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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 12 英雄の証明 第一章 冒険と事件の間で

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4.神力刻印(後)

前話を神力刻印(前)と改題しました。

「厄介なことになったな」

「実に素晴らしいことだな」


 翌朝、城塞の食堂兼会議室に集まり、アカネも含めて善後策を検討することになった――ところまでは良かったが、パーティの頭脳であるユウトとリーダーのヴァルトルーデが発した言葉は正反対。


「厄介? どうしてだ?」

「素晴らしいって、どういう意味だよ?」


 お互いが理解できないと、夫婦は顔を見合わせる。

 未だにその綺麗さ――その一言では正確に言い表せないが、かといって千言万語を尽くしても実物に及ばない――に慣れたとは言えないユウトも、このときばかりはそちらへ気を取られるわけにはいかなかった。


「私たちの今までの行いが認められたのだぞ、これほど誇らしいことはあるまい」

「でも、どんどん人間離れしていくじゃないか」

「それほどの偉業ということだろう」

「そもそも、認められたら神になるってのも、どうなんだよっていうのがあるんだが……」


 珍しく議論を交わす二人。

 ヴァルトルーデは素朴な信仰心を全面に押し出し、ユウトは厄介なことになったと頭を振る。


 アルシアら他の参加者は、黙ってその着地点を見守ろうとしていた。アルビノの少女に関しては、うつらうつらと体が前後に傾いでいる状態だったが。


「なにを嫌がっているのか、分からん」

「嫌っていうか、神だぞ? まあ、まだ見習いらしいけど」

「人間だろうと神だろうと、私は私でユウトはユウトだ」


 快刀乱麻を断つ一言に、ユウトは怯んだように言葉を失った。

 同時に、言われてみると自分の懸念など、どうでも良いことだったように思えてくる。


「要するに、勇人はあれよね。今まで以上に変な力を得ちゃって、扱いに困っているのよね」

「……まあ、簡単に言うとそうだな」


 着地点が見えたところで、当事者と傍観者の中間に位置するアカネが幼なじみの感情を代弁する。


「好きに使えばいいのに」

「今さらでしょ」

「力に罪はない」


 そこへヨナ、ラーシア、エグザイルの思考放棄組が参加し、ユウトは考えすぎだと指摘した。

 だが、簡単には納得できず、対面に座るアルシアへ呼びかける。


「アルシア姐さん……」

「私としては、ユウトくんの気持ちも分かるけど、それよりも誇らしいというのが本音のところね」

「なるほ……ど」


 ユウトとしては、積極的に言いふらすつもりはないものの、このことを知られたら相手の見る目や対応が、いい意味でも悪い意味でも変わってしまうのではないかと恐れていた。


 神――ゼラス神が言うには見習いだが――が治める街など、普通ではない。


「俺だけか……」


 だが、そんな心配をしているのはユウトのみ。他は皆、従容しょうようと受け入れている。


「ボクも早く実戦で試したいね」

「そうだな。都合良く、一千歳ぐらいのドラゴンが襲いかかってこないものか」


 ……落ち着いているというよりは、むしろ楽しそうだった。

 こんなラーシアやエグザイルが平均とは思えないが、思ったより大したことではないのかも知れない。


 この世界の常識がそういうことなら、本当にユウトの心配は杞憂になる。結果としては、良かったとなるのだろうか。


「まだまだ、俺の認識も甘かったか」

「まあ、神様になれっていわれても、『はい。やります』とはならないわよね。死んだ後ならともかく」

「ああ。死んでも、寿命でなけりゃアルシア姐さんがなんとかしてくれるだろうけどな……」


 慰めだとは分かっているが、アカネの言葉でユウトの心がすっと軽くなる。ずっとこっちにいるような錯覚すら憶えるが、まだまだカルチャーギャップを感じて当然だと意識を切り替えた。


