2.シルヴァーマーチ地方イスタス伯爵領
ヴァルトルーデから領地経営の手助けを頼まれたユウトだったが、もちろん、そんな経験はまったくない。
彼が地球にいた頃は、中学まではサッカー部。高校に入ってからは帰宅部で、文系に関してはそこそこの成績だったが、それだけ。
ただし、地球の。それも現代日本の教育水準はかなり高く、それに助けられた面もあった。
ブルーワーズにおける魔術――魔術師が操る理術呪文は、本人の魔力などという怪しげな要素には左右されない。
ただ魔術への学習と実践によってのみ、成長する。
そういう意味では、素質はあったのだろう。ヴァルトルーデたちに拾われた後、ユウトはエルフの魔術師テルティオーネに理術呪文を学び、あっという間に基礎を憶えた。
まあ、基礎を習得した後は危険な動物やモンスターが住む森に放り出され、一人で生き抜くというサバイバル生活を一ヶ月ほど強いられたのだが……。
そして、〝虚無の帳〟と戦い続ける中で魔術を行使し、戦闘を少しでも優位に進められるように研究したなれの果てが、《瞬間移動》すら易々と使いこなす大魔術師ユウト・アマクサだ。
ただの一般人よりは、スタート地点はまだましだろう。
そう考えて、ヴァルトルーデからオファーを受けてからの二週間。ユウトは、かつてテルティオーネの伝手で紹介してもらった大賢者ヴァイナマリネンと都市計画を練ったり、アルシアに協力してもらって現地の情報収集をしたり、人材の募集したりと、必死に準備を進めていた。
「その結果をこれから発表するから、ヴァルはちゃんと聞いておくように」
「う、うむ」
王都セジュールに拠点として購入していた彼らの家。黒妖の城郭による攻撃にもびくともしなかったその家のリビングで、ユウトはヴァルトルーデに対する講義を始める。
平屋の方形をした邸宅で、円形のリビングを中心に、個室がいくつかその円周上に並んでいた。冒険者が共同生活をするには、なかなか都合の良い間取り。
食事などはこのリビングで摂るのが習慣で、壁にはタペストリが飾られ、床には庶民には一生手が出ないような絨毯が敷かれている。
こだわりがあるというよりは店で適当に選んだ結果なのだが、彼らの感覚でははした金だ。テーブルも黒檀の最高級品だが、値段は関係なくちょうど良い大きさなので選んでいる。
今も、ヴァルトルーデに向けて講義を始めているが二人きりではない。
全員でアルシアの手による朝食――といっても、神術呪文で作り出したもの――を摂った後だったため、その流れで数日後には旅立つ予定のラーシアとエグザイルも一緒だった。この二人は、賑やかし以外のなにものでもないだろうが。
一方、アルシアとヨナは一緒に領地についていくことになっている。
「むしろこの二人に説明をした方が良いような気がしてきたな。気のせいか?」
「確実に、気のせいじゃないよ、それは」
「だよなー」
「ラーシア、私も一所懸命頑張るのだからな」
「うん……。そだね」
「やめろよ、ラーシア。その慈しみに満ちた目を俺に向けるんじゃあない」
「しかし、俺たちが抜けるから男はユウトだけなんだな。すまんな」
エグザイルが、ふとそんな感想を漏らす。
「確かに。今気づいたけど男女比がおかしいな。今までは、男女比が1対1だったはずなのに」
「それでハーレムが築けるような甲斐性があれば良いんですけどねぇ」
「あー。はいはい、この話はここまで。ここで終わり!」
アルシアから傷を抉られる前に、一冊の本を広げる。
冒険の途中で偶然手に入れた多元大全。所有者が知る可能性のあった知識を表示させられるという貴重な魔法具だ。
それを見ながら、ユウトが口を開く。
「まずは、このロートシルト王国……については、みんな知ってるだろうから、王様と王太子についてだけさらっと解説するぞ」
後にロートシルト王国の藩屏と呼ばれるイスタス公爵家の歴史は、こんな風に始まった。
「今の王様は、チャールトン三世。六十歳近いけど、特に健康問題とかは発生していない」
「ロートシルトの国王は聖堂騎士の資格を持っていないといけないのよね。壮健なのは、それが理由かしら」
