3.二人の時(中)
ファルヴに城壁は無い。
代わりに、ヴァルトルーデとアルシアが儀式を行なって周囲に展開した悪相排斥の防壁によって悪の相を持つクリーチャーは排斥され、街の治安は守られている。
とはいえ、門衛がいないわけではない。東西南北の入り口――壁がないので、街から街道への接続口に設置されている――で、形式的なチェックをする程度ではあるが。
入市税なども無いので、他の土地でかけられた賞金首などあからさまに怪しい人間を取り締まるか、違法な物品が持ち込まれていないかを確認する程度の仕事しかない。
しかし、揃いの革鎧と槍を装備した門衛たちは勤勉だった。
入市を待つ10人ほどの列に並んだユウトとヴァルトルーデは、その仕事ぶりを観察する。
もちろん、手をつないだまま。
高圧的な態度はとらず、申し訳なさそうに聞き取りをし、手早く荷物のチェックをしては笑顔で送り出している。ちょっとした質問にもちゃんと答えていた。
今はその必要もないが、不審者を捕らえたという報告を何度か受けているし、腕も立つ。
さすが、ヴァルトルーデの面接を通過しただけのことはある。
にもかかわらず、ユウトは苦笑を浮かべていた。
「なんか。これって、抜き打ちテストになってないか?」
「そ、そうだな。だが、お忍びというのは、そういうものではないか?」
「確かに一理あるけどな……」
しかも、デートの途中で意図せずに遭遇しただけなのだから、いたたまれない。
門衛の二人ともが誠実に職務に励んでおり、注意も処分も必要のないのは救いと言えた。
「ようこそファルヴへ」
NPCのような。しかし、他に言いようもない台詞で迎えられる二人。さすがに手を離してチェックを受ける。
《魔力感知》までは導入していないので正体が見破られることもなく、荷物もほとんど無いため、何事もなく街に入ることができた。
再びどちらからともなく手をつなぎ――しかし、その行為で改めて状況と気持ちを認識してしまい、平常心ではいられなくなる。
(大丈夫だ、大丈夫なんだ。ヴァル子も、嫌がってないし。少なくとも、拒絶はされていない……はず)
シーソーのように強気と弱気を行き来しつつ、やっぱり恥ずかしいのでユウトの視線が揺れる。
ふと、足下の砂銀が目に入った。
「ちゃんと残ってるんだな、これ」
「当たり前だろう。私たちが儀式を行なったのだぞ」
さすがに小声で語り合う二人。
そのまま立ち止まり、改めて溝に描かれた銀のラインを眺めた。似たようなことをしている人間が他にいるので、殊更目立つことはない。
「そういえば、知ってるか? この溝に沿って一周歩くと、願いが叶うとかいう噂」
「ああ……。まあ、良いのではないか? 私たちにとってはただの呪文だが、信仰とは元来そういうものでもある」
「御利益はないのに」
「信仰の話をしているはずだが」
ヴァルトルーデとはというよりは、ユウトとブルーワーズの人間とでは信仰に関する見解がかみ合わない。だが、「まあ、今更か」と深入りは止めた。
「ただの触媒なのにな」
「それが、信仰なのだ」
得意げなヴァルトルーデと共に、ファルヴへと歩みを進める。
「しかし、ここがつい一年前までなにもない廃墟だったとは、もう想像できないな」
ユウトが区画を整えた街は、ドワーフたちの手によりいくつもの建物が建てられ、街路も整備されており、まだまだ建設途上ながら活気に溢れている。
いや、成長中だからこその熱気だ。
今も、そこかしこで工事が続き、それに従事する者の需要を当て込んだ出店が続き……と好循環を生んでいる。
「ただ、ほとんど平屋建てなのが、将来的に心配なところだが」
「仕方ない。さすがに水道を二階以上に上げるのは難しかった」
建物の設計はほとんど職人や施工者任せ。区分けもそれほど厳密ではないが、上下水道の整備にはこだわった。
