2.出場者決定
ユウトも、ヴァルトルーデへの意地悪で大会の規模を制限しようとしていたわけではなかった。彼女がやる気を見せていただけで、もちろん、他の理由がある。
オープンな大会とし出場者を広く募った場合、さすがに完全な独断で開催というわけにはいかない。許可までは必要ないにしても、報告は欠かせない。
となれば、王都にいる――というよりは、いなくてはならない――ある人物が参加を申し出るのは確実だった。
つまり、ロートシルト王国国王アルサスが。
普通に考えればありえないことなのだが、レグラ神が下賜された闘技場はフィールド内で負った怪我は一歩その外へ出ればなかったことになり、アルシアも待機をする。
本人の命数が尽きたか、天上の神々からの介入でもない限り、命を落とすことはおろか、後にかすり傷ひとつ残ることない。
安全の問題で、出場を断ることは実質的に不可能。
また、ヴェルミリオの王都進出の件で、前例のない特別な配慮を受ける必要もあった。このタイミングでは、頭から断るのも角が立つ場面であった。
そこで、ユウトは知恵を絞った。
「タッグトーナメント?」
ある夜。
寝物語にしてはいささかふさわしくない。しかし、夫婦の関心事である大会について進捗を尋ねたヴァルトルーデに、ユウトは腹案を披露する。
「そう。二人一組で戦ってもらうんだ」
「一対一ではないのか……」
夫に腕枕をしてもらいながら――ユウトに負担がかかるため、週一回に制限されている――ヴァルトルーデはつぶやいた。落胆ではなく、戸惑いが多量に含まれた声音。
「出場者は増やしたいけど、試合数は減らしたい。苦肉の策だな」
ユウトにも、一般的ではなく分かりにくさも残る形式だと自覚はある。
しかし、これは必要なことなのだ。
「それに、二人一組にすれば、アルサス王も簡単には出場できないだろ?」
「……そうか? 近衛から誰か指定すればいいだけではないか?」
息がかかりそうな距離で交わす会話としては、不適切だろうか。
ユウトは、ふとそんなことを考える。
息こそ乱れてはいないが、ヴァルトルーデの額には玉のような汗が浮かび、薄明かりのなかでも分かるほど頬は上気していた。
確かに、そんな状況には、甘くて熱い睦言がふさわしい。
しかし、愛する人を喜ばすという意味では間違ってはいないはず。
「まず、アルサス王とコンビを組めるほどの人材は近衛にもいない」
「そうかも知れぬが、絶対ではあるまい?」
「もうひとつの理由として、さすがのアルサス王も、部下を巻き込んだら自分のわがままという領分を越えてしまうことを自覚しているだろうってのもある」
「私が大会に出ようとするのであれば目こぼしされても、アレーナに出場を強要しては領主失格ということか」
もう一方の手で、指を絡ませながら言わんとするところを咀嚼する。
レギュレーションで参加を制限したというだけの話だが、ユウト以外には思いつかなかっただろう方策だ。
「さらに、俺から宰相に。朱音から王妃様へ手紙で知らせるようにする。これで、大事になるのは防げるはずだ」
既に大事になっているのではないか。
ヴァルトルーデは、ふとそんなことを考える。
しかし、それを指摘しないだけの分別はあり、天使のように愛らしい微笑みを浮かべるだけにとどめた。
「それと、もうひとつ目論見がある」
「まだあるのか?」
「ああ。木を隠すなら森だからな」
「誰を誰で誰から隠すのだ?」
「レイ・クルスを、ヴァイナマリネンのジイさんで、世間一般の目からだな」
「大賢者も参加するのか?」
「責任を取ってもらわないとな」
朗らかに言うユウトだったが、アルサス王の参加・不参加に匹敵する大事ではないか。
様々な借りがある以上、断るわけにはいかない。それは分かるが、いったい、どうなるのか。想像もできない。
「もちろん、私の出場枠はあるのだろうな?」
「出るなって言っても、出るつもりだろう?」
「出るななどとは言わないと、私は夫を信じている」
暗い寝室に、苦笑の気配がする。
