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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 10 英雄たちの休息 第一章 変わらない日常

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6.三人の選択:ペトラ

 ペトラ・チェルノフという少女には、多くの顔がある。


 フォリオ=ファリナ――ブルーワーズ最大の都市――を治める世襲議員の娘。

 悪魔(デーモン)の呪いを受けた母を救うため、百層迷宮に挑んだ冒険者。

 最も若い大魔術師(アーク・メイジ)ユウト・アマクサ唯一の弟子。


 最後のひとつは師から否定されるかも知れないが、教えを受けたという事実は揺るがない。そして、ユウトが他に弟子を取ったこともない。


 そして、最近、そこにもうひとつ立場が加わった。


 ファルヴにあるヴァイナマリネン魔術学院付属初等教育院――要するに学校の教員に採用されたのだ。

 元より教員免許など存在しない世界ではある。しかし、二十歳にもならぬ少女が教壇に立つというのは、やはり異例のこと。


 そうなった理由は、ペトラの母に押し切られたからでもあるし、生徒数を増やしたいテルティオーネの要望に則していたからでもある。

 同時に、彼女自身の希望でもあった。


 憧れの師匠(せんせい)の側にいたい。

 それは単純で、同時に切実な願い。


 かつての自分は、口にするのも恥ずかしい人間だったと思う。穴があったら、埋まってしまいたい。


 母は呪いで昏睡し、父はそんな母を屋敷に置いて忙しく仕事に駆け回る。誰も彼もが、母のことを痛ましいと思いながらも、救うことは諦めていた。

 父が家にいない間、屋敷のなかの関心は跡継ぎである弟へと向いていた。


 そんな環境が、そして、薄々とではあるがその空気に飲み込まれそうになる自分が嫌で、ペトラは冒険者になった。

 仲間を集め、いくつかの仕事――商隊の護衛やゴブリン退治など――をこなし、強くなったと自信もつけた。


 あげくが、百層迷宮に立ち入らせろと、メルエル学長にすら詰め寄る始末。多少は腕を上げた今なら、自分がどれだけ無謀なことをしていたか分かる。温厚な学長だからこそ、穏便に済ませてくれていたのだ。

 そんな大人に出会っていたこと。そして、間違いに気づかせてくれたこと。自分は、運に恵まれ幸せだったのだと振り返って分かる。


 けれど、当時は違う。世襲議員たるチェルノフ家の権威を、笠に着ていたつもりはない。だが、逆らう者がいるとも思ってはいなかった。


 そんな思い上がりを正してくれたのがユウトだ。


 最初は、反発した。

 なにが大魔術師(アーク・メイジ)だ。嘘に違いないと。


 それは無理からぬ反応でもあったが、結果は奈落でのあの醜態。多少は自信を持っていた実力や連携を散々に非難され、その矛先は仲間たちにすら及んだ。

 そして、凶悪な悪魔(デーモン)に出会い、プライドもなにもかも粉々に砕け散った。


 そんな自分を、作り直してくれたユウト。

 尊敬しているし、もしかしたらそれは崇拝とさえ言えるかも知れない。彼を通じて、真名という友人に出会えたことも感謝している。


 だが、愛や恋となると、途端に分からなくなる。

 ペトラには、一般的な結婚生活というものが思い描けない。忙しい父と病床の母しか見ていないため、理想的なサンプルが存在しないのだ。

 ただ漠然と、政略結婚でもさせられるのだろうか。相手ぐらいは自分で選びたいと――相手もいないのに――思っていた程度である。


 だから、美と芸術の女神リィヤの分神体(アヴァター)に言われても、実感が湧かなかった。

 しかし、アカネにまで。彼の婚約者の一人にまで念を押されてしまうとなっては、意識せざるを得ない。


 戸惑い、気後れ。

 そして、わずかな期待。


 彼の一番になれるなどという思い上がりは、あの結婚式を見るまでもなく存在しない。けれど、彼がそういう目で見てくれるのであれば……。


 それはとても、幸せな想像だった。

 ということはつまり、好き……なのだろうか?


 はっきりとしない。

 けれど、今、誰とも知れぬ相手と政略結婚をしなければならないと想像すると……。


 たまらなく、嫌だった。


 とはいえ、それはあくまでも想像でしかない。

 それに、教員としての責務もある。


 今も、割り当てられた教員室――まだ準備が整っておらず、机と椅子ぐらいしかないが――で、生徒と面談を行なっているところだ。


「――というわけなんですけど、いったいどうしたらいいと思いますか、ヨナ先輩」


 机の上にへなへなへなと倒れ込みながら、アルビノの少女へ救援を求めるペトラ。心なしか、サイドポニーもしなびているように見えた。

 

「知らない」

「そんなっ。今、先輩に見捨てられたら、私は……」


 新任教師と生徒の個別面談。

 なんとか、それを一通り終えたペトラは、完全に教育者の仮面を脱ぎ捨てていた。


 教室では教師と生徒だが、そこを離れれば立場は逆転。なにしろ、彼女はユウトが認める仲間だ。ならば、年端もいかぬ少女だろうと、自分からすれば目上の存在となる。


 ゆえに、先輩。

 真名がユウトを「センパイ」と呼んでいるのに、密かに憧れていたというのもあるだろうか。


 だが、そんな事情などヨナには関係ない。彼女が構ってられないと立ち去ろうとしたところ、ペトラは袖口をつかんでなんとか引き留めようとする。故郷フォリオ=ファリナから離れ、頼れる友人や家族はいない。