アルシアの合いの手にユウトがうなずく。
「たぶんね。派手な功績はないけど、北の塔壁を挟んだヴェルガ帝国との戦では致命的な失態は演じていないし、国内も安定している。まず合格と言って良いんじゃないかな」
「ユウト、えらそー」
「俺は民主国家の出身なんでな」
意味が分からないだろうけどと言い訳をしつつ、ユウトは更に続けた。
「ヴァルを伯爵につけたのが、このチャールトン王になるわけだ。どこまで、王自身の意図が介在してるかは分からないけどな」
「ん? どういう意味だ?」
「他の側近とか貴族とかの思惑もあるってことでしょ」
「そういうことか……」
絶対分かってないなという視線をラーシアとユウトがヴァルトルーデへと向ける。まあ、いつものことだ。気にしない。
「それで、次の王様はあのアルサス王子なんだな?」
ある意味で空気を読んだエグザイルの質問。
ユウトは、それに乗っかった。
「ああ。直系の男子は、アルサス王子だけだ」
次期国王と目されている、長子のアルサス王子。
今年で三十五歳と譲位されてもおかしくない年齢だが、これには理由がある。
若い頃から武勇に優れ、帝王学も修め、分け隔てない優しさは理想的な王太子と言えたが、彼は、この二十年ほど行方不明だったのだ。
つい数ヶ月前にヴァルトルーデたちが救出するまで、〝虚無の帳〟に囚われ石化させられていた彼は年を取っておらず、政情にも疎い。そのため、今はまだ休養中となっている。
自らの知識や姿は失踪当時のままにもかかわらず、周囲は時間が経過しているのだ。そのギャップを埋めるだけでも大変だろう。
その境遇に、地球から異世界にやってきたユウトは共感を覚えていた。
そして、今回の叙爵はこの功績も加味されてのものだろう。
「ついでに、口止め料も込みだよな」
「ユウトやアルシアだけじゃなくて、ボクやヨナにまで貴族にならないかってお誘いが来たもんね」
「そんな物いらないから断ったがな。そもそも、岩巨人の貴族や騎士など聞いたこともない」
「お陰で、私が受けざるを得なくなったんだぞ……」
「仕方ないよ、ヴァルはリーダーだもん」
「そうですね」
「こういう時だけ、仲良いよなお前ら」
そう言うユウトも、故郷に帰ろうというのに領地なんてもらっても仕方ないからと断りを入れている。
では、なぜ口止め料が必要になるのか?
それは、仲間内でも口に出すことはできない。
善良な無辜の民の魂を強力な魔法具へと作り替える魔法装置。囚われのアルサス王子は、佩刀トレイターと共に、それを動作させるコアになっていたのだとなどとは。
一説に、冥界の通貨は死者の魂から鋳造されるという。
それが正しければ、魂を通貨に変え、冥界から魔法具を買ったということなのかも知れない。
アルサス王子自身は与り知らぬこととはいえ、表沙汰にすることはできない真相だ。
「言いふらす気もないけどな。精々良い王様になって、ヴァルたちに迷惑をかけないでいてくれればそれでいいさ」
武勲の誉れ高かったイスタス伯爵家。
絶えて久しかった名門を復活させて与えたのだ。粗略な扱いはしないと信じたいところだが……。
「ま、難しい話はこれくらいでいいだろ」
多元大全を手元に置き、今度は、数メートルあるテーブルの真ん中に地図を広げながら本格的に説明を始める。
「ここが、俺たちのいる王都セジュール。んで、ここから南のこの一帯がシルバーマーチ。ロートシルト王家の直轄地ではあったけど、ほとんど開発は進んでいない。徴税官ぐらいは派遣されてたみたいだけど、影響力は薄いな」
ユウトが、普段着にしている制服のポケットからサインペンを取り出し、地図の下の方を四角で囲む。
「そのさらに南、黒妖の城郭があった周辺の地域がヴァル子の領地――イスタス伯爵領だ」
地図の端――西と南に山。東側は海に面した一帯――に、またサインペンで大きめの円を描いた。
「あ、ファルヴの村があるあたりじゃない?」
「おお。ユウトと初めて会った場所だな」
ラーシアとヴァルトルーデが懐かしそうに微笑む。当時はいなかったヨナ以外の二人も、似たような表情を浮かべていた。
「ああ。偶然だろうけど、ありがたいな」
