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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
「レベル99冒険者による、はじめての領地経営」書籍版3巻記念短編

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アカネ、癒しを求めヴァルトルーデに敗北感を抱く

「レベル99冒険者による、はじめての領地経営」書籍版3巻本日発売!

記念のWeb版特典短編です。

時系列的には、Episode2第三章の6話と7話の間の挿話となります。

「MPが足りないわ……」


 幼なじみ(天草勇人)を探して世界転移に巻き込まれた来訪者の少女は、いきなりテーブルに突っ伏して精神的な疲労を訴えた。


 なりゆきで、彼女の城となったファルヴの城塞の第一厨房。そこで、三木朱音――このブルーワーズではアカネ・ミキ――は、アルサス王子を饗応するためのメニュー研究に勤しんでいる。

 その最中の出来事だった。


「ん? なんの話だ?」


 試食役として動員されていたイスタス伯ヴァルトルーデが、調整中のハンバーグを飲み込んでから聞き返す。今回は、彼女のリクエストに応じてかなり大ぶり。

 500グラムはあろうかという肉の塊を、嬉しそうに攻略していた。


「男が言う、『美味しそうに食べる女の子が好き』っていうのは、『たくさん食べるけどやせてる女の子』が好きって意味なのよね」

「ユウトぉ……」

「大丈夫だ。俺は、ヴァルを信じてる」 


 そして、答えになっていない答えを返した、イスタス伯爵領を実質的に運営する家宰にして異世界からの来訪者でもある天草勇人――ユウト・アマクサも一緒だ。


 伯爵家のトップが存在しているにもかかわらず威厳にも礼儀にも欠けた空間ではあったが、誰も気にする者はいない。


「あと、『すっぴんの女の子が好き』っていうのは、『化粧しなくても可愛い女の子が好き』って意味なのよ」

「朱音が荒んでるのは、よく分かった」


 ユウトとしては、幼なじみだと甘えて、アカネには迷惑をかけているという自覚はある。申し訳ないとも思っている。

 けれど、この空間で唯一の男であるユウトとしては、言っておきたい。


 その話の内容もそうなのだが、標準を遙かに超えるサイズの胸が潰れて目のやり場に困るので、とりあえず、起きあがってほしいと。


 しかし、思わぬ急展開で婚約者となった二人――そう、二人だ――がいるというのに、そんな主張ができるのであれば、一夫一妻制を堅持できていたはずだ。


 つまり不可能なので、微妙にアカネから視線を逸らしながら言う。


「MPが足りないなら、寝るしかないだろ」

「あの夢のベッドね」

「ああ。魔法薬(ポーション)を飲んでも回復はしないからな」


 後にレンが精神的な疲労を回復する魔法薬を開発するのだが、このときのユウトは知る由もなかった。ましてや、それを飲んで、軽い失敗を犯してしまうことも。


「ファンタジー世界でポーションまで実在するのに、理不尽な話よね……」

「待て。そもそも、エムピーとはなんだ?」


 黙って話を聞いていたヴァルトルーデが、未知の単語の説明を求める。

 二人の間に割り込みたいわけではない。けれど、話についていけないのも哀しい。


 もちろん、アカネも彼女を仲間外れにするつもりはなかった。ユウトの思いが通じたのか机から身を起こし、しかし、益々目のやり場に困るように、すらりと長い足を組み、長く形の良い指を顎に当て、説明の言葉を選ぶ。