 まさかユウト本人に、相談できるはずもなかった。


「お願いします!」


 必死の懇願。

 それを冷ややかに眺めやるヨナだったが……折れた。


「話だけ」

「ありがとうございます。ありがとうございます」


 拒絶するより、話を聞いたほうが早そうだ。

 それに、初等教育院内で味方を増やせば、なにかの役に立つかも知れない。そう自らを説得する材料をひねり出して、ヨナは椅子へと戻る。


「そもそも、ユウトが好き?」

「もちろんです!」

「結婚したい?」

「そんな、それは恐れ多いです」


 ぱたぱたと手を振り、あり得ないと否定するペトラ。


 アルビノの少女から言わせると、その時点で失格である。


「私は、どうすればいいんでしょう」

「故郷へ帰る」

「うう……」


 ヨナにとっては、ヴァル、アルシア、アカネ以外は邪魔者同然。そのうえ、覚悟も決まっていないのであれば、早々に退場すべきとすら思っている。


 しかし、ペトラはライバルとして考えると未熟すぎた。

 捨てられた子犬のような瞳で見つめられると、ヨナの親分気質が表に出てきてしまう。


「好きにしたらいい。告白でも、なんでも」

「確かに、いきなり結婚は飛躍していますが……。でも、師匠にご迷惑では」

「迷惑? 遠慮なんてしてたら、恋愛はできない」

「先輩……ッッ!」


 目から鱗が落ちたと言わんばかりに、ペトラがアルビノの少女の手をぎゅっと握った。本気で感激しているようだ。

 頼られれば、悪い気分ではない。


 思わず、今まで観察してきた結果を披露してしまう。


「実のところ、ユウトは恋愛に関して鈍くはない」

「……そうなのですか?」


 プライベートなことまでは知らないが、彼に恋愛巧者という印象はない。それに、浮き名を流したという話も聞いたことがなかった。


「でも、奥さんが一人に婚約者が二人もいます。鈍かったり、消極的ではできないですね」


 実のところ、鈍くても消極的でも一夫多妻になっただろうが、アルビノの少女はなにも言わない。その場合、アルシアが加わっていたかは、確かに怪しいところだったから。


「その代わり、ラインを引く」

「線ですか?」

「そう。『あんな子供が恋愛的な意味で好きとか思うはずがない』とか、『婚約者が三人もいる男へ、恋愛感情を抱くはずがない』とか、そんなライン」


 自己評価が低いのか。それとも、あえて見ないようにしているのか。あるいは、恋愛に関して保守的なだけなのか。

 真相はきっとユウト本人にも分かっていないだろうが、その被害者でもあるヨナは痛感していた。いつも通り、表情も声もほとんど動いていないが。


「今のところ、線の外」

「うう……。まあ、そうですよね……」


 正面から指を差し、きっぱりと現実を突きつける。

 自覚はあったのだろう。ペトラがさらに沈んでいく。机が液体だったら、そのまま溺死してしまいかねない。


「だから、どうにかしたかったら内側に入るしかない」

「そ、それにはどうしたら?」


 希望の灯を見つけたペトラが、アッシュブロンドのサイドテールを踊らせながらアルビノの少女へと詰め寄る。


「結婚を申し込む」

「えひゃっ」


 奇妙な声を上げ、また元の状態に戻ってしまった。それができればやっている。それに、受け入れてもらえるとも思えない。だから、相談しているのだ。


「駄目です。そんな……」


 希望のないところには、絶望もない。

 空も大地もないところに、自由も存在しないように。


 ゆえに、ペトラは絶望に囚われてしまった。


「何度負けても構わない。あきらめさえしなければ、それは勝利への道程にすぎないのだから」

「……ヨナ先輩!」


 その絶望を駆逐する力強い言葉。

 ペトラは、そこに光を見た。


「ただ、今すぐは時期が良くない」

「アカネさんからは、あまり時間がないと言われましたが……」

「ヴァルとラブラブな今、変に押すと逆に依怙地になる可能性が高い。むしろ、アルシアやアカネのあとでも構わないと考えるぐらいの長期的展望を抱くべき。同時に、自分の武器を磨く」

「私の武器……」


 ヨナが想定している武器。それは、チェルノフ家。実家の権威だ。

 ユウトの周囲にいるなかで、最も身分が高い。


 それを有効活用すればいい。


 例えば、時期を見定める必要はあるが、架空の政略結婚話をでっち上げ、ユウトに相談すればいい。嫌がっているとなれば、きっと助けてくれる。

 そう。角が立たないように断れるよう、恋人役だって引き受けてくれるはずだ。


 あとはもう、なし崩しである。

 狂言だとばれないようにさえ気をつければ、勝ったも同然。


「分かりました!」


 どうやら、彼女も気づいたらしい。

 あとは、お手並み拝見だ。


 ヨナは立ち上がり、殺風景な教官室から立ち去ろうとし――


「師匠から頼りにされるぐらい、強くなります!」


 思わず、足を滑らせた。


「そうすれば、私も胸を張れるし、師匠だって受け入れてくれるはず!」

「……頑張って」


 どうしてそんな結論に至ったのかトレースは困難だが、前向きになったのは良いことだ。

 賽は投げられ、匙も投げた。


「《テレポーテーション》」


 もう歩くのも億劫になったヨナは、超能力(サイオニックパワー)を使用して部屋をあとにした。

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― 新着の感想 ―
[一言] はー、なるほど、それはフクザツにもなりますわな
[一言] 三者三様で動き始めましたなぁ みんな上手くいくといいねぇ (上手くいくのほぼ確だけど…) ペトラ弟いたんだ!?
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