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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 11 遙かな探索行 第二章 クロニカ神王国

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8.神王の依頼

「名残惜しいが、これにて失礼する」

「また大競技大会で会おうぞ!」


 ――という別れの挨拶を経て、馬車はさらに西へと向かう。

 結局、予定通りには出発できず、二日ほど遅れての旅立ちとなった。


(俺が領地経営を手伝わなかったら、ファルヴもあんな街になっていたのだろうか……)


 不意に思い浮かんだ歴史のifに肩を震わす大魔術師(アーク・メイジ)の感情は置き去りに、意外なことに、そこから先の旅路は順調そのもの。

 レグラクスで交代した護衛団が精強だったこともあり、本来の予定通りに神都ルテティアへと到着する。


 セネカ二世が治めるそこは、美しい都だった。


 少なくともユウトたちが馬車で通った表通りには、ゴミひとつ見あたらない。これほど清潔な町並みは、ブルーワーズではファルヴぐらいのものだろう。

 ユウトやアカネが生まれ育った街でも、ここまでではない。


 かといって、無理にそうさせているわけではないのは、道行く住民の顔を見れば分かる。皆、生き生きとしており、喜びに溢れていた。


 また、白亜の建物が整然と立ち並ぶ光景も美しい。


 法律で決まっているのか、建物はすべて二階建てで構造も似通っている。積み木やブロックを並べたような、人工的な街並み。 

 一見、無個性にも見えるが……。


「街全体が、ひとつの神殿になっているんだな」

「なるほど。そういうことか」


 中天に昇った太陽の光を反射して美しく輝く神都の光景を《灰かぶりの馬車ファントム・キャリッジ》から目の当たりにしたユウトが設計者の意図に気づく。

 異なるとはいえ、神に仕えるヴァルトルーデも納得するようにうなずいた。


「ユウトのくせに、詩人みたいじゃん」


 しかし、荘厳で、威厳すら感じるルテティアも、草原の種族(マグナー)の感性にまでは及ばなかったようだ。

 数日前、朝帰りしたユウトをからかったのと同じ口で、面白そうに揶揄する。


「くせにってなんだよ。全世界の詩人に謝れ。あと、俺にも」

「えー? ユウトには、ちょっとなぁ……」

「分かった。じゃあ、世界中巡って、詩人さんには謝れよ」

「なにその予想外の展開。そんなのおかしいよ」

「さよなら、ラーシア」

「あっれー? ヨナ、冷たくない?」


 どうやら、神都の威厳が通じないのは、草原の種族だけではなかったらしい。

 そんな、相変わらず妙に仲の良いユウトたちを見て、ヴァルトルーデは小さくため息を吐いた。


「まったく。少しは緊張というものをだな……」

「ヴァルも、緊張なんかしていないでしょう?」

「まあ、それはそうなのだが」

 

 一際立派な、金色の神殿。

 ルテティアの中心部にある、神王セネカ二世が住まうフェルミナ大神殿に到着したのは、その15分ほどあとのことだった。






「これは、見事なものだな」

「ああ。温室ってわけでもないみたいだけど」


 中庭に咲く色とりどりの花々に感嘆の声を上げるヴァルトルーデに、ユウトが相づちを打つ。ただ、愛妻に比べてやや淡泊な反応なのは、男女の差だろうか。

 いや、神妙にしているが無関心なアルビノの少女を見ると、一概にそうも言い切れないかも知れない。


 魔法銀(ミスラル)の全身鎧を身につけ颯爽と進むヴァルトルーデを先頭に、季節外れの花々が咲き誇る中庭を通り抜けていく。

 それを先導するのは、以前、セネカ二世の護衛役として顔を合わせた聖堂騎士(パラディン)だった。あの輝くような金色の鎧と、男性の割に長い金髪は見間違えようもない。

 その聖堂騎士は、ヴァルトルーデも含めて特に武装解除などせず、粛々と道案内をしている。信頼されているのか。あるいは、信頼しているというポーズを見せているのかも知れない。

 もっとも、エグザイルの怪力やヨナの超能力(サイオニックパワー)がある以上、武器を預けたとしても生半可な相手では話にならないのだが。


「こちらです」


 案内の聖堂騎士が立ち止まったのは、精緻な彫刻が施された扉の前だった。


 神王の礼拝堂。


 ルテティアの総大司教が神王でないときには別の名で呼ばれているはずだが、現在はセネカ二世の城であり、彼女の許可なくしては入れない、一種のプライベートスペースでもある。


