1.女騎士爵の営業活動(前)
EP10の第二章は閑話編のような形で、サブキャラメインの日常回。
第三章から、ちょこっと話しが動く予定です。
お茶会とは即ち、上流階級の女性が開催する優雅な集いである。
この世界ではアカネ・ミキと名乗る来訪者も、そう思っていた。いや、今でもそう思っている。
王妃となったユーディットに招待され、参加したお茶会。
確かに自分を除いて、集まっているのはこの国のなかでも身分の高い女性たちだ。
けれど、知らなかった。
参加者の地位や関係の希薄さが高まるに比例し、優雅さに空虚なという形容を付けなくてはならなくなるとは。
もっとも、アカネもあまり文句を言えた立場でもない。
友人であるユーディット以外の参加者に対しては、営業活動をするつもりで来ているのだから。
10メートル四方ほどの狭い部屋。
その壁を覆い尽くそうとするかのように、変わった衣服が立てかけられていた。ただし、アカネやユウトにとっては、このブルーワーズという世界ではという但し書きが付く。
「これが、王都でも話題の服ですか」
マネキンに着せているのは、以前ヴァルトルーデに押しつけた服。
膝下丈のチェックのスカートにレースがふんだんに使われたブラウスというガーリーなファッション。そして、赤いベレー帽がアクセントとなっている。
今日は場に合わせて、襞が多く格式高い――彼女からするとやや古くさい――藍色のドレスを身につけているアカネからすれば、普通の服。
もっと言えば、最高のモデルを知っている身からすると物足りないが、宰相ディーター・シューケルの姪であるクラウディアは、鳶色の瞳を好奇心と憧れに光らせていた。
ローティーンとミドルティーンの中間にいる彼女にはまだ早いと言いたくなるが、背伸びしたくなる年頃でもある。
亜麻色の髪を結い上げて青いドレスを身につけている今の格好など、その最たるものだろう。
整ってはいるがまだ幼いクラウディアの横顔を眺めつつ、アカネは密かに微笑んだ。それは、彼女も経験した道だから。
「最近は、フォリオ=ファリナでも流行の兆しがありますわ」
精一杯考えたお嬢様口調で営業活動に励むアカネ。成功しているかどうかは分からないが、ユウトたちに見られたくないことだけは確かだ。
むしろ、聞かれたらもだえ死ぬ。
「まあ……。これが」
「かなり大胆に見えますが……。さすが、フォリオ=ファリナは先進的ですのね」
ユーディットが可愛らしく首を傾げながら、そう感想を述べる。
アカネのなかでは、ユウトとヴェルガがデートをし、四人でキスをした街という印象が強いフォリオ=ファリナ。しかし、世界最大の都市であるそこは、流行の発信地でもあった。
そこで認められつつあるということは、一種のお墨付きを与えるに等しい。
そして、アルサスとの婚姻を経て王妃となった彼女も追認したということになる。
「確かに、斬新なデザインですわね」
「私たちの故郷では、一般的な様式ですわ。ユーディット様の花嫁衣装も」
慣れない口調でセールストークを発するアカネは、満面の笑みを浮かべている。ユウトなど一部の近しい人間は、それが苦笑であると気づくだろう。
ロートシルト王国の王都セジュール。
その王宮の一角で、お茶会が執り行われていた。
主催は、王妃ユーディット。彼女に近しい女性だけが招待されたお茶会は、その名と意味を知っていたなら、女子会と称していただろう。極めて内向きの集まりだ。
他の参加者は、アルサスの治世において軍事の責任者となったハルヴァニ侯爵の孫娘デシデリア。ユーディットを除いて最年長の女男爵イルゼ・ノイアー。ヘレノニア本神殿の司教ヒルトルートなど、ユーディット派の主要メンバーとも言える淑女たち。
そんな地位と美貌を兼ね備えた女性たちのなかでも、アカネは異彩を放っていた。
