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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 12 英雄の証明 第一章 冒険と事件の間で

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3.神力刻印(前)

「ここに呼ばれるのも、久し振りだな……」


 目覚めると同時に黄金の宮殿を見回し、ユウトは感慨深げなつぶやきを漏らした。黄金でできているというよりは、宮殿自体が黄金に輝いている。まさに、天上にふさわしい建物。

 吹き抜けのようになっていて、天井は見えない。どこからともなく射しこむ光が、大魔術師(アーク・メイジ)を照らしていた。


 肉体に違和感はなく意識は覚醒しているものの、正確に言えば眠りから覚めているわけではない。服装はいつの間にか制服と善の魔術師(ウィザード)を示すローブになっているし、どういうわけか呪文書も携えていた。

 そもそも起きた場所も違えば、愛する人たちも一緒ではない。


 だが、初めての経験ではないし、あわてる必要もない。

 大ざっぱに言ってしまえば、ここは夢に等しい世界なのだ。


「望めば、本当のここへ招待することも可能だったのだが」

「身に余る光栄ですが、地上に大切なものを残していましたから」


 絢爛豪華な玉座からかけられた声に自然と膝を折り、居住まいを正した。

 そうしながら、顔を上げ玉座の主たる知識神ゼラスへと惑いなく返答する。


 初めてのときは、異世界からの来訪者であるがゆえに礼を尽くす必要はないと言われた。今回も、地上で邂逅する分神体(アヴァター)にはない威厳と迫力に自然と頭を垂れたのだが、制止されなかった。


 青き盟約の世界(ブルーワーズ)の一員だと認められたようで、思ったよりも嬉しい。


「そういうことにしておこうか」


 笑いを含んだ声で、知識神が釈明を受け入れる。あるいはユウトの感慨を察し、目こぼしをしてくれたのかも知れない。


「だが、フェルミナもドゥコマースもヘレノニアも落胆していたようだぞ」

「それは……」


 真ん中の一柱は絶対に別の意味で残念がっていたと確信するが、その思いは心深くに沈める。神相手に、どれだけの効果があるのかは分からないけれど。

 それに、宴ができなくて落胆していたなど言われても、反応のしようがない。


「さあ、どれほどの快挙を成し遂げたか、多少なりとも理解できたところで、本題だ」

「地球の本なら、近日中に入荷予定です」

「なるほど、それも確かに本題だ。しかし、本題はふたつある」


 ごまかしきれなかった。

 ユウトとしても期待していたわけではないが、他に話を逸らす手札がない状況では落胆せざるを得ない。携帯ゲーム機をダスクトゥム神に持ち去られたのが痛かった。

 もっとも、夢のなかに持ち込めるかは分からないが。


「ムルグーシュ神の一件ですね?」

「その通りだ。よくやってくれた」

「あ、ありがとうございます……」


 金髪の少年神が破顔してほめそやすのを、ユウトは意外な思いで見つめていた。少し不躾だったかもしれないが、それほどに意外だったのだ。

 正直なところ、ゼラス神に絶賛される理由が思い浮かばない。


「完璧だったじゃあないか」


 そんなユウトの戸惑いは置き去りに――恐らく、わざとだ――宝石で飾られた玉座に座る知識神は、無邪気な笑顔を浮かべて功績を歌い上げる。


「神ならぬ者が、善の神の意を受け、悪神の助力を以て、悪の神を退ける。しかも、ムルグーシュは転生をしただけで死んではいない」


 善の神々にとっては、大いに歓迎すべき結果だ。


 一方、悪の神々にとっては、不満が出かねない。あるいは、不満を表明して利益をかすめ取ろうとするかも知れないが、ダスクトゥム神が関係しているとなれば、黙認を選ぶしかなかった。

 ムルグーシュ神は哀れなことになったが、他の悪の神々が迷惑を被ったという話でもないのだから。


 つまり、善と悪の双方の勢力に波風が立たず、それでいてそれぞれの勢力で利益を得た者がいる。ある意味で、理想的な展開だった。


「完全に丸く収まったじゃあないか」

「ムルグーシュ神以外は、ですが」

「それは自業自得というものだ」


 静止の権能を持つ悪の神ムルグーシュは、死んだ。

 今存在しているのは、“無眼”ムルグーシュ。地底深くに住み着き視覚を失った魔獣や粘液の化物(ミューカス)にドワーフの近縁種。それに、海底を根城とする、やはり視覚を持たぬ海の怪物たちの守護神だ。


 それらに神を信仰する知性があるかは、ユウトの知識も及ばないところだが。


「しかし、これは抜け道だ。ふさがなくてはならない」

「二度と、こんなことをやるつもりはないですが」

「やるやらないと、やれるやれないは別だ」


 そう言われては、反論のしようがない。

 ユウトはおとなしく、続く言葉を待つ。


「ゆえに、神の(きざはし)を昇ってもらうことにした」

「は?」


 (きざはし)? 階段? 神の?