ユウトは仲間とは違う種類の微笑を浮かべ、再度説明に取りかかった。
「この辺の人口はだいたい五千人。大した規模じゃないんだが、見ての通り人口に比べて領地が広い」
人口が数百人以下の村が七つ、それにドワーフが主な住人を占める鉱山街メインツに、海に面した海運の街ハーデントゥルム。後はいくつかの集落が人間の領域だ。
また、ロートシルト王国の領土としては最南端であり、南から西に走る山脈で隣国のクロニカ神王国と接していた。
実際に測量したわけではないが、地球の単位で約500平方㎞。具体的にどの程度なのかユウトも多元大全で調べてみたが、屋久島と淡路島の中間ぐらいの広さらしい。
逆に、分からなくなった。
「あまり豊かな土地ではないということかしら?」
アルシアが、可愛らしく小首を傾げながら聞いてくる。その長い黒髪が揺れると同時に、向かいに座っていたヴァルトルーデが頷く。
平服姿だったが、その美しさはいささかも減じていない。
「〝虚無の帳〟と戦っている間、いくつかの村に立ち寄ったことがあったはずだな。確かに、豊かな雰囲気ではなかったように思える」
「あんな危ない連中が近くにいるうえ、ゴブリンなんかもうろちょろしてるんだから、そりゃ豊かじゃないっしょ」
適当にラーシアが言うが、実のところそれが正解だった。
「アルシア姐さんとラーシアの答えを足したら100点だ」
「むう。私は、どうなんだ?」
「感想しか言ってないだろう」
「わっはっは。相変わらず、ユウトとヴァルは仲睦じいことだな」
「エグザイル、その心は?」
「いたいけな少年をからかうのはいけないことだと思います。ヨナの教育にも悪いだろ」
最年少の少女を引き合いに出して場を収め、ユウトはさらに説明を続けた。
「アルシア姐さんが言うとおり土地が豊かじゃない――生産性が低くて人口が増えないってのもあるんだけど、人が住むには危険な地域が多いんだ。だから、領地の広さに比べて人口が少ない」
具体的には、人口密度が他の地域の半分以下だった。
「前は実際にこの辺を歩き回ってたから分かると思うけど、街道もあんまり整備されてないし、ゴブリンやらモンスターも多い」
「ユウト、危険なクリーチャーどもは、〝虚無の帳〟が滅びたことで散り散りになったのではないか?」
「その可能性もあるけどな、油断はできないだろ」
「ていうか、最近は《瞬間移動》で家から城郭まで飛んではりゃくだ……戦闘を繰り返してたから、この辺の地域が実際にどうなってるかよく分かんないよね」
ラーシアの言葉に、ユウトが頷く。
「アルシア姐さんに村を回って調べてもらっているけど、まあ、あんまり芳しくはないな。でも、対応はできると思う」
「さすがユウトだな」
ヴァルトルーデに誉められ、ユウトは思わず嬉しそうに表情を緩めた。
しかし、それもすぐに引き締める。こんなところを見られたらなにを言われるか分からないからだ。
もっとも、アルシアからはすべて分かってますよと言いたげな視線を向けられているので、効果のほどは疑問だが。
本当に目が見えていないのかも、疑問だったりするが。
「それから、メインツとハーデントゥルム。こっちは治安上の問題はあんまり無いんだけど、実はロートシルト王国に税金を払っていない」
「人間の言うところの、脱税というヤツか?」
深いバリトンでエグザイルが聞いてくる。岩巨人だけに、あまり人間の制度には精通していないというエクスキューズも込みで。
「税金か……そういえば、私たちも払ったことはないぞ?」
「まあ、俺たちみたいな自由業は、基本的に無税だ。だけど、高級品の買い物には税金が加算されているからな。って、話が逸れた」
「ユウトくん、このふたつは自由都市なの? その割には聞いたこと無いけど……」
「アルシア、自由都市って?」
「ヨナは知らないわよね。ユウトくんが教えてくれるわ」
ヨナはユウトと違ってこの世界の住人だが、〝虚無の帳〟の培養槽から出た後はずっと冒険に出ていた。当然、学ぶ機会もなかっただろう。
「そうだな。私には聞くなよ」
「ヴァルにこういう知力ベースの問題を期待しても仕方ない。メッシにキーパーをやらせるようなもんだ」
