5.警告の神託(前)
「いったい、なにが起こったのだ」
先ほどまでの恋する乙女モードなど微塵も感じさせない、威厳と魅力に溢れた風貌。デート用のワンピースでも、その威厳を減じさせることはない。
邪魔をされて思うところがあるだろうが、良いところだったからこそ、そんな状況で呼び出した以上は重大な問題なのだろうと判断している。
それも、ひとつの信頼と言えるかも知れなかった。
「って、あれ? アルシア姐さんは?」
しかし、《テレポーテーション》で飛んだ城塞の会議室に、アルシアの姿はない。
ユウトの疑問には、代わりにラーシアとエグザイルが答えた。
「神託ってのが、あったらしい」
「今も、アルシアは確認中だよ」
「分かった、心を整える時間をもらったと思おう」
「お待たせ」
紅の眼帯を身につけた盲目の大司教が、仲間たちの待つ室内へと入ってきた。
「二人とも、悪いわね」
顔を親友とその恋人(アルシアの中では確定している)に向けてから、落ち着いた様子で椅子に腰を下ろす。
「緊急事態だけど、一刻一秒を争うというほどではないわ」
そう前置きをすることで、二人に落ち着くよう促す。それを受けて、ユウトとヴァルトルーデもアルシアの対面に席を取った。ヨナは、エグザイルの背中によじ登っている。
「だが、なにか事件が起こったのは間違いないのだろう?」
「そうね。正確には、起こりそうだけど」
話を引き延ばす意味も趣味もない。
二人が冷静であることを確認したアルシアは、早速話を切りだした。
「近いうち――数日中に、モンスターの襲撃があるわ」
厳密に言えば、そんな神託を受けたということになるが、アルシアが言うのであれば内容に疑いはない。ならば、事実として行動すべきだ。
「規模と場所は?」
喫緊の問題ではなかったという安堵を抱きつつ、パーティの参謀役として情報を求めるユウト。
しかし、アルシアの返答は芳しくない。
「分からないけれど、神託があった以上、小規模とは言えないでしょうね。場所は……私たちの領地のどこかとしか」
アルシアが定期的に行なっている瞑想で得られた情報のため、確度は信頼をおけるが精度は曖昧な部分が出てきてしまう。
「ファルヴ、ハーデントゥルム、メインツ。それに、周辺の村々……」
「全部に兵士を置けば良いんじゃない? お金ならあるし」
「すぐに集められる傭兵程度で、どうにかなれば良いがな」
ラーシアの身も蓋もない意見に、人道とは別のベクトルで反対意見を出すエグザイル。
モンスターと一口に言っても、ゴブリンのような悪の相を持つ亜人種族から、巨人、魔獣、アンデッド、ドラゴンまでと幅広い。ゴブリンや低級なアンデッド程度であれば急募した傭兵でも対処可能だろうが、それ以上が相手では死体を増やすだけだ。
「とりあえず、あの鏡でその辺を見張ればいいじゃん。見つけたら、テレポで飛べばいいし」
その背中から、ヨナが妥当な戦術を提示した。
「ヨナの方がマシな意見を出してるぞ。二人とも、忘却の大地で勘が鈍った?」
「くっ、おかしい」
「異世界でお姫様を助けて、変な万能感を抱いてるんじゃないの?」
「くそー。ユウトなんか、一般人相手なのにドラゴンになったくせにー」
「ありゃ一般人じゃねえよ。なんでもありも同意済みだったし」
そう主張するユウトへ、ここぞとばかりにラーシアが言葉を重ねた。
「分かった。一般人じゃなくて、人間のクズだよね」
「なるほど」
「感心するな、エグザイル。一応、人間だ。建前としては」
「それで、結局どうする?」
リーダーらしく、ヴァルトルーデが話を戻す。
