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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第五章 決意編

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9.前哨

 まだ、絶望は訪れていなかった。

 しかし、早晩そうなるだろうことは、男にもよく分かっていた。


 グレン・ミュラー。


 今はイスタス伯爵領に属するカイエ村で生まれ育ち、故郷を捨てて冒険者となり、また戻ってきた男である。


 彼は、自警団の長として前線に立って部下たちを鼓舞し、同時に最大戦力としてゴブリンたちに痛撃を与え続けていた。


 ゴブリンやオーガたちの不快な叫び声を聞きながら、冷静に弓に矢をつがえては次々と放っていく。

 家宰である大魔術師が一日どころか数時間で作り上げた石壁は今のところゴブリンたちの侵攻を阻み、逆に、その上から自警団が飛び道具による反撃を容易くしていた。

 自警団にも負傷者はそれなりに出ていたが、死者はいない。士気も、申し分ない。


 しかし、それもいつまで保つことか。


 この規模の襲撃など想定していない。精々が、盗賊団との戦闘程度だろう。空堀なども、ほんの少し前までは過剰だとも思っていた。

 常識で考えれば、数十にも及ぶ悪の相を持つ亜人種族どもの襲撃などそうそうあることではないのだ。

 それに、領主へ《伝言(メッセージ)》を送っても援軍が来ないことを考え合わせれば、なんらかの異常事態が発生しているだろうことは間違いなかった。

 冒険者時代なら、そろそろ撤退を考えているところだ。


 しかし、彼はそんな考えを頭を即座に振り払った。


 生まれたばかりの子供を思う。

 冒険者仲間だった妻と、十数年ぶりに和解した父親も。村の仲間たちも。

 彼らのことを思えば、絶望するなどあり得ないことだった。


「矢を頼む!」


 前を見据えたまま叫ぶグレンの肩に、どこからか放たれた矢が深々と突き刺さった。


「ぐっ」


 致命傷には、程遠い。

 それなのに、目が霞む。


「毒か……」


 グレンの負傷に、自警団の手が止まる。


 空隙。


 圧力が弱まったその瞬間、数体のオーガが携帯用破城槌を構えて正門に殺到した。

 あんな丸太のような打撃武器が押し寄せてはひと溜まりもない。いや、あの人数ならオーガが突っ込んでくるだけでも終わりだ。

 その後の大惨事は、言葉にするまでもない。


「止めろーー!」


 あらん限りの絶叫。

 しかし、それが叶わないことを知っていた。

 彼の妻、この村唯一の魔術師は裏門を守っている。他に、あのオーガを止められる人間などいない。


 結果は分かっていても、最後まで抗うしかない。


 素早く決断を下したグレンは、荒々しく矢を引き抜こうとし――手をかけたところで、思わず動きを止めてしまった。


「光が……」


 そうつぶやくのが精一杯だった。他の村人たちは、目前の光景に言葉も出ない。

 村に押し寄せるゴブリンどもが光に包まれる。

 それが相手にとっても想定外の事態であったことは、慌てふためく様子からも見て取れた。


 お互い、動くこともできない。


 戦場で戦いを忘れ、突然、光が大きくなった。

 網膜に直接光が灼き付けられる。


 数秒、いや、数分か。


 勇気を振り絞ってまぶたを開くと、生きた妖魔の姿は消え去っていた。

 すべてが死体になったわけではない。それでは数があわない。

 いきなりかき消えた。

 そう表現するより他に無い。


「助かった……のか……?」


 それが確信に変わるまで、それほどの時間は必要としなかった。


 爆発のような歓声が、そこかしこから噴出する。

 奇跡を神に感謝する祈り、生き残ったことを喜び合う声、ただ感情を炸裂させた涙。

