レベル99冒険者によるはじめての領地経営2巻発売記念短編 ヨナの家出
レベル99冒険者によるはじめての領地経営2巻、本日発売です。
今回は、Episode 1第五章「1.再会」のヨナ視点でのお話です。
そのため、Episode 1のネタバレを含みますのでご注意を。
「うそつき……っっ」
そうつぶやいた後のことは、よく憶えていない。
気づけば、ヨナの前に砂漠が広がっていた。
地平線の向こうまで続く砂の大地を、アルビノの少女は感情のこもらぬ瞳で見つめる。
けれど、それは視界に入っているというだけ。
『地球――故郷に帰ったら、もうこっちには戻れない』
意識は、ユウトから告げられたその言葉に囚われていた。
些細なボタンの掛け違い。
ヨナ以外はみんな、このことを――明言は避けていたが――把握していた。自分だけが誤解していた。
ユウトが地球へ帰るまで、ほんの少ししかない。そんな時期に念押しされるように告げられた事実に、ヨナの心は千々に乱れた。
だから、全力で《フライト》の超能力を発動し、こんな場所に来ていた。
とにかく、ファルヴから、ユウトの下から離れたかったのだ。別に、この場所に思い入れがあるわけでも、目的があるわけでもない。
しかし、そんな事情を砂漠の生物が斟酌するはずもない。
突然、ヨナの足元――といっても、地上から10メートルは離れた場所に浮遊していたのだが――に空洞ができる。
そこから現れたのは、無眼の蠕虫――巨大なデザートワーム。生態はよく分かっていないが、最大で体長20メートルほどにもなる肉食のミミズ。
ユウトがここにいたら、「肉食の時点でミミズじゃないだろ」と言っていただろうが、デザートワームとしては知ったことではないだろう。
いかなる方法で存在を感知したのか、不毛な砂漠で生きるモンスターが哀れな子供を捕食する――
「《エレメンタル・ミサイル》」
――ことなど、できはしなかった。
無感動に放たれた超能力の矢にその身を貫かれ、砂漠の上に倒れ伏す。
しばらくして、その屍肉に他の動物たちが群がっていった。
わざわざ地上に降り、その光景を見つめる。ヨナは、彼女が『人間』になった瞬間を思い出していた。理由は、そう。そのときも、こうして力を振るっていたから。
ヨナの名付け親はアルシアだ。
そして、このアルビノの少女に一般的な意味で親と呼ぶべき存在はいない。
〝虚無の帳〟による絶望の螺旋降臨計画。それはいくつもの手段で同時に展開し、そのひとつに勇者――特定の神の加護を強く受けた者――を人の手により生み出すというものがあった。
地上に、絶望の螺旋の力を受けしものを置くことで、磁石のように引き合わせようとするつもりだったのだろう。
その過程で産まれた人工生命がヨナだった。
計画自体はユウトたちが叩き潰したのだが、培養槽のなかで眠っていたアルビノの少女に行き場はない。
妙にアルシアに懐いたためそのまま彼らが引き取ったのだが、当初はほとんど情動というものが見られない無機質な少女だった。
そんな彼女が変わったのは、冒険に同行し――最初は置いていこうとしたが、無表情に抵抗した――今のように超能力を放ったとき。
無慈悲にモンスターの群れを殲滅したヨナの頭を、興奮気味にユウトが撫でた。
「すげー威力じゃん。これなら、俺も攻撃呪文以外を準備できるな。戦術に幅が広がるぜ」
空っぽだった少女に、ほめられた、肯定されたという喜びが刷り込まれる。
つまり、彼女の人格の基礎はこの瞬間に決定したと言って良い。ユウトが知ったら過去の自分に説教をしたくなるだろうが、彼女自身不満はまったくなかった。
そんなユウトがいなくなる。
会えなくなってしまう。
感情の爆発に対処をする術もなく、アルビノの少女は逃げ出した。