「基本は、ヨナの案で問題ないはずだ。後は、各町村の代表者に神託の内容を伝達。警戒をさせて、なにかあれば《伝言》で即座に、こっちへ知らせるようにしてもらう。変なパニックにならないよう、ちゃんとした説明も必要だな。あと、しばらく馬車鉄道は運休しよう」
「大丈夫なのか?」
「そのために、食糧の備蓄はさせている」
「でも、金銭的な損失はあるよね?」
「補償はする」
ユウトの案は対症療法でしかなく後手に回ることになるが、現時点ではやむを得ない。
「まあ、いいか。モンスターを倒した分で、むしろ黒字になるかもね」
「人死にがでなければ、な」
「こちらからモンスターを探すことはできないか?」
「できれば、相手の正体や目的も知りたいところだけど……」
女性陣の要望に、ユウトはしばし瞑目し……。最終的に首を振った。
。
「なんだかんだいって、うちの領地は広い。呪文の効果範囲に対してはな。それに、別の次元界からの攻撃の場合には、探しようがない」
「そうか……」
「それから敵の目的と言ってもなぁ。野良ドラゴンが特別なバックグラウンドもなく、唐突に現れるのがグレイローズだし」
「だが、私たちがここにいること。それと無関係だと思うか?」
ヴァルトルーデの指摘に、ユウトは苦々しい表情で答えた。
「〝虚無の帳〟か……」
「だとしたら、残党ってところだね」
予想済みだったのか、ラーシアが言葉を引き継いだ。
「ほとんど壊滅させたはずだけど、この一年でどうなったかは分からないよねぇ。なんか、ヤツらの兆候とか無かったの?」
「静かなものだったわ。警告の神託も、あれ以降は今回が初めてね」
アルシアの答えに、皆が一様に押し黙った。
事件後、カルデラ湖神殿の再捜索や事後処理は国の方でやったはずだが、特に警告は来ていない。まさか、情報を掴んでいるのに伝えなかったはずもないだろう。
「もし〝虚無の帳〟の残党だとしたら、目標は十中八九このファルヴ……いや、地下のオベリスクだな」
とんとんと足で床を蹴りながらユウトが言った。その態度にヴァルトルーデは顔をしかめるが、表だってはなにも言わない。
彼の発言の正しさを理解しているからだ。
ユウトが地球への帰還に利用できるほどの魔力が充填しているのならば、絶望の螺旋を牢獄から解き放つことも可能だ――と残党たちが考えてもおかしくない。
「でも、そうならさ。構図は単純になるよね」
「ああ、ラーシアの言うとおりだ」
対処は逆に簡単だ。
「どんなモンスターが、どれだけ押し寄せてこようと、俺たちが揃っていれば負けるはずがない」
自信に満ちたユウトの言葉。
気負いもなく、壮語でもない。
ただの事実として、ユウトは言った。
「まあ、俺はただ殴って殺して壊すだけだな」
そして、この場にいる仲間たちは皆、それを信じている。
「ああ。私も、ただ剣を振るうのみだ」
「エグザイルはそれで良いけど、ヴァルトルーデには他の仕事がある」
「なん……だと……?」
今にも剣の訓練に走り出しそうだったヴァルトルーデが絶望的な表情で固まる。
まるで、捨てられた子犬のような表情。
しかも、ヴァルトルーデがそんな表情を浮かべているのだ。一瞬、許してしまいそうになる。
「ヴァルトルーデには、今回の件を色んな所に説明してもらわなくちゃならない」
だが、ユウトとしても、ここは心を鬼にするしかない。それに、ユウトが許してもアルシアに止められていたはずだ。
方針が決まれば、後は早かった。
もしもの時の訓練や有事にあたっての計画など、必要な項目を洗い出し、まとめ、各所へと伝えていく。
実務は、ユウトとアルシア。
伝達にはヴァルトルーデ。
残る三人は、待機しつつミラー・オブ・ファーフロムを使用しての警戒任務。
思ったよりも混乱は少なく。
それから、三日が過ぎ去った。