 感情表現は人それぞれだったが、根底にあるのはただひとつ。


 それは、領主であるヴァルトルーデ・イスタスと彼女の仲間たち――つまり、英雄が自分たちを救ってくれたのだという確信だった。





 黄金竜を退けたイグ・ヌス=ザド。

 その背に、仮面の男が降り立った。


 トリアーデ。

 〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)最後の指導者。世界を無へ導くもの。


 幽鬼のように佇むトリアーデは、漆黒の短剣を手にしながら徐々に大きくなるファルヴの街を無感動に眺めていた。

 そこに用など無い。


 もうしばらくで、この世界そのものが終焉を迎えるのだ。街のひとつやふたつを気にしたところで意味はない。そもそも、この世界にも命にも意味など無いのだが。


 計画の成就を確信しながらも、油断や慢心とは程遠い精神状態にあった。

 そんな人間らしい精神の働きとは無縁であるが故に。


 今から数十年も前。

 大いなる絶望の螺旋の心に触れて以来、ずっと。


 その接触自体、彼が望んだのか。それとも、向こうが無作為に選んだ結果なのか。それすらも、既に分からなくなって久しい。

 単に破滅したいわけではない。自殺志願者でもない。

 主たる絶望の螺旋を牢獄より解き放ち、物質界に招請する。それこそが宿願。ただただ、この胸の中にある狂おしいほどの感情だけが真実。

 その先に滅びが待っているとしても。


 そのために、この一年を準備に費やした。

 最後の資金を惜しみなく投下し、魔術も、それによらない手段も用い、ゴブリンやオーガを揃え、サハギンの集落を支配下に置き、巨人たちを手懐けた。


 このイグ・ヌス=ザドは、絶望の螺旋を解き放つ試行錯誤の産物だ。〝虚無の帳〟の資産と言っても良いだろう。

 それを休眠状態にして今まで前面に出さなかったのは、単純に使い所がなかったためだ。


 この蜘蛛の亜神を押し立てて活動をすれば、善の諸勢力が黙っていないだろう。そうなれば、秘密裏に計画を遂行することができなくなる。

 それ故、表に出す必要がなかった。


 しかし、それももう終わり。


 どれだけ目立とうと構わない。気づいたときには、すべてが手遅れだ。

 憎き冒険者どもを粉砕し、オベリスクの魔力を用いて、今度こそ絶望の螺旋(レリウーリア)を顕現させる。


 それで、文字通りすべてが終わる。


 そう改めて決意を固め、もうひとつの切り札である漆黒の短剣を持つ手に力を込めた。

 陰泉の短剣(シャドウ・ウェル)と名付けられたそれは、一見、ただの魔法の武器にしか思えない。

 しかし、内包する力は、秘法具(アーティファクト)と遜色ない。万が一敗れるようなことがあれば、この身を捨ててでも、ためらいなく使用するつもりだった。


 陰泉の短剣を懐に仕舞おうとしたその時、強大な魔力の波動で動きが止まった。ファルヴ――否、その地下から放たれた力の奔流に、ある予感が、心に大きな影を落とす。

 しかし、予感の正体を追求する暇は与えられなかった。


 イグ・ヌス=ザドと彼自身が、黄金の光を発しているのだから。

 いや、光をまとっているが正解だろうか。


「何事か……」


 答える者は誰もいない。

 答えを期待していたわけでもない。

 それでも叫ばずにはいられなかったのだ。


 瞬間、酩酊感に襲われる。とっくに感じる機能など失われたはずの吐き気。心を蝕む不快感。得体の知れぬ、絶望感。

 ここで、意識が瞬断した。





「トラス=シンクの加護を、奇跡を、今ここに顕現せしめん」

「我らは望む、悪きものよ在れ――《強制転移(ジョウンター)》」


 ファルヴの城塞の地下。

 漆黒のオベリスクを正面に見据え、ユウトとアルシアは二人で手を繋ぎ、儀式を完成させた。

 オベリスクが光に包まれ、まだ現出までには時間がかかるだろうが、二人は儀式の成功を確信する。