騎士爵と、身分は最も低い。しかし、ブルーワーズに二人しかいない地球からの来訪者であり、彼女から発信された新たな文化は多くの人間を虜にしつつある。
それに、アカネ自身は騎士爵でしかないが、あのユウト・アマクサの幼なじみにして婚約者でもあるという。
つまり、新興ながら国内有数の資産家であり、救世の英雄であり、神の恩寵をも得ているあのイスタス侯爵家の中枢に位置する人物。不興を買えば、なにが起こるか分からない。
その身分と実力のギャップ。これだけなら、どのように扱うべきか他の参加者たちも困っていただろう。
だが、ユーディットの親友であるというその一点が、アカネの存在を際立ったものにしていた。そう、王妃の親友であれば、敬意を払って当然なのだから。
「これが、あの花嫁衣装か。近くで見ると、また素晴らしいな」
「本当に、素敵ですわ」
「ええ、私でさえも見惚れてしまいました」
ノイアー女男爵の賛辞に、クラウディアが溜め息を吐くような声で同意する。それは、本神殿に所属する聖堂騎士として畏敬を集めるヒルトルート司教も同じ。
陰で女傑とささやかれるような身でも、女性は女性。幸せな結婚に憧れるのは、至極当然の話だ。
「一生の思い出になりましたわ。アカネさんに協力していただいて、本当に良かったです」
可憐な少女が、夢を見るかのような瞳で、熱い想いを告げる。加えて、メイクも含めて全体的なコーディネートを担当してくれたことまで、喜々として語った。
「あのイスタス侯爵の花嫁衣装を手がけたのも、アカネさんですわ」
「ヴァルは、同志みたいなものですから」
「まあ……」
誰からともなく、称賛の声が上がる。それは、あまり関心がなさそうだった、デシデリアも例外ではない。
かつてユウトと見合いをし、断った彼女。目の前のアカネにも、話題にあがったヴァルトルーデにも思うところがあるのかも知れないが、微笑をたたえたその表情からはなにも読みとれなかった。
「アカネ様、王都に出店をされる予定はございませんの?」
「残念ですが、我々ヴェルミリオには王都で営業する伝手がございませんの」
宰相の姪であるクラウディアからの問いに、来訪者の少女は心底残念だと頭を振る。
それは間違いではない。確かに、販路を広げるにあたり、提携先は必要としている。
しかし、それがすべてでもなかった。
「なるほど。そういうことでしたら、祖父に話をしてみましょうか」
このなかではユーディットに次いでイスタス侯爵家のことを把握しているデシデリアが、そう助け舟を出す。
けれど、ユウトから印象を聞いた限りでは、こんな腹芸ができるタイプではなかったはず。では、単純な完全な善意かというと、そうも思えない。
やはり、こちらの意図をある程度把握しているはずだ。
今までは、黒妖の城郭による攻撃からの復興で手一杯だった王都の商会。アルサス王の結婚による特需も一息つき、次なる商売の種を必要としているところだ。
ただでさえも、ユウトが繰り出す政策のおこぼれになんら与れていない彼ら。余計なちょっかいを受けるぐらいなら、取り込んでしまったほうがいい。
そう方針を決めたのはレジーナなので、この世界では当然のことなのだろう。
そこに、同じ派閥の貴族からの紹介も受けて借りを作っておこうと決めたのはユウトなので、こちらは腹黒い作戦に違いなかった。
だいたい、金持ち喧嘩せずとはいえ、やっかみを受けないためにわざと借りを作ろうとするなど普通の発想ではない。
「よろしいのですか?」
だが、今日のアカネは営業担当だ。そんな感想はおくびにも出さず、助かりましたとデシデリアの手を握る。
(うわー。白々しい)
けれど、それが少しだけ楽しくなってきている。困ったものだ。
「ですが、実際に出回るまでは時間がかかりますわね。それならば、一度お伺いするのも良いかもしれませんわ。お忍びで」
すべて理解したうえで、王妃が話をまとめる。
