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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 11 遙かな探索行 第一章 反撃の烽火

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10.報復と襲撃:ムルグーシュ聖堂(中)

「ふむ。見張りはいなかったな」

「まあ、秘密の神殿に見張りを置いたら、なにかあるって宣伝してるようなもんだし」


 最後尾を歩くヴァルトルーデから発せられた問いに、その前をアルシアと隣り合って歩くユウトが肩をすくめながら答えた。


 この洞窟の外。歩いてここに至るルートには、見張りがいたのかも知れない。

 だが、さすがに、空から善の神の手先が降ってくるとは考えなかったのだろう。一行は洞窟内に侵入を果たし、地下へとその足を向けていた。


 自然の洞窟を加工した薄暗い道。

 外界は早朝だが昼夜関係なく、壁に掛けた松明で照らされている。


 内部の通路は、人が二人並んで歩くのがやっとといったところ。その二人がエグザイルとバトラスだった場合は、相当な困難が予想される。

 そのため――ではないが、先頭は機甲人(ウォーマキナ)が一人で務め、その後ろには天上種の獅子が二体ずつ並び、ユウトとアルシア。それに、ヴァルトルーデが続く。


「単眼の王(オクルス・レックス)でも出てこられても困るが、拍子抜けだ」

「準備はしてあるけどな」


 そう返事をしつつ、ユウトはヨナへと視線を送る。彼女は、ライオンの上に無表情で座っていた。

 だが、上機嫌なことは顔を見ないでも分かった。


 その天上種の獅子たちが足を止め、鼻をひくつかせる。


「お、ついに敵が出ましたな」


 階段を下りはじめたところで、前衛のバトラスが通路の先を見据え剣と盾を構えた。

 ヴァルトルーデと同じスタイルだが、この機甲人の場合は、より防御に重点を置いている。


 曲がりくねった階段を、黒ずくめのローブに、二対の閉じられた瞳の聖印を下げた二人の男が駆け上がってきた。元より鎧は身につけないスタイルなのか。それとも、突然の襲撃に準備をする時間がなかったのか。


 どちらにしろ、男たちはやる気(・ ・ ・)だった。


「我らが神。静かなる“空絶”よ、不埒な侵入者に断罪する力を与えん――《我神合一(ディヴァイン)》」


 機甲人やライオンを目の当たりにしても、精神的な動揺はない。

 口々に神術呪文を唱え、手にした短剣(ショートソード)を腰だめに突進してくる。モンスターではなく、対人戦闘の訓練を積んでいるのだろう。小振りな武器だが、破壊力など必要はない。信仰を力に武器を体へ突き入れれば人は死ぬのだ。


 そう、人ならば。


「むんっ」


 最初に向かってきたムルグーシュ信者――最低でも司教(ビショップ)級――の短剣を盾で弾くと、幅広の刀剣《ブロードソード》で反撃。肩を押さえて後ずさる仲間の陰から飛び出たもう一人の男が、短剣を振るう。

