7.混沌の第四試合(中)
「さあ、休憩を経て始まります一回戦最後の試合。なんとなんと、5チーム入り交じっての大乱戦だっ!」
「なんとも、計画性のないことね……」
「アルシーがそれ言っちゃうの? でも、全面的に同意です」
再び真紅の眼帯を身につけたアルシアの冷たい言葉。
会場全体が、乾いた笑いに包まれる。
空いていた枠に参加希望者が現れ試合が増えるというだけなら、非常識ではあるが、まだ理解できる。しかし、さらに敗者復活も含むなど、確かに正気の沙汰ではない。
そのせいで、大会も一日延長した。実行委員会は大慌てだろう。
事前に計画は立ててはいたが、それをあっさり覆してしまい苦労を背負う。
実に、ユウトらしい展開だった。
「それで、アルシー。勝ち上がりは誰になると思う?」
「順当なら、ヴァイナマリネン様じゃないかしら。賭けのオッズでも、やはり一番人気のようだし」
確かに、リトナが突貫作業で開始した第四試合の払戻金の倍率は、低いほうからヴァイナマリネン組、ドラゴン組、レグラ神殿組、エルドリック組、岩巨人組となっている。
だが、鎧袖一触された岩巨人たちを除き、そこまでの開きもない。迷いがあると言って差し支えのない状況だ。
「あらら、敗者復活組の存在意義が」
「だって、一度負けているじゃない」
アルシアは容赦ない。
その身も蓋もない言動に、フィールドに立つ出場者から苦笑の気配が漂う。しかし、怒気は感じられなかった。
クレス王子も含めてだ。
短い間で敗戦を消化し、次につながるチャンスが得られたことを素直に喜んでいるようだった。
「ただ、この試合形式では、実力者が有利とは限らないわ」
「普通、一番強い人は集中攻撃されてフルボッコだよね!」
歯に衣着せぬ――というよりは、着せることを考えたこともないような実況担当の言葉。
しかし、それは真実でもあった。
「どうやら、ボコボコにされるみたいだぜ、ヴァイ」
「心配無用よ、そのためにこやつがおる」
「要は、勝ち抜ければいいのだろう」
エルドリックの揶揄に対し、ヴァイナマリネンは平然とレイ・クルスを生贄に差しだす。その黒髪の剣士も、大賢者を囮にしてでも勝ち進む覚悟を見せた。
気の置けない仲間同士の会話に、審判のメルエルだけが不安を募らせる。
「ふんっ。有象無象がわらわらと。すべて、灼熱の吐息で焼き尽くしてくれるわっ」
「赤火竜に英雄王に大賢者。豪華すぎる食事というのも、困ったものね」
「なれど、一堂に会する機会は他になし! すべて食らうが力の神の有り様よ!」
パーラ・ヴェント、レラ、レグナムも、やる気は充分だ。というよりも、戦意しか感じられない。今か今かと、試合開始を待っている。
「まったく……。早速、試練の壁が高すぎるだろ」
一方、エルドリックの孫、クレス王子は戦意旺盛とはいかない。どちらかというと、諦念に近いか。
けれど、以前のような陰は感じられなかった。
自暴自棄に近いのかも知れないが、口の端には笑顔を浮かべ、目の前に並ぶ城壁のように堅固なライバルを眺めやる。
そんなクレスを、岩巨人の二人組が静かに見つめていた。
「準備はいいね?」
頃合いを見計らって、メルエルが皆に声をかける。人数が多いため、全体を把握するため空に飛んだ状態で。
眼下にいる各組は、フィールドの中心で円を描くようにして待機していた。
謎の魔術師とアルビノの少女も、観客席の左右に分かれ安全確保をしてくれる。運営側の準備も万端だ。
「ああ、良いぜ」
出場者を代表し、エルドリックが答えた。
誰からも、異議は出ない。
「始め!」
メルエルが開始を宣言し、真っ先に動いたのは――
