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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 10 英雄たちの休息 第一章 変わらない日常

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4.三人の選択:レジーナ

 レジーナ・ニエベス。イスタス侯爵領の東端に存在する交易都市ハーデントゥルムのなかでも進展著しいニエベス商会の会頭。

 つい数年前までは完全に落ち目だったニエベス商会は、新領主から直々に注文を受けた銀の取引で息を吹き返す。


 以来、ハーデントゥルムを運営する評議員にも返り咲き、ややもすると追随するのも困難な家宰ユウト・アマクサとのパイプ役として一目置かれる存在となった。

 また、彼の婚約者であるアカネ・ミキと共同でヴェルミリオと称するファッションブランドを展開。華々しいショーでお披露目をしてから、注文が途切れたことはない。


 もちろん、この成功は彼女の才覚があってこそ。


 しかし、大魔術師(アーク・メイジ)との出会いが契機となったことも否定のしようがない。


 彼のことを考えると、レジーナの心臓は持ち主の意思に反して鼓動を速めてしまう。アカネに言われたからではないが、確かにユウトへの好意はある。


 それは認めよう。


 けれど、あの結婚式に出席し、これでもかと違いを見せつけられてしまった。幸せそうな新婦と、その横に佇む新郎を目の当たりにし、我が身を振り返る。

 その気持ちは、ヴァルトルーデらを押しのけようとするほど強いものだろうか? あるいは、愛人や側女を望むほどだろうか?


 そう考えていたところ、リ・クトゥアの情勢に関する噂話が飛び込んできたため、ファルヴへとんぼ返りをすることになってしまう。

 報告だけであれば、書状で済ますこともできた。それにレジーナは気づけない。


 そんな状態で、彼の執務室で対面している。煽るだけ煽ったアカネは、お茶だけ置いて出ていってしまった。


「あの、本当によろしかったのでしょうか?」

「なにがです?」


 勝手知ったるとまではいかないが、慣れ親しんだと表現はしていいだろうユウトの執務室。その来客用のスペースで、レジーナは縮こまっていた。

 座り心地のいいソファも、今は居心地が悪いだけ。


 一方、ユウトは頭上に疑問符を浮かべながら、アカネが用意してくれたハーブティーを口に含む。そのさわやかな香りとほのかな甘みを楽しみつつ、幼なじみが出ていくときに浮かべた「あらあらあら。おほほほほ」という笑顔の意味を考える。

 意味ありげ……というよりは、いたずらでもたくらんでいる雰囲気。


 なにをやろうとしているのか。ラーシアやヨナも、なにか関係しているのか。気にかかる態度だった。


 そんな見当違いの思考を巡らすユウトに比べたら、レジーナの葛藤はよほど分かりやすい。


 確かに、面会を申し込んだのは、こちらだ。けれど、まさか昨日の今日でセッティングされるとは思っていなかった。まだあの結婚式――思い出しただけで溜息が出る――から、一週間も経っていないのに。

 なのに、二人きりで顔を合わせている。そこに、罪悪感を抱いているのだ。


 この状況に喜びを感じているという自覚があるだけに、なおさら。


「まだお休みになられても……」

「ああ……。三日も休みましたし、今は仕事量もセーブできていますから」


 休暇の長短には議論の余地があるだろうが、仕事量に関しては事実だった。

 結婚式に伴う忙しさは、さすがにユウトの許容量を超過し、結果として、クロード・レイカー率いる文官たちの力を大いに頼ることになる。

 その後、休暇のための引き継ぎもあり、彼の負担は確実に軽減した。

 さらに、常なら自分で仕事を増やしに行って台無しにするところだが、今は妻――そう、妻だ――との時間を確保するため、余計なことはしない。


 つまり、暇とまではいかないが余裕のある状態。


「そういえば、ヴェルミリオのほうは、どうです?」


 だから、雑談に興じる時間もある。それでも仕事の話というのは、アカネがいたら憂慮のため息をもらしていたことだろう。


「はい、順調です。こちらの総体としてみれば、想定通りですわ」


 だが、その色気のない雑談で、レジーナの双眸に強い光が宿った。


「予想以上ではなかったと?」

「元々、高く需要を見積もっていましたから。見誤るようなことはいたしません」

「なるほど」


 やや意外そうに聞き返すユウトへ、ニエベス商会の若き会頭は筋が通った返答をする。

 予想以上と言われると順調な証拠と思いがちだが、言われてみれば確かにその通りだ。その見識だけで、彼女の有能さが分かる。


「そろそろ、以前仰っていたライセンス生産というものを実行に移す段階かも知れません。針子も増やしていますし、最初からのメンバーを数名教師役として外部に派遣しても生産に支障はありませんから」


 ユウトは、アカネが作ったドーナッツを大喜びで食べていた女性たちの顔を思い出した。熟練工――といっても、キャリアは一年に満たないが――となった彼女たちが羽ばたいていくというのは、不思議と高揚感がある。


「それは順調だなぁ。もしよければ、フォリオ=ファリナのドゥエイラ商会にも口を利きますよ。一応、経営者の端くれですから」


 心地好いテンポで進む会話。

 ゆえに、好事魔多し。


「ただ、予想以上だったのが……あっ」

「ん?」


 言い掛けて、レジーナが突然口ごもった。なぜか、頬には赤みが差している。

 反射的に聞き返してしまったが、失策だっただろうか?


