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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第五章 決意編

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4.二人の時(後)

「飲み過ぎた……」


 酒場を出たユウトは、ダウン寸前だった。悪酔いした理由は分かるが、肩を貸しているヴァルトルーデとは雲泥の差。

 今は、鼻先をくすぐるヴァルトルーデの髪の香りを感じる余裕もない。


「認めたくないものだな。自らの若さ故の過ちというものを」

「あれくらいで、だらしない」

「いや、ヴァル子が異常なだけだからな?」

「ほう、私の《手当て》は必要なさそうだな」

「俺が酒に弱いだけでした。よろしくお願いします」


 やれやれと言いたげに苦笑を浮かべたヴァルトルーデが、そっとユウトの胸を手で触れる。

 淡く優しい《手当て》の光。

 聖堂騎士(パラディン)が神から賜った治癒の力が体に浸透し、すうっと気分の悪さが消えていく。


「すげぇな。助かった」

「まあ、本来はこういう使い方をするものではないのだが……」

「俺のために悪いな」


 ユウトが大きく伸びをして復調をアピールする。


「いや、ユウトのためといえばそうなのだが、そうではなく……ところで、私たちはどこへ向かっているのだ?」

「ちょっと、南西の居住地区へね」


 照れ隠し気味のヴァルトルーデにも臆することなく、ユウトは再びヴァルトルーデの手を取って進んでいった。


「ふうむ。なにかの職人に用事でもあるのか?」

「鋭いな」


 この世界の工業は家内制手工業の域を出ない。故に、職人たちも商業地などではなく居住地で仕事をしているのだ。

 煤煙などが迷惑を及ぼさない範囲でではあるが。


 なお、ファルヴの区画は、商業地や住宅地は南に設置されている。これは、南側には未開発の土地が広がっているからでもある。

 北側には神殿や行政関係が集まっているのだが、こちらは発展する必要がないからだ。それ故、貴婦人川が流れる北に設置している。


 詳しい説明はせず、ヴァルトルーデを引っ張っていくユウト。

 しかし、その進路に人だかりが現れた。

 怒号や罵倒が飛び交っているところからすると、ただの人だかりでもないようだ。


「おお、喧嘩か」

「喧嘩か、ではない。止めるぞ」

「それは余計なお世話だよ」


 今にも走り出しそうなヴァルトルーデをなだめながら、人だかりへと近づいて行くユウト。人混みをかき分け最前列に出たところ、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「そこまでで、あります!」


