6.エグザイルの新装備
神力刻印に関する会議が終わり、そろって朝食を摂ったあと、それぞれ仕事をこなすため別々の場所へと移動する。
そのはずだったが、エグザイルはユウトに相談があると一言告げると、まさに岩のようにどっしりと動かず食堂兼会議室に残った。
内容に心当たりはなかったが、そう言われてはうなずかざるを得ない。始業は多少遅れるが、問題はないだろう。ないはずだ。
最初にヴァルトルーデ。次いでアルシアと、意味ありげな笑顔のアカネを見送り、最後にヨナが《テレポーテーション》ではなく普通に扉から出ていく姿を眺めていたユウトが、おもむろに口を開く。
「それで、ラーシアはなんで残ってるんだ?」
「え? 暇だから」
誤解のしようもない。あるいは身も蓋もない理由を挙げて、ラーシアはその場に居座った。足をぶらぶら取させて、話が始まるのを待っている。
「暇って、ハーデントゥルムの組織はどうしたんだよ」
「リトナが完璧に運営してたよ!」
「お飾りの首領だったか」
「むしろ、ボクの居場所がなくなるまである」
仕事がなくなって嘆くような草原の種族ではない。暇なのも事実なのだろう。乗っ取られかけているようだが、それに関しても口で言うほど不満ではないようだ。
「猫でも飼えよ、猫。悪の首領といったら、ワインと猫だ」
「暇だからペットを飼うって、それはどうなのさ」
「《使い魔召喚》でいいだろ」
理術呪文には使い魔となる小動物を呼び出し使役する呪文が存在する。代表的な使い魔としては、犬、猫、イタチ、ネズミ、カラス、フクロウ、カエル。感覚のリンクや使い魔を基点にしての呪文発動、また猫やフクロウの使い魔を持っている場合術者が暗視能力を得るなどのメリットがある。
では、なぜユウトが使い魔を持っていないかというと、地球に残した愛犬に操を立てているから……ではなく、これらのメリットを得るには使い魔を側に置かねばならず、そうなれば必然的に戦闘に巻き込んでしまう危険があるからだ。
「使い魔が死んだら、ボクにも悪影響があるんだけど」
「うん、そうだな。それで、おっさんの相談ってなんだ? あ、ラーシアが邪魔なら追い出すけど」
「いや、いてもいなくても構わない」
「二人とも、扱いが雑だよっ」
適当だがいつも通りのやりとりに抗議をするものの、ラーシアはどこか嬉しそうだ。男同士で気兼ねなくやれるのが良いのかも知れない。
「実は、盾と鎧をどうしようかと思っていてな」
「あー。そういう系か」
人間関係や神がどうこうという話ではないことに、ユウトは少なからず喜びを抱いている自分を発見した。そうでなくとも、冒険者という人種は新装備という言葉に弱い。
「確かに、あそこまで壊されると普通は修復は無理だしな」
魔法具全般に言えることだが、通常使用の範囲内では壊れることはない。魔化されると同時に、手入れもほとんど必要ないまさに、魔法のような道具だ。
けれど、それは不壊であるということではなく――通常の物品よりも遙かに高価だが――壊れるときは壊れる。そして、一度破壊されてしまった魔法具は、どんな理術呪文・神術呪文でも修復はできない。
「もしかしたら、神力刻印を使えば直せるかも知れないけど……」
「じゃあ、直した今のを売り払って、新しいの買おう。なんか、良いねー。どうせなら、すっごく高いやつにしようよ」
案の定と言うべきか、ラーシアも乗り気で身を乗り出す。
他人事だと思って高価な装備を買わせようとしている風にも見えるが、もちろん例外はあるものの、基本的に高い=強いという等号は成立する。
「ああ。ヴァルトルーデの剣を見て、オレも新しい装備が欲しくなったもんでな」
表情はあまり変わらない――変わったとしても、常人では見抜けない――が、付き合いの長いユウトとラーシアには分かる程度に微笑を浮かべてエグザイルが言う。
