竜パーラ・ヴェントも、まさか同盟者から同情されているとは夢にも思わないだろう。


「いつ来るか分からない敵を待って、あんなところに駐留してもらうのもなぁ。どんな危険があるかも分からないし」


 リトナやエリザーベトの尾を踏んだラーシアの逃亡先としてなら、ありかも知れない。

 そう考えたユウトだったが、パーラ・ヴェントにも選ぶ権利はあるはずだ。


「楽するためにゴーレムを作ったんじゃない。条件に一番合致するのがゴーレムで、結果として楽になったんだ」

「……そうか。そう思うとしよう」


 ヴァルトルーデが、花が綻ぶような笑顔を浮かべてユウトの言葉を受け入れる。

 最善ではないかも知れないが、次善ではあるのは確かなのだから。これ以上は、ただのわがままになってしまう。


「考えてみれば、遺跡にこもるドラゴンと、それを守護するゴーレムなど、物語の題材になりそうではないか」

「表面だけ見れば確かに……。朱音が気づいたら、やばいことになりそうだな」

「早速、次回作か」

「本人は、嫌がりそうだけどなぁ」


 しかし、忙しかろうがなんだろうが、面白いと思ったら。そして、思いついてしまったら、出力せざるを得ないのが創作の業だ。

 少なくとも、美と芸術の女神を喜ばすことはできるだろう。


「まあ、劇のほうもそろそろ初日だし、問題ないか」


 アカネの処女作『亡国の姫騎士と忠義の従士』は、稽古も大道具・小道具の製作も順調と聞いている。

 邪魔にはならないだろうから、機会があったら話してみようとユウトが話をまとめた。


「ああ、そうそう。空中庭園の話だけど、俺たちの出番が絶対にないとは言えない」

「そうなのか? そんな敵が、いるとは思えぬが……」

「いるさ。例えば、ヴァイナマリネンのジイさんとレイ・クルスがセットで襲ってくるとか」


 武闘会の再現となる対決。

 まったくあり得ない未来ではない。


「なるほど。……それは、たぎるな」

「たぎるなよ」


 言っても無駄と知りつつ釘を刺しながら、ユウトはベッドに横たわった。

 目がとろんとして、眠たそうにしている。この状態のユウトは、体温が上がって温かい。そのぬくもりを胸に抱けないのは、少しだけ残念だった。


「少しは、自重する素振りぐらいしたほうが良いんじゃないかなぁ」

「そうは言うがな、アルサス王もお喜びになるぞ」

「なんで偉い人ほど戦闘狂なんだ、この国は」


 ヴァイナマリネンとレイ・クルスに相対する、ヴァルトルーデとアルサス。


 それは、深く考えたくない未来予想図だったのだろう。

 ユウトは目を瞑り、再び口を開く。


「アルサス王といえば、ヴァルのことを報告しないとな」


 かなり眠たいのか、言葉はゆっくり。

 いつもより不明瞭な口調だったが、ヴァルトルーデは嫌いではない。


 好きな人のいろいろな面が見られるのだ。本当に、幸せな一時だ。


「うむ。いつまでも黙っている不義理はできまい。だが、ユウト」

「ん?」

「私は、報告には同席しない。アカネかアルシアを連れていってほしい」

「《瞬間移動(テレポート)》のことを気にしてるの?」


《瞬間移動》の呪文で、宿した命に影響が出るかも知れない。

 神託の結果も思わしくなく、未だにその疑念は晴れていなかった。神々といえども、全知全能ではない。特に、地球への転移に関しては、本当に分からないのだろう。


「それもあるが、しばらく私は裏方だ。私以外にもユウトに妻がいることを、印象づけてくれ」

「ヴァル……」


 ヴァルトルーデは、目を見開いたユウトからの視線をしっかりと受け止めた。

 もう、全員で意識のすり合わせはできている。


 もちろん妬心がないわけではないが、それ以上に、大切な二人にもこの幸せを味わってほしいと思う。


 ヴァルトルーデは、無意識に腹部をさすっていた。 


「そういえば、前に、お互いの子供を結婚させようって言われたんだっけか」


 当時王子だったアルサスが王の証を手に入れんとし、吸血侯爵ジーグアルト・クリューウィングと対決することになった一件。

 それほど前のことではないのに、懐かしさを感じてしまう。


「なんか、本当になりそうだな。どうしたものか……」

「王子だか姫だか分からぬが、相手の言い分もあろう」


 決して無理強いするつもりはない。

 好きならすればいいし、嫌なら断ればいい。


 それも我が子の選択だ。

 ならば、手助けするのが親の務めだろう。


「顔だけでもヴァルに似てくれれば、向こうから断られるってことはないだろうけどな。むしろ、俺の要素はなくて良い」

「それはどうなんだ? 確かに、ユウトのように責任感が強いと大変なことになりそうだが……」


 まだ気が早いかも知れないが、近い将来、訪れる未来。

 それに思いを馳せ、いつしか、二人は眠りに落ちていた。





 翌朝、ヴァルトルーデは日の出とともに目を覚ました。

 生まれ故郷であるオズリック村にいるころから変わらない生活スタイル。


 身支度を整え、神に祈りを捧げ、トレーニングをする。


 欠かすことない日課に、最近、新しい習慣が加わった。


「ふふふ。よく、寝ているな」


 隣のベッド――倍の休息が得られるという魔法具(マジック・アイテム)、ヒューバードのベッド――で、幸せそうに寝ているユウト。

 その頬を人差し指で突っつきながら、ユウトに負けないくらい幸せそうに微笑む。

 ユウトが目にしたら忘我の域に達することは間違いない。同時に、それに遭遇するのは不可能なのだが。


 一般的な美醜の感覚というのは、ヴァルトルーデにはよく分からない。

 自らの容姿にも無頓着で、たまに、アカネから変な視線と表情を向けられることがあるくらいだ。


 それゆえ、世評とは異なるかも知れないが――ヴァルトルーデの目には、ユウトの相貌は整った美しい顔かたちに映っていた。

 ラーシアが聞いたら砂糖を吐きそうだが、ヴァルトルーデにとっては、それが真実。


 だからというわけではないが、いつまで見ていても飽きなかった。

 ユウトも、まったく起きる気配はない。


「毎日、疲れているのだろう」


 その責任の一端は、間違いなく自分自身にある。

 申し訳ないと思うし、感謝もしている。


 だが、それが嬉しかった。

 愛されているという実感がある。


 そう思うと、自然と全身が火照り、女としての本能が刺激される。


 感謝を伝えるように、ヴァルトルーデがユウトの髪を撫でた。さらさらした手触りの黒髪は、延々とそうしてしまう中毒性があった。


 とはいえ、いつまでもそうしてはいられない。


「ユウト、ゆっくり休んでくれ」


 心からのねぎらいの言葉をかけ、軽く口づけをする。軽くにしないと、起こしてしまうかも知れない。ここは、忍耐だ。


 名残惜しそうにユウトから離れ、大きく伸びをする。


 これから、朝の鍛錬だ。

 怠るわけにはいかない。


 あまり無茶をしないようにとは言われているが、ヴァルトルーデはあまり気にしてはいなかった。


 ユウトと自分が愛し合った結晶がここにいる。

 どうして無事に生まれないことがあろうか。

 これは自信でも、ましてや過信でもない。紛うことなき、確信だった。

これにて、Episode 13の第一章は終了。

武闘会関連を補足する幕間を挟んで、次の第二章はアカネがメインの予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 完全に庇護下の自治領ですもんね。 本人が聞いたらブチ切れそう。
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