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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第一章 ヴァルトルーデとの日

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5.空中庭園の盟約(中)

 赤火竜パーラ・ヴェントに導かれ城内に足を踏み入れたユウトは、再び、その光景に目を奪われた。


 清楚な白亜の外観とは裏腹に、内部は豪華絢爛。

 広大なエントランスは、床も壁も天井も、すべて黄金で覆われていた。例外は足下の真っ赤な絨毯だけ。壷や板金鎧(プレートアーマー)、シャンデリアなどの調度品も金色に輝き、色とりどりの宝石で装飾されている。


「これは……驚いたな」

「まったく」


 初見のアルサスとユウトは、驚きと感心で顔を見合わせる。

 ユウトは夢で何度か訪れた知識神の宮殿を思い出すが、似ているようで、やはり違う。そこから威厳を引いて、豪華さを重ねたといったところか。

 けばけばしいと断じてしまうのは簡単だが、もはや、そんな領域は超越していた。ここまで徹底されると、批判も称賛も意味をなさない。


 ただただ、圧倒されるだけ。


「ふふんっ」


 そんな二人の様子を得意げに観察する人間形態のパーラ・ヴェント。財宝を貯め込むだけでなく、見せびらかすのも好みのようだ。


「いやー。これ見るとさ、もうちょっともらって良かったんじゃないかなって思うよね」

「ダメよ、ラーシアくん。財産は、無限貯蔵のバッグに入るぐらいがちょうど良いの。それが、幸せになるコツよ」

「そっかー」

「いやいや。なにを納得しておるか。盗人猛々しいとはこのことよ。タイロンめは、相変わらず、ろくなことを言わんな」

「タイロンじゃないですー。リトナよ、リ・ト・ナよ。分神体(アヴァター)といえども、人格は別なんだから」

「どちらにしろ、不愉快な生物よ!」


 無限貯蔵のバッグという名を冠してはいるが、一応、容量の制限はある。ゆえに、根こそぎ全部奪うという宣言ではないのだが……。


「無限貯蔵のバッグの容量限界とか、今まで一度も達したことがないんだけど」

「今度、馬車鉄道の工事で出た土砂でも詰め込んでみる?」


 ユウトのつぶやきに、アルシアが提案を返す。

 全く意味のない行為だが、彼女も草原の種族(マグナー)の言葉にあきれているのかも知れない。


 この件に関しては、パーラ・ヴェントの言い分が正しそうだった。


「さあ、赤火竜が直々に案内してやるのだ。黙ってついてくるが良い」

「……ユウト、もう、攻撃してもいい?」

「うん。もうちょっと、頑張ろうな」


 高飛車な物言いに、ヨナの我慢が早くも限界に達したようだ。

 確認をするだけ大したものだと、成長をしみじみと感じながら、ユウトはアルビノの少女を肩に担いだ。肩車ではなく米袋を背負うような状態だが、本人は嬉しそうだ。


「まったく、ユウトは……。子供が生まれたら、どうなるのか」

「そこで、女がしっかりしないと」

「その通りね」


 配偶者たちとリトナとの同盟が締結されているのに脅威を抱きつつ、それでもユウトはヨナを持ったままパーラ・ヴェントの後をついていく。


 傍目には油断しているようにしか見えない行軍だが、その実、警戒は怠っていない。敵意も害意も感じられない相手に緊張をしても意味がないだけ。

 なにか起これば、即座に対応することだろう。


 そのまま、同じように豪華な回廊を通り、いくつかの部屋を抜け――黄金を白金や琥珀に変えたような部屋だった――ユウトたちは、晩餐の間へとたどり着いた。


「さあ、座るのだ」


 そこは、ファルヴの城塞はおろか、セジュールの王城のどの部屋よりも広い空間だった。


 その中心に10メートルはあろうかという長いテーブルが置かれているが、不思議と寒々しさは感じない。室内に入ると同時に、どこからともなく音楽が流れ、照明も暖かく柔らか。