 それは、セネカ二世の護衛である聖堂騎士も例外ではない。


「陛下がお待ちになっております」


 金色の鎧と背中まで伸びる金髪の男が頭を下げ、ヴァルトルーデたちを礼拝堂へと誘う。


「世話になった」


 その男を一瞥して、ヴァルトルーデは内部へ堂々と足を踏み入れた。

 それに、ユウト、ラーシア、ヨナ、アルシア、エグザイルの順で続いていく。


「……へぇ。結構なもんだね」


 背後で扉が閉まる音を聞きながらステンドグラスがふんだんに使われた内装を眺めやる草原の種族。壁には貴重な宗教画も掲げられているが、盗賊(ローグ)としての発言ではないはずだ。


 また、奥の祭殿には太陽神フェルミナの聖印が彫り込まれ、思わず息を飲むほど見事な神像が安置されている。


 だが、そこに神王はいない。


 いるのは、礼拝堂の中央。光が集まる場所に、神王セネカ二世はいた。


「お久しぶりでございます、ヴァルトルーデ様、ユウト様、アルシア様」


 編み込んだ栗色の髪は、光を受けてきらきらと輝いている。それは、同じ重量の金よりも貴重な宝物であり、くるぶしまで伸びる長い髪は多くの人間が愛情と真心を込めて手入れをしているに違いない。

 大きなアーモンド型の瞳は思わず吸い込まれそうで、鼻梁は完璧な線を描いており、神々が自ら形作ったかのように整った美貌を現実のものとしている。


「そして、お初にお目にかかります、エグザイル様、ラーシア様、ヨナ様。クロニカ神王国の神王を務めるセネカと申します」


 聞く者の心を洗い、浄化するさわやかな声音。

 一言交わしただけで彼女に不利益を働くことなど考えられなくなり、もし敵対者がいたとしても即座に変心することだろう。


「丁寧な挨拶、痛み入る。ヴァルトルーデ・イスタスだ」


 しかし、代表して返答したヘレノニアの聖女もまた、魅力(カリスマ)に溢れていた。


 その凛とした声は天上の調。

 武人のように朗々としていながら、女性の柔らかさも感じさせる。


 相手が神王であろうと臆することなく正面から見据え、威風堂々としたその佇まいは、正義を司る戦女神を思わせる。


 絢爛にして豪壮。

 美と武の二物を、それも最高のそれを兼ね備えた希有なる存在。


 それが、ユウトの愛するヴァルトルーデだった。


「セネカは、皆様にぶしつけなお願いをせねばなりません」

「承知した。内容を聞こう」


 期せずして美の平均値が世界最高にまで高まったこの空間で、押し上げた最大の要因となったヴァルトルーデが即座に応諾し、単刀直入に話を進めようとする。


「よろしいの……ですか?」


 これには、嫣然と微笑んでいたセネカ二世も、疑問を秀麗な相貌に浮かべた。

 その決断の早さもさることながら、ユウトたちから異論が出ないことも、その一因となっている。


「もちろん。既に、報酬は受け取っているのだからな」


 元々、今回の訪問は遺産(レリック)ドゥコマースの秘奥を借り受けたことが発端。

 持ち込みを許された熾天騎剣(ホワイト・ナイト)の柄を叩き、この新たな愛剣を贈られたときのことを思い出したのか、嬉しそうに微笑んでうなずいた。


「ありがとうございます。けれど、セネカの話を聞き、割に合わないと思われたのであれば、そのままお帰りいただいても結構です」

「それは……実際に聞いてから判断することにしよう。まあ、そんなことには、ならないだろうがな」


 ヴァルトルーデの頼りがいのある言葉に背中を押され、俯き気味だった顔を上げて一人一人に視線を合わせていく。


「なぜ、そのようなことを申し上げたか。それは、これからするお願いが、皆様には無関係で身勝手な内容となるからです」


 そう改めて前置きをして、神王セネカ二世は語り出す。


「この神王国には、尊き御方からの数々の加護がございます。その中核は太陽神フェルミナのご加護。それにより、天候は安定し、農作物の収穫量も他の地に比べ数割は多くなっているのですが……」


 話しづらいのか、認めがたいのか。

 神王は一旦、言葉を区切る。


 だが、ここで止めては意味がない。


 意を決し、セネカ二世はその可憐な唇を開いた。


「近年、その加護が薄らいでおります」


 衝撃的。


 そう表現して良いだろう告白。もちろん個々人で感想はそれぞれだが、実際にクロニカ神王国を旅してきただけあって、他人事とは断じられない驚愕を憶える。


「もちろん様々な祭祀を執り行いましたが、その減少量を緩やかにすることしかできておりません。不作というわけではなく、飢饉が発生しているわけでもありませんが……」

「人心の荒廃が心配だな」


 ヴァルトルーデが、過たず問題の本質を口にした。


(さすがに、良い勘してる)