「確かに、水道が便利なのは分かるが、街を広げるとなると、また《悪相排斥の防壁》の儀式をする……のは良いが、金がなくなるぞ」
「稼げばいいさ。俺がいなくてもできるだろ?」
明快すぎる解決策に、ヴァルトルーデは苦笑を浮かべた。
各建物には原始的な上下水道と、常時流れる形式ではあるが水洗のトイレが設置されている。
水は予め地下に設置した陶製の上水道から供給され、排水は下水へと流される。陶製なのは《大地鳴動》の呪文で同時に準備をしたからで、それ以上の理由はない。
工事に関しては、トルデクたちをはじめとするドワーフたちの技術と労力を総動員した。苦労の末なんとか形になったのだが、「割の良い仕事だと思っていたのですが……」とトルデクの苦笑いは今でも思い出せる。次は、ハーデントゥルムとメインツにも同じ施設を作るからと言った瞬間の顔も忘れられない。
上水道は、街の傍らを流れる貴婦人川から。下水はファルヴから数キロメートル離れた溜め池へと送られ、そこで浄化してから川へ流されている。
浄化には、神術魔法の《食物浄化》を利用した。
腐った食べ物や飲料水を浄化する、初級の神術魔法。貴重な恵みを無駄にせず、飢えや乾きから救いをもたらす慈悲ともいえる呪文。
それを魔化したフィルターで下水を浄化するというアイディアに対し、アルシアは「これは、ある種の冒涜なのでは……」と納得いかない様子だったが、ユウトは意図的に無視をした。
民人が幸せになって、文句を言う神もいないだろう。
「まあ、金があるからこそできることだけどな」
街の大通りを進みながら、ユウトがつぶやく。
道は広く、将来は馬車鉄道用の線路が中央を走る予定だ。道はなだらかな曲面を描いており、側溝へと雨水が流れる仕組みになっていた。
また、10メートルほどの間隔を空けて街灯が設置されており、玻璃鉄のプロモーションにも一役買っている。
「浄化装置だって、ただじゃない」
「それはそうだが、生活が豊かになるのは良いことではないか。なにが不満なのだ?」
言葉の中の棘を敏感に感じ取ったヴァルトルーデが、ユウトへ問いかける。
「いや、偉い人の思惑通りだなと思ってね」
「ああ、最初にも言っていたな。まったく、いくら金があるからと言っても、私たちのような冒険者が国に対してなにかできるはずもないだろうに」
「偉い人には色々あるのさ、色々な」
貴族へ戦争を仕掛けしようとしたことは棚に上げるヴァルトルーデに、ユウトが苦笑する。
実際――今はかなり目減りしているが――彼らが所持していた資産は、国家予算の数パーセントに匹敵する。それと英雄の武力が結びついたらどうなるか。
あまり想像したくはないだろう。
それ故、不自然なまでに高い地位を与え、領地開発を命じた。
ユウトたちも、その事情まで理解したうえで従った。
ある意味、共犯関係は成立していたと言える。
「まあ、短期間にここまでとは思ってなかっただろうけどな」
そう話をまとめ、二人は足早に街の南東へと移動した。この南東のブロックは商業地区として設定されており、イスタス伯爵領内外から商会の出店ラッシュが続いている。
しかし、目的地はそこではない。
さらに街の内側。
ファルヴの城塞からも見える場所にある市場が二人の目的地だ。
「ふむふむ。賑わっているではないか」
道の両脇を埋める露店の連なりを興味深そうに眺めながら歩くヴァルトルーデ。市場が珍しいのではなく、ファルヴの市場が珍しいのだ。
そんな彼女の様子を微笑ましいと眺めつつ、ユウトは露店のひとつで林檎を購入した。
林檎は栽培が難しいため他の果物に比べると高価なのだが、そんな果物が入っていること自体、ファルヴが好景気に沸いている事実を表している。
「落ち着けよ、ヴァル子。田舎者に見られるぞ」
「まあ、私は実際に田舎者だが、それよりもユウトはかなり慣れているようでないか」
ユウトから受け取った林檎をかじりながら、なじるように言う。