 意味が分からない――というわけではない。

 積極的に認めたくはないが、亜神級呪文(イモータリィ・スペル)をいくつか使えるようになってからは、人間離れしつつある自覚もある。


 だが、それは成長の結果、そうなっただけ。昇ってもらうとは、どういう意味なのか。


「これは……」


 それを問い質すよりも先に、事態が動く。

 ユウトの右手が光に包まれると、なにかの紋章のような形へと収束していった。その刻印からは、魔力によく似た力の波動も感じられる。


 光が収まり、刻印が露わになる。


「その意匠は、呪文書と球体か」


 球体。

 確かに、そうだ。


 しかし、ユウトとアカネにとっては、ただの球体ではない。


「地球……」

「故郷の世界だったか。なるほど。天草勇人に相応しい刻印だ」

「いや、そうではなく」

「それは、神力刻印という」

「神力刻印」


 ユウトは、咀嚼するようにゆっくりと名を繰り返す。


 神力刻印。

 神の力が刻まれた印か。


「神々の加護のようなもの……ですか?」


 それは質問ではなく確認のつもりだったのだが、予想に反して少年の姿をした神は頭を振った。


「神の力を持つ者に刻まれし印だ」

「そんな物を持った記憶はないのですが」

「中程度の位階のようだ。なかなかだな」


 その上々と言える評価も、上滑りしてユウトのなかに定着しない。


「元々、それだけの下地はあった。それが、此度の偉業により花開いたのだ」

「なくしたりは、できませんよね?」

「それでは意味がない」

「そういう話でしたね……」


 これは、報酬として新たな力を与えるというだけの話ではない。

 今回、綱渡りのような方法とはいえ、神に実質的な死を与える手立てが知られることになった。


 それはつまり、ユウトたちを利用して誰かが同じことをしようとするかも知れないということでもある。


 ならば、一足飛びに神にとはいかないが、その見習いのような存在にしてしまう。そうすれば、ただの人間が神殺しを実行するわけではなくなる。

 神が神と正面から争うことは――たとえ、見習いに過ぎなくとも――青き盟約に抵触するため、その時点で利用価値は喪失。余計な介入も防ぐことができるというわけだ。


 その理屈は分かる。


 だが、今からおまえは神だと言われて納得できるはずもなかった。ヴァイナマリネンが拒絶したというのも、今なら理解できる。


「難しく考えることはない。今のところは、通常より強力な呪文が使えるようになったり、物事への洞察力が一時的に高まったりという能力を日に数回使えるだけだ。お得だな」

「お得って。地の宝珠みたいな罠を感じる……」


 さすがに力を使うだけで神へと近づいていくほど単純なものではないはずだが、明確な敵がいるわけでもない今では、持て余してしまう。

 そんな主人の心の動きを察してか、ページを開いた呪文書に地球が描かれているというユウトの神力刻印が消え失せた。といっても、消滅したのではなく、非活性化しただけだろうが。


「さすがに、喜ぶほど単純ではないか」

「そりゃ、そうでしょう」

「その割には、あとで検証する気のようだな」

「もちろん。わけの分からない力を持て余すほど危険なことはありませんから。この分だと、朱音以外はみんなに生えてるんでしょうし」


 それは、知識神の意に添った返答だったのだろう。

 機嫌良さそうに微笑み、褒美を取らすことにした。


「では、私自らがレクチャーしてやろう。まずは、右手を基点に、自らのなかにある力を感じよ」

「そんなことを言われても……」


 簡単にできるはずがないと、それでも半信半疑で意識を右手に集中。

 すると、再び神力刻印が姿を現した。同時に、体内を巡る血の流れにも似た、だがそれとは異なる力のうねりを感じる。


神力解放(パージ)


 自然と、言葉がついて出ていた。

 続けて、そうするのが当たり前だというように、神力刻印が活性化した右手で呪文書から1ページ切り裂く。


「《燈火(ライト)》――オルタナティブ」


 ただ数分から数十分の間、周囲を照らす効果しかない第一階梯の呪文。


 それが、どうだ。


 生まれ出た光球は遙かに大きく、この広大な宮殿をくまなく照らし出していた。それ自体が光っている宮殿の輝きを圧倒する光量でありながら眩しさは感じられず、むしろ安らぎを覚える。

 この《燈火》を掲げれば、人々はその導きに従い、一致団結して困難に立ち向かうだろう。そんな確信すら抱いてしまう。


 幻想的という表現すら生ぬるい。夢のなかで、また夢に入りそうな光景。


 ただの《燈火》でこれほどの効果を生み出したユウトは、完全に茫然自失としていた。玉座から楽しげに送られた拍手にも気づかない。


「ふむ。これなら、並みの不死の怪物(アンデッド)程度、簡単に退散しうるな。しかし、あっさりと、こつを掴んだものだ」


 その講評で、ようやくユウトは現実に戻ってくる。


「これが神の力? いや、意思を現実化してるんじゃないのか……」


 この効果すべてをイメージしていたわけではないが、『光』という事象からかけ離れたものでもない。つまり、ユウトが持つ『光』へのイメージが現出した結果ではないか。

 現実改変を魔術の粹とするならば、その究極へ近づいたことを意味する。


 そして、それは神々が使用する秘跡(サクラメント)にも似ていた。今はいつも通り呪文書から使用したが、神力刻印を介してであれば自由に好きな呪文を使用できそうな気すらする。


「理解したようだな」

「ええ。でも、この力を持ってる人間が地上にいてもいいんですか?」


 駄目だと言われたら全力で抵抗するつもりだが、確認せずにはいられない。

 じっと、ゼラス神の瞳を射貫くように見つめる。


「無論だ」


 しかし、その覚悟に反して、知識神からの返答は軽かった。


「むしろ、今来られては人材の取り合いになる。英雄としての証を地上で示すと良い。五十年か百年もあれば、調整できるだろう」

「さすが、神々の時間感覚は違いますね……」


 こうして、知識神との謁見は終わった。


(うん。普段は、こんなもん、存在しないものとして扱おう)


 目覚めた後、この決意だけは絶対に忘れないよう心に誓って。

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― 新着の感想 ―
うん、知ってた っていうのはおいておいて これから生まれる勇人とヒロインの面々の間に産まれる子って どういう扱いになるのでしょうか?
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