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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 11 遙かな探索行 第二章 クロニカ神王国

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7.レグラクス(後)

 クロニカ神王国が誇るレグラクスは巨大な都市である。


 全体を覆う城壁は、巨人族(ジャイアント)が積み上げたかのように高く――実際、そういった伝説も存在している――20メートル近くもあった。美と芸術の女神には全く評価されないだろうが、石を積んだだけの無骨な壁も、これだけの規模になると存在しているだけで感嘆させられる。


 その城壁の向こうには、尖塔が見えた。

 この街のシンボルのひとつ。大競技大会においては、生身でその頂へと挑戦するという双央の塔だ。


 そして、縦にだけでなく横にも大きい。

 市街を囲む城壁は十数キロメートルにわたり、やはり大競技大会においては、この周囲を何周できるか競い合うのだという。


 レグラクスの常識は、他の街での非常識。


 ゆえに――


「……あの石も、遠近法ででっかく見えているだけに違いない」

「ユウトくん、現実を見て」

「嫌ですよ。現実が、俺に良くしてくれたことなんて一度もないですから」


 月曜日を前にしたサラリーマンのような台詞を吐いて、ユウトは目前の光景から目を背けた。

 すると、もうひとつの現実が飛び込んでくる。


「さあ、もうすぐ締め切りだよ。現在の一番人気は、さすが総大司教。レグナム様だ! それに続くは、意外にもイスタス侯爵。同じ聖職者だからかな? いや、でもエグザイルも凄いよ。なにせ、あのタラスクスを一対一で倒した猛者だからね。そして、ヨナも世界随一の超能力者(サイオン)だ」


 嬉々として賭けの胴元を務める仲間という現実が。

 賭けなど不謹慎という潔癖さとは無縁なのか、レグナム総大司教の配下や騒ぎを聞きつけたレグラクスの住人だけでなく、ロートニアから一緒に来た護衛たちも参加していた。


「ちなみに、ユウトくんが誰に賭けたのか、私も知りたいところですが」

「もちろん――」

「ヴァルトルーデではなさそうですね」

「――まあ、結果が出てのお楽しみということで」


 寄り添って語り合う二人の姿は、端から見ればまるで恋人のよう。

 それを自覚してしまったユウトは、少しだけ頬を赤く染め、改めて現実に向き直った。


 巨大な石がある。


 自然のままではなく、綺麗にカットされた立方体。巨大な六面体のサイコロと表現したほうが分かりやすいかも知れない。

 だが、ユウトがそれを見て、真っ先に思い出したのはエジプトのピラミッドだった。小学生のときに学習まんがで見た、奴隷が運んでいた巨大な石とそっくりなのだ。


(まあ、奴隷じゃなくて専門の労働者がいたらしいけど)


 そんな益体もない思考に逃げたのには、きちんとした理由がある。


 どこからか運ばれてきた巨大な石が四つ。一直線に並べられ、その前にスタートラインに立つ陸上選手のような、四つの人影がたたずんでいた。


 ユウトの位置から見て、奥からレグナム総大司教、エグザイル、ヴァルトルーデ。そして、ヨナ。

 見るからに数百キログラム――もしかしたら、それ以上――あるそれを、50メートルほど先のゴールまで先に運び入れた者が勝つ。


 勝者には栄誉を。

 敗者には健闘をたたえる拍手を。


 つまり、具体的になにかを得られるわけでも失うわけでもない競技。


 ユウトからすれば、参加する理由などどこにもないのだが……。同時に、ヴァルトルーデたちにしてみれば、参加しない理由もまた、存在しないのだった。


(まあ、勝てば一目置かれる存在になる……と考えれば、悪いことでもないのか)