そんな仕草で。ただそれだけで、ユウトの目は釘づけになった。美人は三日で飽きると言うが、ヴァルトルーデを見たことがないからそんなことを言えるのだ。
「美人は得だな。なにをやっても様になる」
「なんだいきなり。美人などと……」
上の空だったせいで、言うつもりが無かった言葉が現実になっていた。内心で慌てつつ、ユウトはなんとか誤魔化しにかかる。
「事実だろ? ヴァル子ほどの美人を見たことないぞ」
「そ、そうやって誤魔化すつもりだな!」
意外と、ストレートな押しに弱いヴァルトルーデだった。
「そんなつもりは割とあるが、とりあえず市場には結構来てるぞ、主にヨナと。仲直りした後なんか、かなり頻繁にな」
「砂漠まで付き合った私は、いったいなんだったんだろうな……」
妹のような少女とユウトとの蜜月ぶりに、思わず目が遠くなるヴァルトルーデ。
「それより、なぜ私も誘ってくれなかった」
「ヨナが二人っきりの方が良いって言うからな。まあ、どうせ行くなら好きな物を買ってくれる相手と行った方が良いんだろ」
「ユウトが甘いだけではないか」
「そうとも言う」
ユウトはまったく悪びれることなく肯定した。
「まあ、今日は俺のおごりだから機嫌を直せよ」
「まったく。仕方がないから誤魔化されてやろう」
笑顔をかわした二人は、手を取り合って市場を進んでいく。
人通りは――ごった返す程ではないが――はぐれないようにと言い訳して、手をつなぐ力を強くできる程度には多い。
市場では、食料品を並べている店が目に付く。見れば、馬車鉄道の駅で見かけた鮮魚も並べられていた。その他、生活雑貨や布を売る店があれば、珍しい香辛料を売る店もある。
「あそこの看板と同じ物を先ほども見たな」
「あれは、商会の看板だよ。基本的に商会は小売りはしていないが、直接取引のある露店には自分のところの看板を貸している。要するに、傘下にある店ってことだな」
「よく知っているな」
「……むしろ、なぜ知らないのかとツッコミを受けても仕方がないレベルなわけだが」
なぜか? それは、ヴァルトルーデだからである。
決して、蔑ろにしているわけではない。しているわけではないが、許容量を超えた詰め込みをしても仕方がないのだ。
「おお、武器もあるのか。こういうところに掘り出し物があったりするんだぞ」
「それは無いだろ、さすがに」
ヴァルトルーデが、地面に広げた布の上に無造作に広げられた剣や槍を嬉しそうに手に取る。
このような露店も珍しくない。
武器や防具、それに値段からして怪しいポーションが売られているのも、ブルーワーズならではだろうか。よっぽど酷いものでなければ、取り締まられることは無い。自己責任だ。
「……とりあえず、魔法具の類は無いみたいだな」
「いきなり、楽しみが奪われた……」
「どんだけ夢を見ていたんだ」
「お。これは錆びてはいるが、なかなかの名品ではないか?」
「いや、まあ、良いけどな」
そんな具合に店々を適当に冷やかしていると、芳しい匂いがヴァルトルーデの鼻をくすぐった。匂いの元を見れば、熊のような店の親父が串焼きを焼いている。
「兄ちゃん、鳥の串焼きだよ。どうだい?」
視線に気付いた親父が、商機とばかりに売り込みをはかる。
「ヴァル子、どうする?」
「食べよう」
即決だった。林檎を食べた後にもかかわらず、迷いはなかった。
「じゃあ、二本くれ」
「あいよ」
銅貨数枚を対価に受け取った串焼きは、どちらもヴァルトルーデの胃へと消えていく。まさに、瞬く間にだ。
「なかなかいけるな。塩……だけではないな。ハーブの香りがする」
その食べっぷりは、実に堂に入っていた。しかも、ちゃんと味わっている。
「悪い、もう二本だ」
再び銅貨数枚を手渡し、追加の内の一本をヴァルトルーデへと回す。それもすぐに、串だけになってしまったが。
「一口ぐらいは、俺も食べたいんだけど?」
