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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第五章 決意編

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2.二人の時(前)

「デートに行こう」

「……でえと?」


 ユウトに呼び出されたヴァルトルーデは、突然聞かされた意味の分からない単語に困惑していた。


「そうか、デートが通じなかったか」


 その困惑を翻訳の問題と直感したユウトは、しばし目をつぶって語彙を検索する。

 ここはいつもの執務室ではなく、研究室と自称している魔法具(マジック・アイテム)を作成するための部屋。この城塞には空き部屋がたくさんあるため問題はないが、内部の散らかり具合は秩序だった行動を規範とするヴァルトルーデには耐え難いものだった。


「ユウト、お前は疲れているんだ」


 この部屋の惨状を見れば一目瞭然。

 軍役の代わりに納めるいくつかの魔法具が乱雑に転がり、ラーシアたちが「ボクらには要らないけど、何かに使えるかなと思って」と持ち込んだ(彼らの視点では)弱い魔力しか持たない魔法の武器や防具も片隅に積み上げられている。


 それ以上に、今のユウトは目の下の隈は濃く、髪もボサボサ。おまけに妙にテンションが高く、寝不足、あるいは疲労状態にあるのは明らかだった。


「魔法具を用意してくれるのは嬉しいがな、なぜそこまで」

「そりゃ、ヴァル子とデート……逢い引きするために決まってるだろ」

「逢い……引きだと……?」


 聖女の端麗な相貌が、音でもしそうなほど瞬時に赤く染まった。

 なるほど、デートとは逢い引きのことだったか……と今更理解し、さらに頭の中が真っ白になる。


「や、やはり冷静ではないのではないか?」

「そのために頑張ったんだ、俺は」


 くすぶっていた火が風であおられ炎となるかのように、死体のようだったユウトが突然立ち上がり、両手でヴァルトルーデの手を握った。

 普段なら絶対にしない行動だ。

 テンションに状態異常を発症させている。


「わ、分かった。だが、まずは休め」


 今はまだ早朝と朝の中間程度の時間帯だったが、今日中にどうにかなるとは思えなかった。それに、一日経てば、気持ちだって変わるかも知れない。


「よっし。じゃあ、明日だな、明日。明日、街の入り口で待ち合わせな。雨が降ったら、《天候操作(ウェザー・ブレイク)》でどうにかするからな」


 そんなとんでもないことを言いながらユウトは目を閉じ夢の世界へ旅立った――立ったままで。


「おい、ユウト!」


 糸が切れた人形のように、そのままヴァルトルーデへと倒れ込んだ。意識の無いまま、慎ましいが柔らかなふくらみに顔を埋める。


「どうしろと言うのだ……」


 ユウトを部屋まで運ぶのは容易い。だが、誰にも見られずに、それを成し遂げられるのか?


 結局。

 ヴァルトルーデは、この混沌に満ちた部屋でユウトが目覚めるまで膝枕をして過ごすことになった。





 未だ発展途上だが、活気ある町並み。

 台地に沿って、延びる線路。 

 少し離れた場所に広がる牧草地と、そこを自由に駆け回る数十頭の馬群。


 ヴァルトルーデを待つユウトの目には、そんな光景が広がっている。

 どうやって口説き落としたのかは覚えていないのだが、目が覚めたユウトはヴァルトルーデとのデートの約束をはっきり覚えていた。もちろん、それが妄想でないことは確認済み。

 一緒に出ようとしたところで準備のためアルシアに連れていかれたヴァルトルーデとは、街の外で待ち合わせをすることになっていた。


「完全に、デートだな」


 改めてそう認識すると身悶えしそうになるが、うろたえない。大魔術師は常にクールでいなくてはならないと、無理やり平静を保つ。


 顔は多少ほころんでいたが、それは仕方ないだろう。


 純白の大魔術師のローブは着ていないものの、いつもの制服姿。もう少し他に無いものかと自分でも思うが、制服で放課後デートというのも乙なものじゃないかと思うことにした。