 勢いに押された面はあるが、ユウトも、自分の仲間が負けるとは考えもしていない。


 そんな彼へ、傍らのアルシアが声をかける。


「この競技、ユウトくんが出たらどうします?」

「……勝てるかどうかは別にして、やりようはいくつかありますよ」

「《瞬間移動(テレポート)》で石をゴールに運ぶ?」

「いや、それはでかすぎて無理かな。《竜身変化(ドラゴン・チェンジ)》の呪文でドラゴンになって運ぶってのは、すぐ思いつきましたけど」

「まあ……」


 そんなユウトの返答に、アルシアは二の句を継げなかった。

 ドラゴンと人間の膂力など、比べるべくもない。

 もっとも、その人間がヴァルトルーデやエグザイルであれば、互角といったところだろうが。


「そこまでするなら、対戦相手を直接攻撃するほうが早いかも知れないですけどね」


 そう冗談を口にして笑う……ことはできなかった。

 他人の妨害は禁止というルールはなかったはず。当然だ。普通は、そんなことはしない。


「ヨナ……」

「だ、大丈夫よ。さすがに、そこまでは……」

「そう。そこまでは……」

「やらないと、良いわね」


 普通でないアルビノの少女の存在に思い至った瞬間、レースの開始を告げる合図が鳴り響いた。





「《アストラル・ストラクチャ》」


 先手を取ったのは、ユウトとアルシアが懸念を抱いていたヨナ。


 かつて、ケラの森に棲み着いた悪の魔術師(ウィザード)をくびり殺した怪物。半透明のそれを二体生み出すと、観客たちが見守るなか、それを巨石の向こう側へと飛ばす。

 水墨画で描かれたような歪で虚ろな怪物が、バランスが悪く感じられるほど長い腕を使って、ゴールの反対側へと押しやっていった。


「ほう!」

「むうっ」


 標的になったのは、レグナム総大司教とエグザイル。

 直接的な攻撃でこそないが、邪魔をされていることには変わらない。それなのに、二人とも嬉しそうに楽しそうに歯をむき出しにして笑う。


 その反応を見たからか、周囲の観客たちもヒートアップ。怒号のような声援が飛び交った。

 卑怯というわけではなく、正当な妨害だと認められたらしい。


 基準は分からないが、ユウトはいくつかの意味でほっとする。


「おお! 力の神、勇猛なるレグラよ。僕たる我に導きを――《我神合一(ディヴァイン)》!」

「ぬぅ。るあぁぁっっ!」


 レグナム総大司教が祈りを捧げ、神術呪文が完成した。全身を金色の光が包み、神の力を降ろした筋肉の塊が巨石を押し返していく。

 ただでさえも立派だった体格がさらに膨らみ、優にユウトの二倍、いや三倍以上の太さとなる。巨石を押す腕一本で、ヨナ一人分はありそうだ。


 一方、エグザイルにそのような力はない。


 呼吸を止めて、全身の筋肉を動員し、大地を踏みしめ、一心不乱に押す。


 それしかない。それだけしかできない。


「おー。さすが、おっさん」

「神術呪文を使用したレグナム総大司教にも負けてないわね」


 だが、それで充分だった。

 ヨナが生み出したアストラル・ストラクチャを向こうに回し、巨石を徐々に、けれど確実にゴールへと近づいていく。エグザイルの肉体が、まるで一回り大きくなっているように見えた。


「やるな。私も負けていられん」


 そのエグザイルとヨナの間のコースに陣取るヴァルトルーデが、さわやかな笑顔を浮かべて熾天騎剣(ホワイト・ナイト)の柄に手をやる。


 なぜ、この力勝負に武器が必要なのか。


選定(セレクト)


 その疑問を置き去りにし、聖堂騎士(パラディン)が体ごと巨石へぶつかっていった。


「聖撃連舞――陸式」


 裂帛の気合いから放たれる六連の剣閃。

 鎧や外皮といった装甲を無視する《光輝なる刃レイディアント・エッジ》をまとった熾天騎剣により、巨石が綺麗に十五等分される。


「困難は分割せよ――だな」 


 玻璃鉄(クリスタル・アイアン)の鞘に愛刀を収めたヴァルトルーデは、予備武器であるアダマンティンの長剣(ロングソード)を取り出すと、分断した巨石のひとつに突き刺しゴールへと運び出した。


 岩に突き刺さった聖剣を台座ごと動かしているような光景だが、彼女は真剣そのもの。


 筋力だけでいえば一歩劣るヴァルトルーデ。

 しかし、ひとつ運ぶだけであればなんら問題ない。むしろ、彼女の敏捷性が重要な要因となる。


 その意図が観客にも伝わり、さらに大きな歓声に包まれた。


「……これも許されるようですね」

「むしろ、大盛り上がりだ」


 そろそろ慣れてきたこともあり、あれが反則と糾弾されるとは思っていなかった。けれど、さすがにブーイングひとつなく喝采があがるのはどうなのか。


「そもそも、誰がジャッジなのかはっきりしてませんね」

「それに、これで失格なんてなったら、ヴァルに賭けた人が暴動を起こしかねない気もするわ」


 良識派――と、少なくとも本人は信じる――二人が頭を抱えるなか。そして、ヴァルトルーデが着々と石の欠片をゴールへ運び、レグナム総大司教とエグザイルが黙々と巨石を押し続ける状況で。