けれど、分かっていたのかも知れない。
「ヨナ」
ユウトが、アルシアが、ヴァルトルーデが迎えに来てくれるだろうことが。
「いろいろあるだろうけど、一旦帰ろうぜ」
「そうですよ。わがままを言って困らせるんじゃありません」
魔法具のミラー・オブ・ファーフロムを使用して居場所を探り、《瞬間移動》で駆けつけたのだろう。
突如として砂漠に現れた三人は、全員が厳しい表情で、こちらを見つめている。
ヴァルトルーデが手を差し伸べながら、一歩近づく。
「ヨナ。私も思うところはあるが、これは仕方のない――」
「ユウト、きらい」
反射的に出てきた言葉。
その瞬間の、傷ついたような彼の表情。
それを目にし、どうして良いか分からなくなったヨナは、また空を飛んで逃げ出してしまった。
いけないことだとは分かっている。だが、他にどうしようもない。
「ヴァル! 頼む!」
そんなアルビノの少女を、飛行の軍靴を起動させたヴァルトルーデが追う。
「ヨナ!」
「来ないで!」
「ユウトではなく、私なら構わないだろう?」
「構う!」
「こんな砂漠の真ん中で、水や食料はどうするのだ? なにも持ってきていないだろう? 私はもちろん、無限貯蔵のバッグに準備しているが」
「うー」
正論だ。いつだって、ヴァルトルーデは正しい。
現実を前にし、ヨナは妥協した。
「分かった。ヴァルだけは許す」
「ありがとう……で、良いのか?」
よく分からんなとつぶやきながら、それでも、安心した様に微笑む。ユウトが見たら鼓動を速くしただろう笑顔も、ヨナには然したる感慨を与えることはなかった。
「じゃあ、まずは野営できる場所を探す」
「水場だな。うむ。久々で、悪くないな」
こうして砂漠でのサバイバルを始めて数日。
寄ってきた巨大な蠍のモンスターを打ち倒したあと、何度目かになる提案を聖堂騎士が口にする。
「ヨナ、そろそろ帰らないか?」
「……や」
昨日までは、即答で拒絶だった。それに比べれば、今回は進歩がある。
けれど、もうわがまま放題にさせていくこともできない。
「アルシアから呪文で連絡があった。ラーシアとエグザイルが帰ってきたそうだ」
「…………っ」
「戻るぞ」
「……好きにすればいい」
「やっと素直になったか。だが、ヨナが超能力を使ってくれないと帰れないのだがな」
「……好きにすればいい」
「アルシアに言いつけるからな」
「うっ。《テレポーテーション》」
こうして、五日ぶりにファルヴへと帰還を果たしたヨナとヴァルトルーデ。
彼女たちが目にしたのは、帰還したラーシアやエグザイルと談笑するユウトたちの姿だった。
「ずるい……」
執務室の扉の陰で、ヨナが恨みがましく非難するのも当然だろう。
「ヨナ……」
しかし、アルビノの少女がここにいるというそのことだけでユウトは呆然とし、名前をつぶやくことしかできない。
「言い忘れていましたが、《伝言》の巻物で二人にはラーシアとエグの帰還を知らせていますから」
「それ、絶対故意でしょ」
「さあ……」
アルシアの説明を聞いて、ユウトはヨナとヴァルトルーデが戻ってくると知らなかったと気づく。
しかし、謝るよりも早く駆け寄ってきたユウトに抱き上げられて、タイミングを失う。
「このバカ!」
「バカはそっち!」
そして、いきなり怒鳴られては素直になれるはずもない。
「それに、ラーシアやエグに会いに来ただけ」
「まったく、どれだけ心配したと思ってるんだ」
「知らない」
ぷいと、ユウトから顔を背けながら、ヨナは唇を尖らせる。
そして、心の奥底にしまっていた言葉を吐き出してしまう。
「どっか行っちゃう人のことなんか、どうでもいい」
「ヨナ……」
むき出しの感情に晒され、ユウトが押し黙る。
そのいつもとは違う様子に、ヨナの心に不安が芽吹く。
(嫌われた……かも?)