「業火に焼かれて去ぬがよい!」
――当然と言うべきか、赤火竜パーラ・ヴェント。
酸素と一緒に周辺の魔力を取り込み、可憐な口をこれでもかと大きく開いて業火の吐息を吐き出した。
目標は、大賢者ヴァイナマリネン。
だが、放射状に吹き出す炎は、その周辺もまとめて焼き尽くす。
「これは、すごい炎! って、燃える!」
それは、決して比喩ではない。
10メートル以上離れた実況席にいるにもかかわらず、メルラの服が熱を持ちぶすぶすとくすぶっている。呼吸が苦しいのも、気のせいではない。
では、中心部で猛り狂う火炎はいかほどになるのか。
しかし、炎に覆い隠されフィールドの中心でなにが起こっているのか判然としない。そもそも、とんでもない熱気で直視すらできない。
ゆえに、ほとんどの者は見ていないが、パーラ・ヴェントが放った吐息は、その赤火竜の名にふさわしく赤かった。
赤い。どこまでも赤い。
温度の高い炎は青や白になることを、来訪者たちは知っている。だが、赤火竜にはそんな物理法則は関係ないというのか。フィールドの砂は一瞬でガラス化し、扇形に広がった炎が人も鎧も区別なく燃え尽きる。
――その寸前。
「《七光障壁》」
呪文書から8ページ切り裂かれ、七色の光が入り交じった壁が現れる。
赤火竜の吐息と第八階梯の理術呪文が正面衝突。
七色の壁が、真っ正面から灼熱の吐息を受け止め、拮抗し――崩壊した。
炎と魔力が巻き上がり、大気を震わす轟音それ自体が物理的な圧力となってフィールドを席巻する。
「ぶっ、ふぁっ。なんかもう、ものすごい!」
「実況になってないわね」
そう言うアルシアも解説になっていないが構うまい。なにしろ、それを聞いている余裕のある観客などいないのだから。
「好き勝手やりやがって」
ユウトも、呪文書を片手に仮面の下から事態を見極める。フィールドに近い実況席が無事なら、まだ手出しは不要。むしろ、下手にリソースを投じるべきではないという判断だ。
「もっとやれば、後で怒られずに済む」
もう一人の防御役であるヨナも同じく見守っているが、どちらかというと応援に近い。なにせ、パーラ・ヴェントの乱入によりアルシアからのお説教を回避できそうなのだから。
その意味では、もっと派手にやってくれたほうが、安全確保に貢献できて都合がいい。
そんな二人の思いを余所に、奇襲を成功させたドラゴンたちの攻撃が続く。
「ダァル=ルカッシュよ、断腸の思いで引き立て役になったのだ。努々外すでないぞ!」
「《異相迷宮》」
大火災の跡地にも似た様相を呈するフィールドに、無数の立方体で構成された鎖が出現した。
半透明のそれがのたくる様は、意思を持つ蛇のよう。最初は拳大の連なりだった立方体の鎖は、目標へ近づくたび音を立てて巨大化していく。
「ワシを集中攻撃とは、ちいと、他のメンツを甘く見すぎではないか?」
「パーラ・ヴェントが敗北したのはヴァイナマリネンの存在ゆえだと、ダァル=ルカッシュは分析した」
そして、呪文を放った直後の大賢者の体に巻き付き、拘束する。灼熱の吐息に集中し、視界も悪いこの状態では防ぎきれない。
魔術師とは思えぬ筋力と剣腕を誇るヴァイナマリネンも、次元竜の秘奥を解くことができず、徐々に色が薄くなっていく。
まるで、この世界から消えてしまうかのように。
「後は任せたと、ダァル=ルカッシュはパーラ・ヴェントへ伝える」
「言われるまでもないわ」
最後の瞬間、ダァル=ルカッシュがどんな表情を見せたのか。
視界は遮られ誰にも分からなかったが、恐らくアルビノの少女にも似たポーカーフェイスだっただろうと推測はできる。
つまり、いつも通りで。