その気持ちは、ユウトにも分かる。
彼らには虚無の帳と戦うという目的があったが、それだけあれば悠々自適に余生を過ごせるような額の金貨を支払い強力で有用な装備を求めるのは普通の冒険者でもままあること。
子供のように新たな魔法具にはしゃぎ、その性能を実戦で確かめて悦に入る。
まさに、冒険のための冒険。
どう考えても賢い選択ではない。たいていは、その繰り返しの途上で死に絶える。ユウトたちのような成功者は、ほんの一部。
それでも、冒険を捨てられない冒険者は少なくない。
神の階を昇りはじめ、この地上で並ぶものがない功績を収めた彼らも、その同類だった。
「とりあえず、鎧は今まで通り龍鱗にする?」
「ああ。というより、他に選択肢がないな」
蛮族戦士のスタイルは、聖堂騎士のように全身を金属の鎧で固めるのではなく軽装の鎧で戦場を縦横に動き回るのが本来だ。
「えー。でも、鎖ぶん回してほとんど動かないじゃん。なら、防御力が高いほうが良くない?」
「重たいのは、性に合わん」
「ま、そういうことなら仕方ない」
龍鱗の鎧が極端に劣るわけでもなく、各種の呪文でサポートもできる。ならば、本人の希望に添ったほうが良いだろう。もし、無理に全身鎧でも着せて攻撃力のほうが落ちでもしたら本末転倒だ。
「ウルダンさんに、なんか良い材料がないか相談してみよう」
竜細工を生業とする里に生まれ、自らも一流の竜細工師であるウルダン。
職人としての腕と見識はヴァルトルーデの熾天騎剣を作成した際にも発揮され、里の財政事情だけであれば、その際の報酬で彼の代はなんとかなったにもかかわらず、ドラゴンの肉体を素材とした衣料品な塗料など新たな可能性に挑戦し続けている。
彼ならば、安心して任せられる。
「と言っても、ドラゴンの鱗なんてせいぜい、ちょっと火やら氷やら防ぐぐらいじゃん」
「軽くて動きやすいのは確かだが」
ラーシアの指摘に、積極的にではないがエグザイルもうなずく。
火竜なら火炎、黒竜であれば強酸と、それぞれの鱗は耐性も備えている。
しかし、《精霊円護》を後から付与したほうが効果は高いという問題もあった。もちろん、効果が高いのは術者がユウトだからではあるのだが。
「あとは、どんな魔化にするかだよな……」
武器に資金を集中して投入していたお陰で、エグザイルが元々使っていた龍鱗の鎧には防御力を上昇させる《魔装衣》のような基本的な魔化しか施されていない。
それが買い換え――というより、最も費用がかかる魔化はユウトが請け負うので作り替え――をしようとした理由でもあるが、ベースがないと端緒も掴めない。
「ちなみに、おっさんの要望は――」
「攻撃力が上がる鎧だな」
「うん。知ってた」
エグザイルの無茶な要望。それでもユウトは、それを叶えようと頭のなかの呪文リストをめくって候補を探そうとする。
そんな大魔術師を、岩巨人と草原の種族は穏やかな瞳で見守っていた。
神力刻印による混乱は、完全に収まったと思って良さそうだ。
エグザイルの神力刻印は体内を巡る血液に刻まれており、重傷を負って激怒の境地へ達した際に解放される。
同時に、すべての装備品も含めて一回り以上巨大な炎をまとった、溶岩巨人とでも言うべき姿へと変じる。
明らかに人間離れした存在だ。
しかし、エグザイルに屈託はない。耐久力も破壊力も高まり、敵を撃破するのに最適な姿というだけ。
より強く。さらに強く。
そこに、迷いが入り込む隙間はない。
一方、ラーシアも似たようなものだ。
ラーシアの神力刻印は――ユウトと対になってるようで複雑なのだが――左手にあった。
