3.寝室に集う
「あーっ。勇人、やあぁっと、来たわね!」
「すみません。間違えました」
仕事を終えて二人の寝室へと――今のところは、だが――へ戻ったユウト。
しかし、予想だにしなかった出迎えを受け、即座に扉を閉めてしまった。言うまでもなく、ただならぬアカネの様子に危機感を憶えたからであり、その判断はすこぶる正しい。
「入りなさい」
「はい」
しかし、それが許されるかどうかは別の話だ。
ユウトが立ち去るよりも早く扉を開いたアカネに連行され、再度室内に足を踏み入れる。これから裁判を受ける被告人のように。
ユウトは、改めて寝室を見渡す。
寝室ではあるが、ベッドには誰もいない。それどころか、スペースを確保するため、片隅へ追いやられている。
床には四人分のクッションが置かれており、その中心にはチーズなどの簡単なつまみと飲み物もあった。車座になってアルコール付きの女子会を開催していたようだ。
天上から帰ってきた際にも同じような事態は起こったが、そのときとは雰囲気が異なるように感じられた。
そこへ連行しようとするアカネは、寝室にふさわしい格好をしている。
上下をグレーで揃えたVネックのトップスにのショートパンツというルームウェアは、確かに大胆ではあるが、寝室で婚約者と過ごす分には、まったく問題はない。
柔らかな微笑みを浮かべているヴァルトルーデは、見慣れたシルクの寝衣。いつ、何回見ても、良い物は良い。
そして、三人目のアルシアは真紅の眼帯を外し、ダークブラウンの瞳を露わにしている。これだけで、彼女の意識としてはかなり大胆なはずだが、身につけている衣装はそれ以上に冒険をしていた。
白いワンピースに似た形態に特筆すべきものはないが、光の加減によっては透けて見え、アルシアの理想的な――男性から見た――体の線が否応なく強調されている。
胸の下には飾り紐が通され、三つあるボタンはふたつまでが開放されていた。胸元を覆うレースの可愛らしさとは対照的な魅力があった。
そんな彼女たちに見つめられているのは、ユウトだけ。
そんな彼女たちを目にしていい男も、ユウトだけ。
けれど、その幸せに浸るのは、難しい状況だった。
「ええと、なんの集まりなのでしょうか」
妻と婚約者が勢ぞろいした部屋に、酒の瓶が何本も転がっていれば敬語になろうというものだ。悪い予感しかしない。
「言うなれば……。そう、親睦会だな」
「ぜってーちげぇ」
朗らかに言うヴァルトルーデへ、即座に否定の言葉を返すユウト。
アカネの目は据わり、アルシアも真紅の眼帯を外して微笑んでいるのだ。それがただの親睦会であろうはずがない。あってはならない。
「違いはしないぞ。ああ、私は飲んでいないからな。安心しろ」
「そこは安心したけどさ……」
「さ、勇人。座って、座って」
「いや……」
「座りなさい」
「はい」
泣く子と酔っぱらいには勝てない。
逆らっても無駄だと、ユウトは寝室の床に置かれたクッションに腰を下ろした。
「んで。ほんと、なんの集まりなんだよ」
「飲みなさい」
再び提示した疑問。
しかし、アカネは答えずに、玻璃鉄のグラスを差し出した。いや、正確には、押しつけてきたといったところか。
その縦長のグラスには、白ワインが並々と注がれている。
そこから目を背けると、すらりとした白い足が飛び込んでしまい――結局、後ろめたさから受け取ってしまった。
「こういう飲みかたをするもんじゃないだろ」
「ユウトくん」
「アルシア姐さん!」
見るからに尋常ではないアカネと違って、アルシアはまだまともかも知れない。
アルシアのダークブラウンの瞳をすがるように見つめるが……。
「遅れてきたのだから、ね?」
その希望は粉々に打ち砕かれた。
「いただきます」
飲めなくはないが、積極的に飲みたいとも思わない。
そんな風にアルコールから適度に距離を取ってきたユウトにとって、この量はなかなか厳しかった。
それでも、ヴァルトルーデからのうらやましげな視線を感じつつ、大魔術師は一気に飲み干す。
空気を読む。とても、大事だ。
「ぷはぁ……」
一瞬で顔が赤くなり、動悸が速くなったことを自覚する。直に収まるだろうが、少しだけ頭がふらふらした。
「見事なプロポーズだったわね」
「うえ?」
なにを言われたのか、よく分からなかった。
それは、どのプロポーズのことを言われているのか、瞬時に判断できなかったからでもある。
「この前の闘技場でのよ」
「ああ。うん、あれか」
その件に関して、アカネが感情を溜め込んでいたのは気づいていた。なのに、フォローを後回しにして爆発させてしまったということか。