「悪きものよ在れとは、微妙な言い回しですが……成功ですか?」

「たぶんね」


 広大な地下空間で、オベリスクを前にしたユウトは疲労をにじませながらも、会心の笑みを浮かべていた。


「しかし、これは……」

「まあ、分かってましたし」


 次いで、オベリスクを見て苦笑を浮かべるユウト。さばさばとした口調で現実を受け入れ、アルシアから手を離した。

 嫌なわけではないが、ヴァルトルーデに見られたくもない。

 巻物入れから《完全幻影(ミラージュ・ファクト)》の巻物を取り出し、淡々と偽装工作を行なった。


「私も確信はありましたが……実際にできるとなると、この無茶苦茶さには呆れるしかありませんね」


 どんな幻覚を使ったのかアルシアに見えはしないが、推測は付いているのだろう。しかし、彼女はそれに触れることはない。


「ああ、みんな来たみたいだ」


 頭上を見上げたユウトが、話を打ち切るように言った。

 ヴァルトルーデは飛行の軍靴で、ラーシアとエグザイルはヨナの《フライト》のパワーに便乗して、地下へと降り立つ。


「ユウト、みんなには巻物(スクロール)で《疑似視覚(ソーナー・サイト)》をかけといたよ」

「助かった、ラーシア」

「そんなことより、二人はなにをやったのだ?」


 信頼してはいたが、さすがに戦闘準備をして地下へ来いだけでは納得がいかないのだろう。駆け寄りながら、ヴァルトルーデがユウトとアルシアに説明を求める。


「色んなところを攻められて対処できないのであれば、一カ所に集めればいい」


 事も無げに暴論を放ったユウトが、説明を続けた。


「普通は、こんなこと絶対にできない。俺を地球から引っ張ってこられるほどの力を持つオベリスクと、アルシア姐さんが奇跡を残してくれてたお陰だよ」


 ユウトに耳打ちをした情報がこれだった。

 ヴァルトルーデが城塞を願い、ユウトがこの地へと呼ばれた理由を問うた神々からの報酬。それを、アルシアは保留にしていたのだ。

 いずれ、助力が必要になるかもしれないからと。


「あれ? それって……?」

「さあ、話は後だ」


 ヨナが感づきそうだったため、ユウトが強引に話を打ち切った。

 実際、話をしている場合ではない。

 ユウトたちはオベリスクを背に、前方に広がる広大な地下空間へ向き直る。


「そろそろかな」


 金色に近い白の魔力光。

 次々と、まるで蛍のような光が出現した。


「凄いな、これは……」


 光が消え去った後の光景を見て、さすがのヴァルトルーデたちも言葉が出ない。


 ゴブリンがいた。

 オーガがいた。

 錆を食らう怪物がいた。

 サハギンが。

 クラーケンが。

 巨人たちもいた。


 そして、冒涜的な邪悪なる蜘蛛の亜神、イグ・ヌス=ザドも。


 各地に雲霞のごとく押し寄せていたモンスターが地下空間に集結し、ひしめいていた。誰も彼も敵も味方も、なぜこんな状況になったのか、理由を把握できずにいたが。

 事情が分かっているのは、首謀者であるユウトとアルシア。


 ――そして、トリアーデその人だった。


「貴様、使ったな。オベリスクの魔力を使ったのだな」

「その通りだ。オベリスクの魔力を触媒に、死と魔術の神トラス=シンクの奇跡を上乗せした特別な《瞬間移動(テレポート)》で集めさせてもらった」


 亜神級呪文でも再現不可能な、まさに奇跡。

 そんな鬼札を誰が予想できるというのか。


「否、まだ終わりではない。ここで貴様らを鏖にし、魔力が戻るまで待てば良いだけの話」

「はっ、そうかよ」


 自嘲気味に鼻で笑った。


「こっちこそ、ここで手を引くのなら見逃してやる――なんてことは言わないぜ。この場で、完全に決着をつけてやる」


 白い大魔術師のローブ。

 その懐から呪文書を取り出したユウトが宣言する。


「ここからは、俺たちのターンだ!」

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