次元竜ダァル=ルカッシュと大賢者ヴァイナマリネンの姿はフィールドから消失した。
「やれやれ。不覚をとった……と言うべきだな、こいつは」
相手の術中にはまったと、率直に認める大賢者。
しかし、敗者の弁にしては、余裕がありすぎた。ヴァイナマリネンは、むしろ楽しそうに周囲を観察する。
見憶えのある場所だった。
日の光が射さぬ広大な地下空間。
にもかかわらず、そこには木が生え花が咲き誇っている。
「だが、ファルヴの地下……ではないな」
舞い散る桜吹雪の向こうから、この空間の支配者――次元竜ダァル=ルカッシュがその姿を現す。人型の端末ではない。
シャープで流線型を思わせる、虹色の鱗に包まれたドラゴンの姿で。
「いかにも、察しの通り。試合終了まで、ダァル=ルカッシュとこの場にとどまることを希望する」
「《牛頭迷宮》の呪文と似たようなものだろう? ならば、突破もできるはずだな」
無理やり引きずりこんでおいて、唯々諾々と従う必要がどこにあるのか。
口ではそう言うヴァイナマリネンだが、直感的に、ダァル=ルカッシュの正しさを認めていた。
第八階梯の理術呪文《牛頭迷宮》は、現実世界に隣接する低位の次元界に迷宮を作り出し、そこに対象を閉じこめる呪文だ。ただし、対象は一人しか指定できず、迷宮を突破するか10分もすれば効果は終了する使い勝手が良くない呪文でもあった。
だが、使用されたのは《異相迷宮》であって《牛頭迷宮》ではない。
術者であるダァル=ルカッシュもともにおり、そもそも、次元界の専門家とでも言うべき次元竜が使用した秘跡なのだ。より上位の術と考えるべきであろう。
となると、《魔力解体》や《大願》で、現実世界に帰還できるか分からない。できたとして、時間の流れが同じなのか、再度《異相迷宮》を使用されるだけではないかという懸念もある。
そして、《魔力解体》などでは対抗できず、持続時間が終了する前に脱出するには、術者――次元竜ダァル=ルカッシュを殺害するしかないという可能性も充分あり得た。
要するに、これは警告だ。
次は、レイ・クルスを閉じこめるという警告だ。あの黒髪の剣士に理性がないわけではないが、目的のためなら手段は選ばない。
勝ち進むために必要であれば、次元竜の殺害程度眉ひとつ動かさずに決行する。
それは、誰にとっても不幸な結末となるだろう。
「試合の様子ぐらい、見られるんだろうな」
「問題ない」
ヴァイナマリネンだからこそ至った結論。ダァル=ルカッシュは、自らの思惑がすべて見抜かれる前提で、対象を選んだのだ。
ここに、ある種の同意が形成されるに至った。
中空に、ぼんやりと光る窓が現れる。
ユウトやアカネなら、映画館を連想するだろう光景。
光の窓にはフィールドの光景が映し出されており、そこでは、差し当たっての対戦相手が決定されつつあった。
「ようやく煙が晴れましたが……なんか、二人ほどいなくなってる!?」
「透明化して消えているというわけでもなさそうね」
真紅の眼帯が与える擬似的な視覚は、ヴァイナマリネンとダァル=ルカッシュの二人がフィールドから消失していることを捉えていた。
「いったい、二人はどうなったのかー。果たして、無事なのでしょうか!?」
誰しも思う疑問を、メルラが口にする。
だが、取り乱しているのは彼女だけ。
「大丈夫でしょう。あのダァル=ルカッシュが自爆のような選択を選ぶとは思えないわ」
アルシアは冷静そのもの。
「恐らく、ダァル=ルカッシュがヴァイナマリネン師を、なんらかの手段で封じ込めた……というところかしら。成功していることから逆に考えるに、次元竜特有の能力である可能性が高いわね」