それは、肯定と同義だった。
「ジイさんのもうひとつの依頼を考えると、ヴァルは外せないからな」
「ふむ。では、誰と組むかか……」
「俺は、主催者担当だ。ヴァルが出る以上、他の偉い人が賞品を渡さなくちゃいけないからな」
「となると、アルシア、ヨナ、ラーシア……」
「アルシア姐さんは救護班。ラーシアは胴元だな」
「まずは、ヨナを誘うか」
朝になったら早速と考えるヴァルトルーデだったが、ユウトの表情は、先ほどよりも苦々しい。こうして至近距離でないと分からない変化だが、枕にしている腕に頭をこすりつけて真意を問いただす。
「いや、ヴァルとヨナが優勝したら俺が賞品を授与するだろ?」
「したら? するぞ。相手が大賢者や黒髪の剣士だろうとな」
「そうなると、ヨナになにを要求されるのかなと」
心配の種は多い。
というよりも、次々芽吹いていると表現したほうが良いだろうか。
そんなユウトを労るように、ヴァルトルーデはそっと唇を寄せた。
翌日も、ユウトは精力的に動いた。
通常業務と平行し、大会の概要を決定していく。
まず、大会名はシンプルに『ファルヴ武闘会』とした。回数を付けなかったのは、せめてもの意地だ。
目的は、ヴェルガという悪の女帝亡き後も、尚武の気風を忘れず、武と技を披露することでより力を高めるため。
また、その優勝者には、イスタス侯爵の名の下に、望みを叶える――とする。
とんだ建前だが、設定しないわけにもいかない。
会場は、言わずと知れた神の台座の力の神の修練場。
チケットは、出場関係者の推薦枠と一般販売枠が半々。後者は抽選となるだろう。いわゆる転売やダフ屋行為も心配なところだが、そこはヘレノニア神殿とラーシアに丸投げする。
修練場周辺への屋台の出店は、ファルヴとハーデントゥルムの街単位でスペースを与え、評議会などで仕切らせる形とした。レジーナたちは嬉しいが苦しい悲鳴を上げることだろうが、場所代は取らない。
利益を与えるので、代わりに苦労を背負い込んでほしい。
警備や観客の誘導なども必要だ。
これに関しては、集まった岩巨人やレグラクスからの出場者の戦いを予選とすることで、リハーサルに充てる予定となっている。
その他、方針を確定させていき、実務に関しては書記官たちから選抜した実行委員会を設立し、予算と権限を与えた。
奇しくも、ユウトとヴァルトルーデの結婚式で人の集まるイベントには慣れている。あの伝説のヴァイナマリネンと我らがイスタス侯爵の対決が実現するかも知れないとなれば、自然と志気も高まった。
(特等席を用意してあげないとな)
そう労いを考えるユウトだったが、彼にもまだ重要な仕事が残っている。
本戦出場者を決定するという仕事が。
トーナメント表を書き散らしてシミュレートした結果、本戦は8組によるトーナメント戦とすることにした。決勝まで7試合。
少ないかも知れないが、無闇矢鱈と実力者ばかりが参加する大会だ。枠を増やしても消化試合が多くなるし、なにより、広く強者を募って世界最強を決める大会ではない。身内の試合を大会形式にするだけなのだ。
どんな大会も最初は試合数が少なく、発展に従って増えていった――というスポーツ界の事実は考えないことにする。
「――というわけで、今のところ決まってる出場者は、こんなところだ」
「ほう……。是非、全員と戦いたいものだ」
「倍率は、どうしよっかな……。やっぱ、大会開始前に優勝者を賭けるのと、当日の試合への賭けはそれぞれやりたいよね」
そうやって体制を整え、ユウトが大会の開催を宣言してヴァイナマリネンが乱入してきたあの日から五日後。
ユウトは執務室にエグザイルとラーシアの二人を呼びだして、竜人たちが作った紙を広げた。まずは学校や行政で使用し、ゆくゆくは輸出も考えているが――今重要なのは、その中身。
「まずは、レグラクスと岩巨人たちで一枠ずつね。ここは、予選の上位二人がタッグを組むってこと?」
「まあ、そうだな」