 一歩引いた位置にいるユウトは、素直に感心していた。


 神々の加護を受けている。

 それは、クロニカ神王国のアイデンティティだ。それも、国家の上層から下層にまで共通した。それが揺らげば、連邦制に近いクロニカ神王国は分裂しかねない。

 少なくとも、社会不安は増大するだろう。


 そうなれば、民を慰撫すべき神官たちも、平常心でいられるのか。


(即座にどうこうってわけじゃない……。いや、本格的に詰む前に、俺たちを呼んだわけか)


 しかし、こんな国家機密とでも呼べる事態を他国の人間に伝えるリスクを負わずに、内部で処理はできなかったのか。そして、そもそも原因はなんなのか。


 神王は、まだすべてを語ってはいない。


「だが、原因はなんなのだ?」

「分かりません。フェルミナ神とのつながりは、変わらず感じられます。ゆえに、見捨てられたなどということはないはずです」


 ぎゅっと握られた神王の白く小さな手が震える。

 それは、仮定として言葉にするだけで恐怖を感じることなのだろう。


 ユウトに共感は難しかったが、初めて地球を訪れたときのヴァルトルーデを思えば、想像はできた。


「その証として……ユウト様」

「……なんでしょう?」


 思わず自分を指さして「俺?」と聞きそうになったが、なんとか自制して最低限の礼儀作法は遵守する。

 ほぼプライベートな会見と言える状況で気にすることではないかも知れないが、ヨナにとって悪い見本になるのは避けなければならない。


「フェルミナ神より、あなた様にドゥコマースの秘奥をお貸しし、その力を頼るようにとの神託も下されています」

「後半部分を聞かされなかったからアンフェアだ、などと言うつもりは毛頭ありません。あの書がなければ、大手を振ってヴァルトルーデと式を挙げられなかったでしょうから」


 セネカ二世を擁護するわけではない。これは、ユウトの本音だった。

 熾天騎剣ほどの剣でなければ堂々とプロポーズできなかっただろうし、不殺剣魔を退けられたかも分からない。


 その意味では、今度はこちらが恩を返す側だ。


「ありがとうございます」


 見る者の心を溶かし、相好も崩させる絶世の笑顔を向けて、謝意を表明する神王。

 ユウトは平然とそれを受け止めた――が、ヨナからアキレス腱を蹴られていることから、完全にポーカーフェイスとはいかなかったのかも知れない。


「セネカからの依頼は、端的に言えば護衛となります」


 アルビノの少女の首根っこを掴むエグザイル――アルシアにやらせるわけにはいかないと先に動いたらしい――など存在しないかのように、神王はゆっくりと告げた。


「ルテティア、いえ、このフェルミナ大神殿の地下に、『真祭宮』がございます。代々の神王とフェルミナ大神殿の総大司教のほかはわずかな側近しか存在を知らぬ聖地のようなものですが……。そこへ、このセネカを送り届けていただきたいのです。できれば、明日にでも」

「……それは、構いませんが」


 流れでヴァルトルーデから代わって対応するユウトの歯切れは悪い。

 それも、当然だ。


 明日にも出発という急な話だが、それは構わない。冒険者時代も、そのあとも、急な事態には慣れている。


 問題は、目的地だ。

 地下にあるという『真祭宮』。そこで儀式でもして実りを蘇らせるのか、あるいはよりはっきりした神託を得ようというのか。

 詳細は分からないし、今の段階で明かすこともないのだろうが、問題を解決するための行動であることに疑いの余地はない。


 だからといって、秘中の秘とでも言うべき場所へ、他の神を奉じるどころか、まともな信仰を持たない人間まで招こうというのか。向こうが良くとも、こちらは気後れしてしまう。


「お気遣いなきよう。お願いしているのはこちらです。それに、『真祭宮』へ足を踏み入れる条件は、女性もしくは既婚の男性であることのみ。偉大なる御方は、些事など気にされません。ただ、人が神格化し、勝手に距離を取っているだけなのですから」

「それは確かに……」


 ファルヴに降臨した分神体(アヴァター)の行動を思い出し、海よりも深く納得する。

 それは、ユウトだけでなく――ヴァルトルーデやアルシアでさえも――同じだった。


「いかがでしょうか?」

「承知した。神王を守り奉る栄誉に浴させていただく」


 護衛内容の詳細はあえて聞かず、ヘレノニアの聖女が太陽神の巫女を守護することを誓う。

 そして、ヴァルトルーデ(リーダー)が決めた以上、異論が出ることもない。


 やはり不安だったのだろう。

 承諾の言葉を聞いた神王が、春に咲く花のように可憐な微笑を浮かべる。


 地上における美の競演ともいえる会談は、こうして終了した。

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[一言] 騎士が剣を預けるようなシーンで、魔術師なら魔術書を預ける? 無茶苦茶嫌がりそう… まあそもそも魔術師とかはそういうところ嫌いそうだけど。 今回の謁見のような場面での、呼びかけや名乗りには爵…
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