その力は盗賊としての能力を強化するようなものでしかなく、なにが神の力だと言いたくなったが、分神体を見るとなにも言えなくなった。
神の力だろうとなんだろうと、使えるものは使うだけ。
そう思っている自分に刻印を与えたということは、この生き方を認められているということに他ならない。まあ、認められていなくても構いはしないが。
けれど、こうやって受け入れ、開き直ることができるのは、ユウトがいろいろと気を回してくれるから。たとえ杞憂に終わったとしても、それに意味はある。
きっと、ヴァルトルーデも同じことを考えているはずだ。
面倒だから押しつけているわけではない、決して。
「《孤塁城壁》っていう魔化がある」
不意に、ユウトが口を開いた。
エグザイルとラーシアが、視線で続きを求める。
「ちょっと鎧自体のサイズは大きくなるけど、一日に三回、十分間体が二周りぐらいでかくなる」
「つまり、さらに倍?」
「そうなるな。狭いところだと、逆に邪魔になりそうな気もするけど……」
他にも、組み付いてきた相手にダメージを与えるような魔化も候補としてはあったのだが、戦闘スタイル的に隣接しないのであまり意味はなさそうだったのだ。
「良いな。そいつを頼む」
「ああ。デザインをウルダンさんと相談するよ」
迷いのないエグザイルに、思った通りだとうなずくユウト。
「鎧が決まったから盾だね、盾」
「なんか期待してるみたいで悪いけど、自律稼働をそのまんまにするなら、追加の魔化は難しいぞ」
「えー。つまんなくない?」
他人の装備なのに――あるいは、だからこそ――盛り上がるラーシア。
そんな草原の種族に、大魔術師は笑顔で答えた。
「盾で攻撃したりするなら、選択肢はあるんだが」
「じゃあ、いいや」
「とりあえず、アダマンティン製にするとか、壊れにくい魔化みたいなのを追加する方向かなぁ」
「おう、それは助かる」
本人が最後に一言だけ発し、大枠は決まった。
ユウトが、それを紙にまとめている間、まったりとした時間が流れる。
「こういうのって、実際に買うまでが楽しいんだよねー」
「さすがに、買って満足ってことはないだろうけど」
「だが、時間が経つと新鮮味が薄れて当たり前になってしまうのだな」
少しだけ、哀愁が漂う。
「でも、結構な額になるよね。こんな大きな買い物久々でわくわくしない?」
「おっさんの私財なんだぞ、自重しろ」
「いや、実はオレも楽しみだ」
哀愁を振り払おうと勢い込んで話すその様は、家庭がありながら趣味に大金を投じようとする夫たちと表現できなくもなかった。
その観点からすると、最も費用がかかる魔化の代金がかからないため原価で購入できるというアドバンテージも、あまり慰めにはならない。
「ダァル=ルカッシュの主よ」
そこに、前触れもなく次元竜が現れた。
「ダァル=ルカッシュか。なにかあった?」
「岩巨人の伝令から伝言を預かってきた」
その言葉に、エグザイルが眉をぴくりと動かし反応する。
「いくつかの岩巨人の集団が、領境を越えようとしているということ」
「ありがとう、ダァル=ルカッシュ。おっさん、《瞬間移動》で――」
「いや」
今にも飛び出していきそうなユウトを、エグザイルが片手で制した。
「ユウトまで来る必要はない。移動も、馬でいいだろう」
「でも……」
「緊急性もないようだ。それなのに慌てて駆けつけては、軽く見られる」
勝手に来たのだから、待たせておけばいいのだと言い放ち、エグザイルは席を立つ。ユウトは、当たり前のように同行するラーシアの後ろ姿を黙って見送るしかなかった。
「なにげに、おっさんが一番貴族……いや、支配者っぽいよな」
実際、岩巨人の族長でもあるのだから、それは当然かも知れない。
そう思いつつも、イメージのギャップから釈然としないユウトだった。