反発も予想されるが、レグラクスからの要請に関しては――予選という扱いにはなってしまったが――代表者を決めること自体が、元々の希望と同じこと。
岩巨人たちも、神託があったとはいえ、押し掛けてきたのだ。代表者がエグザイルたちと戦えるのであれば、問題ないだろう。
「文句は言わせない」
「いつになく強引なユウトだ」
「アルシアとの結婚も近いからだろう」
「関係ねえよ!」
それはさておき。
「それで、今のところ、ちゃんとコンビが決まってるのは、ジジイ関係だけだ」
「大賢者と黒髪の剣士とかド本命じゃん」
「レイ・クルスの素性は公にはしないから、あんまり倍率下げんなよ」
「横暴な」
「主催者と賭の胴元が顔を合わせている時点で、ラーシアに文句を言う権利はない」
「そうだけどさー」
軟体動物のように机へへばりつくラーシア。そんな友へ、エグザイルが取りなすように言う。
「となると、エルドリック王とその孫の組が大本命になるのではないか?」
「……一般的には、そうなるねぇ」
考え込むかのように、ラーシアが腕を組む。
つぶらな瞳を、金貨のように輝かせて。
「ところで、おっさんは誰と組むんだ? やっぱ、自分の部族から選ぶのか?」
岩巨人率の高い大会だなと思いつつ、ユウトは、そう水を向ける。
「その件だが、ラーシアに頼もうと思っている」
「え? ボク?」
「ああ……」
本気で驚く草原の種族を正面から見据え、重々しく口を開く。
「オレがここまで成長したのも、皆との出会いがあればこそだ。そして、オズリック村へ行くというきっかけを作ってくれたのは、最初に出会ったラーシアだからな」
昔を思い出すようにまぶたを閉じ、しかし、またラーシアを見つめる。
「ネムサク神へ捧げる戦いともなるだろう。ならば、ラーシアと挑むべきだ」
心からの真剣な申し出。
それを断るという選択肢は、存在しなかった。
「分かったよ。胴元は、リトナに任せよう」
「そうか……」
リトナが、ますます、夫の留守を守る妻のようになっているが良いのだろうか。この分だと、ラーシアが懲役刑を受けてもやっていけそうな雰囲気すらある。
(ラーシアが良いなら良いか)
そう他人事のように片づけたところで、他人事ではない問題が降ってきた。
「ところでさ、これなんだけど」
「俺には、見えないな」
本戦出場者のなかでも一際怪しい、その一組。
その名を指さしながら、ラーシアは追及を続ける。
「仮面の剣士と謎の魔術師って」
「言うな」
「アルサス王とユウトだよね?」
「分かってるなら聞くな」
「どうやって、賭けに反映させよう……」
「そもそも、出場させないのではなかったのか?」
エグザイルの根本的な問い。
ユウトは執務机に突っ伏しながら答える。
「なにがなんでも出たいって、俺をパートナーに指定してきたんだよ。ユーディット王妃まで止めずに朱音経由でお願いしてきたんだぜ? 領主のヴァルトルーデも出るっていう弱みがあるから断りきれなかった」
「なんかこう、ユウトが優勝したらどうするの?」
「知らん」
優勝しないよう手を抜くわけにも、願いを述べるわけにもいかない。
本気を出しても負けそうな相手がいるのは不幸中の幸いか。
「それにしても、レグラクス代表、岩巨人代表、ボクとエグ、大賢者&レイクルス、エルドリック王と孫、ヴァルとヨナ、アルサス王とユウト……身内率、ほんと高いね」
わざとらしく。あるいは、分かりやすくラーシアが指折り数えて出場枠を数える。
「って、ひとつ空いてない?」
「飛び込みがあったとき用だな。なければ、そこはシード―― 一回戦は不戦勝だ」
「驚くような相手が来てほしいものだな」
面倒な相手でなければ、それでいい。
そう言い掛けたユウトだったが、言葉にすると逆のことが起こりそうでとっさに飲み込んだ。
こうして準備は進み、二ヶ月後。
ファルヴ武闘会の開催は、間近に迫った。
申し訳ありませんが、書籍化作業のため来週(と、もしかすると再来週)の更新は、週三回となる予定です。
ご了承のほど、よろしくお願いいたします。