 ついに、アルビノの少女が動いた。


「《サイコキネシス》――エンハンサー!」


 唐突な精神力の爆発。

 それを感じられたのは発動したヨナ本人だけだったが、その結果は誰の目にも明白だった。


 雷神が鎚を振り下ろしたかのような轟音とともに、小柄な――というよりは子供――少女の前の巨石が飛んだ。まるで、見えざる巨人が指で弾いたかのよう。


「おおおおっーーー!!」


 今までで一番の歓声が上がった。

 ついに手すら使わなくなってしまったが、なんの問題もない。


 少なくとも、人が持つ技の発露ではあることに違いはないのだから。


「けれど、距離が足りていないようですが」

「これで終わりなら……ね」


 意味ありげな微笑を浮かべて答えるユウト。


 もちろん、これで終わりではない。


 なぜ、最初にアストラル・ストラクチャを呼び出したのか。

 それは、時間稼ぎのため。


 なぜ、時間稼ぎをしたのか。

 それは、超能力(サイオニック・パワー)の源たる精神力を限界まで絞り出すため。


「《サイコキネシス》――エンハンサー!」


 二度目の念動力で、コースの半分程度まで巨石が進む。

 先行するエグザイルたちに追いついたが、まだ勝ったわけではない。


 それは、ヨナ本人がよく分かっていた。


「《サイコキネシス》――エンハンサー!」


 赤い瞳がさらに妖しく輝き、アルビノの少女がさらに超能力を発動する。


 ゴールに到達するまで。


 そして、勝つまで。


「勝負あり!」


 その声を誰が上げたのか分からなかったが、結果は一目瞭然だった。

 爆発的で、物理的とすら言える歓声がレグラクスの街にまで響きわたる。


「やった……!」


 限界まで精神力を振り絞ったヨナが、鼻血を流しながら地面へと倒れる――寸前、隣のコースだったヴァルトルーデが優しく受け止めた。


「まったく、無茶をする」

「ユウトにお小遣いあげるためだから」

「いや、ヨナに賭けたとは限らんだろう」

「限るし。それより、ヴァル。アルシアに比べて、胸の柔らかさが足りない……」

「じ、地面よりは、ましだろう。それに、その、最近、ちょっとはだな――」

「白い少女よ! 見事なり!!」


 ヨナの告白は距離が離れていて届かず、聖堂騎士の恥ずかしい告白は、レグナム総大司教の称賛の声でかき消された。ユウトは、心から幸運に感謝すべきだろう。


「超能力でなんとかするとは思ってたが、まさか、あそこまで連発できるとは思っていなかったぞ」

「がんばった」


 賭け札が宙を舞うなか、岩巨人もアルビノの少女を祝福する。


「こうなると、予想していたのですね」

「思ってた展開とは、ちょっと違っていたけどね」


 札を処分しないことから、誰に賭けたのか確信するアルシア。ユウトも、それを否定しない。

 勝者を祝福するため、ゆっくりと移動する二人――だが、その歩みは途中で止まる。


「おお! ちょうど良い台座があるな! 次は、アームレスリングで一勝負といこうではないか!!」

「良いだろう。不完全燃焼だったところだ」


 ヴァルトルーデが裁断した巨石をいくつか重ねると、確かに腕相撲ができそうな高さになる。しかし、終わったばかりなのに、それはどうなのか――


「私も、望むところだ」

「アストラル・ストラクチャに参加させる」

「さあ! 次の賭けが、はーじーまーるーよー」


 ――などと思う人間はいなかった。

 少なくとも、当事者には。


「……アルシア姐さん。俺、先にレグラクスへ入っていいか、許可取ってくるわ」

「お願い。私は、ヨナを引っ張ってくるから」


 常識人である二人――異論はあるかも知れないが、相対的に見れば正しい――は、それぞれの目的のため、足早に移動を開始した。

 予定通り明日この街を出られるのか、一抹の不安を感じながら。

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