 二度三度と放たれる連撃。


 それはしかし、すべて機甲人の分厚い装甲によって阻まれ、表面に傷を付けることしかできない。


「痛いではないですか」


 猫に引っかかれた程度の痛痒しか感じなかったが、抗議の声を上げる。

 バトラスは一歩階段を下りると、一掃するかのように通路いっぱいに刀を横に薙いで敵を釘付けにした。


「そこをどけっ」

「それは聞けない相談ですな」


 飄々とした口調で刀剣を突き出す格好で構えを取り、決して後ろへは通さない。それどころか、ムルグーシュ信者たちが動こうとするだけで、牽制の刀剣により負傷する。

 深い傷ではないが、だからといって放置もできない。


 防御に重点を置いていると評したとおり、一撃で敵を倒すほどの力量はなかった。しかし、護衛騎士にそれは不要なのだ。刺客の行動を阻み、女王を守れればそれで良い。


 その意味では、ヴァルトルーデ以上と言える。


 そもそも、今回の反撃作戦において、戦力を集中させなかったのはバーグラーとムルグーシュ信者たちの連携を疑っていた――からではない。

 単純に、時間をかけたくなかったというのがひとつ。


 もうひとつは、エリザーベト女王から借り受けたバトラスの意外な強さにあった。


「やっちゃえ」


 ヨナの号令を受けて、天上種の獅子が機甲人の横をすり抜ける。そして、巨躯をいっぱいに伸ばしてムルグーシュ信者の喉元へと食らいつく。


「くっ、聖獣ごときがっ!」


 倒れながらの不安定な体勢だが、腕一本犠牲にして致命傷を避けると、短剣を足の付け根を狙って突き刺した。刃は通ったが、しかし、悪の相を持つ者からの攻撃を防ぐ霊気(オーラ)と分厚い毛皮に阻まれかすり傷で終わる。

 それでも、《我神合一》により強化された身体能力をもってすれば、逆転の可能性は残されている。


「ガルルルゥウウウッッ」


 その未来を叩き潰す、もう一体の獅子。

 横合いから無理やり入り込み頭を踏みつぶすと、仰け反った喉笛に噛みつき、咬みちぎった。


「クッヒユウ……」


 呼気だけの叫び。まだ生きていると、戦えると体が動く。降伏も交渉もするつもりはない。

 それは確かに脅威ではあったが……。


「グルルァアッ」


 さすがに獣人のような再生能力はなく、最後には腕を咬み千切られ万策尽きる。

 もう一人のムルグーシュ信者が後を追うまで、時間はかからなかった。


「……出番がなかったな」

「この先、いくらでもあるわよ」

「まあ、温存できたんだから、文句はないけど……」


 血なまぐさい惨状を目にしても眉ひとつ動かさず、ユウトは隣のアルシアに話しかける。最近はそうでもなかったが、この程度、少し前までは日常茶飯事だった。

 当然のように、アルシアも平然としている。


 以前、狐人(ワーフォックス)の襲撃を受けたときのような放心状態にはなっていない。


 心配のしすぎかも知れないが、ほっとする。


「ヨナ、怪我をしている子を連れていらっしゃい。癒しをかけるわ」

「ああ。バトラスさんは俺が」


 機甲人には、神術呪文の治癒は効果がない。代わりに、魔導人形(ゴーレム)などを修理する《物体修復(レストア)》の理術呪文が必要となる。

 それを知ったユウトはきちんと呪文書に準備していた。


 しかし、天上種の獅子は素直に治療を受けたが、バトラスは謝絶する。


「ご心配なく。この程度はかすり傷ですな。それに、この戦いが終わったら、子供たちに紙芝居『バトラスvsエターナル・ワルイヤツ-悪の工場長の帰還-』を上演せねばなりませんので。死ぬことなどありません」