「MPは、マジックポイントの略よ」

「……意味が分からん」

「マジックじゃなくて、メンタルだったり、マグネタイトだったりする場合もあるみたいだな」

「そういえば、憲兵(ミリタリーポリス)というのもあるわね」


 アカネとユウトが代わる代わる口を開くが、混迷の度を深めるだけだった。


「最後のMP(ミリタリーポリス)はいらないだろ。曖昧さ回避ページか」

「ユウトこそ、マグネタイトとか特殊すぎるでしょ」

「……さっぱり分からん」


 会話に参加するため説明を求めたら、より一層置いてけぼりになった。

 大変、遺憾である。


 だが、アカネが来てから、それなりの頻度で発生するのが困りものだ。


「ええと……」


 さすがにまずいと思ったのだろう。

 ユウトとの馬鹿話を打ち切り――未練はあるが、二人きりのときにやれば良い――アカネは分かりやすい説明の言葉を探す。


「魔法を使ったら減る値で、0になったら気絶したりするのよ」

「……そうなのか?」

「俺を正面から見て聞くなよ。ヴァルだって、呪文使えるだろうが」

「だが、私はその日に使える呪文を使い切っても、気絶などしないぞ。となると、理術呪文の話ではないのか?」

「俺だって、同じだよ」


 視線を幼なじみへと移し、非難を込めてやり直しを求めた。

 それを受けて、アカネは長考に入る。


 そのまま数分。


 厨房に沈黙の帳が降り――


「ああっ。呪文があるのにMPがないから話がどんどんややこしくっ!」


 ――結局、上手い喩えは見つからなかったようだった。


「なんでMPがないのよ。おかしいじゃない」

「世界法則に文句を付けちゃったかー」

「もう、メゾピアノの略ってことにしない?」

「しても良いけど、音楽の授業かよ」

「ええと、そうよ。HPが生命力で、MPが精神力みたいな?」

「うん。朱音、少し休もう」


 ヒットポイントまで話を広げては、本格的に収拾がつかなくなる。

 そもそも、最初はアカネに休息をという話だったはずだ。


「要するに、体は動くけど心が疲れてやる気が出ないみたいな感じだろ?」

「まあ、そういうことね」


 MPそのものの説明は諦め、幼なじみの状態をかいつまんで説明するユウト。「今までの苦労はいったい……」と思いつつ、アカネも同意する。


「ふむ……。激しい訓練の後は、一日休んでも動けなくなるものだと言うな。それと同じか」

「……と言うな?」

「ああ。私には、そういった経験がないからな。聞いた話だ」

「このフィジカルお化けめ……」

「チートよ、チートがいるわ。ヴァルトルーデによく似たチートがいるわ」


 凡人でしかない――と、思っている――二人が、そろってヘレノニアの聖女を疑わしげな視線で見つめる。しかも、彼女が言っているのは筋肉痛だ。結局、分かっていない。


「くっ。二人そろって……。ええい、結局、アカネはどうすれば回復するのだ?」


 根本的な問題。

 苦し紛れではあるが本質に迫る言葉に、はっと目が醒めたような表情を浮かべてアカネは押し黙る。


 悩み、ためらったが、


「アニメが……。アニメが見たいの……」

「うん。ごめん。でも、それは不可能だ」


 気持ちは分かるが、無理なものは無理。


「ほら、あれよ。なんか電波だけでも地球から引っ張ってくる魔法とかないの? あるんでしょ?」

「あったら、とっくに携帯で連絡してるって」

「それもそうだわ……。でも、幼なじみから、異世界で領地経営してるって電話が来たら……とりあえず切って救急に相談するわね」

「安心しろ。俺も同じだ」


 再び二人の世界に入ってしまったが、さすがに学習していた。

 ユウトは咳払いをひとつしてから、ヴァルトルーデへと向き直る。


「アニメってのは、地球の娯楽のひとつで、まあ、演劇みたいなもんだ」


 テレビのことも、絵だということも、声優が演技をするということも、様々な作品があることも省略。単純化して伝えた。なぜ、最初からそうしてなかったのか――とは、思っても口にはしない。してはいけない。


「なるほどな……。故郷の娯楽に触れたいというわけか」

「そう言われると、我がことながら良い話に聞こえるわ」


 実際は、どうしようもない欲望なのだから救われない。


「まあ、なんか息抜きは必要か」

「そうねー。期待してるわ」


 さり気なく約束を取り付けたアカネは、目的は果たしたと雑談へとモードを切り替える。


「アニメと言えば、日本には三ヶ月ごとにお嫁さんが入れ替わっていくという習慣があるのよ」

「……なん……だと……?」


 あまりにも突飛な風習に、ヴァルトルーデは目を丸くする。驚きすぎたせいで、ユウトが微妙な表情をしていることにも気づかない。


「でも、そうそう毎クール理想の嫁に出会えるわけではないわ。通り過ぎた過去の嫁を懐かしむ者は難民と呼ばれ、彷徨い続けるの」

「なぜ、離ればなれになってしまう。なぜ、半年、一年と寄り添うことができぬのだ」

「お金とか、いろいろ問題がね……」


 沈痛な面もちで語るアカネと、拳を握って憤るヴァルトルーデ。

 それを傍らで見ているユウトは……。


「いや、信じるのかよ」


 幼なじみの下らない嘘ではなく、聖堂騎士(パラディン)の素直さに思わず声を上げてしまった。

 疑いを知らぬのは美徳だが、今回はいくらなんでもあんまりだ。


「嘘なのか? そうか。アカネはユウトに三ヶ月で捨てられたわけではないのだな?」

「なんでそうなるの!?」


 悲鳴。


「ユウトが嫁を取っていたとは知らなかったが、その相手ならアカネだろう?」


 正論。


「いや、まあ、そうなんだけど……。そうなんだけど……」


 否定しなければならないが、それもどうなのか。地球にいた頃の二人は、ただのトモダチでしたと言っているようなものではないか。

 懊悩する来訪者の少女は、自業自得の生きた見本となっている。


 軽い気持ちで冗談を口にしたら、ヴァルトルーデの純真無垢な精神に敗北感を抱く羽目になった。

 しかも、ユウトに嫁がいなかったと分かって露骨にほっとしているではないか。その可愛らしさと言ったら、まぶしくて、彼女の顔が正視できない。


 実は、逆にヴァルトルーデがアカネへ敗北感を植え付けられたことがあり、対戦成績で言えばこれで一勝一敗の五分なのだが――その事実は当事者でさえ知らなかった。


「ああ……。私を見ないで」

「……ある意味、これも正義が勝つというやつなのか」


 そんな、感心ともあきれともつかないつぶやきをもらしたユウトは、咳払いをしてから誤解を解く作業に取りかかった。

ヴァルトルーデがアカネに敗北感を抱いた話→3巻の特典SS

レンが新ポーションを持ち込むエピソード→3巻の書き下ろし短編


という具合に、蜘蛛の糸ぐらい細いリンクをしています。

まあ、それがどうしたと言われたら反論できないぐらいのレベルですが、あわせてお読みいただければ幸いです。


というわけで、繰り返しになりますが、「レベル99冒険者による、はじめての領地経営」書籍版3巻本日発売です。

3巻の仕様に関しては、活動報告でお知らせしておりますので、会わせてご確認ください。


それでは、今後とも本作品をよろしくお願いいたします。 

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