「なるほどっ。扱いが悪魔諸侯並。さすがは、大賢者様」
「ある意味、それより性質が悪いような……」
アルシアの解説により、あっさりと冷静さを取り戻すメルラ。
消えたのがエルドリックやクレスであれば大問題だっただろうが、ヴァイナマリネンなら大丈夫だろうという謎の信頼感があった。
「メルエル審判長も、試合を止める様子がありません。さあて、残った人たちはいったいどうするのか……って、これは意外な展開!」
メルラが驚くのも無理はない。
クレス王子が、盾を構え、長剣を突きつけ、あり得ないと思われた相手へ勝負を挑もうとしているのだから。
「我が名はクレス・タイドラック。僭越ながら、赤火竜パーラ・ヴェントに挑戦させていただく」
「雛が囀りおるわ」
そう言いながらも、パーラ・ヴェントは声に喜色が混じるのを止められない。
当初は、闘技場全体から感じられた畏怖の念。それはいつの間にかなくなり、作戦だから仕方がないとはいえ、大賢者と次元竜に注目が集まった。
偉大なる赤火竜パーラ・ヴェントを差し置いてだ。
けれど、クレスと名乗った人間の雛は違う。その瞳には己への敬意があり、震える体を意思でねじ伏せ、それでも挑もうとする気概は砂金のように貴重だ――と、パーラ・ヴェントの表情が自然と緩む。
それを無理やり引き締めつつ、繊細ですらりとした指をドラゴンのそれに変化させ、強大な鉤爪を振り落として構えを取った。
「良かろう。戦士の挑戦を受けるはドラゴンの礼儀よ。存分にその刃を振るうが良い。正面から打ち砕いてくれる」
傲慢そのものの言い様。
だが、許される。生まれながらの強者であるドラゴンには許される振る舞いだ。
「ならば、我らも――」
「――その恩恵に与らせていただきたい」
そこに、岩巨人二人もそれぞれの得物を携えて、竜への闘争に参加を表明した。
「構わぬぞ。貴様らも、戦士の誇りを持っておると見える。まとめてへし折り、我がトロフィーとしてくれよう」
もう、パーラ・ヴェントは喜色を抑えきれない。
豪奢で傲慢な笑みを浮かべ、貴種の気高さが高飛車へと変わる。
だが、それは実力に裏打ちされたもの。一人が三人になったところで、結果が変わらないのは目に見えていた。そして、身の程を知ったというわけではないが、遙かに高い次元での戦いということも岩巨人たちは理解している。
だからといって、挑戦を諦めるようなグガァムでもイリザウアでもない。“暴虐”と“疾走者”の名に懸けて、名誉ある任務を果たすつもりだ。
大族長より告げられた、未だ未熟な戦士を助け導くという依頼を。
技はともかく、精神はまだまだ。それでは、戦士として一流とはいえない。だが、その成長を促せるのであれば、この上ない名誉であろう。
それは、勝利と同じく素晴らしいことだ。
「千載一遇の好機が到来しましたね」
こうして、赤火竜パーラ・ヴェントに挑む戦士が決定し、残された形となったレラとレグナム総大司教の二人は己の対戦相手を見極めていた。
「英雄王エルドリック! 相手にとって、不足なし!」
「こっちは、遠慮したいんだがな」
美女に組み付かれるのは良いが、後のことを考えると一時の欲望に身を任せるわけにはいかない。そして、筋肉達磨に抱きつかれるなど悪夢に等しい。いや、それ以上だ。
究極の二者択一。
敵わぬことを知りながら強敵へ挑んだ孫の成長を喜びつつ、上手く逃げやがったなと舌打ちも忘れないエルドリック。
「なあ、ええと、白銀の剣士さんよ」
「心得た、麗騎士殿」
それだけで、エルドリックの思いが伝わる。
強敵を前に、一時共闘。
妻からの折檻と悪夢を回避するには、旧友との協力が不可欠だった。