子供ができたということに浮かれていた自分を殴りつけたくなる。
しかも、その不満を口にするため、アカネはお酒の力まで借りているではないか。
「アカネ……」
謝ろう。
許してもらえるかどうかは分からないが、まずはそこからだ。
ユウトが居住まいを正し、口を開こうとしたその瞬間。
「正直、置いてけぼりでした」
アルシアからも不満が噴出した。
「確かに、ヴァルのことが心配で、ヴァルのためを思ってユウトくんを送り出しました。ええ。私の判断です」
そう言いながら、アルシアは手酌でグラスにワインを注ぎ、一息にあおった。白い喉がなまめかしく動き、口の端からこぼれた液体が垂れ落ちていく。
「そんな、一気に飲んだら……」
「それでも、あの展開は予想外でした」
もはや、ユウトの言葉など聞いていない。
堰を切ったように、寝間着姿のアカネとアルシアが言葉を発する。
「元サヤに収まったのは、あたしも嬉しいわよ」
「そうね。それは当然」
「それに、別段目立ちたいってわけじゃないし」
「ええ。ちょっと恥ずかしいわね」
交互に発せられる言の葉の奔流は、横からの介入を許さない。
相づちを打って、こちらのペースに持っていこうなど夢のまた夢。
「でもほら、愛されてるって感じがするじゃない」
「確かに。それでも、うらやましく感じる部分はあるわ」
「そうよね。女の子だもんね」
「私の告白など、霞んでしまったわ」
ヴァルトルーデがどうしているのか。それを確かめる余裕もないほど、ユウトは追いつめられていた。
なにか、言わなくては。
その焦燥とアルコールに後押しされ、ユウトはなんとか二人の間に割って入った。
「いや、そんなことはないと思うよ。アルシア姐さんから愛されてるんだなって思えて嬉しかったし」
「…………」
アルシアは突然真顔になり、しばし動きを止める。
けれど、弾かれたように動きだし、また白ワインを追加した。
「勇人……。恐ろしい子」
「今のは鮮やかな手並みだったな」
「どういう評価だよ、それ」
もう、訳が分からない。
飲まないとやっていられない。というよりは、アルコールに逃げれば楽になれるかも知れないと、ユウトもワインを水のように飲み干した。
「朱音にだって、感謝してるし、いろいろ負担かけて悪いと思ってるよ。俺も、そこまで余裕があるわけじゃないから甘えちゃってさ」
「感謝ねえ。具体的に、どれくらい?」
「なんなら、ヴァルにしたのと同じようなプロポーズをしたっていい」
「え? それはちょっと……」
と言いつつも、アカネは嬉しそうだった。
「今のは、聞き捨てならないが……。もう、これくらいでいいだろう」
「そうね」
「そうですね」
二人は、にっこりと微笑み、肯定。
「だから、この話は終わりね」
「ええ。ユウトくんも、多少は身にしみたでしょう」
「え? あれ……?」
先ほどまでの刺々しい雰囲気はあっさりと消え去り、いつも通りのアカネとアルシアが現れた。
鮮やかな幻術にかかったようで、言葉も出ない。
「だって、前にこうやって集まったとき、これからも四人で仲良く頑張ろうみたいな感じになったでしょ?」
「なったけど……。えー? あー。おう?」
少しして、言葉は出るようになったが、意味をなさない。
「いや~。ここまで上手くいくとは」
「ユウトくんは、攻められると弱いようですね」
してやったりというアカネとアルシアの表情を見て、ユウトはようやくすべてを理解する。
「……もしかして、今のは演技?」
「多少は本音も含まれていましたよ」
「そうね。四割ぐらいは」
「思ったより多かった! ごめん!」
結婚生活は、男が譲れば上手くいく。
ユウトは、父からのアドバイスを思いだし、心の底から正しさを認めていた。
とりあえず、これで手打ちということのようだ。
そう安心したユウトへ、最後の追い打ちが仕掛けられる。
「ところで。ヴァルから、今後、ベッドの当番をどうするかっていう提案があったんだけど」
「ユウトくんの見解を聞かせてもらえるかしら」
前屈みになった二人が、意味ありげな微笑みを浮かべて迫ってくる。
わずかに汗ばみ、頬は上気し、瞳も潤んでいた。
その誘惑を振り払うのは、非常に困難で。
「今日のところは、なにもしないけど……」
そう。なにもしないが……。
「不足したコミュニケーションを補うため、同じ部屋で寝るというのはどうだろう?」
ヴァルトルーデとアカネとアルシアと。
ユウトの愛すべき妻と婚約者たちは、それを言葉ではなく行動で肯定した。
今回の件で得るべき教訓は、コミュニケーションが不足すると爆弾が爆発すると言うことだ。




