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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第四章 発展編

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9.立つ鳥跡を濁さず

「ダメだな、これは」

「やっぱりかぁ……」


 ファルヴの城塞。

 いつものユウトの執務室。

 来客用のソファに座り、テーブルを越しに向かい合っているのはブルーワーズを代表する大魔術師(アークマギ)二人。


「まあ、やりたいことは分かるがな」


 ユウトが見せているのは、呪文を記した巻物(スクロール)

 ただし、既存の呪文ではなくオリジナルのもの。

 二種類の呪文を作り、その品評を大賢者ヴァイナマリネンへ依頼したのだが――


「別次元への転移、更に時の巻き戻し。それから、どの次元界でも発動できるよう負荷軽減もか? ひとつの呪文に、ようもこれだけ詰め込んだもんだと感心はするがな」

「なんだよ」

「要素が多すぎだわ、馬鹿たれ。こんなもん、まともに発動できん」

「仕方ねえだろ」

「行って帰ってこようという、気概は分かる。そっちの世界に魔法――神秘が存在するか不確定じゃからな」


 一読でそこまで読み取られては、なにも言えない。

 恥ずかしさに、頬を染めるだけ。


「野郎がそんな反応してどうする」

「うっせぇ」


 ひったくるように巻物を奪い取り、ため息を吐く。

 今後も研究は続けるつもりだが、暗礁に乗り上げてしまった。

 数ヶ月もかけてなんとか形にした呪文を一蹴されては、憂欝になるのも仕方ないだろう。


 地球への転移呪文。

 そして、地球からブルーワーズへの帰還呪文。

 地球で理術呪文を使える保証が無いため、どうしても要素をつぎ込みがちになってしまい、酷評される結果になってしまったのだ。


 それは、理術呪文の理論にも関係していた。

 理術呪文では、世界は曖昧模糊で夢のようなものであると定義する。

 そこに、引き出した源素の力で、あるいは純粋な計算や理論で干渉し、世界を望む姿に変更する。


 その手段が呪文である。


 呪文の様々な構成要素――距離・範囲・効果など――は呪文書に転写された時点で定義済みであり、呪文名を唱えることで発動する。

 極端な話をしてしまえば、その内容を理解できれば誰にでも行使することができる。


 できるのだが、理解するにはある程度以上の知識や教養、計算力、論理的な思考力――つまり知力が必要となる。

 であるから、呪文を使えば使うほど理解が深まり、理術呪文そのものの力量が上がるというのは正しいのだ。


 ただし、呪文は長い間多くの魔術師が開発し、時代と共に淘汰された歴史そのもの。

 そう考えれば、オリジナルの呪文を開発する困難さが分かるだろう。 


「だが、こっちの呪文は悪くない。それに気付けば、そっちも上手くいくかも知れん。無理かも知れん」

「どういう意味だよ?」

「自分で考えい」

「ちっ。分かってるよ」


 一応ヴァイナマリネンから誉められたが、嬉しくはない。

 もうひとつの呪文は、既存の呪文のアレンジでしかないからだ。


「こんなの、移動速度を上げる呪文の対象を個人から線路に切り替えただけだぜ。しかも、道を対象にすることはできなかった」

「だが、それで永続化しておるだろう」

「そうだけど」

「つまり、そういうことだな」


 説明をするつもりは無さそうな大賢者の態度に不満はあるが、まあ、あのじいさんだしと納得をするユウト。

 納得はしたが、また一からやり直しかと暗澹とした気分だったが。





 大賢者ヴァイナマリネンとの邂逅から数日後。

 ユウトは空の人になっていた。


 背後には、穏やかな海と港町ハーデントゥルム。

 眼下には、遙か西へ延びていく線路。


 ただし、ただ線路が敷かれているだけではない。さすがに単線ではあるが、その両側は綺麗に削られており、2メートルほどの台形の上を線路が走っている格好だ。

 フェンスで進入を防止するには工程が間に合いそうに無かったため、《大地鳴動(ムーブ・アース)》で整地しまくった結果。


 堀のような形状になっているため、線路がある上まで登るのは難しく、偶然のアクシデントは起きにくい。これで万全とは言わないが、事故は減ることだろう。

 もちろん、ヨナと協力して領内の山賊や悪の相を持つ亜人種族などの間引も忘れてはない。


 しかし、それは環境整備に過ぎなかった。

 本当の功労者は、メインツのドワーフたちに他ならない。

 わずか数ヶ月でハーデントゥルムとファルヴをつなぐほどのレールを揃えたドワーフたちを称えるべきか、それを敷設したトルデクたちの苦労に涙すべきか迷うところではあるが。


 どちらにしろ、玻璃鉄(クリスタル・アイアン)の研究も一段落したとはいえ、この熱意にはユウトも脱帽するしかなかった。


 そのお陰で、馬車鉄道が開業を迎えられた。

 開通式典も当然のように行われているが、出席しているのはヴァルトルーデだけ。アルシアはファルヴである仕事の追い込みを行なっており、ヨナは、まあ、どこかにはいるだろう。