 だが、だからこそ容赦のない追撃も飛んでくる。


「そもそも、呪文をあんだけ派手に使ってるのに、今さら神様パワーが生えたぐらいで心配するほうがちゃんちゃらおかしいね」

「ちゃんちゃらって、最近、聞かねえな。いや、ちゃんと考えて使ってるからな?」


 緊急性が高いものや、呪文以外では多大な労力が発生するもの。また、ブルーワーズのテクノロジーでは実現が困難なもの。

 そういった要件に合致しないものは、資金や時間がかかっても任せている。


「あと、ちゃんと自重もしてるんだぞ?」

「…………」


 なぜか、自重の一言で沈黙の帳が降りた。

 解せない。


「島を落とした……。ずるい」

昆虫人(インセクティアン)が生き埋めになったっけ」

「一対百の決闘もありましたね」


 沈黙のほうがましだった。


「ええと。それじゃ、神力刻印でなにができたか確認しておこうか」

 

 不利と見れば、撤退も躊躇しないのが冒険者。露骨に話題を変え、命脈を保つ。


「俺の場合、呪文書で準備しなくても呪文が使えた。あと、効果も、なんかかなり凄いことになってたわ。ゼラス神曰く、ただの《燈火(ライト)》で下手な不死の怪物(アンデッド)なら滅ぼせるぐらいだとか。もちろん、回数制限はあるけどな」


 感触からすると、一日に2~3回。どんなに頑張っても5回を超えることはないだろう。

 そう口火を切ったユウトに続いたのはヴァルトルーデだった。


「私の場合は、単純に、一発の破壊力が上がった程度だろうな。ユウトと同じように何回もと言うわけではないが、解放すると、普段の倍ぐらいの威力が出そうだ」

「オレは、激怒(フレンジィ)の境地に入る際、炎をまとい巨大化する」

「おっさんはともかく、ヴァルの場合、聖堂騎士(パラディン)としての力が強化されるとかじゃないのか?」


 どちらも攻撃力の強化という意味では同じ。

 しかし、方向性の違いに思わずユウトは確認をしてしまう。


「……そういうのも、あるかも知れんな」

「大丈夫だ。熾天騎剣(ホワイト・ナイト)の付与を使いこなしているんだから、神力刻印の用途だって憶えられるさ!」


 まるで、そう言っておけば実現すると自分をごまかすようにユウトは愛妻を応援する。まあ、今までも最後は力押しでなんとかしてきた経緯から考えると、それはそれで充分なのだが。