「滅私? 自己犠牲がどうしたのだ?」
「スルーしてくれ。んで、俺の世界だと自由都市ってのは、司教やら領主からの支配を離れ、皇帝直轄の領地になって自治権を得た都市のことをいうんだけど……」
ユウトが手元の多元大全をめくりつつ、今度はブルーワーズにおける自由都市の解説を続ける。
「こっちだと、国の支配権は本当に形だけ。都市に関することは、すべて有力者の合議制で決めているみたいだな」
「王は君臨しても良いけど、統治もするなということ? それって、王様意味ないよね?」
「ヨナは賢いなぁ」
ラーシアやエグザイルは、人間のやることだしとあまり気にしていない。アルシアも、昔からの制度だからと、同様だ。
だが、地球生まれのユウトからすると、そんな都市がいくつもあるのはやっぱり奇異に思えてしまう。
「たぶん、異種族やモンスターが跋扈することによる、治安の問題が根っこにあるんだろうと思う」
「モンスターどもが暴れると、なぜ都市が国から独立することになるのだ?」
「人間同士の戦いは外交の結果だ。つまり、時期も場所もある程度は特定される。山賊が多いのなら、始末するか政策を改めればいい」
つまり、機動力よりも動員力。そうなれば、国の傘に入った方が安全だ。
「だけど、ゴブリンたち相手じゃ、そうもいかないわよね」
「そう。領土の隅々まで、いちいち国がゴブリンなんかに対処することは難しい。特に、このロートシルト王国は北方のヴェルガ帝国との戦争が続いていることだしな」
「そこで、私たちのような冒険者の出番になるのだろう?」
「ヴァルの言う通りなんだけどな、そうなると国の庇護を受けてないのに、なんで税金を払わなくちゃいけないんだということになるだろ?」
都市と金と冒険者。
これだけ揃えば、大規模な争いにならない限りは上手く回る。国の庇護など必要なく。
もちろん、国の方にやる気があれば締め付け支配する方法などいくらでもあるが、現状はそこまでやる必要は無かったということなのだろう。
「そのふたつの街には、みかじめ料をせしめる代わりに、役立つところをみせなくちゃいけないわけだな。そいつは、骨が折れる仕事だなぁ」
「他人事みたいに笑っちゃダメだよ、他人事だけど」
エグザイルとラーシアが豪快に笑う。
「この根無し草どもめ」
気楽な二人にユウトが毒づくが、お互い、この程度で気分を害するほど浅い付き合いではない。
「とまあ、こんな具合に問題山積なんだけど、その分、税金が報酬として入ってくるわけだ」
実は、ここからが本題だった。
「ちょっと試算した結果、だいたい、年に五千から一万Gぐらいの収入になる」
日本円に換算すれば、国内の一流サッカー選手の年俸程度か。それなりの額ではあるものの……。
「すくなっ。月じゃなくて年間で?」
ラーシアの率直すぎる感想。言葉として出たのはこれだけだが、皆の顔にも同じ言葉が書いてあった。
「だよな。今まで、一回冒険に出たらその数倍は手に入ってたもんなぁ」
例外は、ヴァルトルーデだけだった。
「そんなになるのか? 普通に暮らしてたら使い切れないだろう」
「いやいや。貴族同士の付き合いやら、将来的には軍役なんかもあるしな。貴族は結構細かい出費が多いんだぞ」
「だけど、これは功績を認められたことによる報酬じゃないわよね?」
アルシアは鋭いと、ユウトは素直に感心した。
「ああ。今まで挙げたとおり、かなり癖のある土地だ。代官を派遣して、自分は優雅に王都セジュールで過ごすなんてことは難しいな」
税率を上げて絞りとることはことはできるだろうが、不安定な地域であることを考えると、自殺志願者の所行だ。
(それに、ヴァルは絶対そんなことしないからな)
机上の空論だった。
「代官? なるほど、そういう手もあったのか。しかし、それでは手抜きではないか?」
「こっちは楽して儲かる。代官は住民から絞り上げてもっと儲かる。WIN-WINの関係だろ」
「ユウト?」
すっとヴァルトルーデの眼が細くなり、鋭い眼光がユウトを射貫く。元が美人だけに、怒った表情は実に恐ろしい。
「冗談だよ、ヴァル子。そんな顔してたら、可愛い顔が台無しだぞ」