「なにそれ? そんなのやってたの?」

「実は人気」


 アルビノの少女の裏付けに、ユウトは嫌いな物でも食べさせられたような微妙な表情を浮かべる。

 現実を認めたくないが、認めざるを得ないという表情だ。


「まあ、悪役の名前からして子供向けっぽいし良いか……」


 それに、今はそれを追及している場合でもない。 

 倒した敵の持ち物を漁り、一人が持っていた鍵束だけ回収して先へ進む。


 だが、その足はすぐに止まることになる。

 階段を下りきったその先は、巨岩により道が塞がれていた。見えている範囲だけで縦横3メートルはある。厚みも、同じぐらいはあるだろう。


 侵入者を防ぐトラップ。襲いかかってきた二人は、これを起動させるための時間稼ぎという役割を担っていたようだ。


「よし。今度は、私の出番だな」


 侵入早々通行止め。しかし、誰一人として動じていない。むしろ、ヴァルトルーデは嬉しげだ。


「選定(セレクト)」


 仲間たちを後ろに下げ、玻璃鉄(クリスタル・アイアン)の鞘に納められた熾天騎剣(ホワイト・ナイト)に付与する能力を選ぶ。


 鞘から姿を現した刀身には、地・水・火・風・光・闇の源素力が宿り、黄、青、赤、紫、白、黒の六色で彩られていた。


 威力重視のシンプルな構成。


「《雷光進軍(ライトニング・マーチ)》」


 そこへさらに、ヘレノニア神の雷の加護を受け突進する。

 一条の光となった聖堂騎士(パラディン)を阻む者はなく、また、阻むことなどできない。


 轟音が洞窟内に鳴り響き、土煙が立つ。


 それが収まったときに見えた光景は、常識ではあり得ず。そして、ユウトたちが思った通りのものだった。

 即ち、行く手を阻んでいた巨岩は消し飛び、ムルグーシュ聖堂内部への道が広がっている。


 その向こうに、待ち伏せがいる――ということもなかった。

 おそらく、あれを物理的に破壊してくるなど普通は考えないからだろう。


「大丈夫そうだな。先を急ぐぞ」


 素早く隊列を組み直し、ユウトたちは本格的に敵地へと踏み込んでいった。





 盗賊(ローグ)であるラーシアが不在にもかかわらず、探索行は順調に推移した。

 無論、トラップが仕掛けられていなかった……からではない。


 毒矢、槍衾、釣り天上、落とし穴。普段から起動させていては生活に支障が出る以上、なんらかのスイッチでオン・オフが切り替えられる仕組みになっているのだろう。

 ということは、盗賊が解除することも可能なのだが、そうはしなかった。


「問題ありませんな」


 先頭を行くバトラスが、すべて発動させ、平然と食らってみせたからだ。


 機甲人に毒は効かず、槍が装甲を貫くことは能わず、落ちてきた天井は両手で支え、落とし穴からは空を飛んで復帰する。

 実に頼もしい。

 頼もしいのだが、仕掛けた相手が可哀想になる突破方法だった。


 魔法的な罠はユウトが発見したうえで解呪(ディスペル)したので、それがせめてもの慰めになるだろうか。


 また、天上種の獅子たちの鋭敏な嗅覚も大いに役立った。

 