「いえ、女性用の下着に思った以上のリピーターが……」

「あ、そうですか」


 乾いた笑いが執務室に響き渡る。間違いなく、失策だった。

 意識する必要はない。そのはずだが、現実は正論だけで動いているわけではなかった。


 ユウトは、ここで「そう言えば、俺や朱音が知る下着は存在していなかったんですよね。衛生的にも良いことだと思いますよ」などと正面突破する愚は犯さない。


「ああ、そうそう。前に少し話をしたうち直属の研究機関を設立するという件。少しだけ進捗がありそうなんですよ」

「そ、そうなんですか……」


 何事もなかったかのように、話題をシフトする。

 豪奢な髪を揺らして前のめりになりながら、レジーナもそれに乗った。


「ええ。メルエル学長に、ヴァイナマリネン魔術学院の伝手で研究が好きな魔術師(ウィザード)錬金術師(アルケミスト)を紹介してもらえることになりました」


 玻璃鉄(クリスタル・アイアン)防腐瓶プリザベーション・ボトルの性能試験など、ユウトの思いつきを製品化して、領内の商会に新商品の企画を提案する組織。

 それが本格的に動き出せば、革新的な製品がイスタス侯爵領から羽ばたいていくことになるだろう。


「それは良いことですが……。侯爵家は、そこまで人手不足なのですか?」

「まあ、俺がなんでもかんでもやってきたツケですね」


 反省していますと、ユウトは両手を挙げる。

 そんな彼を複雑そうに見つめるレジーナ。立場上仕方のないこととはいえ、彼の負担を軽減することができないのは、少しだけ悔しい。


「まあ、結婚のお祝い代わりってことで強引にねじ込みました」


 ちなみに、アルサス王をはじめとする招待客からも、きちんとご祝儀をいただいている。今は、クロードの部下が目録を整理している真っ最中だ。

 とりあえずの引き出物として、ラーシアも使用していた玻璃鉄のグラスなどを贈っているが、いずれきちんとした形で返礼をしなければならない。


 必要なことだが、面倒だ。というよりは、常識がよく分からないので困っている。正直なところ、そういった付き合いに関しては専門家を招聘して丸投げしてしまいたいところ。


「それで、リ・クトゥアの情勢に関して情報があるとか」

「はい。ご依頼いただいていた件です」


 脱線しすぎてしまったなと、授業そっちのけで関係があるようなないような話をしていた中学の古典教師を思い出す。しかし、そんな記憶は一瞬で頭から消し、ユウトはレジーナに水を向けた。


「なにしろ、遠い土地のことですので正確とは言い難いですが……」


 そう前置きして語られた東方リ・クトゥアの情報は、確かに曖昧な話だった。噂話に多少ディテールが加わった程度と言えばその通り。


「古竜に認められた戦士が、いくつかの島を席巻している……か」


 一人の帝、三つの宝珠、五つの古竜、七つの島。

 リ・クトゥアを構成するものとして、俗に語られる言葉。


 地の宝珠に思念として残留する竜帝の要望を受けて、東方の情勢を調べるように各所へ依頼を出していた。

 今回もたらされたのは、ハーデントゥルムに寄港した貿易船の乗員からの情報。しかし、彼女の言う通り距離を経て劣化してしまっている。その戦士の名前はおろか、半竜人(デミ・ドラコ)なのか真竜人(トゥルー・ドラコ)なのかも分からない。