「か、可愛いなどと。冗談を言うでない」
「顔が真っ赤ですよ、ユウトくん」
くっと苦鳴を上げるユウト。やぶ蛇だったと後悔する。
「そんでさー? ヴァルはなんだって、そんな土地の領主にさせられたのさ」
ラーシアが出してくれた助け船に、ユウトは素直に乗船した。
「金だよ」
親指と人差し指で円を作って、苦笑する。
「お金?」
ヨナにうなずきながら、ユウトは続きを口にした。
「俺たちの財産、旅に出るラーシアとエグザイルの分は除いて一括管理してるけどさ、前回の儲けがほとんど丸々残ってるんだ」
さらに、手持ちの不要な魔法具を適当に処分すればその倍額は捻出可能だろう。
「あ、そういうこと」
盗賊として世慣れしているからか、ラーシアは解答にたどり着いた。アルシアの口元にも、理解の表情が浮かぶ。
「そういうことなんだ。国王――かどうかは分からないけど、少なくとも上の連中は、俺たちが私財を投入して領地経営してくれることを期待しているんだと思う」
国の予算は使わずに、新しい版図は豊かになる。そのうえ、妙に強力な臣下の財産も消耗させられるのだ。
王都セジュール復旧に頭を痛めているであろうロートシルト王国に損はない。
イスタス伯爵という〝名〟は与えても、〝実〟までは与える気はないのだろうということが、容易に想像できた。
とはいえ、王都復旧のためイスタス伯爵家に役人の派遣もできなくなるのは予想外だっただろうが。
「適当にドラゴンの巣穴とか襲ったら、目減りした財産なんか元に戻せるのにね」
「そうだなぁ」
実は一度、ユウトとヴァルトルーデを除いて全員死亡し、全滅しかけたことがある。
相手は、火砕竜と呼ばれる古代種のドラゴン。
その巣穴の中には第四階梯までの理術と神術魔法を抑止する印章が刻まれており、溶岩の中から奇襲を仕掛けてきた火砕竜に敗北した。
その時は残った金貨をかき集めて《完全蘇生》で生き返り、再戦を挑んだのだ。
同じ轍は踏めないと《完全透明化》で気配を消したうえで、《瞬間移動》を使って巣穴を再度襲撃。
リベンジマッチでは、逆に奇襲を成功させ、なにもさせずに瞬殺した。
その財宝を根こそぎかっさらったところ、一人金貨三万枚はする《完全蘇生》の費用を計上しても収支がプラスになったという、色々な意味で笑うしかない思い出だった。
「魔法の鎧や武器を売った方が安全で確実」
「そうだね、ヨナ。魔化するの俺だからね。その辺、考えようね?」
「なんのことだかわからない」
イノセントな笑みを浮かべるヨナに、ユウトはこれ以上の追及は断念した。
「それもあって、俺が秘書役をやることにしたんだよ」
ヴァルトルーデは秘書と表現し、ユウトもそれをそのまま使っていたが、実際には、今後『家宰』とでも名乗ることになるだろう。
「因果関係が分からん。もちろん、ユウトが力を貸してくれるというのは嬉しい話なのだが」
「ヴァルトルーデの代わりに領地の管理を任されるってことはな、この莫大な財産の管理も行うってことなんだよ。金貨二十万枚だぞ? これだけの財産を前に、欲望を刺激されない人間がいると思うか?」
「いるだろう、もちろん」
自信満々というよりは、当たり前のことを聞くなとばかりに薄い胸を反らすヴァルトルーデ。
呼吸する性善説である彼女なら、そう言うだろうことは分かっていた。聖堂騎士がそういうものだというのも、よく分かっている。
それでも、ユウトは頭を抱えそうになった。
「そういう人は、こんな辺境に来てくれないし、政治にも興味がないんだよ」
「だが、ユウトは来てくれる」
「一年だけな」
ユウトもラーシアたちと一緒に旅に出ても良かった。だが、地球へ帰還するための儀式の鍵となる石碑が、ヴァルトルーデの領地内にあるのだ。
そこに魔力が溜まるまで約一年。
残る一年を、その傍で過ごしても良いかなと思った。それだけのことだ。
「ああ……。そうだな。それでも、感謝しているぞ」
いつもと変わらないヴァルトルーデ。
だけど、少しだけ寂しさをにじませているのが、ユウトには分かる。たった一年ちょっとの付き合いだけれど、それは断言しても良かった。