 浮かれすぎて、思考が意味不明だ。


 時間は、ちょうど昼前といったところなのだが。

 ファルヴの街の東門――城壁はないが、正門に当たる場所はある――の近くでたたずんでいるユウトの方へ、一台の馬車が近づいてきた。


 金属同士がこすれる重厚な音。二頭立てだが普通の馬車よりも大型で迫力が違う。御者台と車掌席の辺りに強面の男たちが待機しているが、警備を委託している傭兵だ。

 彼らとは月単位の契約で、報酬は金貨20枚。特筆するほど良い給金ではないが、保険制度は彼らにも評判が良い。通常は怪我をしても自己責任のところ、格安で治療を受けられるのだから当然だ。

 しかも、申請すれば家族まで同じ保証を受けられる。


 ユウトとしては日本の制度を取り入れただけなので実感は薄いが、このブルーワーズでは革命的な施策だった。

 馬車鉄道は徐々にスピードを落としていき、屋根はあるが簡素なホームへ向かっていく。

 ユウトが提案した馬車鉄道。ハーデントゥルムからの定期便が到着したのだ。


 これは人を乗せているが、貨物のみの車両も含め、一日に六往復ほどしている。

 停車すると同時にタラップから乗客が降りてきた。職員たちは、あわただしく馬の世話や馬車の点検を始める。


 ユウトは、なんとなしに、その光景を見続けていた。何度も視察には訪れているが、自分の提案が形になっているのを見るのは、いつ見ても不思議な光景だった。

 馬車から降りた一人の男が貨物スペースから荷物を取り出し、ひょいと背負ってファルヴの街へと向かっていく。

 最近、早朝にハーデントゥルムの漁港で揚がった魚介類をファルヴに売りに行く行商人が増えているという。恐らく、彼もその一人なのだろう。


 安価で、護衛もついて安全。しかも、定期便のため利便性が高いと、馬車鉄道は評判になっていた。


 ユウトとしても一安心だ。


 しかし、自分は口と金を出しただけ。実際の功績は線路を造り敷いたドワーフたちや、実際に運営をするハーデントゥルムの業者たちのものだと、本気で思っている。


 もちろん、ユウトが開発した、《加速器(ラピッド・トラック)》も大いに貢献しているのだが、大したことはしていないと考えているようだ。


「待たせたな」


 振り向くと、そこに美少女がいた。

 黄金を溶き流したような明るいブロンドの髪。最高級のサファイアをも霞ませる瞳。絹よりも滑らかで肌理の細かい肌。

 戦いの邪魔だからと肩に達する程度で切り揃えられていた髪は、一年経って、だいぶ伸びていた。


「ああ……」


 万言を尽くしても言い表すことのできないヴァルトルーデの美しさに、慣れているはずのユウトでさえ言葉を失う。

 今来たところだけどと、定番の台詞すら出てこなかった。


「そんなに見るな、恥ずかしいではないか」

「お、おう」


 代わり映えの無いユウトと違い、ヴァルトルーデの服は初めて見る。


 純白のワンピースに編み上げブーツといった活動的な格好だが、シンプルでよく似合う。目立ちすぎないデザインだが、生地も仕立ても最上級だ。

 だが、彼女が着るとそれだけで、どんな衣装でもただの引き立て役になってしまう。ある意味、職人泣かせと言えるだろう。


「馬車鉄道か」


 ユウトの視線の先にある馬車鉄道の駅を見て、ヴァルトルーデが思い出したように言った。


「最初に聞いたときはただの馬車で良いと思ったのだが、評判が良いようだな」

「うちの領土は、結構山がちだからね。それに、特産品の玻璃鉄は重たい」


 ユウトも、平原ばかりであればヴァルトルーデの言うとおり駅馬車の整備で止めていただろう。だが、メインツまで物流網に加えるとなると、そうはいかない。コストはかかったが、行政がやるべき仕事である。