「五つの古竜ってのは、木竜・火竜・土竜・金竜・水竜だったか……」


 だが、知っているのは名前だけ。神王セネカ二世からほのめかされた秘儀と同じように、謎のヴェールに包まれ多元大全でも詳細は分からない。

 安楽椅子探偵アームチェア・ディテクティブにも限界があるようだ。


「となると、いずれは現地へ行くしかないかなぁ」

「リ・クトゥアまで、ですか?」

「ええ。一度行ったから、行こうと思えば《瞬間移動(テレポート)》ですぐなんですけど、どうせ情報収集だけじゃ済まないんだろうなぁ……」


 米を手に入れようとしたら、竜人(ドラコニュート)の村をひとつ移住させることになったのだ。今度は、どうなることか。

 以前ヴァルトルーデが言っていたように、リ・クトゥアを平定するなどということにだけはならないはずだが……。


「まぁ……」


 リ・クトゥアといえば、ブルーワーズの東の果てだ。おいそれと行けるような場所ではない。ユウトには、いつも驚かされる。

 だがレジーナは、不思議とそれが嫌いではなかった。


 ユウトと二人きりで話をして、思い知ったことがある。


 彼と話をすると、やはり楽しい。とても、刺激的だ。胸が高鳴る。


 これは、果たして恋なのか――


「そうだ。レジーナさん」


 そんな彼女の思索を中断させるユウトの声。


「なな、なんでしょう?」

「全然関係ない話なんですが……ヴェルガ帝国と商売したことありません?」

「……ヴェルガ帝国ですか?」


 それは、国賊と言われているようなものだ。当時のイスタス伯爵家の支配を受け入れる以前、自由都市を名乗っていたハーデントゥルムでも、それはあり得ない。


 ――表向きは。


「私どもは行なっておりませんが、いくつかの商会や個人を迂回しての取引を行なっていた店もあったようです。今どうなっているかまでは、分かりませんが……」

「そういう風にやってるのか」


 その手段には思い至らなかったが、思った通りの結論。

 夢のなかだったとはいえ、ユウトは帝国内の物流や、そこに生きる人々が木石ぼくせきたぐいではないことを知っている。だから、商業的な取引は必ずあるはずなのだ。


「もしかして……」

「いや、処罰するとか、そういう話じゃないですよ。でも、逆に使えるかな?」


 ハーデントゥルムを運営する評議員の一人として、憂慮の声を上げるレジーナ。彼女の目鼻立ちのくっきりした顔に不安がよぎる。

 安心させるように笑顔を浮かべ、ユウトは詳しく説明をした。


「実は、武器を大量に入手してしまって。それをヴェルガ帝国に流せないかなと」

「ああ、はい」


 欲している人や場所に、物資を送り込む。商売の大原則だ。内乱中の国であれば、これ以上ない市場になるだろう。

 それは、正しい。


 だから、思わずうなずいてしまった。


「ええ、いや。え? ですが、ヴェルガ帝国に?」

魔法具(マジック・アイテム)みたいに長持ちするものじゃなく、普通か、ちょっと上の武器だけですよ。それなら、こっちに向けられることもないでしょう」


 ユウトは、諸種族の王たちが外征をすることはないと確信していた。あからさまに、こちらから手を出さない限りは、だが。

 もちろん、領地を広げることで後継者としてアピールする可能性も完全に否定はできない。だが、その隙を突かれる可能性のほうが遙かに高いだろう。


「しかし、その武器をどこから……」

「それは秘密なんですけどね」


 意味ありげにではなく、少し疲れたように微笑むユウト。

 その理由が気になったが、無理に聞くわけにもいかない。


(まったく、ラーシアめ……)


 それを持ち込んだのは草原の種族(マグナー)だが、出元はとても言えない。

 奈落に堕ちたヘレノニア神殿に乗り込んだあとのこと。不殺剣魔を滅ぼしてからファルヴへと帰還する際に生じたタイムラグを無駄にせず、聖者の赤き涙と呼ばれる城へと乗り込んで無限貯蔵のバッグへと大量の武器を仕舞い込んだなどとは絶対に言えない。

 なにしろ、あの事件自体、公にはなかったことになっているのだから。


「そういえば、ドラゴンがこちらを訪れていたそうですが」

「似たようなものかな? まあ、降って湧いた物なので、必ずそうしたいってわけじゃないんですが」


 質はさきほど言った通りだが、どこから持ち込んだものかを考えると、国内で配るのもはばかられる。

 そこまでの事情は伝わらないが――


「評議会に持ち帰ってみます。議事録には残せませんが」

「しつこいようだけど、危なければ別にいいんで」


 最悪、メインツへ持ち込んで鋳溶かしても構わない。

 その程度の気持ちだったのだが、当然と言うべきか、受け手の印象は異なる。


 危険だと知りつつ相談されたということはつまり、信頼を寄せられている証拠。


 自然と、レジーナの豊かな胸は高鳴り、頬は紅潮する。

 他の誰が相手でも、同じ感想は抱けないだろう。そう意識してしまったら、あとはどうしようもない。


 男女の情愛とは違うかも知れない。

 アカネに言われたからでもない。


 ただ、彼とこんな関係でいられるよう、できることを探してもいいのではないか。


 レジーナは、そう考えはじめていた。

レジーナ「書籍版に続き、悪魔(妖魔)諸侯の後始末の相談をされているんですが、どういうことなんでしょう……」

というわけで、書籍版1~2巻発売中です(ダイレクトマーケティング)。


あと、カグラさんとペトラは次回でまとめていけると思います。たぶん。

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