 ユウトが参加していないのは、最後の仕上げが必要だから。


「よし、やろうか」


 気負いも緊張もなく、呪文書をその手に収めたユウトが、オリジナルの呪文を発動する。


「《加速器(ラピッド・トラック)》」


 ユウトの手から放れた呪文書のページが4枚、ひらひらと落下してレールに吸い込まれた。

 同時に青い光で包まれ、レールに沿って二本の光が軌跡を描く。

 それは遙か彼方へ続き、地平線の向こう、ファルヴの街まで届いていることだろう。

 神秘的な光景に、足下からどよめきが聞こえたような気がした。


 そのまま待つこと10分ほど。


 地上を二頭立ての馬車が通過していく。

 引いている客車や貨車はかなり大型で、とても二頭で引けそうにはない。

 にもかかわらず、坂道を登っているとは思えないほど軽やかで、空中から見ていてもその速さが分かる。

 

「上手くいったな」


 ユウトが満足そうに頷く。

 《加速器》は移動速度を上昇させる《増速(アクセル)》を元にしたオリジナル呪文だ。

 元の《増速》は生物を対象にした呪文であり、迅速な野外移動を可能にする。それをアレンジし、対象をレールの上を走る車輪の乗り物にしたのが《加速器》の呪文だった。


 山道などの難所では乗り越えられないかも知れない懸念が浮かび、速度上昇の要請が出た。

 普通は、馬車を改良する、馬を増やす、動力を変えるなどといった対策を取るのが正攻法だろう。正しい、実に正しい。

 そして、地球からの来訪者である彼には蒸気機関というアイディアもあった。


 しかし、彼は大魔術師である。

 魔法でどうにかすればいいのだ。


 そこで開発したのが《加速器》の呪文。

 レールの上を走る乗り物限定ではあるが、移動速度を上昇させ、その効果も永続化されている。限定したが、その分、効果も上がっている。


 例えば、同じ魔法でも車輪に魔化をすることで移動速度を上昇させる方法もあるし、馬自体を強化する手段もある。

 しかしそれを採用しなかったのは、下手なことをすると馬車自体が狙われるという本末転倒も甚だしい事態になるから。


 遠回りのような気もするが、順調に走り地平線の向こうへと去っていく馬車を見ていると苦労もすべて忘れてしまう。


「さ、次に行こう」


 それに、まだ仕事はあるのだ。

 馬車を見送ると即座に瞬間移動(テレポート)を使用し、ユウトはファルヴの城塞へと戻った。





「というわけで、そっちはどう?」

「いきなりなんですか……」


 ユウトの研究室で、ある魔法具(マジック・アイテム)の魔化を行なっていたアルシアが、驚きではなくあきれの表情で部屋の主を迎え入れる。


「とりあえず、馬車鉄道の方は上手くいったみたいね」

「ええ。あっちは成功しましたよ」

「なら、一緒に参加すれば良かったのでは?」

「別に、いてもやれることはないから」


 ユウトが肩をすくめる。

 それ以上に、めんどくさいと顔に書いてあった。


「はぁ……。まあいいですけど」

「それで、そっちの方はどうです?」

「ちょうど今、完成したところよ」


 中央の机に置いてあった、金網のような魔法具を指し示す。

 ここの所、二人で共同開発していた魔法具。その完成が馬車鉄道の開通と重なったのは、タイミング的に偶然そうなっただけで、別に狙ったわけではない。


「これがかぁ……」

「ただの金網よね」

「それを言っちゃおしまいかな」


 苦笑を浮かべながらユウトが言う。

 まあ、事実なので否定がしづらいのも事実だが。


「《魔力解析(アナライズ)》」


 アイテムの鑑定を行う理術呪文。

 それを使用したユウトは、結果を目にして安堵の溜息を吐いた。


「うん。成功だ」

「それは良かったわ……。ちょっと複雑だけど」

「その感覚、理解し難いんだけどなぁ……」


 二人で共同開発した魔法具。

 二人で協力しなくてはならなかった理由。


 それは単純明快。

 今回必要な魔法が、アルシアしか使用できない神術魔法だったから。


「《食物浄化(ピュアリファイ)》を魔化しただけじゃん」

「それは構わないのだけど、食物を浄化する呪文を下水の処理に使用するなんて……」


 下水がどうこうではなく、本来の用途から外れているように感じるのが良くないらしい。神術魔法は神から力を借りているという認識だからだそうだが……。


「その辺の感覚は、やっぱり分からないなぁ」

「まあ、私の気持ちの問題よ。別に、神から魔術を剥奪されたわけでも無いのだしね」

「それはそれで重要な問題なんだけど」


 しかし、これ以上の議論は無駄か。

 

「後は、実験をしよう。実験」

「その辺は、ユウトくんに任せるわ」

「任されましょう。まずは、小規模な実験からかなぁ……」


 早速検討を始めるユウトに苦笑を浮かべつつ、ハーブティでも淹れようと部屋を出るアルシア。

 それを見送り、一人になったユウトがふと呟く。


「これで、大丈夫……かな?」


 馬車鉄道は形になった。下水道も目処がついた。街灯も、もう大丈夫。

 ユウトが前面に出なければならない政策は、もう無い。


「変に仕事を増やさなければ」


 帰っても――いなくなっても、やっていけるはずだ。

 いや、そうなってくれなくては。


「帰る……か。そうなんだよな……」


 懐にしまったままだった、巻物に目をやる。

 大賢者に、失敗作の烙印を押された呪文。


 結局、一年のリミットまで、その呪文が完成することはなかった。

今回で第四章は終了。

第五章で、ストーリー上のひとつのまとめとなります(完結するわけではありません)。


また、ちょうど投稿開始より一ヶ月となりました。

予想外の評価をいただいており、とても幸せな作品だと感謝しています。


よろしければ、今後もお付き合いください。

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