 その芝居がかった登場は、取っ組み合いをしていた髭面の男たちが思わず動きを止めてしまうほど。


 アレイナ・ノースティン。

 ヘレノニア神殿の意向を伝えにファルヴへやってきた聖堂騎士の少女は、今やこの街の治安維持の責任者となっていた。


「ヘレノニア神の名において、騒乱の罪を取り締まるでありますよ」

「神様なんか関係あるかよ。これは、俺たちの喧嘩だ」

「へへ、そうだな。誰にも邪魔はさせねえ」

「なんだよ、この格闘マンガ空間」


 そのユウトの声が聞こえたわけではないだろうが、アレイナを無視して男が男に殴りかかっていく。


「いい加減にするであります」


 同時に、アレイナも飛び出した。

 腰に剣を吊してはいるが、それを抜く気配はない。

 そのまま二人の間に割って入ると、男が突き出した右腕を取って捻り上げた。同時に足を払い体を浮かせると、もう一人の男へと投げ飛ばす。


「さあ、大人しくするでありますよ」

「あ、あいつは悪くねえ。俺が……」

「はいはい。お話は、分神殿で聞くであります。そっちの男も連行するでありますよ。それでは、皆様お騒がせしました」


 喧嘩騒ぎを起こしていた二人に縄をつないで退場していくと同時に、拍手が鳴り響く。

 まるで、なにかのショウのようだった。


「上手い事やっているのだな。感心したぞ」

「あの二人にいったいなにがあったんだ……」

「ん?」

「いや、なんでもない」


 微妙に着眼点の違う二人だったが、アレイナへの評価が高まったのは間違いない。

 三々五々散っていく群衆に紛れて移動を始めた二人が、今の事件の感想を語り合う。


「意外……というわけではないが、思ったよりも上手くやっているのだな」

「誉めている割には寂しそうだな」

「いや、私にもあんな未来があったのかも知れないと思ってな」


 うらやましいのかと、ユウトはヴァルトルーデの端麗な横顔を見直した。デスクワークが苦手なのか、現場が好きなのか。それとも、その両方か。


「いやぁ、ヴァル子には無理だろ」

「随分じゃないか」

「手加減とか苦手だろ? あと、ある程度融通も利かせないといけないし」

「うう、まあ、そうなんだが……」

「それに、ヴァルが警邏の仕事なんかやってたら、俺はこの街にいないよ」

「そうか。そうか……」


 ユウトの意図を正確に把握した。把握してしまったヴァルトルーデが、頬を染め、噛みしめるようにその言葉を反芻する。


 言うのは良い。

 言った後が、問題だ。


「あー。それにしても、あれだよな。報告は受けていたけど、アレイナは結構柔軟にやってるみたいだな。初めて会ったときは、そんな雰囲気しなかったけど」

「そ、そうだな。それは私も予想外だった。お陰で、私の出る幕が無くなってしまったな」


 結局、ユウトは踏み込まなかった。ヴァルトルーデもそれに同調する。

 アルシアが見ていたら、遠慮なく舌打ちでもしていたに違いない。 


 二人はそのまま手もつながずにファルヴの街を移動していく。

 大通りから外れ小道に入り、徐々に人通りが少なくなっていった。

 いくつかの路地を抜け、数十分も歩いたところで、ユウトは立ち止まる。


「ここが目的地だ」

「工房か?」

「ああ。見てもらいたい物があるんだ。っと、《鏡面(リフレクティブ・)|変装》《ディスガイズ》は、もう必要ないな」


 指を鳴らして呪文の持続を切るユウト。もっとも、彼らには効果がないので、意識としてはなにも変わらない。

 辺りに軒を連ねる、住居と作業場が一体になった工房の建物。慣れた様子で中に入っていくユウトを、ヴァルトルーデが追う。


「やあ、頼んでいたものだけど」

「できてるぞ。少し、待ってろ」


 ユウトが声を掛けると、奥からのっそりとドワーフの職人が現れた。だが、すぐに引っ込み、ユウトが注文していたらしい何かを取りに戻る。


 炉には熾火が残っているだけだが、工房の中は熱がこもっており暑かった。ほこりっぽい室内には換気の必要性を感じるものの、ヴァルトルーデはなにも言わない。

 ただ、なにを見せてくれるのかと期待に目を輝かせている。


「ドワーフ、鍛冶職人、私に見せたいというからには……剣だな」

「なぜ断定する。今の格好を見ても、そんなことを言えるのかよ」


 今日のヴァルトルーデは純白のワンピースに編み上げブーツといった活動的な格好だが、剣を振るうようには見えない。


「うっ。では、鎧か?」

「よし。ヴァル子、少し黙ろうか」

「ひどくないか、それは」

「悪かったよ」

「ほら、これだ」


 小箱を持ってきたドワーフにより、二人の会話は中断させられた。中断して良かったと、どちらも思っている。


「おお、ありがとう」

「料金はいいのか?」

「先払いしてある」


 小箱を受け取ったユウトは、ヴァルトルーデを促して工房の外へ出ていってしまった。


「なんだったのだ?」


 見てほしい物があると言われていたのに、何事もなく退場してしまったのだ。ヴァルトルーデが、少し唇をとがらせて抗議するのも当然だろう。

 その様子を見たユウトが微笑を浮かべると、周囲に誰もいないことを確認してから理術呪文の巻物を取り出した。


「《飛行(フライト)》」

 自らとヴァルトルーデに飛行能力を与える呪文をかけると、ユウトは先に浮上しヴァルトルーデを呼ぶ。


「ヴァル」

「ああ。いや、ちょっと待て」

「ごめん、気づかなかった」


 慌ててついていこうとしたヴァルトルーデが、スカートの裾を押さえてためらった。これは、完全にユウトが悪い。