 部屋の豪華さも、黄金造りではあるが、今までのけばけばしさが薄れているように思える。ただ、単に目が慣れただけという可能性もあるので、断定はできない。


「良いな? 『晩餐である。今宵は、花の宴である』」

「うわっ」


 その驚きの声は、誰が発したものだっただろうか。

 めいめいが席に着いたのを確認したパーラ・ヴェントは、上席につくと同時に、返事を待つことなく合い言葉(テストワード)を唱えた。


 すると、テーブルが光り輝き、次の瞬間、銀食器が人数分に、様々な料理が卓上に現れる。


「テーブル自体が魔法具(マジック・アイテム)なのか」

「ふふふふふ。さあ、まずは存分に食らうがよい」


 テーブルの中央には、肉の丸焼きがいくつかどんと置かれている。


「ほう……」


 一見して種類は分からないものの、エグザイルが感嘆の声を上げるほど巨大な丸焼きだ。


 パーラ・ヴェントはそれをナイフ――食器というよりは包丁に近い――で切り、手元の皿に載せる。そこからはみ出してしまいそうな肉塊にナイフを突き立てた。

 貴族令嬢然とした顔が崩れ、物理的にあり得ないほど――しかし、ドラゴンにはふさわしく――大きく口が開き、そのままかぶりついた。


 一瞬で肉塊が視界から消え失せ、咀嚼し、嚥下する。


 奇術のように鮮やかな消失だった。


「負けられない」

「大食いでドラゴンに勝負を挑むやつがいるか」

「いる。ここに」

「そうか……」


 見れば、エグザイルだけでなくヴァルトルーデもやる気満々。夕食は済ませていたはずだが、関係ないようだ。

 ラーシアとリトナなど、仲良く取り分けながらマイペースに食事を始めている。とても、盗み出す算段をしていたようには思えない。


 こうなると、常識人は引っ込むしかなかった。別腹の持ち合わせはない。


 ユウトは、アルシアやアルサスとともに、失礼にならない程度に料理に手を着ける。

 アルシアの《祝宴ディヴァイン・フィースト》とは異なり、なにか特別な効果があるわけではないようだ。また、凝った料理ではないが、味は良い。


 また、酒は赤ワインしかないが、乾くことなきガラス瓶エンドレス・デキャンタにより、無限に飲むことができる。


 格式という意味では劣るかも知れないが、豪華な晩餐だった。


「くくく。よもや、人間風情が、ドラゴンに匹敵する食事量を誇るとはの」

「ふっ。私は、二人分の栄養が必要なのでな」

「まだ早くねえかな、それ……」


 まあ、つわりが始まるとなかなか食べられないと聞いている。

 今のうちに楽しんでもらうのも良いのかも知れない。


 そう考えるユウトだったが、結局、ヴァルトルーデには食欲減退期など訪れはしなかった。


「さて、人間たちを呼んだのは、他でもない」


 本題に入るようだ。

 ユウトは、居住まいを正して続く言葉を待つ。


「相互防衛の同盟を結ばぬか。小さき人間だが、貴様らであれば、不足はあるまい」


 人と竜の同盟。恐らく、過去に類を見ない話だろう。


 皆の注目が集まっているのを感じつつ、ユウトはパーラ・ヴェントの目的を考える。


 なにか、差し迫った脅威があり、それに対応するための戦力を求めているのだろうか。

 それとも……。


「なんだ。ユウトに結婚を申し込みたいって話ではなかったんだ」

「みぎゃー」


 予期せぬ話に、パーラ・ヴェントは踏まれた猫のような悲鳴を上げた。


「ラーシア、本気だったのか」

「もちろん、本気だよ」


 本気で、そうだったら面白かったのにという顔で答える。

 リトナの注意も、それはそれ、これはこれの精神で乗り越えたようだ。


「結婚か……。一度、失敗しておるからの。そこは、慎重に進めねばならぬというか……」

「ごめんなさい」

「なぜ、求婚もしておらんのに断られねばならぬのかー!」


 しっかりと意思表示をしてから、ユウトは頭を切り替える。


「話を戻しましょう。それはつまり、イスタス侯爵領にいずこかの勢力が攻め込んできたときに、赤火竜が助太刀をしてくれると言うの?」

「いかにも」

「逆に、この空中庭園を荒らす不逞の輩が現れたなら、排除に協力しなければならない?」

「その通りよ。難しいことなど、なにもあるまい」


 思考に没入するユウトに代わって、アルシアが詳しい話を聞き出そうとした。

 その情報を入力しながら、ユウトはさらに相手の意図を探る。


「なるほど。同盟を結んだら、俺たちはここを攻めることはできなくなるな。自分で自分を防衛するという矛盾した状態になっちまう。もちろん、それを遵守するとしてだがな」

「あっ、そういうこと」


 ラーシアから、納得の声が挙がる。それはパーラ・ヴェントにとって重要だろう。