「ゴー!」


 相変わらず背に乗るヨナの号令にあわせ、物陰に潜むムルグーシュ信者へと飛びかかる。一対一であれば互角以上に戦えたのだろうが、数の利はこちらにあった。


 そもそも、獅子は集団で狩りをする動物だ。

 多対一で襲いかかり、首を折り、喉笛に噛みついて窒息させる。肉体的な損傷にどれだけ強くとも、呼吸ができなくては活動できるはずもない。

 ユウトたちが手を出す暇もなかった。


 そして、ムルグーシュ信仰の総本山だけあって、通常の生活スペースも多かった。食堂、台所、訓練室、大人数が入れる教室に、信徒が住む私室。

 ワインの醸造所まであり、ヴァルトルーデは少しうらやましそうだった。


 だが、悪の相を持つ神を信仰する者たちが集う場だ。

 まともではない施設も、また、存在した。


 ひとつは、ゴミ捨て場と思しき場所に積み重ねられた白骨の山。


 もうひとつは、五階層ほど下った先で遭遇した地下牢だった。


「むごいことをする……ッッ」

「ヴァル、待った」


 すえたような臭気が立ちこめる空間。衛生的には最悪の状態。

 そんな狭い牢のなかに、骨が浮き出て暴行の痕跡すらある多くの子供たちが、すし詰めになっているのを発見したヴァルトルーデが矢も立てもたまらず駆けだした。


 しかし、ユウトは最後尾から出てこようとした愛妻の肩を掴んで押しとどめた。


 さすがに、ここに罠があるとは考えにくいが、この状況自体がある種のトラップとなっていることは考えられる。


「私が先に参りましょう」


 その意を汲んだバトラスが先行して身をもって地下牢の安全性を証明し、その後をユウトが追随。


「《魔力感知(センス・マジック)》」


 そして、魔力や魔法の痕跡を発見する呪文を使用し、床・天井・壁。それに、鉄格子や鍵に牢内の子供一人一人を観察して仕掛けがないことを確認した。


「大丈夫みたいだ」

「すまない。私が、短絡的すぎた」

「いや、ヴァルのほうが人間としては正しいと思うよ」

「そういう言い方は止めろ」

「そうですよ、ユウトくん」

「……はい」


 露悪的な言い方を配偶者と婚約者に責められ、素直に反省する。罪のない子供たちを前に、ユウトも少し平静さを欠いていたのかも知れない。


 なぜなら、潰されたのか先天的なものかは分からないが――数十人はいる彼らの瞳は、すべて光を失っていたから。


「もう大丈夫だ。私たちが守るぞ」


 拾った鍵束を試そうとしたユウトよりも早く、熾天騎剣で鉄格子を切り裂いた。


「……?」


 しかし、戸惑っているのか、それとも言葉をも発することができないのか、子供たちからの反応はない。喜びも、闖入者への不審も、なにもなかった。


「ヴァル」


 その彼女の肩に触れ、代わってアルシアが牢のなかに入っていく。


「言葉は分かるわね? さっきのお姉ちゃんが言ったとおり、もう、みんなをいじめる人はいないわよ。それに――」


 一度言葉を区切り、彼女は真紅の眼帯に手をやった。

 そのまま指を後ろに這わせ、しゅるりと視覚を補助する魔法具(マジック・アイテム)を取り外す。 


「アルシア姐さん……」


 顔は見えない。

 そのほうが良いのだろう。

 だが、どんな気持ちでそれをしているのかと思うと、そうさせてしまった自分に無力さを憶える。


「触ってみて? 私も、あなたたちと同じなのよ」


 一人一人の手を取って、堅く閉じられたまぶたに触れさせていく。

 もしかすると、彼女の優しい声音が心を開かせる要因になったのかも知れないが、徐々に理解が広まり――そして、地下牢は子供たちの泣き声でいっぱいになった。


「しゃべっても、怒らない? たたいたりしない?」

「もう、誰も連れていかれない?」

「いきなり、いなくなったりしない?」

「おなか空いた……」


 堰を切ったようにしゃべり出す子供たち。

 収拾がつかないと、人見知りなヨナは入り口まで撤退した。実際、見張りは必要だろうと大人たちはそれを黙認する。


「もう大丈夫ですぞ。心配いりませぬ」


 代わりに前に出たのはバトラス。猫好きと同時に子供好きでもあるらしい機甲人が金属製の胸を叩き、すべて肯定した。

 その間に、ユウトは無限貯蔵のバッグに入れていた保存食をヴァルトルーデと一緒に配っていくが、とても足りそうにない。


「どうしてここにいたか、分かるかしら?」

「僕は、気づいたらここにいた」

「私は売られたのだと思い……ます。お父さんとお母さんが話しているのを聞いたから」

「よくわかんない……」


 真紅の眼帯を結びなおしたアルシアが、状況を確認するため子供たちに事情を聞いていく。

 様々な手段で集められたらしいが、どうやら、先天的に盲目であるらしかった。全員がそうとなると、偶然ではありえない。


 ムルグーシュへの捧げ物にするつもりだったのだろう。

 これだけで、侵入した意味があったというものだ。


「しかし、放ってはおけませぬな」

「バトラスさん、悪いですが――」

「承知いたしました。この子供たちは責任を持って預かりましょう」


 バトラスは天上種の獅子を二体連れ、落ち着いてから、盲目の子供たちとともにツバサ号へと帰還することとなった。


 一方、ユウトたちはさらに下層を目指す。

 人数は減ったが、戦力は変わらない。いや、特にヴァルトルーデの士気は高まり今まで以上のペースで地下へ地下へと進んでいった。


 そうして、一時間ほど言葉少なに進軍を続け、ついにムルグーシュ聖堂の中枢へとたどり着いた。

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