 実のところまだまだ赤字なのだが、公共交通機関ってそういうものだねと笑って受け流すユウトだった。


「というか、どうやって来たんだ?」

「あー。アルシアに着せ替え人形にされた後、ヨナに《テレポーテーション》で飛ばされた」

「なんてパワーの無駄遣いを」


 しかし、そうなると今日のデートは完全にバレバレだ。

 これはもう、覚悟を決めて楽しむしかない。後悔がないように。


「じゃあ、こっちに来てくれ」

「ああ」


 ヴァルトルーデが手に届くような距離に近づいたことを確認し、ユウトは巻物を一枚取り出した。


「《鏡面(リフレクティブ・)変装(ディスガイズ)》」


 二人を中心として魔力の光が周囲を覆うが、ただそれだけ。


「なにも変わらないな」

「そういう呪文だから」


 呪文が発動して魔力を失った羊皮紙の巻物をしまいながら、苦笑しつつユウトは答える。

 実際の姿は変わらないが、彼らを見るものには特徴のない同族の者と誤認させる幻影術。本来は、冒険者がゴブリンの巣穴などに忍び込む際に使用される。


「つまり、領主と家宰ではなく、ただの住民として認識されるわけか」

「ヴァル子のわりに察しが良いな」

「ふふん」


 どうやら、機嫌も良いようだった。


「じゃあ、行こうか」


 さりげなく。

 少なくともそう見えるように、ユウトはヴァルトルーデの手を握った。ひんやりとした感触。握った部分が、直ぐに熱を持つような錯覚。


 一瞬、ヴァルトルーデがユウトの手を払うように動きかけたが、意志の力で押さえつけ、逆にぎゅっと握り返してきた。

 ユウトは知っている。ヴァルトルーデが自分の手にコンプレックスを抱いていることを。剣ダコのできた手に引け目を感じていることを。


 無論ユウトは気にしてはいないし、気にする余裕もない。

 それでも、ヴァルトルーデが受け入れてくれることが嬉しかった。


「先に、牧場を見ていきたいんだけど」

「ああ、構わない」


 まっすぐファルヴの街へは向かわず、寄り道をすると言うユウト。ヴァルトルーデもうなずき、手を繋いだまま歩き出す。


 最初から、こうするつもりだったわけではない。

 ただ、白いワンピースを着たヴァルトルーデが、高原にいる深窓の令嬢みたいだったから牧場へ行きたくなった。

 実は、それだけだった。


「俺はかなり、恥ずかしい奴だったんだろうか……?」

「どうした?」

「いや、なんでもない」


 程なくして、ファルヴ近郊の牧場へと到着した。


「おー。馬が走ってる、走ってる」


 日本で――というよりはテレビで見たことがある馬よりも、背は低いががっちりとした体格。今は運動の時間なのか、何頭かの馬が楽しそうに土埃を上げていた。


 かなりの迫力だ。


 こうして見ると、動物もモンスターも驚異という意味ではあんまり変わらないよなぁと思ってしまう。地球人ならではの思考だろうが。

 見慣れているヴァルトルーデは、むしろあきれて言った。


「馬が走るのは、当たり前だろう。大金を出して買ったのだからな」


 土地は、いくらでもある。飼料も集められる。

 だが、馬自体はそうはいかない。野生馬を捕まえても使い物にならないから、買ったのだ。一気に、百頭ほど。


「諸々で、金貨一万枚ぐらいかかったっけなぁ」


 日本円にして約一億円。

 牧場を立ち上げるのに妥当な金額かは分からないが、この世界の馬の価格としては妥当なところだ。もちろん、馬丁への賃金や厩舎の建築費は別。


「まあ、馬車鉄道に必要なのは分かるし、何頭かは村にも配っているのだから無駄ではないが……」

「役に立っているのは分かるが、無駄遣いのようで不安だと」

「分かっているなら、自重……しないのだろうな」

「金は使うためにあるんだ」