「欲しいとは言っていないぞ?」
「ははははは。惚れた弱みだなぁ、兄ちゃん」
「惚れたら負けさ」
「違いねえ」
「違う。これは、緊張して空腹になってだな……」
「言い訳になってないからな?」
苦笑と満足感を残して屋台の前から移動した二人は、その後も、気付けばあれやこれやと買い物を続けた。
「常設の市場というのが、良いな。いつでも買えると思うと余裕が持てるし、なにより便利だ」
「俺の感覚だと当たり前なんだけど。一日も休まず二四時間やってる店がそこかしこにあったし」
「話を聞けば聞くほど、ユウトの故郷はおかしなところだな。いつ休むのだ。ゴーレムにでも店員をやらせているのか?」
「それについては言葉もない」
スローライフが唯一絶対の正義ではないが、確かに日本は何かおかしいのだろうという気がしてくる。便利なのは疑うべくもないのだが。
「視察はこの辺にして、そろそろどっかに入ろうか」
時計があるわけではないが、それなりに歩いた。休憩しても良い頃合いだろう。
「視察だったのか?」
「視察でなければ、デート――逢い引きだな」
「……そうか。そうだな」
そこで黙られると困る……。
視線をさまよわせたユウトは、一軒の酒場に標的を定める。ヨナと連れだって何度か行ったことがある店だ。猥雑だが、煮込みが美味かった。
石造りの建物がほとんどのファルヴだが、二人が向かった店は簡素な木造。その安っぽさが、逆にヴァルトルーデにも好評だったようだ。
「久しぶりだな、こういう店も」
半分ほど埋まった店内のテーブルをひとつ占拠し、小声でヴァルトルーデが言った。
「ああ、そうだな」
ヴァルトルーデとは久しぶりだ。
ファルヴにも、もう少し高級な店もいくつかあるが、今日行く必要はない。まあ、デートでこのチョイスはどうかとも思うのだが、おしゃれなカフェなど存在しないのだ。仕方ない。
「煮込みとエール、後なにかつまめるようなものは……」
「ソーセージがあるよ」
「じゃあ、それを二人前だ」
ポニーテールのウェイトレスが、注文と一緒に厨房へ向かっていく。
料理が運ばれてくるまでの間、ユウトがぐるりと店を見回す。
店内には、昼間にもかかわらず男たちが杯を重ねていた。ドワーフたちの他、いかにも肉体労働者風の人間も多い。一方、この手の店に付き物の冒険者は見える範囲ではいなかった。
「はい、お待たせ」
ウェイトレスが器用にエールの壷と木製のジョッキ。それに、煮込みの入った深皿を並べていった。若いのに大したものだと、ヴァルトルーデが変なところで感心する。
それを横目で見ながら、ユウトが二人のジョッキにエールを注いだ。
温いエールを一口。
昼間からアルコール。しかも、未成年が。
まあ、今更かともう一口あおる。温く苦く、しかし、美味かった。
ヴァルトルーデは、早速煮込みにも手を出していた。
「美味いではないか」
ありったけの野菜を刻み、豚の内臓を入れて煮込んだだけだが、意外とふんだんに使われた香辛料とハーブで臭みはなく、味に深みを感じる。
「でしょう? うちの店は、これで保ってるからね」
本気とも冗談とも知れぬ台詞と共に、ソーセージを置いていく。
表面を軽く炙られ、皮には弾けるような弾力があって噛みしめるだけで楽しい。
「この店にも、依頼票が貼られているのか」
ソーセージをフォークで突き刺しながら、ユウトが壁に掛けられているボードを眺めた。その視線の先を、ヴァルトルーデも追う。
「北の山脈の中にあるという伝説の都市、白金の都の調査か……。依頼人は、王都セジュールにいる魔導師のようだな」
「そこらの街に手当たり次第、貼ってるって感じだな。まあ、よくあるパターンだけど」
冒険者への依頼は、このようにして酒場に貼り出されていることが多い。それ以外では、多少名を上げてからであれば、直接依頼を受けることもある。
「戻る前に、なにか依頼を受けてみるか?」