「ボクの場合は、いろいろ応用が利きそうかな。矢が分裂して辺り一帯に攻撃できたり、隠密能力が上がったり」

「それは、盗賊(ローグ)として正統派だな」

「私は、ユウトくんと同じように神術呪文の強化というよりは変質かしらね。あとは、トラス=シンク神とのつながりが強くなったように思えるわ」

「それなら、自分から言いふらさない限りは隠せそうだなぁ……」


 アルサス王、ヴァイナマリネン、メルエル学長。話しておくとすると、この辺りだろうか。あとは、ヴァルトルーデやアルシアが望めば、それぞれの神殿へと。

 特に、ヴァイナマリネンにはこちらから切り出して釘を刺しておかなければ。


「なんかそこに存在してるだけで作物が豊作になるとか、土地が勝手に繁栄するとか、逆に祭らないと祟りが発生するとか、そういうのは?」


 なんだか単純にパワーアップしただけで、アカネのなかの神様像とは少し違う。

 そう考えて確認するのだが、ユウトは腕を組んで難しい顔を浮かべる。


「その辺は、使いこなせるようになったらできるようになるかもだな……。どうなんだ、ヴァル?」

「なぜ私――」

「領主だろ」

「……忘れていたわけではないからな?」


 そう言わずもがなな台詞を発したヴァルトルーデは、目を閉じて意識を集中。神力解放とまではいかないが、己が持つ力を探る。


 そのまま、数分。


 再び目を開いたヴァルトルーデの表情には、少しだけ落胆の色があった。


「ユウトが言う通りだな。可能性はあるが、やはり、本当の神への道は遠いようだ」

「いや、俺としては逆に良かったよ」


 この分なら、探索行(クエスト)を達成した報酬で神々から授けられたという説明も通りそうだ。もっとも、セネカ二世の状態にもよるので、すり合わせは必要だろうが。


「……うん?」


 そう今後の方針を決めたところで、ユウトは違和感に気がついた。


「そういえば、ヨナからの自慢がなかったな」

「ヨナちゃん……。超能力だし、超人なあれになるのかしら?」

「神は、まあ、超人と言えなくもないか」


 若干、話がそれるものの、やはりヨナはそっぽを向いたままだ。


「ヨナ?」


 なにかあるに違いない。

 そう確信したアルシアが、アルビノの少女の名を呼ぶ。


 優しげで、慈愛に満ちた。

 それでいて、反抗したらどんな雷が落ちるか分からない。


 まさに、母の言葉。


「……怒らない?」

「正直に話してくれたほうが、嬉しいわ」


 相変わらず眼帯をしたままで顔の下半分しか見えないが、その部分は確かに笑顔。しかし、目が見えるようになった今は、隠れた部分を想像することができる。

 そこが笑顔かどうか考えると……。


「もう、試し撃ちした」


 正直が一番と道徳に目覚めたわけではないだろうが、アルビノの少女は正直に告白を始めた。ただし、なるべくアルシアは見ずに。


「そうなの。どこで?」


 追及を続けるアルシアに――ラーシアでさえも――茶々を入れられない。

 ただ、ヨナの無事を祈るのみ。


「ゆ、夢で?」

「ヨナの夢には、どなたが出ていらっしゃったのかしら?」

「きんに……あつくる……レグラ……神」


 この時点で、少なくともユウトには結末が見えた。


「もしかして、レグラ神が自分に試し撃ちしろとか言い出して……」

「そう。吹っ飛ばした」

「ヨナ……」

「これ使うと、凄い。もう、ヴァルにも負けない」


 ユウトの推測を嬉しそうに肯定し、推測通りの破壊魔ぶりを報告するアルビノの少女に、アルシアが頭を抱える。レグラ神自らの要求とあれば仕方ないかも知れないが、分別がないのは否定しようがない。


 けれど、その行いはともかく、重要なのはヨナの態度。

 ラーシアが目頭を押さえながら、感慨深くつぶやく。


「ヨナが口ごもったってことはあれだよね」

「ああ。やっちゃ駄目なことをちゃんと認識してるなんて……」


 ユウトも、ヨナの成長を感じて視線を天井へ向けた。


「でも、駄目なことやっちゃってるじゃない」

「なにを言う、アカネ。その認識こそ大事なのだぞ」

 

 端から見ると甘やかしているようにしか思えないが、エグザイルもうなずいている以上、成長しているという判断なのだろう。


「レグラ神だから良いとか、相手から言われたことだからとか、それでは許されないのよ?」

「うー」

「とはいえ、今回は情状酌量の余地もあるわ」


 アルシアは一度頭を振ってから、真紅の眼帯を外してダークブラウンの瞳を真っ直ぐヨナへと向ける。


「だから、せめて怪しい相手ぐらいで神力までは使用しないで。私との約束よ」

「でも、敵だったら?」

「敵だと完全に断定できるまで控えてということよ」


 正面から見据えられてヨナもたじろぐが、完全に不満は解消されない。

 

「じゃあ、こうしましょう。言いつけを守れたら、ご褒美をあげたら? たとえば、上手くできたら勇人がヨナちゃんのお願いをひとつ聞くとか」

「やる!」


 アカネの案に、ヨナが食いついた。

 その露骨な態度に不安がよぎるが……。


「やっちゃだめだからな?」


 とはいえ、これは妙案に思えた。

 お願いと言っても、いつも通り食べ歩きぐらいのものだろう。それで、ヨナが自重を学べるのであれば安いものだ。


「現状では、他にどうしようもないですね……」

「そうだな」


 アルシアも、積極的ではないにしろ反対はないらしく、ヴァルトルーデがその案を承認する。


「最初は神様の力の扱いについてだったはずが、最後は下手くそな子育ての話になっちゃったんだけど、それでいいの?」

「子は世界の礎ということだな」


 現時点では唯一の父親であるエグザイルが重々しくうなずき、会議は終了した。

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