 地上に戻ったユウトが、ヴァルトルーデの膝の裏に手を差し入れて横抱きに抱える。いわゆる、お姫様だっこと呼ばれる体勢。いつかのお返しだ。


「うわっ。ユウト……」

「すまん。暴れないでくれ」


 落としたところで《飛行》の呪文がかかっているので大事には至らないが、それでは格好が付かない。

 大切な宝物でも抱えるかのようにユウトはヴァルトルーデの体を抱いて、そのまま空高く飛び上がっていった。


 背の低いファルヴの建物を越え、ファルヴの城塞も遠く小さくなった所で、ユウトは停止する。

 眼下には、放射線状に広がるファルヴの街が広がっていた。


「これが、今のファルヴか……」

「ああ、俺たちが作り上げた街だよ」


 ファルヴの人口は千を超えた程度。このブルーワーズでも、小中規模な街でしかない。

 しかし、他の街よりも快適で、もっともっと発展する下地は既にできているという自負はある。世界中に、自慢をしたいぐらいだ。


「城塞ができた直後のことを思い出していた」

「俺もだよ」


 想いは同じだが、ユウトはファルヴの街だけを見てはいない。

 胸に抱くヴァルトルーデの横顔と一緒に、皆で作り上げたファルヴの街を見ていた。それが、ユウトにとって、もっとも正しい認識だから。


 ヴァルトルーデが見逃したことを後悔するような優しい微笑を浮かべると、ユウトは彼女を抱く腕を解いて空中に立たせた。

 吐息がかかりそうな距離。

 懐から、先ほど工房で受け取った小箱を取り出す。緊張で手が震え、取り落としそうになったが意志の力を総動員してなんとかやり遂げた。


「見てほしいと言ったのは、これだ」


 ユウトはヴァルトルーデに相対して木箱の蓋を開いた。

 中に入っていたのは、ネックレスだ。


 チェーンも天使を象られた本体も、水晶のように透明な材質で作られていた。

 繊細で、息を飲むほど神々しい造形。反射して煌めく光が、美しさをより際立たせている。


「これは、玻璃鉄(クリスタル・アイアン)か?」

「ああ」


 金銀では作り得ぬ精緻なフォルムは、美しさと強さを兼ね備えた玻璃鉄だからこそ可能とする。その分、作成の難易度は跳ね上がるが、そこは職人に努力と苦労をしてもらった。


「ヴァルトルーデ」


 ユウトが静かに彼女の名を呼び、後ろに回る。

 金糸の様に輝く髪をそっとかき上げると、両手を回してネックレスをかけた。


「うん。よく似合ってる」


 その場でくるっとヴァルトルーデを回したユウトが、満足そうに頷いた。実際、透明に輝く玻璃鉄の輝きは、彼女の美しい金髪や白い肌によく映える。

 二人にとって、これ以上に相応しい物は無いだろう。


「でも、ヴァル子はなんでも似合うからなぁ」

「これは……」


 夢見心地で、掛けてもらった玻璃鉄のネックレスを手にするヴァルトルーデ。彼女が、なにかに気付いたように声を上げた。


「ただのネックレスではないな。魔力を感じる」

「あっさり見抜かれたな。神術魔法の効果が上昇する魔化をしてあるよ」

「それで、忙しそうにしていたのか」

「まあ、それなら邪魔にならないだろう」


 それに、いつも身につけてもらえるから。

 それは言葉にせず、ユウトは正面からヴァルトルーデを見つめた。


「ヴァル子、いや、ヴァルトルーデ」

「ユウト……」


 普段のユウトとは違う。より真剣で真摯な声と瞳に、ヴァルトルーデの意識が自然とユウトへ吸い込まれる。

 同時に、期待。具体的になにを期待しているのか分からないが、言葉の続きをじっと待つ。


「みんなには、言った。けど、改めてヴァルトルーデだけに言いたいことがある」

「あ、ああ……」


 緊張。

 期待。

 不安。

 歓喜。


 いくつもの感情がない交ぜになり、ヴァルトルーデはただ真っ直ぐにユウトを見つめることしかできなかった。


 黒髪黒瞳の大魔術師。


 アルシアは幼なじみで親友だし、エグザイルもラーシアも種族は違えど頼りになる仲間だ。そして、ヨナはかわいい妹のようなもの。

 それぞれ大事だし、大好きだ。


 しかし、いつからだろう。

 ユウトに対して抱く感情が、他の誰とも違うものだと気づいたのは……。


 特別。

 その言葉をかみしめる。


「俺は――」


 ユウトがゆっくりと口を開く。

 しかし、どんな想いを告げられようとしていたのか。それを彼女が受け止める未来は、訪れなかった。


「ユウト! ヴァル!」

「ヨナ?」

「どうしてここに?」


 《テレポーテーション》のパワーを使用したのだろう。アルビノの少女が突然中空に現れ、この世界にも存在する万有引力の法則によってユウトの胸の中に飛び込んだ。


「まさか、あの鏡で覗いてたんじゃ……」


 ヨナを抱きかかえながら、ユウトが最悪の想像を口にする。


「その通りだけど、違うよ」

「どういうことだ。要領を得ないぞ」

「アルシアが、緊急事態だから戻ってこいって」

「なにがあった?」

「後にしよう、ヴァル。ヨナ、城塞でいいな?」


 アルシアがなにか介入するにしても、邪魔をすることはない。ならば、本当に緊急事態。それも、ユウトやヴァルトルーデの力が必要なのだろう。


「うん。こっちで運ぶよ」


 素早く同意を取ったヨナが、二人の手に触れ《テレポーテーション》の超能力を発動させる。

 城塞の会議室に戻ったユウトたちを迎えたのは、深刻な表情を浮かべて押し黙る仲間たちの姿だった。

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