「俺たちが現れたら、依頼人がびっくりしちゃうだろう」
「そうか? そんなに有名人ではないだろう」
「いや、やっぱり止めておこう」
ユウトは首を振った。
「戻る前にって、まるで帰ってこられないみたいじゃないか」
「ユウト……」
酒場の喧噪の中、ぽっかりと沈黙が場を支配する。
その中を、吟遊詩人の歌が流れていった。
「世界を救いし英雄、白きヴァルト、ルーデ~」
「ぶはっ」
「ユウト!?」
エールを吹き出したユウトの口の周りをヴァルトルーデが甲斐甲斐しく拭いてくれるが、今はそれに感動している場合ではない。
「なんだよ、これ……」
「私たちの歌のようだ……な」
不承不承といった風に現実を受け入れるヴァルトルーデ。だが、ユウトはその態度に違和感を覚えた。
英雄ではあるが英雄扱いを嫌うヴァルトルーデ。しかし、今の彼女からは、吟遊詩人の歌への拒否反応が全く感じられない。
そうなると、答えは絞られる。
「ヴァル子、このことを知っていたな?」
「なんのことだ?」
ヴァルトルーデが煮込みを一気に食べ尽くし、追加注文のためウェイトレスを呼ぶ。
誤魔化しているつもりらしい。相変わらず、下手な嘘だ。
「……分かった。私が悪かった。アルシアから言われて知っていた」
「なんで俺に言わなかったんだよ」
「絶対に嫌がるからと」
「まあ、娯楽が少ない世界だし、嫌だけど禁止しようとまではしないぞ」
「そうなのか? 実は、あの決闘騒ぎも巷では吟遊詩人が歌っているそうでな。だから絶対に邪魔するから黙っていろと」
「マジで!?」
ユウトは、思わず頭を抱えた。
「アルシア姐さん、いくらなんでもそれは……」
「なんだい。うちは初めてじゃないんだろ? それなのに、決闘場の愛も聞いたことがなかったのかい?」
ポニーテールを左右に揺らしながら注文を取りに来たウェイトレスが、二人の会話に入ってくる。彼女の指摘で、ヨナがなんらかの手段でユウトの耳に入れないようにしていたのだろうと予想がついた。
だがそれ以上に、聞き覚えのない。それでいて不穏なタイトルが気にかかった。
「決闘場の愛? なんだよ、それ」
「そこからかい? そこから説明しなくちゃいけないのかい?」
「はい。すみません……」
凄まれると、高校生の地が出て、いきなり卑屈になる。
そんなユウトに対し、ウェイトレスは得意げに語り始めた。
「ここの領主様は、それはそれはお綺麗な人でね、ほんと溜め息も忘れるほどなんだよ。そんな領主様に、どこぞの貴族が横恋慕しやがったのさ。無理難題をふっかけて、領主様を手込めにしようって算段ね」
まあ、そういう解釈もできなくはないか? 普通、金貨十万枚も払うとは思わないし、まともな要求とも思われないだろう。
そこまでは、まだ良かった。
「それにお怒りになったのが魔術師様さ。純粋に領主様にお気持ちを捧げていらっしゃったんだから当然さね。そこで三本勝負の決闘になったのよ」
「三本勝負……?」
「最初は呪文を使った決闘、次にどこぞの貴族の私兵どもも加わっての一戦。最後に、横恋慕した貴族の野郎を、呪文を使わない一対一の決闘でやっつけるのさ!」
夢見る乙女のように語り始めるウェイトレスに、ユウトは言葉を挟むことができない。理解もしたくない。
ただ、台風が過ぎ去るのを震えて待つ心境だ。
「なにそれ、俺の知ってる決闘と全然違う……」
「ん? なにか言ったかい?」
「いいえ」
「あ、じゃあ、吟遊詩人にリクエストしとくからゆっくりしてってね。ついでに、どんどん注文しておくれよ」
「さ、サービスの良い店ではないか」
「これ、ヘレノニア的にありなの?」
「英雄が英雄であることも、任務のひとつだ」
「……飲まなきゃやってられん」
結局、安物のエールをさらに追加した。
この年でやけ酒を飲むことになるとは。
人生って分からないなと、しみじみ思ってしまった。




