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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 10 英雄たちの休息 第三章 迫り寄る影

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エピローグ

 こうして、ひとつの事件がその幕を下ろす。


 ヴェルガ帝国の一部勢力からの攻撃を受け、それに対処したことは領内に包み隠さず伝えられた。

 ハーデントゥルムの住民にとっては、巻き込まれていい迷惑。

 ファルヴやメインツ、それにカイエ村などの村々に被害はなかったが、将来的に同じことが起こり得る。


 だが、ヴァルトルーデに対する不満や抗議は不思議なほど上がっていない。


 被害者は全員助けられたこと、目に見える被害は少なかったこと、平和な日本とは異なりモンスターによる被害が身近であること。

 それに、ハーデントゥルムやメインツにも《悪相排斥の防壁ウォール・オブ・ヴァーチュー》の設置を検討していること。


 この辺りが、パニックにならなかった理由ではないかと分析していた。だが、当然ながら、それだけではない。

 レグラ神の闘技場で決着をつけ布告を出してから、まだ半日も経っていないので情報が伝わりきっていないというわけでもない。


 ヴァルトルーデが領主となって以来、いや、その前からこの地にどれだけの恩恵を与えてきていたか。

 隠然と一帯を支配し、ときに無辜の民をさらっていた〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)を滅ぼし、街を作り、産業を興し、税を安くし、領内を整備した。

 安全と繁栄をもたらしてくれたのだ、言ってしまえば、この程度で(・ ・ ・ ・ ・ )反感など抱くはずがない。


 そしてなにより、領主夫妻は神々に婚姻まで祝福されている。つまり、神々から直々に、この地を治めるに値すると認められた存在。

 この程度の瑕疵など、責めるにも値しない。


 住居の移動が容易でなく、為政者を自ら選ぶことなどできない人々にとって、現在のイスタス侯爵家の統治は降って湧いたような幸運なのだから。


「……いったい、どういうことだったのだろうな」


 けれど、上層部の困惑はまだ収まっていなかった。


 ヨナはアルシアの部屋へ押しかけ、一緒に眠っている。城塞の外に家があるエグザイルも、家族を連れ、一時的にこちらへ戻っていた。

 事情がよく飲み込めていないアカネは頭上に疑問符を浮かべていたが、カグラを彼女につけ、ラーシアにも陰ながら護衛を依頼している。


 そして、ユウトとヴァルトルーデも、まだ完全には平静さを取り戻せないでいた。


 領主夫妻の寝室。情報収集と分析、対応を決定し解散はしたが、まだ眠る気にはなれない。

 ベッドの上で、ヴァルトルーデの美貌が憂いを帯びる。あらゆる困難を斬り裂き、障害を排除してきた彼女も、熾天騎剣(ホワイト・ナイト)を振るうべき敵の姿が見えなくては手の打ちようがない。


「あの獣人たちには、ふたつの目的があった――というよりは、あの狐人(ワーフォックス)だけ別の目的を持って動いてたみたいだ」


 物憂げで妖しく美しい愛妻の隣に腰掛けながら、ユウトは改めて尋問の結果を伝える。


 彼女が聞きたいのは、そういうことではない。

 分かっていても、ヴァルトルーデの心を軽くする材料がなかった。


 そこで、根拠がない気休めひとつ言えないのが、良くも悪くもユウトという人間だった。


「ヴェルガの仇ということであれば、俺とヴァルが最終的な目標になるはず。言ってしまえば、アルシア姐さんたちは、おまけか邪魔者だな」

「にもかかわらず、アルシアが狙われた」


 それが、先ほども焦点となった。


“空絶”ムルグーシュの信徒に、彼女だけが狙われる理由。しかも、ある種の狂気を持って。もちろん、アルシア自身に心当たりはなく、今までの冒険を振り返っても同じだ。


 そして、当然トラス=シンク神へ祈りを捧げ、託宣を得ようとするが――答えはなかった。


 失敗したわけではない。

 無視されたわけでも当然ない。


 答えない。


 それが、死と魔術の女神の答えだった。


「それだけなら禅問答みたいだけど、ムルグーシュの妨害を受けて答えられないという可能性もあるんだよな」


 ワイシャツがしわになるのも構わず、ユウトはそのままベッドに横たわった。


 いつもは睦言が交わされる空間だったが、今日ばかりは空気が重たい。

 それも仕方ないだろう。ユウトが口にした可能性が正解だったら、悪の相を持つ神の一柱に目を付けられたも同義なのだから。


「私としては、もうひとつの可能性を信じている」

「もうひとつ……」


 つまり、無回答こそ最善。

 未来を見通し、因果を解きほぐした結果、今は予断を与えるべきではないと神が判断した。


「確かに、そうならありがたいよな。自分たちで頑張れよってことでもあるけど」

「当然だろう。『天は自らを助くる者を助く』のだ」


 胸を張ってそう言う愛妻に、ユウトはようやく微笑を浮かべた。


「そうだな。なにが来たって、やることは変わらないもんな」


 まったく、その通りだ。なにを戸惑っていたのだろう。


「アルシア姐さんは、絶対に守る。“空絶”だろうとなんだろうと関係ない」

「うむ」


 ラーシアやアカネがこの場にいたら、「そういうことは、本人がいるところで言えば?」と指摘されかねない会話を交わしつつ、二人はそっと手を握った。


「今まで片手間でほとんど進んでなかったけど、神王の件、本腰を入れて調べるよ」


 アルシアから指摘があった、太陽神フェルミナと“空絶”ムルグーシュの関係。

 考えすぎとも思えるが、今のところ、手がかりはそれしか無いのも確か。


「分かった。仕事は任せろ」

「いや、ヴァルはいつも通りで大丈夫だよ。ちゃんと引き継ぎはするから」

「……このやる気は、どうすればいいのだ」

「ペトラにでもぶつけたらいいんじゃないかな?」


 弟子の少女をさりげなく千尋の谷へ叩き落としつつ、ユウトは瞳を閉じた。


 言うまでもなく、アルシアは被害者だ。

 けれど、無作為に選ばれた被害者でもない。


 狂人の理屈かも知れないが、狙われた理由は必ずある。


(オズリック村に、なにか手がかりがあるかな?)


 ヴァルトルーデとアルシアの故郷。

 どちらにしろ、アルシアを娶るためにはもう一度訪れなくてはならなかったのだ。


 これからどう動こうか。


 それを思案しながら、いつの間にかユウトは眠りに落ちていた。

短いですが、Episode10完結です。

感想・評価などいただけましたら幸いです。


Episode11は4/27から再開予定ですので、これからもよろしくお願いします。


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