3.旅立ち
急な体調不良で、かなり短めです。
申し訳ありません。
イスタス侯爵家のクロニカ神王国への訪問。
それ自体は決定事項であったが、同行する人選の過程で多少の紛糾があった。
直接招待を受けたユウト、ヴァルトルーデ、アルシアは当然。このうち誰か一人を欠いても意味はない。
さらに、この三人が行くとなれば、アルビノの少女も絶対についてくる。ユウトとしては様々な理由からファルヴに残ってほしかったのだが、「仲間外れ、ずるい」などと言われては認めざるを得ない。
この決定に、愛妻と婚約者たちはなにも言わなかった。
代わりに、じとっとした湿度の高い視線を送ってきたが、問題はない。耳をふさぐより、視線を逸らすほうが簡単なのだから。
そして、自由と旅と冒険を愛する草原の種族も当然、参加を表明する。
「たまに、一人になりたいときもあるんだよね……」
と、しみじみ言われては拒絶もできなかった。ユウトとしては、親友の未来に幸多からんことを祈るしかない。
最後のエグザイルは、「フォリオ=ファリナでヴェルガが暴れたときのような仲間外れにされてはかなわんからな」というヨナとラーシアとは比較にならない真っ当な理由で参加が決定した。
ここまでは、多少の紆余曲折はあったが想定の範囲内。
問題が発生したのは、この先。
端的に言えば、ユウトが想定していなかった立候補者が現れたのだ。
まず、ペトラ・チェルノフが当たり前のように同行を希望する。そして、メイドとしてというもっともな理由を挙げて、カグラも。
しかしながら、どちらも同行は認められなかった。
危険が予想されたから――というわけではない。
多分に、実務的な要請からのことだった。
ペトラの本業は、ヴァイナマリネン魔術学院付属初等教育院の教師であり、最近は、ムルグーシュ聖堂から救出した子供たちを担当している。
生活の世話はトラス=シンク神殿が中心になって行なっており、彼らもだいぶ落ち着いてはいたが、彼女が抜けるのは難しかった。
カグラの場合、本業はメイドである。
ゆえに、仕えるユウトやヴァルトルーデに同行するのは当然といえた。
だが、問題は、領主代理としてファルヴに一人残るアカネだ。ダァル=ルカッシュがいるとはいえ、留守番役を務める彼女を放っておくわけにはいかず、カグラも同行は見送られた。
こうして、いつものメンバーで落ち着くことになった。
今回は、驚くべきことに、《瞬間移動》で目的地へ一気に移動という旅ではない。以前、使者としてヴェルガ帝国の帝都を訪問したときと同じように、馬車で神都ルテティアを目指すことになっている。
その道すがら、件の租借地で街作りの相談をし、レグラクスなどにも立ち寄る予定となっていた。
「いやー。旅なんて久しぶりな気がするね!」
「アーケロンを連れてきたり、バーグラーの所へ行ったりしたろ」
「それは、なんか仕事じゃん」
「今回も仕事なんだが。あと、エリザーベトさんが来たとき、温泉にも――」
「それ以上はいけない。いいね?」
真顔でラーシアに迫られ、ユウトは沈黙せざるを得なかった。
わざわざ見送りをしてもらおうというのに、どうしようもない話をしている場合ではない。
「というわけで、よろしくお願いします」
旅立ちの日の朝。
城塞の正門に、わざわざ集まってくれた見送りの人々へユウトは軽く頭を下げる。
「とんでもございません。道中の無事をお祈りいたします」
代表して答えたのは、背筋をぴしりと伸ばしたクロード・レイカー。ユウトにとっては祖父とも言える年齢だが、それを感じさせない若々しさ。
「ありがとうございます。不在の間、迷惑をかけると思いますが、ちょこちょこ様子見には来ますから」
「ああ。いつもながら押しつけるような形になって申し訳ないが、しばらくの間頼む」
「非才の身ですが、粉骨砕身、全力で当たらせていただきます」
領主夫妻の厚い信頼。
クロードとしては水くさいと思ってしまうのだが、ユウトとヴァルトルーデは心の底から言っている。
このクロード老人が風邪を引いたら、イスタス侯爵領は寝込んでしまうのだから。
「朱音も、クロードさんの言うことをよく聞いてな」
「おかしいわね。領主代理って、私のはずじゃ?」
「どこの家にも、陰の実力者ってのがいるもんだろ?」
「納得したわ」
まだ半分夢の世界にいるヨナを抱き抱えるアルシアに視線を送りながら、アカネはそれもそうねとうなずいた。
家庭内の実権を譲るつもりがあるとは、ユウトも物わかりが良くてなによりだ。
だが、そのアカネが不意に悄然とした笑顔を浮かべる。
「そうよね……。頼まれてた劇の脚本もあるし、ヴェルミリオの新作もデザインしなきゃだし、王都からはなんか相談の手紙はいろいろ来ているし、領主代理の仕事なんて任せちゃえば良いのよね」
「ダァル=ルカッシュの主よ、倒れないように管理するから安心してほしい」
薄く笑うアカネをかばうように突然出てきた次元竜。クロードと並ぶイスタス侯爵家の両輪に任せれば問題ない。
そう思いたかったが、ユウトには気になる点があった。
「そこは、無理をしないようにと言ってほしかった」
「できないことは言えない」
裏表のないダァル=ルカッシュの物言いには苦笑するしかない。しかし、断言する以上、アカネが体調を損なうことは絶対にないだろう。
「まあ、ダァル=ルカッシュも頼む」
「承知した――」
感情のこもらぬガラスのような瞳に、妙に似合うフォックスフレームの眼鏡。
いつも通りだが、ユウトに「頼む」と言われて、心なしかやる気に満ちているようにも見えた。
「さて、出発しようか」
名残惜しいが、いつまでもこうしていても仕方がない。
エグザイルが妻子と別れを済ませたのを確認すると、ユウトは《灰かぶりの馬車》の呪文を発動して、仲間たちを促した。
続けてヴァルトルーデが召喚した軍馬により、文字通り飛んで進む馬車。空は、出発を祝福するように快晴。
しかし、予定よりも長い旅行になるとは、このときまだ予想はしていなかった。




