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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 10 英雄たちの休息 第一章 変わらない日常

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1.休暇の裏で

「今頃、ユウトとヴァルはお楽しみかな」


 言わずもがなの台詞を口にした草原の種族(マグナー)がアカネから剣呑な視線を向けられる。

 だが、その程度気にするはずもない。素知らぬ顔でスパークリングワインを玻璃鉄(クリスタル・アイアン)のグラスに注ぎ、一気に呷った。


 外からは、宴の喧騒が絶え間なく聞こえてくる。

 昼頃執り行われた結婚式からそろそろ半日。にもかかわらず、一向に終わりを見せない。


 直接触れ合うようなことはしてこなかったので、新郎新婦はそこまで領民に慕われているとは思っていなかったのだが、決してそんなことはなかった。

 領内は税金が安く、社会保障も充実し、治安も良い。また、たびたび街に下りては買い物や食事をしていることも知られている。

 さらに、吟遊詩人が歌うほどの英雄であり、神々が直接祝福をくだされるような存在である。

 そんな人間が自分たちの領主なのだ。我が事のように誇らしい。


 そのうえ、ただ飯ただ酒を振る舞ってくれるとあれば、いくらでも騒げる。今も、ユウトが導入した街灯へ、お陰で夜遅くまで宴が続けられると感謝の声が上がっていた。

 既にできあがっている――というよりは、発酵している。


「そりゃ、こっちは順番待ちなんだから、お楽しみをしててくれないと困るわよ」


 そんな街中の喧騒とは離れ、新郎新婦を送り出した彼らは、主人のいない執務室に集まっていた。

 そこにいるのは、ともに〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)と戦った仲間たちに、アカネを加えた五人だけ。

 いわば、親しい人間だけで集まった二次会のようなものだ。リトナは気を使ったのか人の多いほうを好んだのか、気づけばどこかへ消えていた。


 けれど、終始和やかとは言えない。

 ラーシアの挑発めいた発言に返答するアカネの目は据わっている。珍しく、アルコールを摂取したのが原因かも知れなかった。


「まあ、なんにせよ感慨深いな。あのユウトとヴァルがついにだからな……」


 エグザイルがアルコールの籠もった息を吐く。アルシアの膝を枕にして寝ているヨナが嫌そうな顔をする。


 それに気づかぬほど、岩巨人(ジャールート)は物思いに耽った。

 徒手空拳で異世界へ訪れた少年が、ついにここまで来たかと思えば、それも当然。なにしろ、初めて転移してきたときには、本当にただの無力な人間にしか見えなかったし、実際にその通りだった。

 だからこそいろいろ親身にもなったのだが、正直なところ、この世界で生きていくには脆弱すぎる。しばらくしたら死んでしまうのではないかと思っていたほどだ。大魔術師(アーク・メイジ)にまで登り詰めるなどとは、思ってもみなかった。


 まあ、故郷を捨てた自分が族長になり、子供までもうけたぐらいなのだ。人生、色々あってしかるべきなのかも知れない。


「感慨深いというのは、私もそうですね。手のかかる妹がお嫁に行ったようなものです」

「嫉妬とかないの?」

「ありませんよ」


 即答するところが逆に怪しい。

 ラーシアはそう思うが、アルシアの表情は動かない。こうなると、ちょっとやそっとのことでは面白い展開にはならない。


 だが、落胆する必要はなかった。


「じゃあ、次は私でいいの?」

「それとこれとは話が別でしょう」


 アルシアの表情は動かない。

 ただ、その声にはわずかに棘がある。


 それに気づいたラーシアが、せっせと薪を火にくべていった。


「アルシアの言うことももっともだよね。順番とか時期とか、いろいろあるだろうし」

「それもあるけど、なんかこう、実際に見せつけられると、納得していた感情が変に刺激されたというかね。アルシアも、そういうのあるでしょう?」

「ありませんよ」

「本当に?」

「嘘は吐きません」

「絶対に?」

「アカネさん、酔っていますか?」

「じゃあ、やっぱり次は私ね」

「だから、それは別の話だと。ユウトくんの意思もありますし」


 親友の婚約者たちが、軽くぶつかり合う。

 面白いなぁ、こんなアルシア珍しいなぁと、ラーシアは赤ワインを飲みながら観察する。愉悦を憶えた。


「どっちでもいいから、早くして……」


 寝言なのか、実は起きていたのか。

 ヨナのつぶやきも混じって、二次会はさらに混迷の度を深めていった。





 神の台座。


 後にそう呼ばれるファルヴ近郊の台地。

 そこには、神々の分神体(アヴァター)や英雄の結婚式を一目見ようと数千の人々が集っていた。 


 結婚式から二日が経っても興奮は冷めず、ヴァイナマリネンの理術呪文により中継された結婚式の光景や振る舞われた料理について語り合っている。

 また、なかには分神体と遭遇したと思しき体験――金髪の少年と会話し啓示を受けた、大男と勝負をした、少女から亡くなった肉親の伝言を受け取った――を熱っぽく披露する者もいた。