彼女の目的は、それだけではない。ハーデントゥルム近郊の温泉にもあった。
ヘレノニア神の分神体にもたらされたという子宝の湯。
一刻も早く、一人でも多くの子を望む彼女にとって、そこは黄金郷にも等しかった。なにしろ、子が少ないなどということになったら、アルサス王に側室が宛がわれかねない。
それは、誰にとっても不幸なことだ。
「そろそろ、お茶にいたしましょうか」
「それでは、私のお土産も一緒にお願いします」
側に控えていた侍女に合図を送るアカネ。
残念ながらカグラを連れてくることはできなかったが、ファルヴから竜人の料理人を同行させている。一緒に来た――むしろ、運んでくれた――ヨナが味見をしたうえで、良いところを出してくれるはずだ。
部屋の中央に設えたテーブルに座ると、この世界では貴重な紅茶がタイミングよく運ばれてくる。やや遅れて、アカネのお土産も。
今回用意したのは、ヴェルミリオの従業員にも好評だったドーナッツだ。お土産と言いつつ、城の調理場を借りて作ったもの。
チョコレートがあればいろいろ凝りたかったのだが、地球からの輸入品を供しても仕方がない。
プレーンのほか、シナモンやメープルなど基本的なフレーバーに加え、蜂蜜を混ぜたチュロスのような変わり種も用意した。
直接手で持って食べるのは不作法というほど、堅苦しいマナーはまだ存在しない。
毒味も済ませているということを示すためもあり、まずユーディットが紙ナプキン越しに手に取った。
そして、ついばむように一口。
「アカネさんには、いつも驚かされます」
満面の笑み。
見る者を幸福にする、日だまりのような笑顔だ。
それを見て、他の参加者も次々とドーナッツに手を伸ばす。
「甘くて、さくさくで……」
「ほう。これは……」
最年少のクラウディアの素朴な感想に対し、イルゼ・ノイアーは探るかのようにアカネを見つめた。
「初めて食べるが、美味しいね」
「お気に召したようでほっとしましたわ。でも、誰でもできますわよ。綺麗な油さえあればですけれど」
「それが、一番難しいのだがね」
女男爵がシニカルに笑う。一方、箱入り娘らしい宰相の姪は、油ぐらい買えばいいのではないかと首を傾げている。
もちろん、それができない――とは言わないまでも、困難だからこその話。
髪を短く切りそろえた中性的な美人――ノイアー女男爵は、その辺りのことをきちんと理解しているようだ。
「原料は、菜種や大豆。普通の油ですわ」
「純度が違うだけのかい?」
「まだ大量生産はできておりませんが」
否定はせず、アカネは微笑む。
実のところ、自主規制を解除してしまえば領内と王都へ流通させるぐらいのことはできる。
下水の処理にも使用している神術呪文《食物浄化》を付与した魔法具で、不純物を取り除いているだけなのだから。
ただ、それをそのまま市場に出して、既存の製品を根絶させても困る。また、魔法具に頼り切りというのも将来のことを考えれば問題だ。
これも、保存瓶と同じく研究所案件だろう。
「むぐ」
「何種類もあるのが犯罪的ですらあります……」
一方、ヒルトルート司教やデシデリアは食べるのに夢中になっていた。
あの服と、このお菓子。
砂糖とスパイスと素敵なもので、女の子の気を引くには充分。
さて、ここからが本格的な営業だ。
下着の売り込み、玻璃鉄製鏡の紹介、醤油とそれを使った料理のプレゼン。
やるべきことは、いくらでもある。
しかし。
「まあ、ユーディット。随分、楽しそうですこと」
そこに乱入する、派手な女。
侍女や扉の外の護衛たちの制止も聞かず、多くの女性を引き連れて部屋へとなだれ込んできた。
気づけば、30,000ポイント越えていました。
これも読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。心より感謝申し上げます。