そんなはずはない。
そうは思うが、一度芽生えた不安は枯れることがない。泣いてしまいそうだ。
「俺だって……」
発したヨナ本人が内心戸惑うほどの激情に、ユウトも過剰な反応を見せる――その寸前、遠慮がちな、だが、美しい声が耳朶を打った。
「あー。私も、中に入れてほしいのだが……」
「ヴァル子……」
答えのない衝突。
傷つけ合うだけのいさかいを回避させたのは、ちょっと困った笑みを浮かべたヴァルトルーデだった。
「まあ、ここはボクに任せなよ」
「ラーシア。しばらく見ないうちに、おっきくなった?」
「なってないよ!? ボクはれっきとした成人男性だからね!?」
ヨナの冗談か否か判断が難しい挨拶にツッコミを入れたラーシアが、ユウトからヨナを解放して執務室から出ていった。
そのままヨナと連れだって廊下を進む。
今日初めて訪れたはずなのに、その足取りに迷いはない。
とはいえ施設を完全に把握したわけではないため、どこかの部屋でというわけではなく、少し離れた廊下の角で立ち止まって話を続けた。
「ちょっと危うかったけど、今のは結構良かったとボクは思うよ?」
「……ラーシア、別の世界でおかしくなった?」
「いきなり辛口だね!」
こういうノリも久しぶりで悪くないと思いつつ、とりあえず、抗議はしておかなければならない。
「ボクは正常だって。まあほら、ユウトは感情の機微に疎いというかわりと決め打ちしちゃうところがあるし。ヴァルもアルシアも物分かりが良いからさ。どうしようもない問題を諦めちゃうんだよね。だから、ヨナみたいにストレートにぶつけるのは、とても良いことだと思うのさ」
「でも、嫌われた……かも」
「ヨナを? ないないない。それはないって」
アルビノの少女の心配を、草原の種族が笑い飛ばす。
「ユウトも悪いし、子供の、ヨナの言うことを真に受けて嫌ったりなんかしないさ」
「だから、ラーシアがパーティから追放されない?」
「そうそう。そういうこと……って、違うからね?」
これまた笑い飛ばそうとしたのだが、急に不安になったのだろう。恐る恐る、確認するように問いかける。
「違うよね?」
「さあ? でも、やるべきことは分かった」
そう断言したヨナの表情は自信に満ちていて、先ほどまでの怯えた少女の面影などどこにもなかった。
廊下を駆け抜けて、ユウトの執務室へと再び戻る。
「ヨナ……」
「ごめんなさい」
そして、真っ先に頭を下げた。
「お、おう。分かってくれたらいいんだ」
完全に予想外だったのだろう。
ユウトは面食らって、謝罪を受け取ることしかできない。
「よく言えたね、ヨナ。さあ、もうひとつ言うことがあるよね?」
「うん」
後ろにいたラーシアがヨナを誉め、勇気づけるかのようにぽんと背を叩いた。いつもの悪戯っぽい微笑は消え、まるでヨナの兄のようにも見える。
「でも。ユウト、約束して」
「約束?」
「そう。故郷に帰るのは仕方ない。でも、こっちに帰ってくる方法を全力で探すこと」
「ヨナ……」
これこそ、ヨナのやるべきこと。
帰るのはユウトが決めたこと。仕方なくないが、仕方ない。
でも、それならこっちもやるべきことをやる。つまり、忘れないように自分たちの存在を刻む込む。
まずは、約束という形で。
「俺の故郷には、魔法なんてないんだ。だから、俺が帰っても、魔法が使えるかは分からない。いや、たぶん、使えないんじゃないかと思っている」
ユウトは、その言葉を真剣に受け止め、絞り出すように言葉を紡ぐ。
ヨナも、じっとその言葉に聞き入った。
「でも、そうだよな。だからって、最初から諦めるのは間違ってるよな」
彼は、そっと小指を出した。
「俺の故郷じゃ、こうやって約束するんだ」
そう言って、ヨナに指切りを教える。
「針千本飲むの?」
「飲まないで済むように、あっちでも頑張るよ」
ユウトの微笑につられ、ヨナも笑った。
結局のところ、ユウトの帰還に関しては別の問題で棚上げになるのだが……。
帰ってほしくないという明確な意思表示をしたという点に関して、ヴァルトルーデやアルシアの遙か先を行っていたことは特筆すべきことだっただろう。
もしかしたら、地球からなかなか帰ってこないユウトを追って、超能力者の少女が異世界へ転移する。
そんな未来が訪れていたかも知れないのだから。
書籍版2巻も是非よろしくお願いします。
それから、今回も活動報告であとがき(のようなもの)を掲載します。
よろしければ、書籍版の感想はそちらへコメントをお願いします。