 だが、夢は終わり。退去の期限は迫っている。


「クロニカ神王国の人間はこっち、フォリオ=ファリナへ行く人間はあっちへ移動」


 そんな神の台座を移動しながら、一人の少女が指示を出す。

 目尻の上がった眼鏡をかけた次元竜(クロノス・ドラゴン)ダァル=ルカッシュの端末は、有無を言わせず選り分けていく。


 高圧的というよりは無機質な物言い。エネルギーが物質化したような虹色の髪とほとんど動かない表情に例外なく気圧される。

 なかには気の短い者もいただろうが、不思議な威厳に逆らえない。人々は荷物をまとめて言われたとおりに移動する。それは、遙か格上の生物に対する本能的な従属だったのだが、気づくことはできない。


 端末とはいえ。いや、だからこそ分かりやすく伝わる畏怖。


 牧羊犬に統率される羊の群れのように粛々と移動し、指定された地点へとたどり着く。

 それを見て満足そうにうなずいた――ように見える――ダァル=ルカッシュの端末は、胸の前で手を打ち合わす。

 そして、それを離すと、虹色の門が出現した。


「これをくぐれば帰れる」


 今までは諾々と従っていた人々も、これはにわかに信じられない。人一人が軽々とくぐることができる門が突然現れたのだ、それも当然だ。なにかの魔法なのだろうということは分かるが、未知への恐怖に足が止まる。


「大丈夫。なんの問題もない」


 だが、この程度、次元竜には織り込み済み。同行していた衛兵に次元門(ゲート)を往復させることで、危険はないとアピールする。

 それで納得したのか、それともダァル=ルカッシュの無言の圧力に屈したのか。どちらかは分からないが、おずおずと老人が門に入り――数分で戻ってきた。


「ほ、本当にフォリオ=ファリナへつながっておる」


 それだけ言うと、限界に達したようにへなへなとその場に崩れ落ちる。

 ユウトがドワーフの若者たちをメインツからファルヴへと移動させたのと同じ次元門。決して未知の技術というわけではないのだが、その反応も無理はない。


「……通行料はただ」


 次元竜が、なにかに気づいたかのように言うが、見当違いもはなはだしい。それでも、実直さは伝わったのだろう。少しずつ少しずつ列が動き出す。

 その結果、次元門の向こうでは歓声があがっているのだが、当然、こちらにまで届くことはない。


 他の土地へも順番に次元門をつなぎ、同じように説明しつつ帰還は進んでいく。

 こうして、撤収作業は一日もかからずに終了した。


 けれど、神の台座におけるイベントはこれで終わりではない。次元門など、前座に過ぎなかった。

 否、後片付けで忙しいだろうと、今まで遠慮していたのだ。神々なりに。


 そして、神の台座に奇跡が起こる。


 大地は小動こゆるぎもしない。

 まるで何十年も前からそこに存在していたかのように、三つの施設が鎮座していた。


 知識神の図書館。


 数体の木製の魔導人形(ウッドゴーレム)が司書を務めるそこは、外側から想像するよりも遥かに広大。

 また、本当に知識を必要とする者の前に、有用な知識をもたらすという。


 死と魔術の女神の墓所。


 宮殿と見まがうばかりの白亜の霊廟は、墓所という陰鬱さとは正反対。地下の埋葬所も同様に、清浄に保たれ続ける。

 霊廟の周囲は庭園になっており、憩いの場にもなる。時折、そこで死者の魂と再会することもあるという。


 力の神の修練場。


 数千人収容の闘技場は、剣闘試合から数百人単位の軍隊の演習まで対応する可動型の施設。その周辺には、野外の訓練場が整備されている。

 また、修練場内では外傷により死亡することはない。


「――という感じのを作っておいたから」


 あとの管理はよろしくと金髪の美少年が軽く言う。


「私に、どうしろと……」


 知識神ゼラスは揚げたてのミンチ天――魚のすり身とみじん切りの玉ねぎにパン粉をまぶしてコロッケのように揚げたもの――を一口かじり、ビールと一緒に嚥下する。

 ちなみに、ミンチ天を食べさせているのは隣に寄り添うトラス=シンク神だった。


「地球の本を大量に持ち込むのが良いのではないか? 我の墓所をすぐに埋めることはできぬじゃろうて」

「マンガとラノベを大量に突っ込んでやろうかしら」

「それは楽しみだ。リィヤも喜ぶだろう。それにしても、これは唐辛子かな? ピリ辛なのが良い。焼酎も合うかも知れないな」

「もうイヤ、この世界の神さま……」


 東方屋の個室に集った分神体たち。

 まだ飲み足りないのか、好き勝手に注文しては飲み食いをしている。


 抑えに回るはずのユウトは不在。今はヴァルトルーデと温泉を楽しんでいる頃。


 そのとき、領主代理であるアカネはテーブルに突っ伏していた。

 一応、ユウトには予告していたらしいが、なにも聞いていない。事前に聞いていても、なにもできなかっただろうが。


 アルシアも、絶句したまま微動だにしない。墓所の管理を誰に任せるのか、枢機卿(カーディナル)への報告はどうするのかといった実務のことなど考える余裕もなかった。

 ヨナは初等教育院の友人と遊びに行っており、ラーシアはリトナに絡まれている。エグザイルだけはレグラ神と何度目かの飲み比べをする形で貢献していた。


 けれど、援軍がいないことには変わりない。


「大丈夫大丈夫。心配しなくても、そろそろ帰るから」

「じゃが、もう来ないとは言うておらん。つまり、その気になれば明日また来ることも可能じゃな」


 ユウトとヴァルトルーデがいない間にこれらの設備を整えた神々は、ファルヴをあとにした。領主代理のアカネは、乾いた笑いを浮かべることしかできないでいた。

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