 しかし、その推測を口にしたユウト自身は、まだ納得していないようだ。


「でも、それだけなら不可侵だけでいいよな。防衛までする必要はない」

「いろいろと気を回して、知恵袋も大変よな」


 パーラ・ヴェントが口を隠しながら笑い、両脇の巻き髪がふわふわと揺れる。


「ユウト、簡単な話だろう」


 ナプキンで口の周りの脂をふき取ったヴァルトルーデが、肉の塊越しにユウトと視線を合わせて言う。


「私たちには、もう、パーラ・ヴェントと敵対する意思はない。ならば、助けを求める手を取るのに、不都合などなにもない。そうだろう?」

「助けを求めるなどと……」

「そうか。もしかしたら、試合に出たことが理由なのかも知れないぞ」


 次に声を上げたのは、意外にもアルサス。


「私もそうだが、あの試合で赤火竜パーラ・ヴェントの実在を初めて知った。そして、赤火竜が存在するなら、空中庭園リムナスも……となるのは、道理だろう」

「なるほど……」


 それは、元々どちらの存在も知っているユウトたちにはない視点。


 要するに、赤火竜パーラ・ヴェントは、空中庭園を人間に荒らされないよう、抑止力を求めているのだ。


「ふんっ。なんのことやら。まあ、次元竜(クロノス・ドラゴン)には多少世話になったゆえな、庇護してやろうと思っただけのことよ」


 しかし、ドラゴンの矜持ゆえか、パーラ・ヴェントは認めようとしない。あくまでも、こちらが上位だと主張する。


「ラーシアは、どう思う?」

「う~ん。ここを見つけて侵入するってだけで、かなりの実力が必要だよね」

「だよな。でも、いるところにはいるだろうからな……」

「む、無視して相談するでないわ」

「そそそ。ボクらは例外としても、まったくいないわけじゃない。んで、そんな連中なら、真っ向勝負は無理でも、かすめ取るぐらいはできると思うよ」

「ああ。姿を隠す対竜呪文があるか。その辺を駆使すれば、確かにいけるな」

「それよ。忌々しい!」


 突然、パーラ・ヴェントが魔法具のテーブルを叩いて吼えた。

 瞳孔は爬虫類のように縦に開き、興奮したためか、長いスカートの裾から尻尾が覗いている。


「ドラゴンばかり目の敵にしよって。ドラゴンから見えなくするとか、ドラゴンの攻撃にだけ耐性を持つとか、魔術師(ウィザード)どもは、どういう了見で呪文を開発しておるのか!」

「ドラゴンが、同族と戦うときに使ってた呪文がベースだって、聞いたことあるけど」

「それはさておき、まあ、この空中庭園に羽虫のようにたかる不埒な者どもがおらんとも限らんからの。それを退ける栄誉を与えようではないか」


 堂々と胸を張り、なおも傲慢に語るパーラ・ヴェント。


「ユウト、やっちゃえば後腐れない」


 それが癇に障ったのか、先制攻撃を仕掛けようとするヨナをなだめつつ、ユウトは改めてその申し出を検討する。


 とりあえず、裏は感じられない。ヴァルトルーデがなにも言わないということは、実際にそうなのだろう。

 そして、お互いにメリットは充分ある。虚名かもしれないが、イスタス侯爵家と赤火竜パーラ・ヴェントの双方を敵に回したいとは誰も思うまい。


 むしろ、問題は内ではなく外。


「でもな……。まずいですよね?」

「なにがだ?」


 ユウトからの問いかけを受けたアルサスは、しかし、なにを言われているのか分からないと首を傾げた。


「王家じゃなくてイスタス侯爵家がドラゴンと同盟するとか、政治的に問題ありませんか?」

「少し前ならそうだっただろうが……。今や、イスタス侯がすることに異論を挟む者はいないな」

「ようやく、理解が得られたのか」


 ヴァルトルーデは感慨深いと瞑目するが、腫れ物扱いされているだけだろう。アルシアも、ヴァルトルーデの横で首を振っている。


「さて。許しが得られた以上、障害はもうないな」


 ヴァルトルーデが結論を下した。

 家宰であるユウトは、その意向に従うのみ。


「あ。ただし、条件がひとつ」

「なんじゃ」

「防衛に使える物がないか、宝物庫を見せてほしい」


 甘いデザートだと思って食べたら、とてつもなく苦い魚の腸だった。

 そんな得も言われぬ表情を見せるパーラ・ヴェント。


「イヤじゃ」

「勝手に盗ったりしないから」

「絶対に、イヤじゃ!」

「まあまあ」


 この後、じっくり宝物庫を探索した。


 そこで、使えそうな秘宝具(アーティファクト)を見つけたユウトは、竜細工師のウルダンを呼び出すと、ドラヴァエルたちの住処へと向かう。

 相互防衛協定を履行するために。

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