 ヴァルトルーデの手を握る力を強めながら、断言するユウト。

 稼ぎのほとんどをより強力な装備へと買い換え続けてきた冒険者らしい台詞だった。ヴァルトルーデも、本質的には同類なので、強くは言えない。


「それに、ちょっとは回収してるだろう?」

「ああ、免状制度のことか」

「遊ばせるのももったいないと思って、運転免許証と似たような物を作ってみたけど、意外と受けたな」

「運転免許証――前に言っていた、鋼鉄の自走馬車の許可証のことか。確かに、そのような物が庶民も乗り回すのであれば、ルールを定めなくてはならないだろうな」


 納得というよりは共感でヴァルトルーデは、うなずいた。


「しかし、ヴァル子が馬に乗れないことから始まったんだから、これも意外な展開だよな」

「いや、乗れるぞ。乗れるが、技術的に未熟なだけだ」


 今度はヴァルトルーデが手を握る力を強めて主張する。

 とてもこのイスタス伯爵領のツートップとは思えない会話だが、《鏡面変装》呪文の効果で、馬丁たちも雇い主がこんな所にいるとは気づかない。


「俺にはその辺の境界が分からんが、お墨付きは得たわけだしな。自作自演だけど」

「うう……。地下迷宮の探索専門でなければ……」

「まあ、その辺は確かにそうだけど、格好が付かないのも確かだな」

「ユウトだって、私よりも下手だっただろうに」

「馬に乗ったことがなかった異世界人に勝って誇りが守れるのなら、それでも良いけどな」

「うう……。だ、だから練習したのだろう?」


 聖堂騎士(パラディン)たるヴァルトルーデが馬術を蔑ろにしてしまったのには理由がある。

 聖堂騎士は仕える神から特別に乗騎(たいていは軍馬)を賜るのだが、ヴァルトルーデは代わりに《降魔の突撃》の加護を得ていた。


 彼女が言うとおり、ダンジョンでは軍馬が十全に活躍できるとは限らない。その判断自体はユウトも妥当だと思っている。

 しかし、格好がつかないのも事実であり。

 せっかくだからと、馬を大量に買った際、一緒に練習に励んだのだ。


「そうだな。まあ、元々ヴァル子はフィジカルお化けみたいなもんだし、すぐに上達すると思ってたよ」


 だから、ちょっとした冗談として乗馬免状を送ったのだ。作ったのはユウトだが、勝手にヴァルトルーデの署名を入れて。

 ユウトが呪文で生成した洋紙を使い、インクも使用済みの巻物を焼いた灰を混ぜた特別製という凝りよう。その時は、一枚だけのつもりだったので問題はなかったのだが。


 どこから伝わったのか、同じ免状が欲しいという要望が寄せられるようになった。

 そこで、訓練費用も混みで金貨10枚――10万円ほどで受け入れた。


 暴利である。

 要するに申し込むなよ――という意味だったのだが、殺到はしなかったものの、コンスタントに希望者が現れてしまった。イスタス伯爵領民だけに限ったにもかかわらずだ。


 英雄としてのヴァルトルーデのステータス、そして偽造が難しい身分証のような書類を送ってもらえる。そう考えれば、特別に高額でもなかったのだ。

 それに、大型投資による好景気に沸いているという側面もある。


「まあ、ヴァル子の文字の勉強にはなるよな」

「馬鹿にするな。私だって、自分の名前ぐらい書ける」

「そうだな……」

「止めろ。そんな生暖かい目で私を見るな」


 表面上は恋人同士には見えないやりとりだが、手を離すことはない二人だった。


「そろそろ、行こうか」

「ああ。構わないが、なにを見たかったんだ?」


 もちろん、ヴァルトルーデの可愛いところ。

 などとは口が裂けても言えず、ユウトはヴァルトルーデの手を握ってファルヴの街。二人の街へと歩みを進めていった。 

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